表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ゼロから始める軍神少女  作者:
第一巻:「黄金回廊」の誕生 (だいいっかん:おうごんかいろう の たんじょう)
26/131

軍略の教室、世界の盤上

 シミアは教室のドアの外に立ち、中庭の風景を眺めていた。風が枯れ枝を揺らし、積もった雪を払い落とす。陽光が廊下一面に広がり、シミアは、王都に来たばかりの頃の寒さとは打って変わって、気候が大きく変化したことを感じていた。暖かくなるにつれて、春の訪れもそう遠くないだろう。


 開け放たれた教室のドアから、中の様子を窺うことができる。普通の、机と椅子が並べられた教室とは違い、軍事戦略論の教室の中央には、実物の砂盤が置かれていた。その砂盤を囲むように、三方に机と椅子が配置されている。授業はほぼ満席で、出席している生徒のほとんどは険しい表情を浮かべ、鋭い眼差しでカシウスを見つめていた。


「簡単に紹介しよう。我らが軍事戦略論の、新しい仲間だ」


 カシウスの紹介と共に、シミアは教室の外から中へと足を踏み入れた。


「こちらは一年生のシミア君だ。これから彼女も、この軍事戦略論の受講生となる」


 教室中の視線が自分に集まるのを感じ、シミアはそれがことさらに突き刺さるように思った。だがその視線は、悪意や嘲笑に満ちたものとは異なり、どこか値踏みするような性質を帯びている。考えてみれば、どのような生徒が軍事戦略論を学ぶ必要があるのだろうか? それは将来の領主か、あるいは軍の統率を学ぶ必要のある将軍か。なるほど、だから軍事戦略論の生徒はごく少数なのかもしれない。彼らは、シミアが「罰せられし者」であることを見下したりはしない。なぜなら、彼らの思考は、すでに領主のそれへと入っているからだ。


 簡単な自己紹介を終えた後、シミアは他の生徒から少し離れた机を見つけて腰を下ろした。


 一方、カシウスは教壇に歩み寄り、歴史の先生から受け取った図巻をゆっくりと解き始める。彼はまるで愛おしい戦利品を撫でるかのように、優しく、引き裂かないよう慎重に図巻を広げた。


「これは歴史の先生から借りてきた地図だ。今日のこの授業を借りて、諸君にこの地図の価値を知ってもらいたい」


 シミアはカシウスと視線を交わし、意味深な笑みを浮かべた。それから彼は振り返り、黒板に絵を描き始めた。


 ローレンス王国が位置する大陸は、五つの国から成り立っている。真北に位置するローレンス王国。その東にある銀潮連邦。南東に位置する鋼心連邦。南西に位置する永遠の烈陽帝国。そして、大きな川によって隔てられ、巨大な離島に建国された、北西の輝煌帝国。


 かつて大陸は、幾度となく統一と分裂を繰り返してきた。この大陸を、永きにわたって治めることができた統治者は、ほとんどいなかった。


 シミアは、カシウスが生徒たちに示す知識を、まるで飢えた者のように記録していく。かつての彼女は、シャルと二人、南部の農業領にある小さな村で暮らす村娘に過ぎなかった。知識の限界は、せいぜい不正確なローレンス王国の情報を知る程度。しかしカシウスの紹介によって、シミアはより広大な世界に触れる機会を得たのだ。


「銀潮連邦は、ローレンス王国に最も近い国だ。我々は銀潮連邦とほぼ隣接しており、両国の間には長い国境線がある。そのため、我々は彼らと付き合わざるを得ない。長きにわたり、両国の関係は貿易が主だった。それは、歴史上の戦役におけるローレンス王国の驚異的な勝率の賜物だ」


 カシウスは、過去のローレンス王国と銀潮連邦の交戦史を一つ一つ数え上げていく。


「今、隣国に比べ、ローレンス王国はまさに衰弱期にある。諸君は、銀潮連邦が今、何を考えていると思うかね? そして、我らが他の三つの隣人が、どのような役割を演じると思う? ……シミア君、君があの弁論で見せた手腕と戦略的思考は、見事だった。この現状について、何か見解はあるかな? 期待しているよ」


