雨夜の誓い、ただ一人の騎士
暗い廊下を、手にしたカンテラの微かな光を頼りに早足で進んでいた。
(これでいい……防衛線を縮小し、最後の拠点さえ死守すれば、辺境に一縷の勝機が残り、王国も救われる……)
理性がその絶対的に正しい論理を繰り返し反芻する。だが……目の前には、制御しきれずにある顔が浮かび上がっていた。
収穫期の小麦のように輝く、肩にかかる金色の髪。透き通るような水色の大きな瞳。エグモント家の跡取り娘であり、自分にとってかけがえのない存在――トリンドル・エグモント。
自分は先ほどの戦略的決断によって、彼女の一族が代々守り抜いてきた領土の大部分を、自らの手で敵に差し出したのだ。
(どんな顔をして、彼女に会えばいい?)
我に返ると、廊下の窓際で立ち尽くしていた。
ザアァァァァッ――!
窓の外では暴風雨が荒れ狂い、中庭の木々の枝を容赦なく打ち据えている。
葉が激しく擦れ合うざわめきは、まるでこの土地そのものが上げている悲鳴のようだ。
窓の隙間から忍び込む湿った冷たい夜風が漆黒の髪を乱し、同時に熱した脳を瞬時に冷却した。
「……行こう」
何と罵られようとも、自分の口から直接伝えなければならない。心の中でそう決意した。
寮の区画に到着すると、この階を警備していた当直のメイドが恭しく一礼した。軽く頷いて礼を返し、その見慣れた扉の前に立つ。深く息を吸い込み、静かにノックした。
「誰……?」
扉の向こうから聞こえた声は、微かに掠れていた。
扉が細く開かれ、隙間から水色の瞳がこちらを覗き込む。外に立っているのが誰か分かると、その目はわずかに見開かれた。
「トリンドル……」声は乾いていた。「戦局が悪化しました。戦略上、辺境の反撃の芽を残すために尽力しましたが……エグモント家の領土の大部分は……」
すぐには答えなかった。
ただ黙って扉を大きく開け、中へと招き入れた。
部屋に明かりは灯っていなかった。
廊下から差し込むわずかな微光を頼りに、窓際へと歩み寄る。二人は肩を並べて立ち、風雨に侵食され、今にも呑み込まれそうな外の世界を見つめていた。残酷な戦略配置を語り終えても、彼女はずっと沈黙を保っていた。
ついに責められるのだと身構えたその時。隣から、微かな衣擦れの音が聞こえた。
「シミア……」
振り向く。その声は、ひどく泣きじゃくった後のように震えていた。
「ごめんなさい、私に力がないから。私がもっと賢くて、もっと早く何かできていれば……お父様も、一族も、こんなことに……っ」
「違います、あなたのせいではありません、トリンドル」
自責の念に駆られる姿を見て、胸が締め付けられた。無意識に、自分自身を責めることで相手の負担を軽くしようとする。
「私です……私が立てた戦略が間違っていたんです。もっと早く鋼心連邦の動きに気づけていれば。二ヶ月前の同盟会議の情報を、もっと重く受け止めていれば……!」
自己嫌悪の言葉を並べ終えるより早く。
一本の温かい指が、そっとこちらの唇を塞いだ。
顔を上げる。薄暗い光の中、いつもは活力に満ち溢れていたあの大きな瞳は、今は涙でいっぱいになり、触れれば壊れてしまいそうに脆かった。
彼女はこちらを見つめ、ここ数日自身を極限の恐怖へと追い詰めていた問いを口にした。
「シミア……もし私から、全部なくなっちゃったら? もう華やかなエグモント家の跡取り娘じゃなくなって、馬車も使用人も呼べなくて、帰る家さえ持たない没落貴族になっちゃったら……」
声は震えていた。
「あなたは……それでも、私の騎士でいてくれる……?」
あまりに真剣で、あまりに脆いその眼差しを見つめていると。
過去の記憶が決壊したダムのように、脳裏を激しく駆け巡った。
