歴史の授業、軍神の論戦
開け放たれた窓から陽光が差し込む。その暖かさに、シミアは思わず睡魔に誘われた。
歴史の先生がこれほど遅刻するのは初めてだった。そのため、教室ではすでに次の休暇の旅行先についての雑談が始まっている。前方の席には相変わらず数人しか座っておらず、近くにはトリンドル、そして女王と同じ発音の名を持つミリエルがいる。ふと、長い影が光を遮り、すぐにもう一つの影が素早く通り過ぎた。
教室のドアが押し開かれ、七、八束はあろうかという図巻を抱えた歴史の先生が、おずおずと入ってくる。
カツン、と響く軽やかな足音。その後ろから、眼鏡をかけた長身の男が教室に足を踏み入れた。シミアが彼の鋭い視線とぶつかると、待っている間の倦怠感は一瞬で吹き飛んだ。その目に宿る戦意に、シミアは即座に警戒を強めた。
「諸君、こんにちは。私はカシウス。軍事戦略論の教師だ」
続いて、歴史の先生が五分ほどかけて、シミアが授業中に教師に逆らった罪状を並べ立て、そして今日、カシウス先生を招いてあの戦争の真相を解き明かすのだと宣言した。
後方の席からくすくすという忍び笑いや、嘲笑が聞こえてくる。シミアがそっと横を向くと、心配そうにこちらを見つめるトリンドルと目が合った。彼女に微笑み返すと、今度はミリエルの視線にぶつかる。ミリエルは視線を逸らさず、無表情のまま、雪のように白い繊細な腕で美しい羽根ペンを弄んでいた。
「では、シミア君、教壇へ」
全員の視線が注がれる中、教師と生徒の戦争が、幕を開けた。
「本題に入る前に、まずは先生が探し出してきたこの地図を見てもらおう」
歴史の先生は手慣れた様子で図巻を一つ手に取ると、慎重に広げてみせた。広大な草原、ローレンス王国が占拠する森が一つ。そして図巻の遠方には、果てしない砂漠が広がっている。
「ご覧の通り、狩神892年のあの戦争において、戦場にはシミア君が言ったような複数の森など存在しない。このような広大な戦場で、ローレンス王国が永遠の烈陽帝国の両側面に奇兵を配置することなど、到底不可能なのだ」
歴史の先生が証拠を掲げると同時に、カシウスが結論を述べた。
全ての生徒に見えるように、歴史の先生は地図を掲げたまま教室を一周し、それから教壇の上に広げてシミアに見せた。
「シミア、君が歴史に興味を持っていることは認めよう。だが、歴史の研究というものは、証拠を挙げて証明せねばならんのだ。まあ、君はまだ学生だ。先生たちが教えてやろう」
歴史の先生の声には、誇らしさが隠せない。
「次に、これから戦だというのに、永遠の烈陽帝国が奴隷兵を腹一杯にさせないはずがない。したがって、シミア君の戦術は実行可能性に欠ける」
カシウスは眼鏡をくいと押し上げ、シミアが確信していた戦術をさらに覆した。
後方の席から漏れる嘲笑と共に、教室全体に愉快な空気が満ちていく。普段は歴史の授業など上の空の生徒たちも、この時ばかりは生き生きとしていた。窓から差し込む光が次第に翳り、前方の席に一筋の暗い影を落とす。
目の前の地図を睨みつける。森林、草原、砂漠。地図上の光景が、シミアの頭の中で徐々に現実味を帯びていく。他の可能性はないように思える。しかし、ある種の違和感がシミアを戸惑わせた。
「先生、質問です。永遠の烈陽帝国の兵力は奴隷兵二万人、クガ兵四千人で間違いありませんか?」
シミアの問いに、歴史の先生は意表を突かれたようだ。
「うむ、その通りだ。ローレンス王国の史書にはそう記録されている」歴史の先生は頷いて答えた。
「もっと範囲の広い地図はありますか?」
その問いを聞き、歴史の先生の顔に得意げな表情が浮かんだ。
「今日は戦場の地図だけでなく、私の秘蔵の品を多く持ってきた。君に存分に見せてやろう」
歴史の先生はこともなげに地図をもう一巻手に取ると、ゆっくりと広げた。さらに広大な戦場が、シミアの眼前に現れる。
「戦場となったのは、永遠の烈陽帝国とローレンス王国の中間、ローレンス王国寄りの地点だ。この戦いの当時、永遠の烈陽帝国は強盛を極めており、鋼心連邦は帝国の侵略を恐れ、国境を迂回することを黙認した」
シミアが何も答えないのを見て、親切な歴史の先生は壇下の生徒たちに解説を始めた。
「カシウス先生。永遠の烈陽帝国の出発点から戦場まで、どれくらいの時間がかかるとお考えですか」
シミアは地図を見つめながら、カシウスに尋ねた。
「私はかつてあの地を調査したことがある。おそらく、七日は必要だろう」
「本当にこのルートで?」シミアは地図を指差す。その指は永遠の烈陽帝国の都市から砂漠を抜け、戦場の位置までをなぞった。
