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ゼロから始める軍神少女  作者:
第一巻:入学と弁論編 (だいいっかん:にゅうがくとべんろんへん)
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血脈への挑戦と、次なる賭け

「シミア、よく見ていてね。血脈の中の魔力が、どうやって魔法になるのか」


 トリンドルは目を閉じ、深く息を吸い込む。すると、その指先に目に見えるほどの小さな稲妻が走り、それが集まった場所に、黒い小さな球体が形成された。


 周りから、盛大な拍手が沸き起こる。


 魔法実践の授業。最近はトリンドルの気遣いのおかげで、シミアは見学する時間と機会に恵まれていた。しかし、周りからの視線は、どうにも居心地が悪い。視線の先にいた同じグループの女子生徒と目が合うと、相手は慌てて顔を背けた。貴族の子弟たちは皆、領主の証の一件と、その後に自分が与えられた「罰せられし者」という称号について聞き及んでいるのだ。


 トリンドルが目を開けると、手の内にあった黒い球体は徐々に消えていった。彼女が今見せた魔力とは、あの幾筋もの小さな稲妻のことなのだろう。


「どう、すごいでしょ」


 褒められたトリンドルは、誇らしげに胸を張る。収穫期の麦の穂のような金色の髪が、それに合わせて揺れた。


「ええ、トリンドルの魔力量は、他の人たちよりずっと多いみたいね」


 シミアに褒められ、トリンドルは少し恥ずかしそうに微笑んだ。


「それは、私たちエグモント家の血が純粋だからよ。お爺様の話だと、うちはずっと血筋の純粋な家としか婚姻を結んでこなかったんですって」


 この間の学習で、シミアは魔法についてさらに理解を深めていた。魔法の根源は、広くは上古十一英雄の血脈の継承によるものと考えられている。しかし、その血脈は代を重ねるごとに薄まり、今やこのローレンス王国では、一つ以上の属性の魔力を持つ者は極めて稀になっていた。魔力を持つ者の大半は、シャル程度の魔法しか使えない。


 続いて、トリンドルは炎の魔法も見せてくれた。立て続けに何度も使っているのに、魔力が枯渇する様子は少しも見られない。


 だが、トリンドルのような魔法の使い手はごく少数だ。魔法実践の授業も半ばを過ぎ、多くの貴族の子女はすでに魔力が尽き、ぜえぜえと荒い息をつき始めている。


 シミアは静かにその全てを観察し、冷静に分析していた。


(トリンドルの魔力量は驚異的だ。しかし、ローレンス王国全土を探しても、彼女のような魔法の使い手は十人といないだろう。先ほどの火球にしても、見た目の威力は大きいが、金属で覆われた鉄の盾すら焼き貫けない。これを普通の貴族に置き換えれば、これほどの魔力を消費し、それを回復するために必要な時間を考えると、いっそ重武装の兵士を一人養う方がましだ。現状、魔法に戦場での実用性はない。この世界の戦争は、やはり鉄と兵站によって支えられている)


「でもね、私の将来は、もう血筋に縛られなくてもいいみたい。お父様が、トリンドルは自分がふさわしいと思う相手を選べばいいって」


 トリンドルはシミアのスカートの裾を掴み、少し恥ずかしそうに言った。


「トリンドルは、将来どんなお相手がいいの?」


 シミアは少し驚いた。彼女はてっきり、トリンドルのように血の濃い子供ほど、血筋の束縛も強いものだと思っていたからだ。しかし、エグモント家は少し違うらしい。


「シミアみたいな人」


 そう無邪気に言い放つトリンドルの姿が、シミアには少し眩しく見えた。


 両親を早くに亡くしたシミアは、早くからこの社会の現実と向き合わなければならなかった。学院にいる貴族の子弟のほとんども、おそらく似たようなものだろう。


「でも、私は女の子よ……」


「トリンドルはシミアがいいの。シミアは、シミアだもの」


 トリンドルの真摯な告白が、先ほどまでシミアの頭を覆っていた暗雲を、一瞬で吹き払った。


「……そうね」


 そういえば、シミアの家では、シャルはどちらかといえば姉に近い存在だった。妹がいるのも悪くないかもしれない。シミアの脳裏に、シャルとトリンドルと三人で暮らす光景が浮かぶ。シャルと自分でトリンドルの面倒を見て、トリンドルはただ自分の好きなように生きていく。そんな生活も、悪くない。


 シミアは、数日前に女子寮で起きた事件を思い出した。自分の力は、まだあまりにも足りない。シャルとトリンドルを、自分の手でしっかり守れるようにならなければ。


 パン、と響く拍手が、シミアの思考を中断させた。そちらに視線を向けると、カメル先生と目が合った。このような視線にはもう慣れたものだったが、今日の視線はことさらに突き刺さるように感じられる。彼の視線を避けると、カメル先生の隣で得意げな顔をしている歴史の先生が見えた。


「これから、一つ発表することがある」


 カメルの冷酷な視線が、まるでシミアを貫くかのように、彼女に突き刺さる。


「シミア君。君が歴史の授業で妄言を吐き、二人の先生に異を唱えたというのは、本当かね?」


 その前半を聞いただけで、シミアはこれからの展開をうっすらと察した。


「はい。歴史の記録が、間違っているからです」


 シミアはカメルの視線から逃げることなく、彼の目をまっすぐに見つめ、正直に答えた。


 シミアの発言を聞いても、カメルの隣に立つ歴史の先生は、いつものように腹を立てるでもなく、ただ微笑みを浮かべてシミアを見ていた。


「我々の魔法実践の基礎は、上古の英雄から受け継がれし血脈の継承にある! しかるに君は、公然と歴史に反抗し、伝承を否定することで、血脈継承の力そのものを否定しているのだ! 血脈の継承など価値がないとでも言いたいのか!? ここにいる多くの貴族の生徒たちに、彼らの血筋には意味がないと、そう告げているのだぞ!? それは私にとっても、彼らにとっても、断じて許しがたい侮辱だ!」


 カメルの声はひどく冷酷で、まるで自分とは無関係の他人を断罪しているかのようだった。まるでシミアが、彼の生徒ではなかったかのように。


 隣から、トリンドルの心配そうな視線が伝わってくる。だがシミアは、今が好機だと分かっていた。


「もし、次の授業でカシウス先生との弁論に負けたなら、君にはこの魔法実践の授業から出て行ってもらう。私の授業に、伝承を敬わぬ生徒は不要だ」


 カメル先生の言葉に、シミアの心に一筋の安堵が広がった。彼女はもう、この十数回の授業で、魔法実践から学びたいことを全て学び終えていた。むしろ、カメル先生の提案は、彼女にとって受け入れる価値のあるものに思えた。元よりどうでもいいことのために賭けをするというのなら、それもまた一興だろう。


 トリンドルが、シミアの手を固く握る。その顔には、悲しげな色が浮かんでいた。今、唯一名残惜しいことがあるとすれば、トリンドルと会う機会が減ってしまうことだろうか。そう思うと、シミアはトリンドルの小さな手を握り返す力を、思わず強めた。


 シミアの口元に、微かな笑みが浮かぶ。彼女にとって、答えはとっくに決まっていた。


「分かりました。お受けします」

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