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燎原の星火

学院の廊下を一人歩きながら、午後の暖かな秋の陽射しを浴びて、シミアは思わず心地よさげに目を細めた。


大理石の欄干越しに、見慣れた中庭を見下ろす。


かつて青々と茂っていた木々は、今や眩い黄金色に染まり上がっていた。微かに冷たい秋風が吹き抜けると、金色の落ち葉がまるで舞い散る蝶のように、くるくると宙を舞いながらカサカサと音を立てて落ちていく。


傍らを通り過ぎていく生徒たちの足音。遠くの運動場から風に乗って運ばれてくる、絶え間ない歓声や談笑の声。


それらが今この瞬間、やけに鮮明に鼓膜を打つ一方で、まるで透明なガラス越しに聞いているかのように、どこか遠い世界のことのようにも感じられた。


自分が間もなく『卒業生』として、無数の思い出と始まりの場所であるこの学び舎を完全に去るのだと思うと。名状しがたい一抹の寂寥と愛着が、胸の奥底から静かに湧き上がってくる。


ゆっくりと目を閉じ、頬を撫でる秋風に身を任せながら、この穏やかで平和な学園の風景を、脳裏の最も深い場所へとしっかりと刻み込んだ。


やがて再び両目を開いた時。


瞳の奥に漂っていた惆悵の念は完全に払拭され、代わりに、研ぎ澄まされた刃のような清明さと絶対の決意だけが宿っていた。


一切の迷いのない足取りで、廊下の突き当たりにある、彼らの『軍事戦略教室』へと向かって歩みを進める。


キィィィ……


扉を押し開ける。古びた蝶番が微かに鳴った瞬間、教室内を満たしていた低いざわめきがピタリと止んだ。


狂熱、畏敬、そして抑えきれない期待に満ちた数十の視線が、まるで強烈なスポットライトのように、入り口に立つシミアのシルエットを一斉に捉える。


「よっ、シミア! 私たちの『主役』がようやくのご登場ね!」


シミアが室内の全容を把握するより早く。涼しげな夏服のミニスカートを翻したクラウディアが、淑女の礼儀など微塵も気に留めない様子で、最前列の机の上からダンッと豪快に飛び降りた。


そのあまりにも奔放すぎる振る舞いに、後列に座っていた伝統と礼儀を重んじる貴族の生徒たちは気まずそうに視線を逸らし、あちこちの風景を眺めるふりをしている。


一方、教室の中央に鎮座する巨大な砂盤サドボックスの傍らでは、ダミル、ライナス、シメールの三人がすでに待ち構えていた。彼らは砂盤上の敵味方の兵力推演を食い入るように見つめ、その横顔には濃い疲労と凝重な色が張り付いている。


「現状、小規模な遊撃による『柔軟な遅滞防御フレキシブル・ディフェンス』を構築するのが最善の選択だろう。後方に十分な息継ぎの時間を与えるためにも、主力部隊の編制は可能な限り温存しなければならない」


敵軍を示す赤い旗を鋭く睨みつけながら、ダミルが張りのある冷静な声で主張する。


「だが、その遊撃が敵の兵站ロジスティクスに対して実質的な重圧を与えられなければ、カシウスのことだ。短期間で次なる大規模攻勢を強行してくる可能性が極めて高い。そうなった時、我々の脆弱な防衛線は一瞬で瓦解するぞ……」


ライナスは極めて鋭敏に、その戦術が抱える致命的な弱点を突きつけた。


傍らに立つシメールは論争には加わらず、ただ腕を組んだまま黙々と砂盤を見つめ、二人が提示した相反する戦術について、その利害を慎重に天秤にかけていた。


入り口の気配に気付いた三人は即座に討論を打ち切り、足早にシミアの元へと駆け寄ってくる。


「主役だなんて……これからは、そういう言い方は控えてくれないかな。なんだかむず痒くて」


シミアは小さな声でクラウディアに抗議した。


平素の冷静沈着な彼女には珍しいその羞恥心を感じ取り、クラウディアはあっはっはと快活に笑い、シミアの肩をバシバシと力強く叩く。そして、くるりと振り返り、教室内をぎっしりと埋め尽くす群衆を指差した。


シミアはクラウディアの指先に沿って視線を巡らせる。


そこには、各学年の優秀な貴族子弟たちだけでなく、南方の戦火で実害を被り、自ら出向いてきた実権を持つ大貴族たちの姿すらあった。


「見てみなさいな。ここにいるのは全員、あなたという『軍神』の魅力と名声に惹かれて集まってきた、熱烈な信奉者たちよ」クラウディアは笑顔を収め、真剣な眼差しで告げた。「トップに立つあなたがそんな弱気じゃ、皆の底のほうまで抜け落ちちゃうわよ?」


