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ゼロから始める軍神少女  作者:
第一巻:「黄金回廊」の誕生 (だいいっかん:おうごんかいろう の たんじょう)
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黄金回廊、軍神の設計図

 軍事戦略論の授業が終わった後の教室は、いつもひどく静かだ。生徒たちは潮が引くように去っていく。砂盤の上には、模型の旗が絶妙なバランスで突き刺さり、黒板にはカシウス先生が手描きした簡易地図がまだ残っている。そして教壇の上には、歴史の先生秘蔵の図巻が広げられたまま。その全てが、開け放たれた窓から差し込む斜陽に照らし出されていた。


 シミアは今日、すぐには教室を離れなかった。彼女は教壇に上がり、歴史の先生が今日解説したローレンス王国の貿易地図を、丹念に観察していた。この地図は、カシウス先生によれば二十年前に描かれたもので、先代のローレンス国王の治世下における、十年間の王国の貿易状況が記録されているという。


 シミアの視線が、ローレンス王国の辺境地図に落ちる。銀潮連邦を除けば、鋼心連邦からローレンスの辺境へと繋がる線が、かすかに数本引かれているだけだった。


「シミア君、まだあの見事な弁論の余韻に浸っているのかね?」


 優しい声が、シミアの背後から聞こえた。カシウスが、斥候兵種を表す駒を慎重に磨いている。彼は斥候の駒を置くと、今度は将軍の駒を手に取った。


 彼は入念に将軍の駒を磨き、それを陽光にかざして埃が残っていないかを確認すると、その駒を砂盤の上、エグモント家が所有する辺境の要塞の隣に、そっと置いた。


「エグモント将軍のような忠誠と武勇は、王国の礎だ。だが、礎だけでは、壮麗な宮殿を建てることはできん」彼はシミアの方を向いた。「そして君は、あの弁論で、私に設計図を描く才能を見せてくれた。君は、礎の位置を決定する、より深層にあるものを見たのだ」


 カシウスは立ち上がり、純粋な称賛の笑みを浮かべてシミアに近づいた。「君には驚くべき才能がある。歴史の表皮の下から、忘れ去られ、真に戦争を駆動する要因を見つけ出した。君はよくわかっている。表向きのローレンス王国の勝利こそが、王国を今の窮地へと導いた誘因であることを。そうだろう?」


 シミアの脳裏に、あの日の弁論でのカシウス先生の意味深な笑みが浮かぶ。理解されたという喜びが、彼女の心に込み上げてきた。この学院で、カシウス先生は、彼女の思考様式を真に理解してくれた最初の人間だった。


「はい、カシウス先生」シミアは体をずらし、カシウスが最も近い距離で地図を見られるようにした。「最近、よく考えるんです。戦争はただの結果に過ぎず、それを引き起こすのは、地理、経済、政治といった要因なのだと。私の考えでは、今の私たちの辺境は、合格点の防衛線とは言えません。本来の役割を、全く果たしていない。ただの……血を流し続ける傷口です」


 カシウスの目に、一瞬の驚きがよぎった。彼は傍らの水差しから温かい紅茶を二杯分注ぎ、その一杯をシミアに手渡した。彼は無造作に教壇に寄りかかり、小さなカップの中の紅茶を揺らしながら、芳醇な香りの茶湯を一口味わった。


「実に興味深い比喩だ、シミア君。もし君が医者なら、この血を流す傷口を、どう治療するのかね?」


 シミアはカップの中でゆっくりと揺れる紅茶を見つめた。甘い香りが鼻先をかすめる。彼女はカップを掲げ、中の紅茶を一気に飲み干した。そしてカップを置くと、教壇の上の定規を手に取った。定規の一端をローレンス王国の辺境に、もう一端を銀潮連邦の辺境に置く。


「最近、よく考えるんです。もしかしたら、これは傷口ではなく、ローレンス王国の『黄金回廊』なのではないかと」シミアは視線をカシウスに向け、まるでその横顔から彼の内心を読み取ろうとするかのように言った。