入学して間もない頃。悪意に満ちた貴族のいじめに直面し、自分だって恐怖で震えていたのに、それでも勇敢に両腕を広げ、真っ先に私の前に立ち塞がってくれた……
――あの小さな背中が、どれほど巨大な勇気を与えてくれたことか。
学園の図書館の長椅子で。疲労から目を覚ました時、真っ先に視界に飛び込んできたのは、心配そうにこちらをじっと見つめる顔だった……
――それは、シャル以外で、この世界で初めて「友人に案じられる」という温もりを知った瞬間だった。
辺境での絶体絶命の窮地。重圧に押し潰され、理性を失いかけていた私を、パァンという鋭い平手打ちと共に、涙ながらに「馬鹿!」と罵り、深淵の淵から引きずり戻してくれた……
――あれはどれほどの幸運だったか。あのおかげで私は自我を取り戻し、逆転勝利を収めることができた。
ウォルフが引き起こした吹き荒れる暴風雪を前にした時。みんなを守るため、なりふり構わず自身の炎を燃やし、満身創痍になりながらも氷雪の封鎖を突破しようとした、あの華奢な姿……
――先陣を切るあの背中を守りきれなかったことは、どれほど胸を切り裂くような絶望だったか。
記憶の中の光景が、今目の前で涙を流し、おずおずと問いかけてくる少女の姿と完全に重なり合う。
寄り添いと好意、甘えとワガママ、そのすべてが、いつの間にか生命において欠くことのできない一部となっていた。
強烈な想いが、野火のように胸の奥から燃え上がり、すべての理性と打算を焼き尽くしていく。
彼女の想いを裏切りたくない。
悲しませたくない。
絶対に、絶対に、目の前のこの少女を失いたくない!
「え? シミア?」
短く驚きの声が上がった。
一歩踏み込み、その体を力強く腕の中に引き寄せた。自分の体の中に溶かし込んでしまいたいほどの、強い力で。
柔らかく温かい体は、胸の中で一瞬だけ微かに強張った後、すぐに力強く抱き返してくる。
「あなたからすべてがなくなるなんてこと、絶対にありません、トリンドル」
その細い肩に顎を乗せ、囁いた。声は大きくはないが、鋼を断ち切るような誓いの重さが宿っていた。
「あなたには、私がいます。あなたがどんな姿になろうと、高貴な領主であろうと、さすらいの平民であろうと……私はあなたの騎士です。いいえ、あなたが望むなら、どんな役割にだってなってみせます」
この問いに対する答えに、論理など入り込む余地はない。そんなものは、とうの昔に決まっていたのだ。
「うぅ……わあぁぁぁん……っ!」
その言葉を聞いた瞬間、限界まで張り詰めていた心の防波堤が、完全に崩壊した。
彼女は胸に顔をうずめ、終わらない夜の中でようやく帰る場所を見つけた子供のように、連日の恐怖と今この瞬間の巨大な幸福感をないまぜにして、声を上げて泣きじゃくった。
温かい涙が衣服を浸し、胸元を伝い落ちる。
薄い布地越しに、体温が伝わってくる。
その温度は、あまりに懐かしかった……
曖昧な記憶が、脳裏に湧き上がる。
寒い。温もりが欲しい。
吹雪の中に置き去りにされたように、体がどんどん熱を失っていく。
朦朧とする意識の中で、一つの温かい体が、視界に入ってきた。
分かる。目の前のその体がどれほど温かく、この凍てつく世界で自分の絶対的な避難所になってくれるのかが。
直感が告げていた。あの時、あの小さな体に自分はどれほどすがりつき、その温もりに深く依存したことか。そして今、抱きしめているこの体こそが、あの時の温もりなのだと。
理由は分からない。
ただ、お返しをしたかった。自分の最も熱い想いをもって、その温もりに応えたかった。
「トリンドル……ありがとう。私のためにしてくれた、すべてのことに」
言葉による答えはなかった。
ただ、胸の奥深くに顔を埋め、途切れることなく小さな嗚咽を漏らし続けていた。




