馬車内の攻防
穏やかに進む馬車の中。
シミアは窓の外を眺めていた。
どこまでも続く、生命力に満ちた田園風景が、ゆっくりと後ろへ流れていく。
心は、不思議なくらい穏やかだった。
しかし、その静寂は唐突に破られた。
ことり、と。
いつの間にか姿勢をずらしたトリンドルが、当たり前のようにシミアの肩に頭を預けてきたのだ。
自分だけの午後の安らぎを、満喫するように。
「少し、厚かましいのではなくて、トリンドル?」
ミリエルの声には、抑えきれない冷たい笑みが滲んでいた。
「眠っているわけでは、ありませんでしょう?」
「そうかしら?」
シミアが不思議そうに首を傾げた、その瞬間。
ばっと顔を上げたトリンドルの、燃えるような海色の瞳と、視線がかち合った。
「それが何だって言うのよ!」
トリンドルは、一歩も引かずに睨み返す。
「あたしの騎士様に肩を借りるのが、ローレンス先生に何か関係あるわけ!?」
ミリエルは優雅に紅茶を口元へ運び、ふーっと息を吹きかける。
だが、その銀色の瞳には、危険な光が揺らめいていた。
「お約束が違いますわ」
不思議そうな顔をしているシミアを一瞥し、再びトリンドルに視線を戻す。
「あなたのその行い、不公平ですわ」
「上等じゃない!」
トリンドルは、さっと身を起こすと、腰に手を当て、宣戦布告するように言い放った。
「それなら今この瞬間をもって、休戦協定は破棄よ!」
「……」
左には、オーラ全開の女王。
右には、闘志満々の姫君。
シミアは、今にも爆発しそうな火薬樽の上に座らされている気分だった。
居心地が悪い、なんてものじゃない。
「あの……わたくし、向かいの席に……」
身を起こそうとした、その瞬間。
左右から伸びてきた二本の細い腕が、ぐいっと、シミアを元の場所へと引き戻した。
「「駄目!」」
はい……。
シミアは抵抗を諦め、小さくため息をついた。
窓の外の景色は変わらない。けれど、車内の空気はどこか奇妙に張り詰めている。
でも、不思議と。
以前の、あのぎこちない休戦状態よりも、今の、この一触即発の雰囲気の方が、よっぽど自然な気がした。