 カシウスは振り返り、カップを机に置くと、シミアが地図上で行った計測を熟視した。


「黄金回廊?……面白い比喩だ」彼の顔に驚きの笑みが満ち溢れ、「黄金回廊」という言葉に秘められた全ての可能性を、じっくりと吟味している。瞬間、彼の目が輝いた。「受け身の防御を、攻めの姿勢に変える。負担を、富に変える。実に素晴らしい比喩だ。君の案を聞かせてくれたまえ、シミア君」


 シミアは一筋の緊張を感じた。この案は、彼女の頭の中で、もう何度も計算し尽くしたものだ。そして今、一つの機会が訪れた。もしカシウス先生がこの案を認めてくれたなら、実行の可能性はあるのだろうか? 彼女は目を閉じた。一枚一枚、散らばっていた絵が、巨大なカンバスに向かって集まっていく。そしてカンバスの上で自動的に組み合わさり、一つの壮大な設計図が、完成しようとしていた。


「今、王国が衰弱している本質的な原因は、税収の困難さによって、王室の支配力が低下し続けていることにあります。ローレンス王国の辺境は、天然の貿易上の優位性を持っているにもかかわらず、毎年、ごくわずかな貿易しか行われていません」シミアは指でローレンス王国の辺境を指し示した。四通八達の地形と、あまりにも少ない貿易路が、全てを物語っている。


「シミア君は、貿易が少ない原因は何だと考えるかね? 先生は、安全こそが第一の問題だと考えるが」


 カシウス先生の分析を聞き、シミアは頷いた。


「先生は以前、軍事的には、要塞の建設は防御手段であり、莫大な富を必要とするとおっしゃいました。ですが、もし要塞の建設が富を生み出し、しかも富を生み出し続けるとしたら、どうでしょう?」シミアは視線を地図から外し、カシウス先生と向き合った。「想像してみてください、カシウス先生。今、あなたは一人の大領主です。女王が、全ての領主にこう告げるのです。『指定された位置に要塞を建設すれば、未来の十年間、その貿易路上の収益を分配する。王室が必要とするのは、そのうちの二十パーセントの税収のみ』と。どう思われますか?」


 カシウスは、シミアが定規で繋いだ、銀潮連邦とローレンス王国との間の線に目をやった。


「八十パーセントの利益か。……おそらく、ごく短期間で投資を回収できるだろう。私なら、喜んでやる」カシウスは顎を撫で、感嘆に満ちた眼差しでシミアを深く見つめた。「貴族の貪欲さで、王国の防衛線を構築する。……なんという、絶妙な設計だ」


「……未来の税収で、現在のインフラを賄う。シミア君、君のその考えは、もはや『戦術』の範疇を超え、『戦略』の領域に達している。見事だ!」


 カシウスは、シミアへの賛辞を惜しまなかった。先生のこのような様子を初めて見たシミアは、頬を微かに赤らめた。自分の考えが、この分野の専門家に認められたという喜びが、彼女の心を高鳴らせた。


 だがすぐさま、カシウスは話題を一転させ、鋭い質問を投げかけた。


「しかし、それは、虎を養うようなものではないかね? 王国の重要な経済の生命線を、元より権勢を誇る大貴族たちの手に委ねるなど。今日の『黄金回廊』が、明日には王室の首にかかる『絞首索』に変わらないと、誰が言えよう?」


 その質問は、冷水のようにシミアの頭に浴びせられたが、同時に、彼女のより深層の思考を刺激した。今のカシウス先生は、歴史の授業の時の彼とは違う。彼はもはや、他の思惑からシミアの思考のいかなる欠陥も見逃したりはしない。まさに、シミアの真向かいに座る、対局者そのものだ。彼女はわずかに身を乗り出し、意識を完全に目の前の地図に集中させた。


 対局の危機感が、シミアの頭の中のジグソーパズルを、より速く完成させていく。一つ一つのピースが、まるで幾千もの糸で結ばれているかのように、軌道を修正しながら組み合わさっていく。ついに、その一部が、形を成した。


