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歴史が示す玉座の行方――群がるハイエナと、護り抜く雌獅子

窓の隙間から滑り込む暖かな秋の陽光が、王立学院の歴史教室を明るく照らし出している。


普段はサボり魔ばかりで閑散としているはずのこの教室は、今日に限っては通路にまで立ち見が出るほど、息苦しいほどの熱気と人で溢れ返っていた。


「本日の歴史の授業は、王国暦四一九年に起きた、あの未曾有の国難から始めよう……」


教壇に立つ歴史教師、アウグスト・バイロンは両手を卓につき、落ち着き払った声で滑らかに講義をスタートさせた。


教壇の下では、シミアが背筋をピンと伸ばして座り、教師の分かりやすい解説に合わせて紙の上で羽根ペンをサラサラと走らせている。


「滅亡の危機に瀕したあの戦火の蹂躙を経て、当時の国王は焦土と化したロスアンの地に新たな王都を再建せざるを得なかった。ここは辺境であり、気候も冷涼で、大陸の各繁華な国家を結ぶ交易路からも絶望的なほどに切り離されている。だが、幾多の苦難を舐め尽くした国王は、過去の経験から知っていた。地理的な悪条件など、決して致命傷にはならない。王国が直面していた最大の危機、それは――『継承者あとつぎ』の不在だった」


アウグストの口から『継承者』という言葉がはっきりと紡ぎ出された、まさにその瞬間。


黒板を見つめるふりをしていた貴族の子弟たちは、まるで特定の暗号を受信した向日葵のように、一斉にバサッと顔を向けた。


熱狂、好奇、そして畏敬の念が入り混じった数十の視線が、示し合わせたように、教室の中央に座るシミアの全身へと集中砲火を浴びせる。


希少な『魔獣レア・モンスター』でも観察するかのような露骨すぎる視線の嵐に、平素から目立つことを嫌うシミアは、背中に無数の棘を突き立てられているようなひどい居心地の悪さを感じていた。


(あぁ……銀潮連邦の留学生たちに三重四重に囲まれていた、あの鬱陶しい日々がひどく恋しい……)


少なくともあの頃は、彼らの大柄な体躯が『肉の壁』となって、こうした下世話な視線をすべて遮断してくれていたのだから。


だが今、その後ろ盾である不憫な連邦の留学生たちは、前列の席取り合戦に敗北し、教室の最後列の隅っこで肩をすくめながら、黒板の文字をなんとか読み取ろうと必死に首を伸ばしている。


そう思うと、シミアは心の中でひっそりとため息をつき、いっそ手元の教科書に顔を埋めてしまいたくなった。


「問題は、そのふさわしい継承者をいかにして見つけ出すかにあった」


教壇の下で渦巻く暗流など全く気にも留めない様子で、アウグストは講義を続ける。


「戦火の中、正統な血脈を持ち、王位を継ぐに足る王室の候補者たちは、すでに皆命を落としていた。そこで、類まれなる胆力を持ったその国王は、王室の外へと視線を向けた。一人の若き平民の将軍が、彼の目に留まったのだ。数々の奇跡的な武功を打ち立てていたその若者こそが……」


隣の席に座るトリンドルが、針のむしろに座らされているシミアの横顔をちらりと盗み見る。


その困り果てた表情を見れば、聡明な彼女には原因などすぐに察しがついた。


アウグストが振り返って黒板に年号を書き込んでいる隙を突き。トリンドルは勢いよく背後を振り返った。その美しい双眸を鋭く細め、怒りを内に秘めた冷冽な眼光を放つ。


それはまるで、自らの獲物を護る『雌獅子』のように、シミアを舐め回すように見つめていた周囲の貴族たちへ向けた、無言の絶対的な警告だった。


腐っても鯛。いや、墜ちてもエグモント。


南方の戦線で広大な領地を失い、深刻な痛手を負ったとはいえ、エグモント家がいまだローレンス王国屈指の底力を持つ名門であることに変わりはない。トップクラスの貴族令嬢が放つその鋭利な威圧感の前に、首を伸ばしていた貴族の生徒たちは一瞬にして背筋を凍らせ、そそくさと視線を逸らしては、必死にノートを取るふりを始めた。


