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焔火(えんか)の胎動

軍事戦略室の窓から、午後の強烈な日差しが差し込んでいた。

光はオレンジ色の鎌のように室内を明と暗に切り裂き、机を挟んで向かい合うシミアと、ライナス・クラウディアの二人を分断している。


「それじゃあ……僕たちの提案に同意してくれるんだね?」


ライナスが目を丸くする。その顔には、信じられないという色が浮かんでいた。

シミアは日陰の席で、静かに頷いた。


「はい。お二人の言う通りです。私一人では、私軍を形にすることはできません。……先日は申し訳ありませんでした。体調が優れなくて……決してお二人の善意を拒絶したかったわけではないんです」


少女は言葉を切り、少し間を置く。その声は相変わらず涼やかだが、瞳には以前にはなかった確固たる意志が宿っていた。


「それから、同盟の件についても。いつか私たちの同盟が拡大することもあるでしょう。お二人が認めた相手なら……問題ありません」


クラウディアは小首を傾げ、シミアの顔をじっと観察した。その能面のような表情ポーカーフェイスから綻びを探そうとしているようだったが、結局何も見つけられなかったらしい。


「指揮権について、一つ補足させて」


クラウディアは探るような視線を引っ込め、真顔になった。


「指揮能力に関しては、私たち二人が束になってもあなたには敵わないわ。だから、私たちは『出動するか否か』という大枠の意思決定には投票するけれど、一度出撃が決まれば――あなたがこの軍隊の唯一にして絶対の最高指揮官よ」

「……いいんですか? クラウディア先輩。私にそんな大きな権限を」


シミアが少し目を見開く。

クラウディアは一瞬、眩暈めまいを覚えた。先週まで、触れれば壊れそうなほど儚げだった後輩が、今は細身の体から、味方を安心させるような冷徹な覇気を放っている。理性が告げる。これこそが、本物のシミア・ブルンなのだと。


「もちろんだとも。僕たちは君の才能を信じている」


ライナスが誠実な口調で引き取った。


「君のレベルの戦術的判断なんて、僕らには理解できないからね。素人が現場で口出しして負けるなんて、それこそ本末転倒だ」


信頼の基礎を確認し合うと、ライナスは話題を核心へと移した。


「それで、部隊の具体的な構成について、何か案はあるかい?」

「はい。実は二つの案を考えてきました」


シミアは鞄から、分厚いクラフト紙のノートを取り出した。端が少し擦り切れているのは、何度も読み返された証だ。

彼女は色とりどりの付箋の一つを頼りにページを開き、二人の方へ滑らせた。

二人の目に飛び込んできたのは、印刷されたかのように几帳面な文字の羅列と、その横に描かれた精緻な陣形図、そして装備の概念図だった。


「これが第一案。私にとっての理想形ベスト・プランです」


シミアの指先がページを叩く。


「全騎兵編成による、即応展開ラピッド・リアクションエリート部隊です」


彼女は深く息を吸い、説明を始めた。語るにつれ、瞳の輝きが増していく。


「編成のコンセプトは『高機動』と『立体的打撃』。

 この部隊は、弓騎兵、槍騎兵、そして切りジョーカーとなる魔法騎兵によって構成されます。

 弓騎兵が偵察と遠距離からのハラスメントを行い、槍騎兵が護衛と衝撃力ショックを担当。そして少数の貴族エリートで構成される魔法騎兵が、戦場を切り裂く決戦兵器ハンマーとなります」


シミアの指が、ノート上の編成表をなぞる。


「具体的な編制案は以下の通りです。

 弓騎兵:30名(正副隊長を含む)

 槍騎兵:30名(正副隊長を含む)

 魔法騎兵:10〜20名(採用状況による。正副隊長を含む)

 斥候スカウト:5〜8名

 さらに、これらを統括し、弓と槍の連携を指揮する騎兵総長を一名」


「戦闘員だけではありません」


シミアはページをめくり、煩雑な計算式が並ぶ兵站ロジスティクスの項目を指した。


「全騎兵の進軍速度に追随するため、補給部隊も高速馬車を採用する必要があります。

 つまり、専門の支援分隊が不可欠です。

 輸送・馬政:御者6名以上、専門の厩務員グルーム5名、蹄鉄のケアができる鍛冶師1名。

 医療・炊事:専属軍医2名(獣医兼任が望ましい)、料理人と助手4名。

 装備整備:武器と甲冑の緊急修理ができる熟練工2名」


そこまで一気にまくし立てると、シミアの声のトーンが落ちた。躊躇いが見え隠れする。


「ですが……騎兵は非常に高価コストフルです。連続作戦と馬の損耗を考慮すると、騎兵一人につき最低でも二頭の軍馬が必要です。補給馬車も含めれば、部隊全体で約百六十頭の馬を管理しなければなりません。飼料代や人件費などの維持費ランニングコストだけでも、天文学的な数字になります」


