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ゼロから始める軍神少女  作者:
第一巻:入学と弁論編 (だいいっかん:にゅうがくとべんろんへん)
23/131

戦場の真実、軍神の閃き

 シミアは深く息を吸い、目を閉じた。再び目を開けた時、満員の教室が彼女の目に飛び込んできた。


 普段は後方の席を奪い合っている生徒たちが、今日に限っては早い時間から前方の席を陣取っている。あの日シャルを虐めていた三人の女子生徒の顔も、シミアは一目で見つけた。


 後ろを振り返ると、トリンドルがシミアに微笑みかけている。ミリエルは相変わらず無表情だ。二人はいつものように中央の席に座っている。アルヴィン・ヴィルドは普段よりさらに後ろの列に座っており、シミアと目が合うと慌てて視線を逸らした。


 さらに後方には、多くの他クラスの生徒たちの姿もあった。その多くは武器を携え、服装も領主クラスの制服とは異なり、平民出身の生徒のようだ。


 最後列で最も印象的だったのは、シメル・ディエスだ。彼女の剣は机の横に掛けられ、授業の開始を真剣な面持ちで待ち構えている。シミアの視線に気づくと、彼女は頷いて挨拶を返した。


 教室の壁際には、大勢の教師たちが立っている。レインとシャルはドアに近い隅にいた。シャルの眼差しは憂いに満ち、その表情は今にも泣き出しそうで、シミアは彼女を強く抱きしめたくなった。レインは手にした本を開いているが、シミアの視線に気づくと、適当にページをめくった。本を読んでいるつもりなのだろうか? しかし、シミアの位置からでも、その本が逆さまであることは見て取れた。


 反対の窓際には、短い紫髪が見えるだけ。肝心の顔は分厚い本で隠れており、校内で唯一、教鞭を執っていないはずのコーナ先生まで駆けつけていた。その隣には、カメル先生が険しい表情で、戦意をみなぎらせて立っている。


「コホン。諸君、歴史の授業へようこそ」教壇の中央に立つ歴史の先生が咳払いをする。「本日、我々は事実と根拠をもって、とある生徒の傲慢で無知な幻想を正していく!」


「議題は――狩神892年の戦争の真相、である!」歴史の先生は、黒板に予め書かれていたタイトルを力強く叩いた。


 言い終えると、歴史の先生は机に山と積まれた七巻の地図の中から、目当てのものを取り出した。シミアは、その地図の中央部分に小さな欠けがあることに気づいた。おそらく、これが歴史の先生がいつも自分で地図を広げる理由なのだろう。「ではまず、我らが軍事戦略論のカシウス先生から始めてもらおう」


 歴史の先生が教壇の脇へ移動するのを待ち、カシウスが攻勢に出た。


「シミア君。仮に、歴史における永遠の烈陽帝国の兵力記録が誤りだとして、その兵力が半減したとしても、帝国軍がローレンス王国軍に対して優位であることに変わりはない。これでは、王国が勝利できた理由の説明にはならん。わかるかね?」


 壇下からの無数の視線を感じ、シミアは少し気後れした。人生で、これほど多くの人々の前で話すのは初めてだった。


 彼女が視線を落とした時、あの日シャルを虐めた女子生徒の一人が目に入った。彼女は得意げな笑みを浮かべており、まるで勝利を確信しているかのようだった。


 シミアは拳を固く握りしめた。手入れをしていない爪が手のひらに食い込み、その痛みが彼女を少しだけ覚醒させる。彼女は視線を目の前の地図に戻した。あの日、きっとまだ何か見落としていることがあるはずだ。彼女は地図上をくまなく探す。ローレンス王国の国境には三つの要塞が記されている。鋼心連邦の国境はさらに遠く、そこには三つの要塞群が構築されていた。平原という広大な土地を発展させず、これほど後方に引いているからには、鋼心連邦はきっと何らかの戦略を想定していたに違いない。


 待って……鋼心連邦?