「その通りだ。いかに永遠の烈陽帝国とて、この場所にある鋼心連邦の要塞群に近づく勇気はあるまい」
三つ一組の要塞の印が地図上に三組描かれ、国境沿いには山々が連なっている。鋼心連邦に強大な軍事力はなくとも、決定的な地形的優位を持っている。国境の通過を黙認したとはいえ、その目と鼻の先を通過するなど、あまりに無謀だ。
そして、戦場にあるローレンス王国の森を越えれば、その先にはただ広大な草原が広がるのみ。草原において、ローレンス王国が永遠の烈陽帝国の騎兵の機動力に対抗する術はない。
「シミア君、何か言いたいことがあるなら、先生も聞いてやらんこともないぞ?」
シミアが考え込んでいるのを見て、歴史の先生は胸を張り、声をかけた。
雲が流れ、陽光が再び教室の前方に差し込む。まるで先ほどの陰りを埋め合わせるかのように、冬の光でありながら、ことさらに眩しく感じられた。
「やはり、歴史の記録が間違っています」
しかし、シミアの次の一言で、歴史の先生の笑顔は瞬時に崩れ落ちた。彼は信じられないというように振り返り、その肩は呼吸と共に激しく震えている。
「もしルートが正しいのであれば」シミアの指が出発点を指す。「出発点から戦場までは砂漠を通過しなければなりません。それは、少なくとも三、四日は歩き続けなければ抜けられない砂漠。その先に、ようやく見渡す限りの平原が広がります」
「永遠の烈陽帝国はこの砂漠を横断しなければならない。ですが、この砂漠の中に、二万四千人の兵士と四千頭の軍馬に供給できる水源など存在するはずがありません。つまり、戦場にたどり着くためには、数倍もの補給部隊を軍に随行させる必要があります。カシウス先生、もしあなたが将軍なら、どうしますか?」
シミアとカシウスの視線が交錯する。カシウスの顔に、見過ごしてしまいそうなほど微かな笑みが浮かんだ。
「私なら、回り道を選ぶだろうな」
シミアは歴史の先生の地図を掲げ、そこに記された印を他の生徒たちに見せた。
「地図によれば、回り道をするには鋼心連邦の要塞群か、あるいは極めて険しい山道を通らなければなりません。もし歴史の記録通りだとするならば、この部隊には少なくとも同規模の後方部隊が必要であり、そしてその後方部隊を養うために、さらに後方部隊が必要になる。それでようやく、永遠の烈陽帝国はローレンス王国にたどり着き、侵略計画を完遂できるのです」
シミアは地図を下ろし、頭の中で新たな可能性を計算し続けた。
「一頭の軍馬が一日に消費する食料は、兵士の少なくとも五倍。状況によっては八倍、十倍以上の差になることもあります。そして、これらの食料を運ぶための駄獣が消費する食料も、決して少なくはありません」
「砂漠での軍の移動はさらに遅くなります。軍と行動を共にするため、補給車両は比較的安全な道だけを通るわけにはいきません。それでもなお、補給部隊は本隊の歩みに追いつけない。長い補給線は、本隊が戦場に到着した時点で、補給車両の大部分がまだ砂漠で立ち往生しているであろうことを意味します!」
カシウスは、まるで見たこともない生物を発見したかのように、解説するシミアを微笑みながら見ていた。
「しかし歴史は、永遠の烈陽帝国がローレンス王国の軍と遭遇した際、ほとんど躊躇なく、即座に攻撃を仕掛けたと記録しています」
「したがって、永遠の烈陽帝国にとって、今回の行軍の消耗量を考えれば、全ての補給を万全に整えることは、ほぼ不可能だったはずです」
カシウスが何かを言おうとしたその時、授業の終わりを告げる鐘が鳴った。
「シミア君、君が間違っていると、先生が必ず証明してみせる! カシウス先生、約束通り、これらの地図はしばらく預かっていてください!」
衆人環視の中、歴史の先生は真っ先に教室を飛び出していった。
眩い光を突っ切って、教室の後方から絶え間ない議論の声が聞こえてくる。シミアとトリンドルの視線が交わり、二人は思わず笑みを見せ合った。一方、ミリエルは手元の本を片付け、次の教室へ向かう準備をしていた。
教室の遠くでは、アルヴィン・ヴィルドがシミアの視線を避け、先に教室を出て行った。
隣で図巻が擦れる紙の音が聞こえ、シミアも広げられた二枚の地図を巻くのを手伝った。
巻き終えた図巻を、カシウスが抱える図巻の上に重ねた、その時。カシウスがシミアの耳元に近づき、彼女にしか聞こえない声で囁いた。
「実に素晴らしい論点だ、シミア君。――二年生から履修可能な軍事戦略論、受けてみる気はないかね?」
こうして、シミアとカシウスの第一回目の論戦は、幕を下ろした。