表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ゼロから始める軍神少女  作者:
第二巻 盟約と二度目の対決
102/116

たまには休息も大事

シメールとシャルの寮室では、ささやかな祝勝会が開かれていた。友人だけの、特別なパーティーだ。


午後の陽射しが、ぽかぽかと部屋に差し込んでいる。

テーブルの上には、湯気の立つ料理の数々。陽の光を浴びて、どれもきらきらと輝いて見える。

焼きたてパンの香ばしさ。ミートソースの食欲をそそる匂い。そして、紅茶の爽やかな香り。

それらが混じり合って、まるで『幸福』と名付けられた交響詩を奏でているかのようだ。


「レインさん、今日もよろしくお願いします!」

シャルが、鼻歌交じりで、焼きたてのパンをレインの前に差し出す。ほかほかと湯気が立つ一皿。その顔は、期待に満ちてきらきらしていた。


元気いっぱいのシャルの挨拶に、レインはこくりと厳かに頷く。そして、ほとんど敬虔とも言える態度で、目の前のパンを手に取った。

「……外側のさっくりとした焼き加減は、見事です」

一口味わってから、専門家のような評価を下す。

「ですが、中の層の食感は、もう少し工夫の余地があるかもしれません。捏ねる回数や力加減を調整すれば、より豊かになるかと」

シャルはすぐに小さなノートを取り出し、レインの助言を真剣な顔で書き留めながら、なるほど、と頷いている。


シミアは読んでいた神話学のノートを閉じ、バスケットからパンを一つ取った。

ふんわりと柔らかくて、ほんのり甘い。シャルだけの、特別な味。

久しぶりに、心の底からリラックスできる。この時間が、たまらなく貴重に思えた。


レインは、テーブルの上の小さな器に盛られたミートソースの和え麺に手を伸ばす。食欲をそそる香りが、ふわりと鼻をくすぐった。

じっくりと味わう。麺の茹で加減は絶妙で、ぷつりとした歯ごたえがある。おかげで、濃厚なミートソースが、より長く口の中に留まってくれる。ソースの塩気と旨味の下に、隠し味のような爽やかさが、麺の味をさらに引き立てていた。

シャルの新作に、レインは惜しみない賛辞を送った。


「シミア様も、どうぞ召し上がってください!」

シャルから差し出された小鉢を受け取り、一口。

シミアは、とろけるような笑顔を浮かべた。そして、いつもの、最高の褒め言葉を口にする。

「美味しい。シャルの味だ」


戦略家としては常人離れした鋭さを見せるシミアが、味覚に関してはこんなにも無垢で可愛らしい基準を持っている。そのギャップに、レインはいつも引き締めている口元を、思わず緩めてしまった。


「あ、今、何か失礼なこと考えました?」

いつの間にか隣に座っていたシミアが、鋭く問いかける。

「い、いえ……何も!」

レインの頬が、かあっ、と赤く染まった。なんとか平静を装おうとするが、すぐそばから聞こえる、少女の微かに甘い吐息を、どうしても意識してしまう。


「私は……ずっとシャルの料理を食べて育ちましたから。だから、私にとってシャルの料理は、シャルの料理なんです。どれも全部、美味しいんですよ」

シミアは、まるで大事な真理を語るかのように、真剣な顔で説明する。

彼女から漂う独特の、心地よい香り。それが、先ほど味わったミートソースの香ばしい余韻と混じり合って、さらに魅惑的な匂いへと変わる。

……ただ、思春期の真っ只中にいるレインにとって、その刺激は少し、いや、かなり強すぎた。


「シミア様」

まるで助け舟を出すかのように、シャルの声が響いた。

「あまりレインさんに近づかない方が、いいかもしれませんよ? なんだか、とても困っているみたいですから」

「え、ごめんなさい……」


元の席に戻っていくシミアの後ろ姿を、レインは少しだけ名残惜しそうに、それでいて、どこかほっとした気持ちで見送った。


……


午後になり、日課の鍛錬を終えたシメールが部屋に戻ってきた。テーブルに並んだご馳走を見るなり、彼女は遠慮なくぱくつき始める。

「そういえばシミア、あんたが休日の午後に、こうしてのんびりしてるなんて、珍しいじゃないか」


歴史の先生にもらった戦史の本を置いて、シミアはシメールの言葉について考えてみた。確かに、学院に来てからというもの、休日はいつも何かに追われていた気がする。図書館で資料を調べたり、王都の不穏な動きのために駆け回ったり。

こんな風に、何も考えず、ただ友達と一緒に過ごす午後が、これほど贅沢なことだったなんて。

「言われてみれば……そうかも」

ソファに座る体に、午後の陽射しが降り注ぐ。心地よくて、このまま眠ってしまいそうだ。


「言わせてもらうけどさ、あんたはいつも頑張りすぎなんだよ。楽しむ時間ってのが、まるでない」

シメールはパンを一つ手に取り、がぶりと大きく一口。

「昔、剣を習ってた時、師匠が口を酸っぱくして言ってた。『休息は無駄な時間じゃない。休んでいる間にこそ、学んだ技は体に染み込み、血肉となる』ってね。だからシミア、あんたもちゃんと休むんだ。あんたの代わりは、誰もいないんだからさ」


シミアは、こく、と大きく頷いた。

ちょうどノートの復習も、キリのいいところまで終わった。目を閉じ、柔らかなソファに、完全に体を預ける。

シャルが、そっと隣に座ってきた。そして、シミアの肩に、こてん、と頭を乗せる。

「シミア様。もう、無理はしないでくださいね」

「うん」

シャルの手が、シミアの手を優しく握る。その上から、もう片方の手を、そっと重ねてくれた。

手のひらから伝わってくる温もりに、シミアの意識が、とろとろと微睡んでいく。


(そういえば、こうしてシャルと二人で、静かに過ごす午後も、学院に来てからは、初めてかもしれない)


(……たまには、こういうのも、悪くないかな)


隣から伝わるシャルの体温と鼓動を感じながら、シミアは安らかな眠りの中へと、静かに落ちていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