「カシウス先生、この『黄金回廊』は、初めから、一人の大領主に属するべきではありません。それは、無数の断片に切り分けられ、全ての者が、その分け前にあずかるべきなのです! 大領主には要塞を経営させ、向上心のある小領主には特許権を与えて交易をさせ、王室がその過程全体を主導し、平民の収入もこの貿易路の存在によって豊かになるようにする……全ての者の利益がこの回廊の利益と結びついた時、それを破壊しようとする者は、全ての者の敵となるのです!」


 カシウスは、感心したように頷き、シミアが提示した筋道に沿って思考を巡らせた。


「しかし、その構想では、大貴族と小貴族の実力は、等しくはないのではないかね? もし彼らが結託し、弱小な参加者を併呑しようとしたら? 我々は、それを防ぐことができるのか?」


 シミアの脳裏では、この問題に該当するピースは、とうに適切な位置に収まっていた。今のカシウス先生は、間違いなく、彼女がこの設計図を完成させるのを加速させる「仲間」だった。


「カシウス先生、この計画では、軍事力と経済力を共に成長させることが必要です。大領主には、王室のために軍拡の費用を支払ってもらいましょう。富を差し出して軍拡に協力する領主こそが、忠誠ある領主。協力しない領主からは、豊かな領地を没収します。『必要がなくなれば返還する』と約束はしますが、実際には一度王室の所有となれば、軍の維持費用を名目に、長期にわたって保有することができる。彼らは、その豊かな土地を永久に失うことになるのです。同時に、小領主にはより多くの権利が与えられます。彼らは各自の限度額に応じて私兵を増強でき、それによって大領主が容易に彼らを併呑することを防ぎます。最後に、これらの小領主の同盟を制御するため、いかなる貴族家の婚姻も、女王陛下の同意を得なければ、行うことはできません」


 シミアは、内部の牽制に関する構想を、一息に語り終えた。一連の思考に、彼女の胸は激しく上下し、その顔には酸欠による紅潮が差していた。


 カシウスは静かに耳を傾けていた。彼は彼女を遮ることなく、ただ彼女が話し終えた後、ゆっくりと、まるで嘆息するような口調で、最後にして、最も致命的な問題を投げかけた。


「……完璧すぎる、シミア君。内部の権力、利益、軍事が、完璧な均衡を保った理想郷だ。だが……我々のこの、時計のように精密な計画は、全て、一つの甘い仮定の上に成り立っている」


 彼はシミアの隣に歩み寄り、指を伸ばすと、地図の上、ローレンス王国の国境線を、そっとなぞった。


 カシウスは振り返り、沈みゆく夕陽を見つめながら、ゆっくりと言った。


「――我らが隣人たち、あの虎視眈々と狙う狼の群れが、静かに、我々に十年、あるいは二十年もの時間を与え、我々が門を閉ざして内政を整え、そして比類なく強大になるのを、ただ指をくわえて見ているだろうか、と?」


 その問いは、シミアの脳裏にあるカンバスを撃ち抜いた。カンバスに、巨大な穴が開く。そうだ、この計画が始まった時、それはローレンス王国が大陸全体に対する野心と脅威を宣言したも同然なのだ。かつて、ローレンス王国が強盛であった時、四カ国が結託して王国を陥れた。その歴史の光景が、必ずや再び繰り返される。


 沈黙に陥ったシミアを見て、カシウスは穏やかで、励ますような笑みを浮かべ、懇々と諭すように言った。


「構わんさ。これは、ただの思考実験だ。大胆に考えるんだ。もし君が女王なら、この解なき外的難題に、どう立ち向かう?」


 シミアは深く息を吸い込み、ローレンス王国に最も近い隣人、銀潮連邦を指差した。


「私は、その中で最も弱小な狼の一群を選びます。銀潮連邦は、貿易に対して、ほとんど執着に近い渇望を抱いている。地図上の、あの複雑な貿易路が、全てを物語っています。彼らはきっと、ローレンス王国と協力し、自らの製品を全世界に売りさばくという要請を、拒まないでしょう」