すうっと、深く息を吸い込む。


シミアは一切の局促を捨て去り、堂々と胸を張った。そして、湖面のように静かで、底知れぬ深みを持つ視線で、教壇の下に座るすべての人々の顔を順番に見据えていく。


「皆の信頼に、心から感謝する」


その声は決して大きくはなかったが、信じられないほどの明瞭さを持って、その場にいる全員の鼓膜へと浸透した。


「私は全力を尽くして己の責務を全うし、皆を導いて、辺境で奪われた領土を『一寸残らず』奪還してみせる」


言葉が終わるや否や。


教室内には、天地を揺るがすような熱烈で高らかな拍手の嵐が巻き起こった。


万人の期待の眼差しを一身に浴びながら、シミアは教壇へと上がり、巨大な砂盤の前に立つ。その瞳は瞬時に、敵の喉元を切り裂く刃のような鋭利さを取り戻していた。


「手短に話そう。現在、我々が直面している状況は決して楽観できるものではない」


指揮棒ポインターを手に取り、砂盤の南方エリアをトントンと叩く。


「南方の内戦は、王国の国力と兵源に致命的な損耗をもたらした。もし我々が今、復讐を焦って即座に全面反攻を組織すれば、疲弊しきった現在の兵力では、蟷螂の斧……ただの自殺行為に等しい」


「だから私の計画はこうだ――私が直接、銀潮連邦へと赴き交渉を行う。手持ちのすべてのカードを切り、我々の軍隊に必要な戦争物資と莫大な資金援助を勝ち取ってくる。そしてその間、王都に残る諸君らには、極めて重要な一つの任務を完遂してほしい」


一拍置き。教室内をぐるりと見渡し、一切の揺らぎのない声で高らかに宣言する。


「今この瞬間より、我々自身の私兵プライベート・アーミー――『焔火騎士団オーダー・オブ・フレイム』を正式に創設する! 絶対的な精鋭であり、絶対の忠誠を誓う高機動部隊。これこそが、我々が未来において戦略的猛反攻へと転じるための、最強の要石キーストーンとなる!」


そのあまりにも野心的な名を聞き、聴衆の瞳の奥に次々と狂熱の光が灯り始めた。


「承知した」


ダミルが一歩前に進み出ると、右手の拳を左胸の甲冑へと重々しく叩きつけ、騎士の礼をとって一切の躊躇なく応えた。


「撤退戦において、私はすでに君の恐るべき戦略眼をこの身で味わっている。私、ダミルは騎士の誉れにかけて『焔火騎士団』の一員となり、王国の辺境奪還のためにこの命を捧げることを誓おう!」


「私も一口乗るわよ!」


クラウディアも、まるで最高に面白い玩具を見つけた子供のように目を輝かせ、勢いよく手を挙げた。


「ああ。魔法能力を持つ貴族の入団も大いに歓迎する。具体的な編制や訓練は、私兵の総指揮官であるシメールに一任したい」


シミアはシメールと視線を交わす。彼からの『問題ない』という無言の承諾を受け取り、感謝するように頷くと、再び全員へ向けて口を開いた。


「しかし、私兵の訓練には膨大な時間がかかるし、連邦との交渉も決して一筋縄ではいかないだろう」


「シミア」ダミルが微かに眉をひそめ、核心を突く。「その期間中、王都や前線に残る我々は、敵の侵攻を食い止めるために具体的に何をすべきなんだ?」


その問いを最初から予期していたかのように、シミアは即座に二本の指を立ててみせた。


「二つの計画を同時進行で実行してもらう。第一の計画――敵陣背後における『諜報網インテリジェンス・ネットワーク』と『潜伏工作員スリーパー』の構築だ」


指揮棒で、すでに敵の占領下にあるいくつかの都市を指し示す。


「カシウスの包囲網の中には、撤退が間に合わなかった、あるいは強制的に沈黙を強いられている貴族や領民がまだ数多く残されているはずだ。諸君には、一族のあらゆる人脈を駆使して彼らと秘密裏に接触してほしい。決して正面から戦わせてはならない。カシウスの統治エリア内に深く潜伏させ、極秘裏に情報を収集し、コントロール可能な範囲での混乱を誘発させながら、最大限の戦力を温存させるんだ。我々の大軍が本格的な反攻に転じた時、彼らこそが内部から敵の腹を食い破る最高の刃となる」


