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ゼロから始める軍神少女  作者:
第一巻:「黄金回廊」の誕生 (だいいっかん:おうごんかいろう の たんじょう)
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女王の告白、騎士の誓い

 王立図書館の巨大な穹窿の下、二人の少女の、穏やかな呼吸音だけが響いていた。夕陽の残光が金色の紗の幔幕のように、優しく彼女たちを覆っている。


 ミリエルは何も言わず、ただ静かにシミアのノートをめくっていた。その雪のように白い指が、天才的な構想に満ちた文字の上を滑っていく。シミアは、隣から伝わる女王の体温と、自分自身の、未だ鎮まらぬ心臓の鼓動を感じていた。


 やがて、ミリエルはノートを閉じた。彼女はシミアを見ることなく、窓の外の、闇に喰われゆく空へと視線を向け、まるで夢うつつのような、疲れた声でそっと言った。


「シミア……知ってる? 私、時々夢を見るの。輝煌帝国と永遠の烈陽帝国が……本当は、全く争っていない夢を」


 その唐突な一言に、シミアの心臓がどきりと跳ねた。


 数ヶ月にわたる努力、歴史の先生との弁論、軍事戦略論への参加、様々な知識を学ぶために図書館で資料を漁った日々。一つ一つの光景が目の前を過ぎては、まるで全ての努力が無駄になったかのように、砕け散っていく。どこか遠い場所から伸びてきた大きな手が、シミアの心臓を鷲掴みにするかのようだ。その無力感から逃れるように、彼女は苦痛に目を閉じた。


 思考が、まるで深海へと墜ちていくかのようだった。冷たい闇と、不条理な感覚に、全身が包まれていく。


 彼女がその絶望に喰われる寸前、温かい感触が、その頬に触れた。


 ミリエルの手だった。


 ミリエルはシミアの頬を撫でていた。その顔は心配そうな表情に満ち、温かい手のひらは、まるで一筋の光のように、シミアを窒息させていた大きな手を振り払ってくれた。


「シミア、一人で悩まないで。私と一緒に、考えましょう」


 その温かい感触と柔らかな言葉が、彼女の心に巣食っていた暗雲を追い払った。シミアはゆっくりと目を開け、頷くと、再び冷静に問題の核心を考え始めた。


「一番重要なのは、おそらく、両国の本当の関係が何なのか、ということだと思います」


「これが、他の国々に見せるためのお芝居だとしたら?」ミリエルは神秘的な笑みを浮かべた。「いつも考えてしまうの。彼らは、大陸全体に見せるためだけに、お芝居を演じているんじゃないかって。皆が彼らを両敗倶傷だと思っている時に、彼らは突如として手を組み、無防備な隣人たちに剣を突き立てるんじゃないかって」


 ミリエルの言葉を聞き、シミアは自らの考えを率直に口にした。


「両国間に何らかの共通認識があったとしても、あるいは同盟を結んでいたとしても、突然私たちに攻めてくることはないと思います。私たちが辺境を発展させるというだけでは、彼らが数十年にわたる芝居で隠してきた真相を、打ち破るには足りません」


 ミリエルは頷いたが、その決意はすぐに一筋の陰りに取って代わられた。彼女は組んでいた手を解き、ゆっくりと立ち上がると、巨大な星図の下まで歩き、シミアに背を向けた。夕陽の最後の一筋が、彼女の白銀の長い髪を、どこか儚げな金色に染め上げていた。


「シミア」その声はとても軽く、気づかれにくいほどの震えを帯びていた。「あなたの計画は、とっくに埋められていた火薬に、火をつけることになるわ。内戦は、もう避けられない」


 彼女は振り返った。その美しい顔立ちは、薄暗い光の中で、ひどく憔悴して見えた。その時シミアは、ミリエルが、実は自分とさほど歳の変わらない子供なのだと気づいた。彼女の顔には今、深い疲労の色だけが浮かんでいた。


「父が私に遺してくれたのは、ただ血を流し続けるだけの王国だった。知ってる? 私が即位して最初の命令は、王室衛兵隊の削減だったのよ。私は、幼い頃、宮殿の庭で私におとぎ話を語ってくれた老兵たちを、この手で解雇しなければならなかった」


