心、寄り添う場所
「うぅ……」
ズキズキと痛む体を引きずるように、シミアは目を開けた。
視界に飛び込んできたのは、澄んだ水色の瞳。思わず息を呑むと、相手は慌てて身を引いた。収穫期の麦の穂のようにきらめく金色の髪が、シミアの目の前で揺れる。
「やっと目が覚めたのね!」
心配そうな顔でこちらを覗き込む少女に、シミアはどこか見覚えがあるような気がした。
耳元で、ぱらり、と本のページがめくられる音。そちらに視線を向けると、本の陰から紫色のショートヘアが覗いていた。
シミアは辺りを見回す。窓から差し込む陽光の中を、無数の埃がキラキラと舞っている。壁一面の木製の本棚には、本が整然と並べられていた。意識がはっきりしてくると、古書特有の香りが鼻腔をくすぐった。
「そういえば、あの時も……」
あの時は、自分の誤解が原因で、少女は部屋を飛び出してしまったのだ。
シミアは慌てて身を起こそうとしたが、想像を絶する疲労感が脳を支配し、体が言うことを聞かない。
「無理はしない方がいい。魔法の才能は、後天的にどうにかなるものではないから」
紫髪の女性がシミアのそばに歩み寄り、無表情に告げた。
「私はコーナ。この学校の図書室の司書よ。普通、生徒は入れない場所だから。自分で歩けるようになるまで、ここにいなさい」
彼女はシミアにそう簡潔に自己紹介すると、部屋を出て行った。
「今日の授業はもう終わったわ。だから無理しないで、シミア……さん」
トリンドルの表情はとても複雑だった。近づきたいのに、意識して距離を取っている。傷ついているのに、気丈に振る舞おうとしている。悲しいはずなのに、心の底から喜んでいる。そんな表情を見て、シミアは目の前の少女を抱きしめたくなった。
シミアの脳裏に、あの時の記憶が蘇る。女王と同じ発音の名を持つミリエルが、燃え盛る火の玉を手に自分に迫ってきた時、ただ一人、トリンドルだけが自分の前に立ちはだかってくれた。
「ごめんなさい……トリンドル。あなたに助けてもらったのに、お礼も言わずに……」
名前を呼ばれたトリンドルは、信じられないというようにシミアを見つめ、その瞳がみるみるうちに潤んでいく。
「あの時も、ひどい誤解をしていた」
シミアには分かっていた。二度にわたって自分のそばにいてくれ、一度は自分を庇ってくれたトリンドルの、その純粋な善意を。
「私、ずっと……」
両親が亡くなってからというもの、シミアは見知らぬ人と積極的に関わることを避けてきた。シャルとの生活が彼女の人生のすべてだった。今思えば、自分がシャルにどれだけ無理をさせてきたのか、本当の意味では理解していなかったのかもしれない。
トリンドルの瞳には涙がきらめいている。彼女は、自分を許してくれるだろうか? シミアはそう思った。
シミアは再び身を起こした。先ほどよりは痛みが和らいでいる。彼女はゆっくりと座り、涙を流すトリンドルを抱きしめた。
「ごめんなさい、あの時はあなたを誤解してた。それから、ありがとう。あの時も、今も、助けてくれて本当にありがとう」
トリンドルの華奢な体が、シミアの腕の中でしゃくりあげるたびに震えている。
「ちが……そんなことないですわ……謝らないでください」
トリンドルの否定する声は、ひどくか細く、そして愛らしかった。
「だって、シミアは……私の、騎士様ですもの」
シミアは、夕暮れ時まで、ただ静かにトリンドルの言葉に耳を傾けていた。