種蒔き季、当日(五)
ガタガタと揺れる馬車の中、シミアは、コーナがミリエルの傷を癒す様子を、静かに見守っていた。
短剣で切り裂かれた、骨まで達するほどのおぞましい傷口が、コーナの掌に浮かぶ柔らかな水の球に包まれ、みるみるうちに癒えていく。まるで奇跡のように、新しい皮膚が生まれ、傷を覆い、最後には、傷跡一つ残さなかった。
「す……すごい……」
思わず、感嘆の声が漏れた。シャルから聞いてはいたけれど、まさかこれほどとは。コーナの治癒魔法は、まさに神業だった。
「シミアは、まだ知らないかもしれないけれど」ミリエルの顔色には、少しだけ血の気が戻っていた。どこか得意げな口調で、彼女は言った。「コーナは、この王国で、当代随一の治癒師なのよ!」
「でも、傷が治っても、この服じゃあね……」ミリエルは、自分の肩口、短剣でざっくりと切り裂かれた大きな穴と、そこにこびりついた血と泥の汚れを見つめる。その顔には、年相応の、純粋な悩みが浮かんでいた。「こんなボロボロの制服じゃ、この後の種蒔き祭には、出られないじゃない……」
「いっそ、今日はもう、王宮に帰りましょうか?」と、ミリエルが提案する。
「いえ、ミリエル様。替えのお召し物は、すでに準備してございます」
コーナは、まるで当然のことを述べるかのように、静かに言った。
「替えの……?」ミリエルは、信じられないというように、目を丸くした。
すると、コーナは慌てるでもなく、座席の下から一つの精巧な木箱を取り出す。
蓋を開けると、そこには――上質な生地に、レースと金糸の刺繍が施された、鮮やかな真紅のドレスが、ベルベットのクッションの上に、静かに横たわっていた。
「こ……コーナ! これは、派手すぎやしない!?」
「何を仰いますか、女王陛下」コーナは、存在しない眼鏡のブリッジをくいと押し上げ、有無を言わせぬ口調で言った。「まさか、その『ボロボロ』の制服のまま、次の催しに出席なさるおつもりではありますまいな?」
「だって……わたくし、あの服、こっそり捨ててしまったのに……」
「王国の主として、民の前に正装で立つこと。それは、あなた様が果たすべき、義務にございます、ミリエル様」
女王ミリエルの、その、へこんで、どうしようもなさそうな、可愛らしい様子を見て。
シミアは、ついに、耐えきれず、「ぷっ」と吹き出してしまった。
「な……何よ!」
ミリエルの頬が、一瞬で、さっと赤く染まる。
「い……いえ、何でも」シミアは、必死に笑いをこらえながら言った。「ただ、ミリエルが、そんな風に困っているところ、初めて見たから」
その楽しげな笑い声は、湖に投げ込まれた小石のように、小さな馬車の中に、一つ、また一つと、波紋を広げていった。