続いて、立てていた二本目の指を下ろす。


「第二の計画――兵站ロジスティクスへの無制限破壊工作。本格的な反攻の時期を現状で予測することは極めて困難だ。ゆえに、我々は長期的かつ継続的に、カシウスの神経と戦力を削り取らなければならない。彼は広大な辺境の都市群を制圧したばかりだ。占領地を完全に安定させるのは至難の業。必然的に、敵国の大本営から天文学的な量の食糧と物資を輸送しなければならず、あの間延びした長大な補給線は常に悲鳴を上げ続けることになる。前線には少数精鋭の遊撃部隊を組織させ、いかなる手段を使ってでも、敵の補給線を適時かつ正確に叩き、嫌がらせを続けろ。前線では血を流させ、後方では飢えの苦しみを与え続けるんだ!」


そのあまりにも冷酷で、一切の隙がない毒蛇のような戦略配置を聞き。


教壇の下に座る伝統的な貴族たちの中には、微かに眉をひそめる者もいた。彼らにとって、このような「正面から正々堂々と打ち合わない」戦術は、どこか卑怯で、鬱屈としたものに感じられたのだ。


「シミア、君の計画が極めて堅実なのはよく理解できる」


その時、ライナスが不意に口を開いた。心に疑念を抱く貴族たちの声を代弁するかのように、あえて疑問を投げかける。


「だが、王国の軍民の『士気モラル』を大いに高揚させるためにも、近いうちに小規模でも正面から反攻を仕掛け、象徴的な失地をいくつか奪還しておくべきではないのか?」


「駄目だ。絶対にあり得ない」


シミアは斬って捨てるように首を振り、その語気には一切の妥協も交渉の余地もなかった。


「カシウスは、局所的な勝利程度で頭に血を上らせるような凡将ではない。我々がいわゆる『士気』のために能動的な攻撃を仕掛ければ、兵力が空虚であるというこちらの最大の底札を確実に晒すことになる。そうなれば、奪い返した地域を維持できないばかりか、現在辛うじて保っている防衛線すらも全線崩壊を招くだろう。絶対的な戦力差を前にして、功を焦って突出することなど、兵士の命を溝に捨てるただの『殺戮行為』でしかない」


シミアの容赦のない論破による痛烈な叱責を真正面から浴び。


教壇の下の貴族たちは一斉に背筋に冷や汗を流した。彼らの心の奥底に燻っていた、現実離れした『反攻』の妄念は完全に打ち砕かれ、皆、大人しく口を噤んだ。


「なるほど、よく分かった。君の真意は、一言一句違わず前線の将軍たちへと伝達しておこう」


ライナスは真面目な顔で深く頷きながらも。


他の誰にも見えない角度で、シミアへ向けて密かに、狡猾で悪戯っぽい微笑みを投げかけたのだ。


シミアは一瞬虚を突かれたが、すぐにすべてを悟った。


ライナスは本気で反攻を提案したわけではなかったのだ。教壇の下に渦巻く不穏な空気を誰よりも早く察知した彼は、あえてこの『愚かな質問』を投げかけることで、シミアが公の場で強力な牽制を行い、絶対的な権威リーダーシップを確立するための舞台を整えてくれたのである。この新興チームの戦略的思想を、徹底的に一つにまとめ上げるために。


シミアは心の中で、その優秀な知将へ向けて深く感謝の笑みを返した。


もはや誰一人として異を唱える者がいないことを確認すると、シミアは教壇を降り、最も信頼する中核の同伴なかまたちが集う砂盤の前へと戻った。


「私が王都を発つまで、あと数日しかない」


シミアは自軍の兵力を示す青い駒を手に取り、砂盤の上へと力強く、そして静かに置いた。


「一刻の猶予もない。さあ、防衛線の具体的な配置と、騎士団の徴募に関する詳細な議論を始めよう」


窓の外では、午後の陽射しが少しずつ西へと傾き、戦略室に集う若き英雄たちの影を長く床へと伸ばしていた。


この小さな一室で。


王国の未来の命運を懸けた壮大な反攻の青写真ブループリントが、若者たちの熱を帯びた議論の中で、一つ、また一つと、極めて鮮明に描き出されていく。


この微小でありながらも決して揺るがない星火は、やがて荒野を焼き尽くす燎原の炎となる日を、静かに待っている。

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