 彼女は拳を固く握りしめ、その指の関節が白くなる。


 シミアの子供時代、物語を語ってくれたのは、彼女の父親だった。焼けつくような夏の日、彼女は父にまとわりついて、物語をねだったものだ。


「今でも、何人かの老兵が去り際に向けた眼差しを、ぼんやりと覚えているわ。彼らは私を恨むことなく、その目にはただ、悲しげな色が浮かんでいただけ。王室の税収は、年々減り続けていた。私は、その真相を突き止めたいと思ったの」


 その「眼差し」という言葉が、まるで鍵のように、瞬時にシミアの記憶の扉を開いた。あの日、父は母の小言を背に受けながら、静かに、自分に最後の物語を語り終えてくれた。あの時の父の眼差しも、ひどく悲しげに見えた。ただ少し出かけるだけなのに、彼は、自分とシャルをしっかり頼むと、神妙な口調で言ったのだ。


「そして、ついに、ある日、私は一通の、偽りのない報告書を手に入れた。とある大貴族が、自身の領地で、本来上納すべき税金を使い、自らの私兵を養っている、と!」


 フラッド家から遣わされた使者が、シミアの両親が乗った馬車が、谷底へ転落したと告げた、あの日の知らせ。


 窒息するような痛みが、シミアの呼吸を困難にさせた。


 ミリエルが、シミアの前に歩み寄る……。


「あの時の私は、ただ、十分に鋭く、そして信頼できる剣が、一本欲しいと思っていただけだった」


 ……


 シミアは、あの日の朝、目覚めた時のことを、はっきりと思い出した。全身に走る、骨身に染みるような痛み。彼女は無意識のうちに、自らの脇腹に手をやった。そこには、まるで女王に“罰せられた”時の幻の痛みが、まだ残っているかのようだった。


 そうか、この痛みさえも、仕組まれていたのか。


 しかし……。


 たとえ、そうであっても……。


 彼女はまた、ミリエルが自らの手で淹れてくれた、あの紅茶のことを思い出した。あの独特の、優しい香り。全ての苦痛を追い払ってくれた、あの温もりを……。


 シミアは、理解した。この女王は、この孤独な転生者は、自分に対して、全ての弱さ、計算、そして、みっともなささえも、打ち明けてくれたのだ。彼女は、自らの最も柔らかい腹を、この「剣」である自分の目の前に、無防備に晒してくれたのだ。


 ――彼女を、守りたい。


 その想いが、全ての刺すような痛みと、やるせなさを、圧倒した。


 もし『剣』となることが自分の宿命ならば、彼女にとって最も鋭く、最も信頼でき、そして、決して裏切ることのない刃となろう。


 そう思った時、一筋の冷たい風が吹き抜け、シミアの頭脳は、かつてないほどに冷静になった。


「私が、彼らが団結を求める対象になるよう努力すれば、彼らの正体を突き止め、彼らがさらに多くの人々を団結させる前に、この危機を解消することができます」


 シミアの答えに、ミリエルの目に一瞬の恐怖がよぎった。彼女は半歩後ずさり、そして、勢いよくシミアの前に駆け寄ると、その肩を抱きしめた。


「ダメ!」


 ミリエルの唐突な力に、シミアの体が悲鳴を上げる。


「私を捨てないで、約束したじゃない! 危険なことはしないで!」


「もう、状況の一部は突き止めてあるの。だから、お願い、この件には、これ以上深く関わらないで!」


 シミアが頷くのを見て、ミリエルは彼女の肩から手を離した。


 問題はまだ、答えを得ていない。ミリエルはテーブルの上からシミアのノートを手に取ると、優しい手つきでページをめくった。その顔には、ある種の断固たる決意が浮かんでいた。彼女は、シミアが二度とあのような危険に遭うことを、望んではいなかった。