彼女は二人の顔色を窺った。沈黙しているのは、その非常識な金額に呆れているからだと思ったのだろう。慌てて次のページをめくる。


「ですから、代替案(プランB)も用意しました。

 ライナス先輩とクラウディア先輩のご実家の領地特性――豊富な森林と草原資源を考慮し、弓兵と盾兵を主体とした歩兵部隊を組織する案です。

 森は弓の材料に適していますし、弓兵の育成には時間がかかりますが、領内の狩人をスカウトすれば即戦力になります。盾兵は軽鎧と大盾タワーシールドさえあれば、あとは陣形訓練に集中するだけでいい。

 弓兵40名に盾兵60名。これが最も費用対効果コスパが良い構成です。予算が許せば、そこに偵察と魔法使いの足として、騎兵を20名ほど……」


一息に説明し終え、シミアは顔を上げた。

だが、対面の二人は、まるで異界の生物を見るような目で彼女を見ていた。


「シミア……これ……本当に君一人で作ったのかい?」


ライナスがノートを見つめ、乾いた声を出した。

これは単なる「案」ではない。今すぐ実行可能な「建軍計画書ホワイトペーパー」だ。戦術編制だけでなく、スポンサーである二家の領地資源、兵站の負荷、馬のローテーション率まで計算されている。

かつて軍事戦略を教えていたカシウスでさえ、この年齢でこれほど緻密な計画書を書くことは不可能だっただろう。


クラウディアの表情も険しい。

それはシミアの案が不適切だったからではない。逆だ。あまりに適切すぎたからだ。

その適切さには、年齢を超越した老練さと冷徹さが滲んでおり、違和感を通り越して……畏怖すら感じさせる。

彼女は目の前の十六歳の少女を見つめる。

いかに天才とはいえ、「戦争を理解すること」と「戦争を兵站の数字に落とし込むこと」の間には、深淵な溝があるはずだ。だがシミアは、生まれながらにしてその溝の向こう側に立っているように見える。


クラウディアとライナスは顔を見合わせた。

互いの目に、驚きと喜び、そしてこの恐るべき才能に対する微かな戦慄が走るのを確認する。

短いアイコンタクトの後、ライナスが深く息を吐き、沈黙を破った。


「シミア。プランBは忘れてくれ。僕は、第一案で行くべきだと思う」

「え?」


シミアが呆気にとられる。


「君は知らないかもしれないけれど」


ライナスは何でもないことのように笑い、親指でクラウディアを指した。


「クラウディアの領地には『ロヴィキ村』と『シャビール村』があるんだ。あそこは王国でも有数の良馬の産地だよ。百六十頭程度、彼女の家にとっては誤差みたいなものさ」


百六十頭が……誤差?

シミアの脳内で、百六十頭の馬が毎日消費する燕麦と干し草の重量が弾き出され、それを金貨に換算した数字が点滅する。一般の四人家族が百年遊んで暮らせる額だ。


「それだけじゃないわ」


クラウディアが往年の自信を取り戻し、言葉を継ぐ。


「騎兵用の特注複合弓コンポジット・ボウなら、うちの領地の工房で来月から量産ラインに乗せられるわ。その他の雑費に関しては……」


彼女はライナスへ流し目を送る。


「ライナスの家には腐るほど金貨が余っているもの。金庫番は彼に任せなさい」


ライナスは小さく咳払いをした。


「……とにかく。金の心配はいらない」


彼は真剣な眼差しでシミアを見つめ、力強く断言した。


「この乱世において、僕たちの同盟が独自の武力を持つこと。それだけで、僕たちの発言力は何倍にも跳ね上がる。これは金以上の価値がある投資なんだ」


今度こそ、シミアは絶句した。

いつもは凪のように静かな瞳が見開かれ、口が半開きになる。

正直なところ、第一案は「夢物語」のつもりで書いたのだ。全騎兵編成など、現実には王国の最精鋭騎士団くらいしか維持できない贅沢の極みだ。即座に却下され、歩兵案でいかに経費を削るかという会議になると思っていたのに。


「シミア、このノート、数日借りてもいいかな?」


ライナスが机の上のノートに手を置く。


「持ち帰ってすぐに手配を始めるよ。具体的な実務で問題が出たら、また集まって詰めよう」

「だ、大丈夫ですけど、クラウディア先輩。でも……」


シミアはどうしても信じられず、食い下がった。


「本当に変更しなくていいんですか? 私軍の規模として、大きすぎませんか? あの……維持費ランニングコストは本当に恐ろしい額になりますよ? お二人の家計を圧迫したりしませんか?」


普段は戦場を支配する「軍神」のごとき少女が、今まさに庶民的な金銭感覚おさいふじじょうを心配している。

そのギャップに、ライナスは堪えきれずに吹き出した。


「必要ないよ、シミア」


彼は立ち上がり、机越しに身を乗り出して、シミアの華奢な肩をポンと叩いた。爽やかで、頼りがいのある笑顔を向ける。


「君は戦場で実力を示した。――今度は、君が僕たちの『財力ちから』を信じる番だ」


* * *


のちに民揚ミンヤン大陸全土を震え上がらせることになる『焔火えんか騎士団』は、この日、陽光溢れる午後の教室で、その産声を上げたのだった。

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