「……国家存亡の危機において、血統という呪縛を打ち破り、平民の将を継承者に選んだ当時の国王。その叡智と決断は、歴史に永遠に刻まれ、称賛されるべきものである」


アウグストが振り返り、その声が静かな教室に響き渡る。


「それは、歴代のいかなる王にも成し得なかった決断だった。そして同時に、この決定こそが、ローレンス王国の学術界に数百年続く激しい論争を巻き起こす発端となった。――すなわち、王位の継承において選ばれるべきは、『賢明なる者』か、それとも血に『親しき者』か?」


言い終えると、アウグストは講義の歩みを止め、微笑みながら真っ直ぐにシミアを見つめた。


空中で、二人の視線が静かに交差する。


政治的な駆け引きにはひどく鈍感なシミアでさえ、今この瞬間ばかりははっきりと悟った。アウグスト先生が今日、わざわざこの歴史の授業を組み立てた本当の理由を。


彼は、歴史という変えようのない『先例』を盾にして、突然降って湧いたシミアの『平民の王位継承者』という身分に対し、最大級の正当化バックアップを行ってくれているのだ。


胸の奥に温かなものが込み上げ、シミアは教壇へ向けて、深く感謝の意を込めて微かに頭を下げた。


ちょうどその時だった。


窓枠の隙間から差し込んだ一筋の陽光が、スポットライトのようにシミアの頭上へと降り注いだ。漆黒の髪に結われた、軍神の身分を象徴する『炎の髪飾り』が太陽の光を反射し、息を呑むほどに眩い、神聖さすら帯びた光の乱舞を弾き出した。


それはまるで、今まさに神明によって王冠を授けられた(戴冠)かのような、奇跡の一幕。


周囲の貴族の生徒たちから、どよめきと感嘆の吐息が一斉に漏れた。


「……『賢』を選ぶか『親』を選ぶか。この論争には、いまだ学術界でも絶対的な結論は出ていない」


アウグストは静かに教科書を閉じ、最後のまとめに入った。


「だが、おそらく血脈が近いか賢明かという問題自体は、さして重要ではないのだろう。真に問われるべきは――私たちが生きるこの時代が、国家の命運を『凡庸な者』に委ねる余裕を残しているか否か、ということだ」


アウグストの言葉が途切れ、その余韻がいまだ教室の空気を震わせている、その瞬間。


キーンコーンカーンコーン――


授業の終わりを告げる鐘の音が、時間通りに鳴り響いた。


「授業はここまで」


アウグストは教科書を小脇に抱え、シミアへ向かって微笑みながら頷くと、きびすを返して教室を後にした。


そして。歴史教師の背中が教室の敷居を跨いだ、まさにその刹那。


先ほどまでトリンドルの眼力によって強制的に押さえつけられていた視線が、再び飢えた虎のように、狂ったような勢いでシミアの全身へと殺到したのだ。


血の匂いを嗅ぎつけた飢えた狼の群れか、あるいは稀代の聖遺物を見つけ出した狂信者のように。貴族の子弟たちは一斉に席を蹴立てて押し寄せ、瞬く間にシミアの席を何重にも取り囲んでしまった。


「シミア様! この後お時間はございますか!? 我が家で午後から中庭で茶会を開く予定なのですが、どうかご光臨の栄誉を……!」


「シミア様、あんな奴の誘いは無視してください! 辺境の戦いで、あなたが一体どのようにして鋼心連邦の野望を神算鬼謀で打ち砕いたのか、どうか私に教えていただけませんか! 私、心からあなたを崇拝しておりまして!」


「お前ら、自分勝手すぎるぞ! シミア様は今や『次期王位継承者』であらせられるのだ! 我々と共に、これからの王国の政治的展望について議論されるべきだ!」


「シミア様、我がウォトソン家は以前よりずっとあなたのことを……!」


……波のように押し寄せる、口々の阿諛追従と、鼓膜を劈くような甲高い招待の悲鳴。


ただでさえ人付き合いが極度に苦手なシミアは、完全にその逃げ場のない人波に飲み込まれてしまった。


(……うるさいっ)


