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ゼロから始める軍神少女  作者:
第二巻 種蒔き季の盤上
109/121

鋼心連邦の変化

鋼心連邦、『契約議会』。

その円形広間は、水が滴り落ちてきそうなほど、重苦しい空気に満たされていた。


高くそびえるドームの天井。そこから吊るされた巨大な水晶のシャンデリアが、まるで囚われた太陽のように輝いている。

無数の完璧なカットが施された水晶を通り、燃え盛る蝋燭の光が、階下の巨大な黒曜石の円卓に、冷たく、そして眩い光点を投げかけていた。


円卓を囲むのは、連邦各地から集った傭兵団の長たち。

ある者は重厚な鎧を、ある者は獣の皮をその身に纏い、まるで息を潜める石像のように、沈黙して座している。

ただ一つだけ空いている席は、最高決定権を象徴する、首席の座だった。


「カシウス、始めろ」

首席の右隣に座る男が、口を開いた。

分厚い白狼の毛皮を羽織り、その右頬には、禍々しい深紅の傷跡が走っている。シャンデリアの光の下で、それは見え隠れしていた。

男は、ただ静かにそこに座しているだけで、まるで揺るぎない山脈のようだ。

鋼心連邦の伝説、“白王”ヴォルフ。その一言が、この会議の始まりを告げた。


「はい」

カシウスは、末席からすっと立ち上がった。

優雅に襟元を直し、余裕の笑みを浮かべながら、卓を囲む無骨な傭兵団長たちをぐるりと見渡す。


「ローレンス王国の『黄金の回廊』計画に関する資料は、皆様、すでにお目通しのことと存じます」

その声は大きくはない。だが、一人一人の耳に、明確に届いた。

「私の元生徒――シミア・ブルンは、彼女のか弱い王国のために、あまりにも美しすぎる青写真を描いてみせました。そして、あの若き女王は、それに狂喜している。皆様、百年にわたる雌伏の時を経て、我ら鋼心連邦は、かの『中央交易の地』を占領するに足る実力を、とうに備えています。これ以上、守りを固めるだけでは、我々の利益には繋がりません。そして何より、一度ローレンス王国に息を吹き返させてしまえば、我々全員の商売が、計り知れない損失を被ることになるのです」


「カシウス、その口車には乗らんぞ」

一つの野太い声が、容赦なく彼の言葉を遮った。

左手の首席に座っていた男が、猛然と立ち上がる。獅子の鬣のように豊かな金色の髭が、怒りで微かに震えていた。

「我ら鋼心連邦が今日の地位を築けたのは、ひとえに中立を厳守してきたからだ! 諸勢力の均衡を保ってこそ、顧客は我らを信頼する! 貴様は『静寂の刃』の一員であった男。誰よりも、『信用』という言葉の重さを知っているはずではないのか!?」


カシウスは、微笑みながらその男の方へと向き直った。その気迫に、臆した様子は微塵もない。

「ガイウス・ランバート殿、あなたのおっしゃることは、すべて正しい」

彼は軽く身をかがめた。その抜け目のない笑みで、自分に向けられる、数々の疑いの視線を受け止める。

「過去、我々は契約を履行することで、莫大な富を得てきました。ですが、大陸に平和が訪れてからというもの、ここにいる皆様のうち、どれほどの方が、もう長いこと、まともな仕事にありつけていないでしょうか?」


彼は、一拍おいた。視線を、広間の奥、中小の傭兵団の長たちへと向ける。

「我々傭兵にとって、最も重要なのは契約であり、仕事です。一つの傭兵団が、その存続すら危ういというのに、いわゆる『信用』に、一体何の意味がありましょう?」


カシウスは、はっきりと感じていた。

広間を支配していた重苦しい空気が、流れ始めているのを。

賛同の、そして、貪欲な光を宿した多くの視線が、彼の上に注がれるのを。


「今、私は皆様を、新たな契約へとご招待いたします。我々すべてが、あの『黄金の回廊』計画から、甘い汁を吸うための契約です。我々が、いかなる機会を独占することも、いかなる参加条件を設けることもありません。いかなる傭兵団も、参加することができるのです!」


その情熱的な演説は、乾いた薪に投じられた火の粉のように、その場にいた大半の傭兵団長の欲望に、瞬く間に火をつけた。

抑えきれない、興奮した歓声が、あちこちから湧き上がる。

ガイウス・ランバートは、その目に欲望の光をぎらつかせる団長たちを、細目で見た。まるで、腐肉に群がるハイエナの群れを見るかのように。


「貴様は、一度失敗しているのだぞ、カシウス。この鋼心連邦すべてを、戦争の泥沼に引きずり込むような真似は、断じてさせん」

「ご心配には及びませんよ、ガイウス・ランバート殿」

カシウスの顔に、完璧な、自信に満ちた笑みが浮かんだ。

「すでに、万全の策は講じてあります。今回、かの姫君リナは、必ずや我らの側に立ちましょう」


「我ら『獅子鷲の翼』は、一票の拒否権を行使する」

ガイウスの声は、氷のように冷たく、決然としていた。

「貴様に、連邦の国是を変えさせるつもりはない。その狂った博打に、乗る気も毛頭ない」


「結構です。それは、あなたの権利ですから」

カシウスは、優雅に両手を広げた。

「ですが、ここにいる皆様は、心の中では、とうに答えを出されているようですな」


背後から聞こえる、戦争と富への渇望が入り混じった、津波のような歓声。

それを聞き、ガイウス・ランバートは、もう何も言わなかった。

ただ、光の中心に立ち、悪魔のように人心を惑わすその男を、深く、深く見つめた。

そして、毅然と背を向けると、大股で会議の間から歩み去っていった。


重厚な扉が、ゆっくりと閉まっていく。

ガイウスの孤高の後ろ姿が、彼が守り続けてきた古き時代の信条と共に、全員の視界から消え去った。


広間の歓声が、次第に静まっていく。

全員の視線が、再びカシウスの上に集まった。

だが、彼はすぐには口を開かない。

その視線を、最初から最後まで、微動だにしなかった男――“白王”ヴォルフへと向けた。


「我々は、受けた任務を遂行するだけだ、カシウス」

ヴォルフは、静かに言った。その声には、何の感情も揺らめいていなかった。

「ええ」カシウスは、微笑んで眼鏡のブリッジを押し上げ、頷いた。「それで、十分です」


彼は、振り返った。その目に欲望の炎を燃やす傭兵団長たちへと、再び向き直る。

今の彼は、もはや、支持を求める末席の説客ではない。

新たな時代を切り開く、疑いようのない、盤上の支配者だった。


「では、皆様」

その声には、聞く者を納得させる、力強い響きがあった。

「契約の、詳細について、お話しいたしましょう」

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