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ゼロから始める軍神少女  作者:
第二巻 種蒔き季の盤上
112/131

二つの手口、一つの標的

軍事戦略教室。

午後の陽光が、高い窓から差し込み、巨大な砂盤の上に、温かな金色の光溜まりを作っていた。

空気中では、細かな埃が、光の筋の中をゆっくりと漂い、まるで時間そのものが、歩みを緩めたかのようだった。


陽光は、ちょうど、シミアの鬢に留められた髪飾りに落ちていた。

ルビーでできたその炎の装飾は、まるで命を吹き込まれたかのように、きらきらと輝き、彼女の漆黒の髪の間で、燃えている。

シミア、クラウディア、ライナスの三人は、砂盤を囲み、神妙な面持ちで立っていた。


「君の推論は、正しいと思うよ、シミア」

ライナスが、眼鏡をくいと押し上げ、最初に沈黙を破った。

「配膳係に変装して、監獄から脱走する。確かに、今のところ、それが最も合理的な説明だ」


「でも、あそこは、王都で最も厳重な地下牢よ」

クラウディアの指先が、砂盤の縁をとんとんと、軽く叩く。そのすみれ色の瞳には、疑念が満ちていた。

「変装だけで、本当に、あの経験豊富な古参兵たちを騙し通せるものかしら?」


「常時、警備を担当している兵士であれば、難しいかもしれません。ですが……」

シミアの声は、冷静で、明瞭だった。

「ミグの浸透工作により、女王は反乱後、すでに退役していた古参の近衛兵たちを、急遽、呼び戻さざるを得ませんでした。彼らの忠誠心に疑いはありませんが、囚人の監視という専門知識においては、おそらく……普通の牢番にも、劣るでしょう」


クラウディアの目に、理解の色が浮かんだ。「確かに、あのじじいたちなら……」

「カシウスの奴、本当に、人心のあらゆる弱点を計算し尽くしているな」ライナスが、そう締めくくった。


「ですが、この件、本当にカシウスの計画なのでしょうか?」

シミアが、最も核心的な疑問を口にした。

「ミグが精神的に追い詰められることを予見し、監獄の防衛の穴を、正確に見抜くなんてことが、本当に可能なのでしょうか? あの時、彼は、はるか遠くの国境で、アルウェン将軍の軍勢を待ち伏せる策を練っていたはずです」


「それは……」

ライナスの顔にも、初めて、困惑の色が浮かんだ。

三人の議論は、行き詰まりを見せたかのようだった。


「その後、もう一つ、気づいたことがあります」

シミアは、懐から、あの、短剣の入っていた手紙を取り出し、二人に手渡した。

「最初の手紙が、消えていました。そして、この二通目の筆跡は、カシウスのものとは、まったくの別物です」


クラウディアは、手紙を受け取ると、一瞥しただけで、確信を持って頷いた。

「ええ、これはカシウスの字じゃないわ。細かな筆遣いの癖が、彼とは正反対よ。でも、これが、彼が黒幕ではないという証拠には、ならないでしょうね」

「はい、クラウディア先輩のおっしゃる通りです」シミアも、それを認めた。「論理的に、彼が自ら書いたものではなくとも、彼が指示したものである可能性は、否定できません」


彼女は、ふっと間を置くと、二本の、細い指を立てた。

「この一連の事件の中に、私は、二つの、まったく異なる『パターン』を見ました」


「一つは、周到に計画された、戦略家のパターン。私たちがよく知る、あのカシウスのような。彼は、あらかじめ最初の手紙を書き、私の心を揺さぶろうとしました。告知事件を計画し、民衆の心に、疑いの種を植え付けました。そして、暗殺予告を出すことで、いざという時に、民衆の、女王への信頼を、完全に地に堕とそうとしている」