あまりの勢いに恐れをなし、椅子の上で身を縮こまらせる。そして無意識のうちに、隣の席でずっと腕を組んだまま沈黙を保っている少女――トリンドル・エグモントへと、縋るようなSOSの視線を送っていた。


シミアからの、その捨て犬のように可哀想で愛らしいSOS信号を受信した瞬間。トリンドルは、一瞬だけぽかんと呆に取られた。


直後。


家門の没落によってこの数日間すっかり枯れ果てていた彼女の心の『荒野』に、見渡す限りの極彩色のお花畑が一斉に狂い咲いたのだ!


深く愛してやまない人から、これ以上ないほどに全幅の信頼を寄せられ、頼られている。その久方ぶりの歓喜と優越感が、どうやっても抑えきれずに彼女の表情へと滲み出してしまう。


トリンドルは机の下でシミアの手をぎゅっと握り返し、自信と誇りに満ちた眼差しでこう返答した。


――『私に任せて』


次の瞬間。バンッ!!


トリンドルは机を激しく叩き、勢いよく立ち上がった。エグモント家の次期当主としての、人をひれ伏させるほどの圧倒的な『威圧感オーラ』を、一切の容赦なく全開にして解き放つ。


「いい加減、どいつもこいつも自重したらどうなの?」


トリンドルは、ピーチクパーチクと騒ぎ立てる周囲の貴族たちを冷ややかに見回した。その精緻な顔には、微塵も隠そうとしない嘲笑と軽蔑が張り付いている。


「この大半年間、シミアが学院で大人しくしていた時は、誰一人として彼女にまともな挨拶一つしなかったくせに。いざ彼女が戦功を立てて王位継承者になった途端、血の匂いに群がるハエみたいに湧いてきて、口を開けば『シミア様、シミア様』って……本当に、反吐が出るわね」


その一切の容赦なく急所を抉るトリンドルの冷酷な言葉は、まさに氷水のように、最前列で最も騒ぎ立てていた数名の貴族の頭からぶち撒けられた。


教室内の喧騒が、まるで音を奪われたようにピタリと止む。


彼らが呆然と立ち尽くしている隙を突き。トリンドルは誇り高く顎を上げ、まるで自分の所有物を世界に誇示するかのように、よく通る覇道的な声で高らかに宣言した。


「よくお聞きなさい! シミアは今日の昼も、夜も空いていないわ。明日も、明後日も、しあさっても、ぜーんぶ予定で埋まっているの! 彼女のこれからのスケジュールは、すべてこの私と行動を共にすることになっているわ。誰か文句がある奴は、今すぐ私に、この『エグモント家』に向かって直接言いなさい!」


「い、いえ……文句なんて……」


外周でその圧倒的な気迫に完全に気圧されたどこかの令嬢が、蚊の鳴くような声で唯々諾々と返答した。


その怯えきった一言が、ドミノ倒しの最後の一枚となった。激怒するエグモント家の若き当主を前に、先ほどまで分厚い壁を形成していた人だかりは蜘蛛の子を散らすようにパニックになり、皆、気まずさと羞恥に顔を俯かせながら、這々の体で自身の席へと逃げ帰っていった。


目障りな群衆が完全に一掃され、シミアの周囲に再び平穏な空気が戻った後。


トリンドルはようやく、その牙を剥いた『雌獅子』のような攻撃的な仮面を下ろした。振り返り、座席の上で口を半開きにして呆然としているシミアを見つめる。


その顔に張り付いていた冷気は、まるで春風に撫でられたかのように一瞬で溶け落ち、燦爛たる笑顔へと変わった。


彼女は微かに腰を屈め、シミアへ向かって両手を差し伸べる。


「行きましょうか、私の騎士様?」


「うん、そうだね」


シミアは肩の荷が下りたようにふっと笑い声を漏らし、一切の躊躇なく手を伸ばした。


そして、どんな時であっても自分の前に立ち塞がり、自分を護ってくれる、そのこの上なく温かな両手をしっかりと握りしめた。

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