表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ゼロから始める軍神少女  作者:
第一巻:「黄金回廊」の誕生 (だいいっかん:おうごんかいろう の たんじょう)
35/131

戦場への扉、教師たちの激論

 職員室の中は、張り詰めた雰囲気に、空気さえも凍りついたかのようだった。


「バンッ!」


 固く握られた拳が、オーク材の机に重々しく叩きつけられ、机の上のインク瓶が跳ね上がった。魔法実践論のカメル先生が勢いよく立ち上がり、その胸は激しく上下している。怒りに燃えるその瞳は、斜め向かいに座るカシウスを、射殺さんばかりに睨みつけていた。


「認めんぞ、カシウス! まだ一年坊主のシミアを、貴様の軍事戦略論に引き入れただけでも飽き足らず、今度は彼女を、まだ自立もままならぬ子供たちを、遠い辺境の戦場に送り出すだと? あり得ん!」


 カメルの目に、燃え盛る怒りの炎が宿っていた。シミアを軍事戦略論に転籍させてからというもの、カシウスの、生徒の心身の健康を一切顧みない、むしろ才能の싹を無理やり引き抜くようなやり方に、カメルが溜め込んできた怒りが、ついに爆発したのだ。


 カシウス先生は、冷静に眼鏡の位置を押し上げ、まるで二人でお茶でも飲みながら道を論じているかのような口調で応じた。


「カメル先生、前線は戦場ではありますが、これもまた学びの機会です。剣術であれ、魔法であれ、軍事戦略であれ、真の戦いを経験せずして、本質的な成長は得られますまい」


 眼鏡のレンズが、窓から差し込む陽光に反射してきらりと光り、その表情を窺い知ることはできない。


「カメル先生、まさかあなたは、学校で魔法を学び、実戦を一切経験せずに、現在の地位を築かれたとでも?」


 職員室の他の教師たちは、複雑な心境で目の前の二人の争いを見守っていた。つい先ほど、彼らはローレンス王国の辺境で戦争が勃発したという知らせを受けたばかりだった。本来なら、千里も離れた場所にいる教師たちにとって、それはただの世間話に過ぎなかったはずだ。しかし、カシウスが、この機会を利用して生徒たちに実戦を経験させるべきだと主張し始めてから、室内の口論は次第にエスカレートしていった。


「それに、シミア君の件ですが、そもそも、あなたが先に彼女を魔法実践論から追い出そうとし、私が彼女を招いたのではなかったでしたかな?」カシウスは微笑みを浮かべた。「それもこれも、全ては私が百年不遇の天才生徒を得るため。感謝せねばなりませんな、カメル先生」


 カシウスは、わずかに芝居がかった様子でカメルに頭を下げ、その口元には、礼儀正しくも、ひどく刺々しい笑みが浮かんでいた。


「ご安心を。この、まだ磨かれていない原石は、私があなたに代わって、よおく『磨いて』差し上げますから」


 カシウスは、「磨いて」という言葉に、ことさら力を込めた。


 カメルは、言葉に詰まった。カシウスの一言一言が、針のように彼の心を突き刺す。彼は、あの日、自分が授業で、大勢の前で黒髪の少女シミアをどう警告したかを思い出した。彼女が自分の授業で虐められていたことについても、彼女に自ら辞めてほしい一心で、その行為を見て見ぬふりをしたことを。


 言葉にできないほどの苦さと自責の念が、カメルの胸に込み上げてくる。固く握りしめた拳が、力なく、開かれた。


「たとえ……たとえ彼女が天才だとしても、まだ十五の子供だ」カメルの声は、不覚にも弱々しくなっていた。「まだ大人にもなっていない子供を戦場に送り、現実の残酷さを味わわせるというのか? カシウス、私は、生徒を守ることが……教師の天職だと信じている」


 カメルは、その後半の言葉を、ほとんど唇を噛み締めながら口にした。なぜなら、シミアの一件において、カメルは何一つ、守るという義務を果たしてこなかったからだ。


「カメル先生、私も生徒たちを戦場で戦わせるつもりなどありませんよ。特に、私の生徒は、王国の未来の領主。いわば、王国の未来そのものです。私が彼らを守りたくないなどと、どうして断定できるのです?」


 その時、歴史の教師であるアウグスト・バイロンが、手にした古書を置いた。


「両先生、どうかお座りください」


 アウグストの一言で、それまで対立に満ちていた場の空気が、ふっと和らいだ。カシウスは笑みを浮かべて席に着き、カメルも、しばし冷静になった後、腰を下ろした。


 激昂していたカメルも席に着いたのを見て、アウグストは立ち上がり、その、まるで全てを見通すかのような瞳で、二人をそれぞれ見つめた。


「両先生、どうかお鎮まりを。カシウス先生が、ご自分の生徒に学びの機会を得させたいと願うお気持ちは、よくわかります。そして、カメル先生が、生徒たちを安全な学舎に留めおきたいと願うお気持ちも」


 アウグストの登場に、二人の教師は、弁論を止めた。


「カメルの配慮は、教師としての仁徳から来るもの。そしてカシウスの配慮は、戦略家としての先見から来るもの。どちらも、間違ってはいない」アウグストは、わずかに微笑みを浮かべて言った。


 だが、アウグストは話題を一転させた。


「しかし、生徒を戦場に送るとなれば、たとえ遠くから見学させるだけであっても、生徒たちの命を危険に晒すことになる。これは、尋常ならざる事態だ。決定権は、君にも、私にもない」


 彼は一度言葉を切り、二人の教師を見つめた。カシウスもカメルも、理解したように頷いた。


「この件は、女王陛下にご上申し、ご裁可を仰ぐことにしよう」


 こうして、職員室で起きた、後の歴史の流れを左右することになる論争は、六階領主アウグスト・バイロンの調停によって、幕を閉じたのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