 ついに、彼女は行間から、一筋の希望を掴み取った。


「私たちはただ、適切な時期に、あなたの計画を発表すればいい。そうすれば、この危機を、前倒しで勃発させることができるわ」


 その可能性を計算した後、シミアは頷いた。「たとえこれが虚構の戦争だとしても、私たちがこの問題を迅速に解決できれば、両国の介入を避けることができます。彼らは、より良い機会を求めて、待ち続けるでしょう。私たちに好機はある。でもそれは、敵が与えてくれるものではなく、私たち自身が、勝ち取らなければならないものです」


 シミアの言葉に、ミリエルは安堵した。彼女はシミアの隣に座り、その肩に頭を預けると、そっとシミアのノートを手に取り、大領主を懐柔する計画について書かれたページを開いた。


「あの領主たちが、これしきの慰撫で満足するはずがないわ。参加する数は、可能な限り減らさなければ。……何か、他に方法はないかしら?」ミリエルは、喃々と呟いた。


 ミリエルの問いに、シミアはシメルのことを思い出した。ただ剣を振ることだけを望み、領地の継承には全く興味のない、あの率直な少女を。彼らに、適切な導きを与えてやれば……。


「全ての貴族に、それぞれ特定の地位を設計するのはどうでしょう。例えば、食を愛する領主には『美食家』を、知識を愛する領主には『王家学者』といった称号を与えるのです」


 ミリエルは、きょとんとした。だがすぐに、彼女はシミアの意図を理解し、その顔に、心からの、晴れやかな笑みを浮かべた。「名誉職、ですって? 面白い構想ね。名誉で一部の領主を縛り付ける。……もしかしたら、多くの反乱軍を減らせるかもしれないわ」


 二人はこの問題について、多くの方法を議論した。知らず知らずのうちに、夕陽は、すでに沈んでいた。


 ミリエルは、少し肌寒さを感じた。シミアの温かい体が、彼女に愛着を抱かせる。もうすぐ彼女と離れなければならないと思うと、その心に、一筋の複雑な感情がよぎった。


「カシウスのことについては、あなた自身で答えを見つけてほしいの、シミア」ミリエルの顔に、憂いの色が満ちる。彼女は唇を固く結び、心配そうに言った。「これは、ただの私の嫉妬かもしれない。カシウスは、ただの普通の学校の先生かもしれない。あるいは、何か別の目的があるのかもしれない。もし、あるとしたら、彼の狙いは、あなたである可能性が、とても高い。あなたは、若くて、可愛らしくて、とても賢いから……」


 ミリエルの称賛の言葉に、シミアは顔を赤らめた。彼女の脳裏に、カシウス先生の顔が浮かぶ。


「わ、私は、そんな……」


 確かに、カシウス先生は若くて格好良く、自分の意見を熱心に聞いてくれる。だが、シミアの頭の中では、どこか腑に落ちない部分があった。少なくとも、彼女はカシウス先生に対して、恋愛感情は抱いていない。


 カシウスの姿を上書きしたのは、目の前で、どこか不安げな表情を浮かべるミリエル。彼女を、抱きしめたい。


 シミアがまさに手を伸ばそうとした時、冷酷な宣告が、その全てを遮った。


「申し訳ありません、お邪魔します。ミリエル様、シミア君。もう、随分と遅い時間です」


 コーナが、真っ赤な顔で、二人の正面に立っていた。彼女は、大判の本を一冊、固く抱きしめている。


「もし何か悩み事があったら、いつでも私を訪ねてきなさい」


 暗闇の中、ミリエルは名残惜しそうにシミアに別れを告げた。彼女の服には、まだ、シミアの温もりが残っていた。


 残冬の夜は、もはやそれほど寒くはなかった。コーナとシミアが去っていった秘密の通路を眺めながら、ミリエルは、春が、もうすぐそこまで来ていることを、知っていた。

暖かい朝に、面白い小説を読みたくなりませんか?


ええと、実はですね、ある友人から「眠たい電車の中でも読めるように、朝に更新してみたら?」とアドバイスをもらいまして。


そこで、試しに、今まで午後五時に投稿していた分を、朝に投稿してみようと思います。(お昼前の更新は、これまで通りです!)


もしこの試みが好評でしたら、今後の定番になるかもしれません。もし、もっと良いご提案などありましたら、ぜひ教えていただけると嬉しいです。


ここまで読んでくださった皆様、いつも本当にありがとうございます。

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