燻る王都
さんさんと降り注ぐ太陽が、王都で最も賑やかな商業通りを照らしている。
だが、その明るさでさえ、空気に漂う重苦しい空気を振り払うことはできない。
シミアは、ドードリン隊長の後ろについて、いつもより混雑した通りを抜けていく。
通り沿いでは、物々しい武装の衛兵たちが隊列を組んで巡回していた。
彼らが纏う冷たい鎧と、なんとか日常を保とうとする市民たちとの間には、まるで目に見えない壁があるかのようだ。
商人たちの呼び込みの声は、どこか覇気がない。
行き交う人々は足早で、その顔には、何かを押し殺し、何かを恐れるような、無表情な警戒が張り付いていた。
「シミア様、どうかされましたか?」
隣を歩くドードリン隊長の声に、はっと我に返る。
シミアは首を横に振った。黒い長髪が、ふわりと柔らかな弧を描く。
「いえ、ただ……このままではいけない、と」
その声は小さい。だが、隠しきれない悔しさと怒りが滲んでいた。
「敵はまだ牙すら見せていないのに。この街は、もう恐怖に喉を締め付けられています」
「あなたは、もう十分によくやっています」
ドードリン隊長が、不器用な言葉で慰めてくれる。
「我々は、一度暗殺を阻止した。奴らも動き続ければ、いずれ必ず綻びを見せます」
彼は、いつもの癖で頭を掻こうとしたらしい。だが、革の手袋が硬い兜に当たり、ごつん、と鈍い音を立てた。
その少し滑稽な仕草に、シミアの心に鬱積していたものが、ほんの少しだけ和らいだ。
二人は黙って歩き続ける。物々しい三つの検問所を抜け、ようやく近衛軍の駐屯地にたどり着いた。
外の息苦しさとは違い、ここは鋼鉄と汗の匂いに満ちている。軍隊だけが持つ、人を安心させる秩序があった。
ドードリンは、シミアを駐屯地の本館、その最上階へと案内した。
広々とした部屋の中央には、巨大な円卓が一つ。テーブルの上には、これでもかというほど豪華な料理が並べられ、アルウェン将軍が一人、シミアを待っていた。
「ドードリン、お前はもう下がって休んでいい。帰る時は、こちらから人をやる」
「はっ、将軍」
扉が閉まると、アルウェン将軍の顔から、指揮官としての厳しさがすっと消えた。
代わりに現れたのは、快活で、少し申し訳なさそうな笑顔だった。
「すまんな、国境から戻ってから、ずっと会えなくて。軍務が立て込んでてな」
「とんでもないことです、アルウェン将軍」
「まだ将軍なんて、水臭いじゃないか」
アルウェンは、照れ臭そうに頭を掻いた。
「俺たちは、肩を並べて戦った戦友だろう? アルウェンでいい」
「では……アルウェン?」
「おう! それでいいんだ! さあ、座って食え!」
席に着いた途端、シミアは目の前に並んだ料理の数々に、思わず息を呑んだ。一小隊をもてなすのか、というほどの量だ。
最初は、少しだけ緊張していた。
だが、アルウェンが次々と皿に取り分けてくれたり、駐屯地での面白い話をしてくれたりするうちに、シミアもだんだんとリラックスしていった。
「駐屯地での祝勝会なんて、大体こんなもんだ。勝てば、美味い飯と酒がある。まあ、お前さんはまだ小さいから、酒は抜きだがな」
アルウェンは杯を掲げ、中の果汁を一気に飲み干した。
目の前の、まるで年の離れた兄か父親のように豪快な将軍を見て、シミアはついに決心を固めた。
「アルウェン……実は最近、少し厄介なことに巻き込まれていまして」
カシウスからの手紙を受け取ったこと、そしてその後に起きた一連の出来事を、シミアはありのままアルウェンに打ち明けた。
アルウェンは、聞き役に徹してくれた。
時には眉をひそめ、時には頷き、分からない点だけを短く質問する。それ以外は、シミアの話を一切遮らなかった。
彼女がすべてを話し終えるのを待ってから、彼は顎に手を当て、長いこと考え込んでいた。
「正直に言うと、最近の王都の厄介事も、似たようなもんだ。敵は暗がり、こっちは日の当たる場所にいる。完全に受け身だ」
アルウェンの顔に、少し気まずそうな色が浮かぶ。
「本当は、家の晩飯にでも招待して、うちの家内に手料理を食わせてやりたかったんだがな。駐屯地でこんなご馳走ってのも、なんだか落ち着かないだろ?」
「そんなことは……」
シミアはぶんぶんと手を振ったが、結局アルウェンと顔を見合わせて、ふふっと笑ってしまった。
「……少しだけ。ですが、私にとって今一番大事なのは、あの暗殺者を捕まえることです」
「お前の件は、報告も受けている」
アルウェンの表情が、再び真剣なものに戻った。
「シミア、俺は、この二つの事件には繋がりがあると思う。敵がカシウスの旗を掲げている以上、王都にそれなりの規模の組織を持っていると考えても、おかしくはない。張り紙をした連中と、お前に手紙を寄越した連中は、おそらく同じ一味だろう」
「ええ」
アルウェンの目に、怒りの炎がちらりと宿った。
「奴らの目的は単純だ、復讐だよ。国境での俺たちの勝利への復讐、女王陛下の英明さへの復讐だ。負けを認められない、溝鼠どもが!」
シミアは、カシウスから送られてきた、あの理路整然とした手紙を思い出す。そして、二通目の、どこか説教じみた手紙のことも。
強烈な違和感が、再び胸の奥から湧き上がってきた。
「……復讐、というよりは」
彼女は、静かに反論した。
「私には、今回のカシウスにも、何か明確な戦略目標があるように思えるのです」
「戦略目標? 女王の統治を覆す、とかか?」
シミアは、首を横に振った。
「いえ、それは合理的ではありません。王権の転覆は、あまりにも難易度が高く、得られる見返りが少なすぎる。カシウスが……彼が、そんな初歩的なミスを犯すとは思えません」
「じゃあ、奴の狙いは何なんだ?」
「分かりません」
シミアの顔に、純粋な困惑が浮かんだ。
「まだ、情報が足りなすぎます。もう少し、考える時間が必要です」
その後の会話は、アルウェンが巧みに、国境での戦後処理の話へと戻していった。
将軍の快活さと実直さに当てられて、シミアは、これまでにないほど満腹になるまで食べた。
心に垂れ込めていた暗い霧も、この温かい戦友との時間によって、少しだけ晴れた気がした。