 耳元で、羽根ペンが紙の上を素早く擦る音が聞こえる。シミアが顔を上げると、ほぼ全ての生徒が自分のノートに何かを書き込んでいた。


 シミアは羽根ペンを取り、紙の上にキーワードを書き出す。『ローレンス王国衰弱、隣国はいかに好機を掴むか?』


 地図の描写によれば、銀潮連邦はローレンス王国とほぼ隣接している。シミアの頭に、疑問が浮かんだ。一般的に、これほど隣接した国家の一つが衰弱すれば、もう一方の国がその機に乗じて行動を起こさないだろうか? 特に銀潮連邦は、長い国境線の至る所に、無数の突破口を見つけられるはずだ。彼らがこの機会を無視するはずがない。ならば、彼らが戦争という手段を取らないのであれば、一体どのような手段を取るのだろう?


 シミアの脳裏に、両国の国境が浮かび上がる。


(銀潮連邦がローレンス王国に戦争を仕掛けないのは、この好機を掴みたくないから?)


(違う。銀潮連邦は歴史上、ローレンス王国にほとんど勝利していない。きっと、ローレンス王国が持つ、軍事面での何らかの優位性を警戒しているのだ)


 国境の映像の中で、両国の軍が戦場で激しくぶつかり合っている。


(では、この衰弱したローレンス王国に対し、銀潮連邦は何も考えていないとでも?)


(ありえない。なぜなら銀潮連邦は、長い国境線がもたらす危険性という可能性を、無視できないからだ)


 ローレンス王国の軍隊が戦場から撤退する。銀潮連邦はじりじりと敗退していく。しかし、ローレンスを象徴する青い光が消えゆき、銀潮連邦を象徴する銀色の光が、徐々に国境を越えていく。


(では、銀潮連邦は、一体どうするのだろう?)


(経済面では、ローレンス王国の衰弱を利用し、王国が連邦に依存する度合いを高めることができる)


 映像の中で、銀潮連邦の隊商が絶えずローレンス王国へと流れ込んでいく。一本、また一本と、銀色の根が国境を越え、王都へ、南部の農業領へ、辺境地域の各拠点へと伸びていく。


(政治面では、ローレンス王国内で王室から離反しつつある貴族たちを抱き込むことができる)


 王都の区域、南部の農業区域、辺境区域から、それぞれ異なる色の光の柱が立ち上る。区域の内部でも次々と光の柱が現れ、ローレンス王国の統治力は次第に衰えていく。


(外交面では、ローレンス王国を孤立させる環境を作り出すことができる)


 映像の中で、各国がローレンス王国の国境付近に軍隊を配置している。永遠の烈陽帝国を象徴する赤色、輝煌帝国の黄色、鋼心連邦の白色、そして銀潮連邦の銀色が、徐々にローレンス王国の領地を侵食していく。


(もし私なら、これらの策を、全て同時に使う)


 鮮明な映像が、目の前で急速に崩れ落ちた。強烈な眩暈がシミアを襲い、世界がぐるぐると回るように感じられ、耳元でブーンという鳴き声が響く。シミアは片手で頭を支え、もう一方の手で机の縁を固く掴み、ようやく体を安定させた。


 しばしの後、シミアの異常は徐々に消え、思考がこの上なく明晰になるのを感じた。彼女はペンを手に取り、ノートに三つの答えを書き記した。『経済、政治、外交』。


 ほとんどの生徒がペンを置いたのを見て、カシウス先生は黒板に記された鋼心連邦の位置を指で示した。


「鋼心連邦は、全ての主要国と距離を保っている。数十の傭兵団から成る国家として、そうして初めて、他の大国から警戒されずに済むのだ」


 シミアは頷いた。実に賢明な決定だ。広大な土地を空けている主な理由は、おそらく補給の困難さを意図的に作り出すためだろう。鋼心連邦が、周辺国家に自国周辺の橋頭堡を築かせないようにしさえすれば、連邦の独立と安全は確保しやすくなる。