 最後の一言が落ちると、教室は長い静寂に包まれた。夕陽が窓から地図の上に差し込み、世界は、銀潮連邦とローレンス王国を横断する定規によって、二つに分かたれていた。シミアの脳裏にある設計図は、すでに完成していた。


 カシウスの顔から、笑みが消えた。彼は深く、長く、目の前の少女を見つめた。その眼差しは、言葉では言い表せないほどに複雑だった。そこには驚愕があり、賛嘆があり、そして、教師が生徒に向けるべきではない、ある種の……畏怖さえあった。


 だが、その畏怖の念は、すぐに彼によって完璧に隠された。


「……実に……息を呑むような構想だ、シミア君」


 しばしの後、彼はようやく、ゆっくりと口を開いた。その声は、穏やかさの中に、微かな震えを帯びていた。それは、抑えきれない興奮の震えだった。「あまりにも大胆で、あまりにも危険だ。だが、君の教師として、このような天才的な構想を、ただ放課後の議論の中に埋もれさせておくわけにはいかん」


 彼は、再びあの物分かりのいい笑みを浮かべた。


「君のこの『夢』を、私が整理した上で、一つの参考意見として、女王陛下に上奏することに、異論はないかね? もしかしたら、王国の未来のために苦悩しておられる陛下に、何か全く新しい思路を提供できるかもしれん」


「……本当によろしいのですか?」シミアは少し信じられなかったが、それ以上に、認められたという喜びに満たされていた。


「もちろん」カシウスは、力強く頷いた。「これは私が教師として、私の最も優秀な生徒のためにしてやれる、唯一のことだ」


「ありがとうございます、カシウス先生!」


 シミアは感激してカシウスに深く頭を下げると、躍るような心地で自分のものをまとめ、教室を後にした。


 カシウスは窓辺に歩み寄り、無表情のまま、弾むように去っていくシミアの後ろ姿を凝視していた。その姿は次第に小さくなり、木々に遮られて見えなくなった。彼は、教室の窓を一枚、また一枚と閉め、カーテンを引いた。


 教室は、途端に暗闇に包まれた。唯一の光が、教室のドアのわずかな隙間から、室内へと差し込んでいる。


 カシウスは懐から一冊の手帳を取り出し、黒い表紙を開くと、ある軍事戦略論の生徒に関する報告を、詳細に紙の上へと記録していった。


 彼は栞を動かし、シミアの学生報告が記載されたページを、素早く見つけ出す。


 そしてペンを手に取ると、報告の横に、こう書き加えた。


目標コードネーム:軍神 (ぐんしん)


構想名称:黄金回廊 (おうごんかいろう)


初期評価:戦略は高い実現可能性と、破壊的ポテンシャルを有する。


核心的突破口:銀潮連邦との同盟意向。


対応方案:実現可能性及び制御可能性に関する、深度評価を開始する。


計画:接触レベルを引き上げ、受動的接触から能動的接触へと移行する。


 後日、大陸全体の勢力図を覆すことになる嵐が、この誰にも知られぬ教室で、その最初の構想を終えたことを、知る者はまだ誰もいなかった。

この話まで読み続けてくださっている読者の皆様、本当にありがとうございます。


振り返ってみると、六年前の物語は今と比べてずっと未熟だったことに気づかされます。ですが、あの頃の物語でさえ受け入れてくださった皆様がいるのなら、私がもっと良い物語をお届けしない理由があるでしょうか?


本章は、この巻の嵐へと繋がる重要な章です。そう遠くない未来に、白熱の戦いが待っています。もしここまで読んで少し退屈に感じられた方がいらっしゃいましたら、どうか、この物語のクライマックスをお見せする機会を私にください。


追伸:

この一話は何度も書き直したため、多くの時間を費やしてしまいました。それが言い訳にならないことは重々承知しております。本日、この一話しか更新できなかったことを、どうかお許しください。本当に申し訳ありませんでした。

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