 この戦争で、鋼心連邦は一体どのような役割を果たしたのか。シミアの視線は、地図上のローレンス王国と鋼心連邦領内にある要塞に注がれた。鋼心連邦にとって、これらの要塞群は一体誰から身を守るためのものなのか? 鋼心連邦がこれほど後方に引いているのに、なぜローレンス王国はわざわざ鋼心連邦に近い側に要塞を築く必要があったのか? あまりにも不合理だ。


 きっと、この全ての違和感を説明できる、内在的な論理があるはずだ。


 シミアは目を閉じた。無数の可能性が、彼女の目の前を次々と過ぎていく。――何かを見落としている!


 シミアは目を開け、地図上から見落とした細部をもう一度探そうとしたが、カメル先生の視線とぶつかってしまった。


 もしこの賭けに負ければ、彼女はカメル先生の魔法実践の授業から去らなければならない。


 一筋の光が、厚い雲を突き抜け、シミアの脳裏にある戦場を照らし出した。


「まだ足りない、まだ何か見落としが……」シミアは小声で呟いた。


 彼女の思考は、最初の歴史の授業へと戻る。きっと、まだ気づいていない細部があるはずだ。シミアの頭の中に、あの日の授業風景が浮かび上がる。


 歴史の先生:「永遠の烈陽帝国を代表する主力はクガ階層であり、その階層は清一色で四千人を超える騎士部隊。そして騎士部隊の後方には、二万人の奴隷兵がいた」


(シミア:ええ、そうよ。永遠の烈陽帝国の主力は騎兵)


 歴史の先生:「ローレンス王国を代表するのは七名の領主。それぞれが三百人の兵を率い、その多くは甲冑をまとった槍兵だった」


(シミア:でも、たとえ槍兵でも、数倍もの騎兵に勝つのは難しい)


(シミア:待って!)


 教室の光景が、まるで地面に落ちた鏡のように、粉々に砕け散った。


 シミアの意識は、教室から戦場へと飛ぶ。


(シミア:永遠の烈陽帝国は、本当に絶対的な優位にあったから、ローレンス王国に攻撃を仕掛けたの?)


(シミア:いいえ、たとえこの戦いに勝利したとしても、その後の攻撃で必ず勝てる保証はない)


 戦場の空に、一筋の亀裂が入った。


(シミア:そもそも、戦場は本当にここだったの? なぜローレンス王国は、兵力で劣る状況で、要塞に立てこもるという選択をしなかったの?)


(シミア:いいえ、たとえ記録が偽りだとしても、ローレンス王国が戦場の場所を偽る理由は何?)


 最初の亀裂を皮切りに、戦場の空の亀裂は次第に増えていく。


(シミア:そもそも、なぜわざわざ鋼心連邦のルートを通る必要があったの? 永遠の烈陽帝国とローレンス王国は、国境を接しているのに)


(シミア:……除非、鋼心連邦領内で戦わなければならない、何らかの理由があった)


 真相が近づいていることを感じ、シミアの顔に久々の笑みが浮かんだ。


 それと同時に、脳裏の戦場の空も、鏡のように砕け散った。


「シミア君、そこでにやにや突っ立っていないで、早くカシウス先生の質問に答えなさい!」歴史の先生が、得意満面の笑みを浮かべて言う。


 今日、これほど多くの人々が聴講に来たのも、歴史の先生が手配したのかもしれない、とシミアは思った。そういえば、あの日、歴史の先生はカメル先生と一緒にいた。


 ということは、歴史の先生はレインと同じく、賭けの証人というわけだ。


 シミアの思考は、次第に明瞭になっていく……。


「カシウス先生、ローレンス王国の国境に三つの要塞が記されていますが、これらは確かに存在したのですか?」シミアは思考を整理し、カシウスに問いかけた。


「無論、存在する」


 シミアの質問に、場内からどっと笑いが起こる。「シミアはそんな常識も知らないのか?」という囁き声が聞こえてきた。


「カシウス先生、あなたは軍事戦略の専門家です。お尋ねしますが、もしご自身の兵站線が断たれる危険がある場合、乾坤一擲の総攻撃を仕掛けますか?」


 突如の質問に、カシウス先生は少し驚いたようだったが、一瞬考えただけで、答えを出した。


「仕掛けない。兵站線を確保してこそ、正々堂々と戦う機会が得られるのだ」


「同じ理屈で、永遠の烈陽帝国が、これほど長い兵站線を抱えたまま、勝ち目のない戦いを仕掛けることは、絶対にありえません」シミアは結論づけた。


「では、もし双方の立場が逆だったら? もし永遠の烈陽王国がローレンス王国の要塞で補給を得ることができ、あなたが永遠の烈陽王国の指揮官だったとしたら、戦いを選びますか?」