シミアは、指を一本、折り曲げた。


「そして、もう一つは、偶発性に満ちた、刺客のパターン。彼はミグを救い出し、優れた実行力を見せつけました。植木鉢を突き落とし、私の最も近くにいるシャルを傷つけようとしましたが、その粗暴な手口が、自らの行動範囲を暴露してしまうことには、考えが至らなかった。二通目の手紙を書き、急いで贈り物に紛れ込ませましたが、カシウスの筆跡を模倣する時間はありませんでした。毒を盛るため、自らシャルに接近しましたが、私たちの罠に見破られてしまった」


シミアは、二本目の指を下ろし、すべてを見通したかのような、笑みを浮かべた。

「その人物は、刺客としては優秀かもしれませんが、戦略家としては、一貫した、明確な目標を欠いています」


「なんてこった……」ライナスは、髪をくしゃりとかき混ぜた。その顔には、驚嘆と困惑が入り混じった、複雑な表情が浮かんでいる。「僕……君に、説得されそうだ」


「でも、すべては、推測に過ぎないわ、シミア」

クラウディアの眼差しは、依然として、鋭いままだ。

「私たちには、何の証拠もない。それどころか、これも、カシウスがあなたを油断させるために、わざと演じている芝居である可能性だってある」


シミアは頷いた。「ええ、確かに、この可能性だけが真実だと証明する、証拠はありません」


「なら、あなたが思うに」

クラウディアの口元に、謎めいた笑みが浮かんだ。彼女は、陽光を背に受け、それ自体が、まるで光を放っているかのような少女を、じっと見つめる。

「もし、あなたがカシウスなら、その最終目標は、何かしら?」


シミアが答えるよりも早く、クラウディアは、氷のように冷たい、一切の冗談を含まない声で、その、唯一の答えを口にした。

「あなたよ、シミア。あなたさえ破壊すれば、彼は、望むものすべてを手にできる」


その言葉は、まるで、深淵から吹き付ける、冷たい奔流のように、一瞬で、シミアの心臓を鷲掴みにした。


彼女は、まるで、記憶の中の、あの光景を、再び見たかのようだった。

自分を「怪物」と呼ぶ、冷たい、冷たい、眼差しを。

顔から、さっと血の気が引いた。制御を失い、二、三歩、後ずさる。

その背中が、ごつん、と、冷たい壁にぶつかった。


「クラウディア、何も、本気で僕たちの後輩を怖がらせることはないだろう?」

ライナスが、少しばかり、咎めるような口調で言った。

「それに……どうも、君の言葉は、単なる冗談には聞こえなかったが」


「ごめんなさい……」

クラウディアは、シミアに歩み寄り、自ら、その氷のように冷たい手を取った。いつも、どこか傲慢さを漂わせるその瞳に、今は、真摯な、そして、重い色が宿っていた。

「シミア、ただ、あなたに知ってほしかったの。あなたのような『天才』が、私たちのような凡人の目に、どれほど恐ろしい存在として映っているのかを」


「これは、憶測なんかじゃないわ、シミア。あなたは、たった一度の弁論で、百年の信史を覆した。あなたは、一枚の砂盤で、百戦錬磨のカシウスを打ち破った。あなたは、『黄金の回廊』計画の発案者であり、たった一ヶ月で、王国を深淵に突き落としかねなかった、国境の乱を平定した。あなたは、自分が、どれほどの危険の中にいるのかを、自覚しなければならない。もし、私があなたの敵なら、絶対に、いかなる代償を払ってでも、まず、あなたを、この盤上から排除するわ」


シミアは、クラウディアの、その、あまりにも真摯な瞳を見つめながら、ゆっくりと、頷いた。


分厚い暗雲が、いつの間にか、静かに集まっていた。

さっきまで、あれほど明るかった陽光を、完全に遮ってしまう。

室内の光が、ふっと、暗くなる。

シミアの髪で、きらきらと輝いていた、あの炎の髪飾りも、それと共に、その光を失っていた。

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