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ゼロから始める軍神少女  作者:
第一巻:「黄金回廊」の誕生 (だいいっかん:おうごんかいろう の たんじょう)
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嵐の後の、新たな陽だまり

 学院の休日、シミアはシャルとシメルの寮に招かれた。シメルが寝間着のままドアを開けてくれると、部屋の中から食欲をそそる豊かな料理の香りが漂ってきた。かつて故郷でシャルと二人で暮らしていた日々が、まるで目の前にあるかのように蘇る。キッチンで忙しそうに立ち働くシャルの姿を見つめていると、シミアの頬が自然と緩んだ。


「今日の朝からずっと、シャルがキッチンに籠もりっきりでね。少し手伝おうと思ったんだが、不器用でかえって邪魔になった」シメルは申し訳なさそうな顔で言った。


「そんなこと思わないでください、シメルさん。シャルは昔から料理が得意なんです。彼女にとって、料理は楽しみの一つですから」


 シャルは身をかがめ、スープ鍋から一さじ分をすくい取ると、慎重に一口すすった。スープの味が口いっぱいに広がると、彼女の顔にぱあっと笑みが咲いた。


「あ、シミア様。お味見をどうぞ!」シャルはスプーンを差し出し、シミアに飲ませてあげる。


「美味しい」


「シメル様も、どうぞ」差し出されたスプーンに、シメルは顔を真っ赤にした。


 ……


 午後、三人はリビングのソファに座り、談笑していた。


「えっ、シミア様は図書館へ?」


「ええ。コーナ先生から、休みの日に本を読みに行ってもいいって許可をもらったの。午後には出発しようと思ってる」


 図書館の話題になると、シミアの表情が険しくなった。


 少し離れたソファに座り、シメルは木剣の手入れをしていた。彼女は指の上で木剣のバランスを取り、その重心を探している。長年振り回してきたせいで、木剣の重心はかなりずれてしまっているようだ。そのことに気づいたシメルは、深くため息をついた。


「やはり、今の国内の状況が、あまり良くないからかな?」


「……ええ。一言で言えば、とても厳しい状況になるわ」シミアは、あの日のミリエルの表情を思い出した。考えてみれば、彼女は即位してからというもの、ずっとこれほどの重圧を背負ってきたのだろう。


 シャルがキッチンに駆け込み、戸棚から小さな袋を一つ取り出して、シミアの手に渡した。


「シミア様、これをお持ちください」


 袋越しに伝わる感触と、甘い香り。シミアはすぐに、袋の中身が何かを当てた。


 ……


 周りに誰もいないことを確認してから、シミアは図書館のドアをノックした。


 コーナはまずドアを少しだけ開け、シミアを中へと招き入れた。


 廊下を歩きながら、シミアは今日のコーナ先生の様子を観察した。いつもとどこか違う気がする。すぐに、彼女はコーナ先生の髪が少し乱れていることに気づいた。本来はストレートなはずの髪に寝癖がついて少しカールしており、どうやら徹夜明けのようだった。


「今日もお邪魔します、コーナ先生」


「いつもと同じだ。君の必要なものを教えてくれれば、私が取ってきてやろう」


 シミアはもう何度か図書館を訪れていたが、コーナ先生はいつも、彼女に代わって本を取ってくることを譲らなかった。シミアがその理由を尋ねた時、コーナは「『あの方』のご要望だ」と、要領を得ない答えを返すだけだった。


 シミアがソファに座ってまもなく、コーナが美味しい紅茶を運んできてくれた。


「コーナ先生」シミアは鞄の中から、シャルが出かける前に持たせてくれたクッキーの袋を取り出した。「ぜひ、召し上がってみてください!」


 コーナはクッキーの袋を受け取ると、いぶかしげに一枚を取り出した。クッキーが口の中で咀嚼されると共に溶けていくと、その顔に信じられないという表情が浮かんだ。


「これは!?」


「私の自慢の家族、シャルが作ったんです。どうぞ、お納めください。いつもお世話になっておりますので」


 それまで疲れた表情をしていたコーナの顔に、一筋の緋色が差した。


 ……


 シミアは図書館の蔵書の中から、多くの疑問点を見つけ出していた。例えば、銀潮連邦がローレンス王国への戦争を仕掛けなくなってから、ローレンス王国はかえって急速な衰退に陥っていること。


