表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ゼロから始める軍神少女  作者:
第二巻 盟約と二度目の対決
105/120

燻る王都

さんさんと降り注ぐ太陽が、王都で最も賑やかな商業通りを照らしている。

だが、その明るさでさえ、空気に漂う重苦しい空気を振り払うことはできない。


シミアは、ドードリン隊長の後ろについて、いつもより混雑した通りを抜けていく。

通り沿いでは、物々しい武装の衛兵たちが隊列を組んで巡回していた。

彼らが纏う冷たい鎧と、なんとか日常を保とうとする市民たちとの間には、まるで目に見えない壁があるかのようだ。

商人たちの呼び込みの声は、どこか覇気がない。

行き交う人々は足早で、その顔には、何かを押し殺し、何かを恐れるような、無表情な警戒が張り付いていた。


「シミア様、どうかされましたか?」

隣を歩くドードリン隊長の声に、はっと我に返る。

シミアは首を横に振った。黒い長髪が、ふわりと柔らかな弧を描く。

「いえ、ただ……このままではいけない、と」

その声は小さい。だが、隠しきれない悔しさと怒りが滲んでいた。

「敵はまだ牙すら見せていないのに。この街は、もう恐怖に喉を締め付けられています」


「あなたは、もう十分によくやっています」

ドードリン隊長が、不器用な言葉で慰めてくれる。

「我々は、一度暗殺を阻止した。奴らも動き続ければ、いずれ必ず綻びを見せます」

彼は、いつもの癖で頭を掻こうとしたらしい。だが、革の手袋が硬い兜に当たり、ごつん、と鈍い音を立てた。

その少し滑稽な仕草に、シミアの心に鬱積していたものが、ほんの少しだけ和らいだ。


二人は黙って歩き続ける。物々しい三つの検問所を抜け、ようやく近衛軍の駐屯地にたどり着いた。

外の息苦しさとは違い、ここは鋼鉄と汗の匂いに満ちている。軍隊だけが持つ、人を安心させる秩序があった。


ドードリンは、シミアを駐屯地の本館、その最上階へと案内した。

広々とした部屋の中央には、巨大な円卓が一つ。テーブルの上には、これでもかというほど豪華な料理が並べられ、アルウェン将軍が一人、シミアを待っていた。


「ドードリン、お前はもう下がって休んでいい。帰る時は、こちらから人をやる」

「はっ、将軍」


扉が閉まると、アルウェン将軍の顔から、指揮官としての厳しさがすっと消えた。

代わりに現れたのは、快活で、少し申し訳なさそうな笑顔だった。

「すまんな、国境から戻ってから、ずっと会えなくて。軍務が立て込んでてな」

「とんでもないことです、アルウェン将軍」

「まだ将軍なんて、水臭いじゃないか」

アルウェンは、照れ臭そうに頭を掻いた。

「俺たちは、肩を並べて戦った戦友だろう? アルウェンでいい」

「では……アルウェン?」

「おう! それでいいんだ! さあ、座って食え!」


席に着いた途端、シミアは目の前に並んだ料理の数々に、思わず息を呑んだ。一小隊をもてなすのか、というほどの量だ。

最初は、少しだけ緊張していた。

だが、アルウェンが次々と皿に取り分けてくれたり、駐屯地での面白い話をしてくれたりするうちに、シミアもだんだんとリラックスしていった。


「駐屯地での祝勝会なんて、大体こんなもんだ。勝てば、美味い飯と酒がある。まあ、お前さんはまだ小さいから、酒は抜きだがな」

アルウェンは杯を掲げ、中の果汁を一気に飲み干した。

目の前の、まるで年の離れた兄か父親のように豪快な将軍を見て、シミアはついに決心を固めた。


「アルウェン……実は最近、少し厄介なことに巻き込まれていまして」

カシウスからの手紙を受け取ったこと、そしてその後に起きた一連の出来事を、シミアはありのままアルウェンに打ち明けた。


アルウェンは、聞き役に徹してくれた。

時には眉をひそめ、時には頷き、分からない点だけを短く質問する。それ以外は、シミアの話を一切遮らなかった。

彼女がすべてを話し終えるのを待ってから、彼は顎に手を当て、長いこと考え込んでいた。


「正直に言うと、最近の王都の厄介事も、似たようなもんだ。敵は暗がり、こっちは日の当たる場所にいる。完全に受け身だ」

アルウェンの顔に、少し気まずそうな色が浮かぶ。

「本当は、家の晩飯にでも招待して、うちの家内に手料理を食わせてやりたかったんだがな。駐屯地でこんなご馳走ってのも、なんだか落ち着かないだろ?」

「そんなことは……」

シミアはぶんぶんと手を振ったが、結局アルウェンと顔を見合わせて、ふふっと笑ってしまった。

「……少しだけ。ですが、私にとって今一番大事なのは、あの暗殺者を捕まえることです」


「お前の件は、報告も受けている」

アルウェンの表情が、再び真剣なものに戻った。

「シミア、俺は、この二つの事件には繋がりがあると思う。敵がカシウスの旗を掲げている以上、王都にそれなりの規模の組織を持っていると考えても、おかしくはない。張り紙をした連中と、お前に手紙を寄越した連中は、おそらく同じ一味だろう」

「ええ」

アルウェンの目に、怒りの炎がちらりと宿った。

「奴らの目的は単純だ、復讐だよ。国境での俺たちの勝利への復讐、女王陛下の英明さへの復讐だ。負けを認められない、溝鼠どもが!」


シミアは、カシウスから送られてきた、あの理路整然とした手紙を思い出す。そして、二通目の、どこか説教じみた手紙のことも。

強烈な違和感が、再び胸の奥から湧き上がってきた。

「……復讐、というよりは」

彼女は、静かに反論した。

「私には、今回のカシウスにも、何か明確な戦略目標があるように思えるのです」


「戦略目標? 女王の統治を覆す、とかか?」

シミアは、首を横に振った。

「いえ、それは合理的ではありません。王権の転覆は、あまりにも難易度が高く、得られる見返りが少なすぎる。カシウスが……彼が、そんな初歩的なミスを犯すとは思えません」

「じゃあ、奴の狙いは何なんだ?」

「分かりません」

シミアの顔に、純粋な困惑が浮かんだ。

「まだ、情報が足りなすぎます。もう少し、考える時間が必要です」


その後の会話は、アルウェンが巧みに、国境での戦後処理の話へと戻していった。

将軍の快活さと実直さに当てられて、シミアは、これまでにないほど満腹になるまで食べた。

心に垂れ込めていた暗い霧も、この温かい戦友との時間によって、少しだけ晴れた気がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