 カシウスは何かを察したように、目を細めて考え始めた。


「……選ぶだろう」


「地図と合わせて考えてみましょう」シミアの指がローレンス王国の国境地帯を指す。そこは大陸地図の中央に位置し、村や町が密集している。「この国境地帯には、ほとんど要塞がありません。しかし、鋼心連邦との国境には三つの要塞がある。これは、ローレンス王国がその付近で頻繁に戦闘を行っていたか、あるいは鋼心連邦からの侵攻に直面していたことを意味します」


「しかし、鋼心連邦の国境は極めて遠く、どう見てもローレンス王国と対立しているようには見えません。つまり、この戦場の存在は偶然ではなく、ここの地形はローレンス王国にとっても、永遠の烈陽帝国にとっても、見知らぬ場所ではなかったということです」


「その可能性はあるかもしれんが、それでもローレンス王国が勝利した理由の説明にはならんぞ? まさか、永遠の烈陽帝国の軍が疲労困憊していたから負けた、などと言うつもりではあるまいな」


 歴史の先生が割って入り、シミアに向かって大声で自らの疑問をぶつけた。


 カシウスの視線は地図に釘付けになり、そこに記された永遠の烈陽帝国の進軍ルートを見つめている。


 シミアは、ほぼ即座に歴史の先生の言葉に反論した。


「この戦いの前に、永遠の烈陽帝国は、敗北の準備を整えていました」


 彼女は顔を上げ、教室にいる全員に向き合った。全てが、はっきりとしていた。もう、あの地図は必要ない。


「永遠の烈陽帝国は、負けると分かっていながら戦争を仕掛けた、とでも言うのかね?」カシウスが疑問を呈した。


 シミアは、彼の疑問に直接は答えなかった。


「この戦争は、予め取り決められた戦争でした。そして、鋼心連邦こそが、その証人だったのです」


「な、なんだと!」


 傍にいた歴史の先生が、思わず飛び上がった。その顔には、信じられないという表情が浮かんでいる。


「両国がこの戦場で戦うと約束したのは、これが初めてではありません。鋼心連邦は、あの場所が戦場になることを見越していたからこそ、ずっとその付近に集落を築かなかったのです」


 壇下からのざわめきを無視し、シミアは続けた。


「私は間違っていました。永遠の烈陽帝国は、補給問題に直面などしていなかった。なぜなら彼らは、カシウス先生が否定したもう一つのルート、すなわち要塞の地下を通って戦場に到達したからです。彼らは鋼心連邦の要塞で休息し、食料と水を補給した。だからこそ、戦場に入ってすぐにローレンス王国の軍と戦うことができたのです」


 後列で、コーナ先生が本を下ろし、自分を見つめていることにシミアは気づいた。


「ローレンス王国と永遠の烈陽帝国は国境を接しているのですから、少し遠回りすればいいだけの話で、わざわざ鋼心連邦の領土に入る必要はありません。しかし、もし鋼心連邦が両国の調停者であったなら、話は別です。地図を見ればわかりますが、ローレンス王国の国境は、大陸の他の四カ国と接しています。戦争の理由は単純。永遠の烈陽帝国が、この地域を欲したからです。他の四カ国全てと国境を接する、あの地域。ローレンス王国の辺境を!」


 シミアは目を閉じた。まるで、遥かなる歴史が目の前にあるかのように。


「当時、ローレンス王国は国力が強大でしたが、それでも他の四カ国による包囲網に抵抗するのは困難でした。そこで、彼らは非常によい策を思いついたのです」


 シミアはわざと間を置いた。教室中の視線が、自分に集まっているのがわかる。――勝負を決める、決定的な瞬間だ!