 具体的には、貴族と王室の分裂、そして王室の税収の減少。これらはそれぞれ、王室の歴代の帳簿と、王室の歴史資料によって裏付けられていた。


「……どうやら、事実の真相は真逆。戦争こそが、ローレンス王国を育て、その安定を維持していたのね」シミアは小声で呟いた。


 そして銀潮連邦は、初めはただの試みだったのかもしれないが、ローレンス王国が具体的な証明を示したことで、現在の戦略を確立したのだろう。


 シミアは、戦争を主要な手段としなくなって以降、銀潮連邦の内部構造もまた激変したことに気づいた。一つは、主要な構成要素であった港湾家族同盟の変貌だ。かつて貿易同盟グループは海洋の支配を主張し、戦艦の力で貿易路を世界中に広げようとしていた。しかし、ローレンス王国との戦闘を停止してからは、貿易同盟は輝煌帝国との協力に転じ、奢侈品や各種原材料を輸入するようになった。


 シミアの脳裏に、銀潮連邦の全体像が浮かび上がった。海洋に固執する港湾家族同盟と、新興の製造業工房主グループ。それに対応するのが、港湾同盟地区と工房地区という二大区域だ。全体的に見れば、面積も人口も、ローレンス王国の規模とは大きな差がある。しかし、シミアが二つの区域を一つの塊として繋ぎ合わせ、その密度を比較してみると、銀潮連邦の効率は、広大な領土を持つローレンス王国よりも遥かに高いことがわかった。


(戦争を原動力としていたかつての銀潮連邦は、歩みを止めた。それは、彼らの野心が消えたからではないのかもしれない。海洋は、陸地との協力があって初めて、現在の局勢を変えられると気づいたからだ。でも、本当にそれほど単純な話?)


(銀潮連邦の最初の状況に立ち返ってみましょう。連邦の海軍は、海軍を発展させて貿易を拡大することで国を強盛にしようと主張した。一方、陸軍はローレンス王国を併呑し、大陸の他の列強と覇を競うための条件を得ようと主張した)


(しかし、海上貿易をする限り、銀潮連邦は輝煌帝国との争いを避けられない。当時の銀潮連邦の状況では、輝煌帝国と渡り合うのは困難だった)


 その映像の中で、全く異なる二つの方向性が、一つになろうとしていた。そしてその時、工房主グループが、地図の上で橙黄色の光を放っている。


(一方、工房主グループの要求は異なる。彼らは、ローレンス王国の辺境が各國に通じていることを発見した。そのため、彼らは陸上貿易をより必要としており、ローレンス王国の地理的な位置こそが、彼らにとって最大の障害だったのだ)


 ローレンス王国の地図が、映像の中に広がっていく。銀潮連邦の海上勢力が灰色に翳ると、一つの区域が強烈な光を放ち始めた。それこそが、大陸全体の中心、ローレンス王国の辺境の地。彼らの商品を、必要とするどの国へも届けることができる場所。


(しかし、この地域を支配するためには、大量の商品を製造するだけでなく、かつてのローレンス王国のような強大な軍事力が必要になる。それこそが、銀潮連邦が生き残るために必須の保障なのだ)


(彼らは、ある偶然の発見を通じて気づいた。戦争を失った後、ローレンス王国の内部はもはや団結しておらず、戦争という手段を用いさえしなければ、王国は自ずと瓦解していくのだと)


(彼らは悟った。ローレンス王国の土地を、実際に占領する必要などないのかもしれないと。ただローレンス王国を支配するだけで、彼らの戦略的要求の大部分は実現できる。そして、ローレンス王国こそが、彼らの全ての苦境を解く鍵なのだと)


 一筋の光が、空を突き抜け、映像全体を貫いた。すべてが、破片となって散っていく。


 ……


 図書館の窓から、黄昏の光が閲覧スペースに差し込んでいる。細かな埃が陽光を浴びて銀色に散乱し、室内を素早く舞っていた。


「コーナ先生、今日は本当にありがとうございました」


 シミアは自分で資料を元の場所に戻したかったが、コーナ先生との約束に従い、読み終えた全ての資料を彼女の元へ運んだ。


「ん? 気にすることはない」


 シミアは資料を抱え、それを二つの山に分けて、コーナの前の机の上に積み上げた。


 資料の山が低くなるにつれて、シミアとコーナの視線が合った。


「シミア、ずっと気になっていたことがあるんだ」


「何でしょうか、コーナ先生?」


 コーナは少し考えてから、自らの疑問を口にした。


「これらの資料は、本当にそんなに面白いのか?」


「はい」シミアは、即座に答えた。


 コーナはシミアをドアまで見送り、次第に遠ざかっていく彼女の後ろ姿を眺めながら、しばし物思いに沈んだ。


「どうやら……君と『あの方』は、かなり話が合いそうだな」


 コーナは、そう結論づけた。

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