選択のあと、ささやかな日常
職員室のドアの前で、シミアは深く息を吸った。
ドアをノックすると、見知らぬ教師に案内され、職員室へと足を踏み入れた。
まず、歴史の先生の席の横を通り過ぎる。彼はひどくやつれた様子で、シミアの姿を見ると、まるで怯えた兎のようにさっと視界から消えた。
カメル先生の席は、一番奥にあった。彼はシミアを頭のてっぺんからつま先まで値踏みするように見つめ、そして冷たく口を開いた。
「言え、何の用だ」
「カメル先生、これまでの魔法実践の授業でのご指導、大変感謝しております。本日は、魔法実践の授業からの離脱許可を、正式にお願いに参りました」
カメルはしばし考え込み、深くため息をついた。彼が口を開いた瞬間、シミアは、カメル先生から感じていた拒絶の雰囲気が溶けていくのを感じた。
「シミア、君は弁論に勝った。私は約束を守り、君を授業に残そう」
シミアは、カメル先生がもはや自分が彼の生徒であるという事実を拒むことはないだろうと分かっていた。しかし、彼女の答えはとうに決まっていた。
「実は……私はもう、カシウス先生のお誘いを受け、軍事戦略論を履修することに決めております」
カメルは、空席になっている机の一つに視線を向けた。
「カシウスの奴、一体何を考えているんだ。軍事戦略は……二年生の課程だぞ」
「……わかった。魔法実践からの離脱を許可しよう。だが……」カメルはシミアと視線を合わせ、そして逸らした。「もし軍事戦略論に馴染めなかった時は、私が魔法実践に戻ってくるのを拒むことはない」
とっくに魔法実践を離れると決めていたはずなのに、シミアは驚いたことに、自分がそのことに一抹の名残惜しさを感じていることに気づいた。
「ありがとうございます、カメル先生」
カメル先生に別れを告げ、シミアはシャルの寮の近くまでやって来た。中庭のベンチにシメルが座っているのが見え、彼女はシミアの姿に気づくと手を振ってくれた。
二人で寮のドアをノックすると、シャルと三人のルームメイトが中にいた。
去り際に、シャルはルームメイトたちに最後の別れを告げた。
シメルが、シャルの荷物運びを手伝うと申し出てくれた。三人はそのまま、談笑しながらシメルのいる寮まで歩いて行った。シメルの寮は領主クラスの生徒の寮よりも近く、内部の利用可能なスペースも広く、独立したキッチンまで付いている。新しい寮の様子を見て、シャルは興奮してあちこち見て回った。
「本来、父上は私を領主クラスに入れたがっていたんだ。だが、私には姉上のような頭脳も、弟のような忍耐力もない」シメルは恥ずかしそうに笑った。「私が唯一興味があるのは、剣を振ることだけだからな」
シャルは、前の寮にはなかったキッチン設備をあちこちと見て回り、その顔にはこの上なく輝かしい笑みが咲き誇っていた。
生き生きと跳ね回るシャルを見て、シミアのこの間ずっと張り詰めていた精神も、ようやく緩んだ。
「本当は、私も領主学院には入りたくなかったの。でも、いくつかの理由があって……もしかしたら、シャルと一緒に故郷に帰るのが、私たち二人にとって一番良かったのかもしれない」
「そんなことありません、シミア様。近頃のあなたの噂は、たくさん耳にしております。平民クラスの生徒たちの間では、あなたは大変な人気ですよ。きっと、生まれながらにして領主にふさわしい方なのだと思います」
なぜだろう。シミアは、突然両親の死を知らされたあの時のことを思い出した。もしかしたら、あれは自分への警告だったのではないかと、何度考えたことだろう。
「お恥ずかしい話だが、私は料理ができなくてね。キッチンは埃をかぶっている」
「とんでもないです、シメル様! あの、もしよろしければ、このキッチンをお借りしてもよろしいでしょうか?」
「え? ああ、構わん。好きに使ってくれ」
シミアが物思いに耽っている間に、シメルとシャルはすっかり打ち解けていた。
「シミア様、一緒に食材を買いに行っていただけませんか?」
「ええ……いいわ」
二人は学院の敷地を出て、さらに遠くの商店街へと向かった。学院内の食材はいつも随分と高い。シャルは手慣れた様子で平民街の露店を見つけ、夕食の食材を選び始めた。シャルの軽やかなハミングを聞きながら、二人は学院に戻った。夕日が、ゆっくりと落ちていく。橙色の夕焼けに向かって、二人は談笑しながら歩いていた。
「そういえば、シミア様、あれを召し上がりたくありませんか!」
「あれって?」
「実は、先ほどシメル様のお部屋で、オーブンを見つけたんです」
「久しぶりにシャルの得意料理が食べたいわね。焼きクッキー」
「本当に食いしん坊ですね、シミア様は」
……
彼らが知る由もなかったが、校舎の最上階で、カシウスが静かに窓辺に寄りかかり、開かれたカーテンの隙間から、その二つの小さな影をじっと見つめていた。
夕日が、彼女たちの影を長く、長く伸ばしていく。楽しそうに語らいながら、家路につく二人。もし誰かが偶然その光景を目にしたら、きっとその雰囲気に当てられて、笑みをこぼしたことだろう。
カシウスはいつもの笑みを消し、懐から手帳を取り出すと、シミアの名前が書かれたページを開いた。そして、シミアの名前の横に、こう書き加えた。
――シャル(ただのメイドか?)
夕日は、間もなく沈む。夜が、すぐそこまで来ていた。