 シミアはノートに書き記す。『鋼心連邦――後方支援の困難さを創出』。


「他国の侵攻を隔絶するのは、確かに利点の一つだ。だが、より重要なのは、自国と利益が衝突する相手の軍を、誰も雇わないということだ。つまり、鋼心連邦は全ての国に対し、『自分たちは安全である』という印象を与えている。これは、国家を構成する主体である傭兵団と、密接不可分な関係にある」


 カシウス先生の分析に、シミアは目を見開いた。彼女は思わず、最後の弁論の授業で、カシウス先生が耳元で言ったあの言葉を思い出した。


(カシウス:これが、真相の全てではないのだろう?)


 シミアはノートに書き記す。『体制がもたらす特殊性』。


 教壇で滔々と語るカシウス先生を見て、シミアは気づいた。――カシウス先生は、あの弁論で、決して全力を出してはいなかった。


 余計な考えを振り払い、シミアは再び授業に意識を集中させた。


「永遠の烈陽帝国は面積が広大で、ここ数十年間、輝煌帝国と長期にわたる争いを続けている。永遠の烈陽帝国は強大な陸軍を持ち、一方の輝煌帝国は強力な艦隊を持つ。輝煌帝国が海上貿易路を掌握しているため、永遠の烈陽帝国は『泣血の港』を通じて他国と貿易することができない。輝煌帝国が海上から上陸するのを防ぐため、強大な陸軍を維持せねばならず、それによって国力は長期にわたり消耗している。両国は互いに征服することができず、いずれ戦争を停止する日が来るだろう」


 シミアはノートに書き記す。『永遠の烈陽帝国と輝煌帝国の戦争、陸軍国家と海軍国家? 数十年続く戦争』。


(これは、終わらない戦争なのだろうか? 停戦するのだろうか?)


 シミアの考えは、カシウスとは異なっていた。表向きは両国がそれぞれ陸軍と海軍に傾倒しているように見えるが、実際には両国とも、好機を窺っている。相手の隙を見つけ、自らが隠し持つ力で、一撃のもとに敵を仕留める機会を。


 シミアはノートに書き記す。『戦争には、勝者が生まれる』。


(そして、それはローレンス王国にとって、何を意味するのか?)


 シミアはノートをローレンス王国のページまでめくった。『過去、四カ国が共謀しローレンスの国力を消耗させ、ローレンスは国力が衰弱し、緩衝地帯となった』。


 シミアは羽根ペンを取り、その後ろに書き加えた。『――これは好機だ』。


 一度、輝煌帝国と永遠の烈陽帝国の間で勝者が決まれば、その勝者は最強の陸軍と最強の海軍を同時に手にする機会を得る。


 シミアはしばし躊躇い、ノートに書き記した。『統一戦争は、必至』。


 そして最良の進攻方向は、歴史上、四方全ての国が覬覦きゆしてきた、全ての国を繋ぐ結節点――ローレンス王国の辺境。


 シミアはその後に書き加えた。『辺境、戦場』。


 シミアの心は、ひどく重くなった。大陸の形勢を繋ぎ合わせて考えれば、ローレンス王国は今、まさに生死を分ける時点に立たされている。


 シミアは唇を固く結び、ノートに書き付けた。『女王、改革、辺境、時間』。


 最後の一文字を書き終えると、シミアはペン先を「時間」という言葉の上に、強く突き立てた。そして、大きな円を描く。その円が途切れた場所で、一滴のインクが紙に滲み、黒い小さな点が、ゆっくりと白い空間を侵食していった。


 シミアはノートを閉じた。彼女は、乾きゆくインクの染みを見つめ、その眼差しは、この上なく固い決意に満ちていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