「ローレンス王国は、他の四カ国に、賭けを提案したのです!」


「賭け、だと?」カシウスの目に、一瞬の戸惑いがよぎる。


「その通りです、カシウス先生。彼らは、ある戦場で公正に競い合い、勝利した側がローレンス王国の支配する国境地帯を獲得し、敗北した側は大人しく引き下がる、と約束したのです」


「シミア君!」


 いつの間にか、歴史の先生がシミアの隣に来ていた。彼の頬は真っ赤に上気し、唇がわずかに開いて、真っ白な歯がのぞいている。


「君はまだカシウス先生の質問に答えておらんぞ。ローレンス王国は、いかにして劣勢下で勝利を収めたのだ!」


 シミアの顔に、笑みが浮かんだ。


「簡単です。なぜならこの戦争は、初めからローレンス王国が有利だったからです」


「なっ……!?」


 歴史の先生は、よろめきながら数歩後ずさった。


「ローレンス王国が各国に対して実力で優位にあったのなら、賭けの条件に、『戦場において、ローレンス王国は他国よりわずかに多い兵士を出すことができる』という、戦力均衡のためのボーナスを加えることも可能だったはずです」


 シミアは視線を歴史の先生に向けた。


「先生は、ローレンス王国の主力は甲冑をまとった槍兵で、永遠の烈陽王国の兵種であるクガは、騎兵だとおっしゃいましたね?」


「そ、そうだが……」


「もし兵数が同等で、森の助けがあれば、開戦前からローレン-ス王国は不敗の地に立っていたのです」


「では……歴史の記録は……なぜ?」


 歴史の先生は信じられないという目つきで、まるで怪物を見るかのように、シミアを見つめた。


 シミアの顔に、一筋の陰りがよぎった。


「それはおそらく、その頃から、ローレンス王国の内部に危機が生じていたからでしょう。かつて分封された貴族たちが、何世代も経て、もはや王室に忠誠を誓わなくなっていたからです」


 シミアは目を閉じた。彼女は、本来口にするはずだった言葉を飲み込んだ。(ローレンス王国の独りよがりな賢さが、全てを葬り去ったのだ。おそらくその時から、他国は、この種の賭けによってローレンス王国の国力を消耗させさえすれば、ローレンス王国はやがて脅威ではなくなると、気づいていたのだろう)


 まるで凍りついたかのような教室に、拍手の音が響き渡った。


 背後からの拍手に、シミアは振り返った。


「実に見事だ、シミア君」


 彼の顔には、満面の笑みが浮かんでいた。今のカシウスは、弁論の相手であるシミアのために、拍手を送っていた。


「カ……カシウス先生? シミア……君?」


 歴史の先生はシミアを見ていた。いや、正確にはシミアのいる方向を見ていた。彼にとって、この弁論の敗北は、もはや意味を失ってしまったようだった。


「あり……えない……」


 ドン、という音と共に、歴史の先生はまるで力を抜かれたように、その場にへたり込んだ。


「シミア!」


 教室の隅で、トリンドルが目を輝かせながら立ち上がり、拍手を送る。続いて、後列のシメル・ディエスも立ち上がり、拍手をした。その後ろでこの戦いを見守っていたシャル、レイン、コーナ、そして一部の教師たちも、拍手を送った。


「シミア」


 耳元で、潜めた声がした。シミアが振り返ると、カシウス先生が意味深な笑みを浮かべて自分を見ていた。


「これが、真相の全てではないのだろう?」


 カシウスは視線を合わせるのをやめ、一歩前に出て、残りの生徒たちにも喝采を送るよう促した。


 カシウスに導かれ、後列の生徒たち、さらには前列の生徒たちまで立ち上がった。教室に響き渡る拍手は、授業が終わるまで、鳴り止むことはなかった。

ここまで読んでくださった読者の皆様、本当にありがとうございます。


今回のエピソードは、新章の中でも特に心を込めて書いた部分でして、実は構想から完成まで何日もかかってしまいました。書き溜めていた原稿が減っていくのを見ると、「読者の皆さんを怠慢なことでがっかりさせるわけにはいかない」というプレッシャーを感じております。


ここは、本巻における二つ目の重要な戦いであり、シミアの運命を決定づける戦いでもあります。


本来であれば一日二話更新の予定でしたが、今回は一話のボリュームがかなり大きくなってしまったため、本日の午後五時の更新はお休みとさせていただきます。


また明日、お会いしましょう!

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