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ゼロから始める軍神少女  作者:
第二巻 盟約と二度目の対決
101/116

種蒔き季の神話学

シミアは教室の窓の外を、ぼんやりと眺めていた。

窓から差し込む陽光は、春らしくて、とても明るい。

なのに、雨上がりの湿った空気は、まだ教室にまとわりついている。

開け放たれたアーチ窓から、風が吹き込んできた。

草と、濡れた土の匂い。肌を撫でる、ひんやりとした感触が心地いい。


トリンドルがいないのは、やっぱり少し寂しい。

それに、学院の昼食はいつも豪華だ。おかげで、どうしようもなく眠い。


――その時。

ふわり、と。聞き慣れた足音。それと一緒に、微かな紅茶の香りが教室に流れ込んできた。

今日の神話学の授業が、いつも通りに始まる合図だった。


ミリエル・ローレンスが、落ち着いた足取りで教壇に上がる。

今日の彼女は、華やかなドレス姿ではない。いつもと同じ、ロード専用の学院制服だ。

なのに、まるで後光が差しているかのよう。ありふれた教室が、一瞬にして彼女の玉座の間に変わる。


視線が、室内をすっと滑る。種蒔き祭の準備で増えた空席を認めても、気にする素振りはない。

やがて、その視線は正確に、前列のシミアの上でぴたりと止まった。

唇の端に、ミステリアスで、抑制の効いた、意味深な笑みが浮かぶ。


「種蒔き祭の季節は、上半期で最も忙しい時期。皆さんも、最近は何かと大変でしょう」

ミリエルの声は、氷のように冷たく、それでいて絹のように柔らかい。だが、その響きには、決して逆らうことのできない力が宿っていた。

「ですから今日は、種蒔き祭にまつわる神話について、お話ししましょう」


彼女がそう言った瞬間、どこからともなく、芳醇な紅茶の香りを乗せた風が教室を吹き抜けた。よどんだ空気が、一瞬で浄化されていく。


「種蒔き祭の起源には、大きく分けて二つの説があります。一つは、狩神祭に関連するという説。伝説によれば、巨獣が滅びた後、常春だったこの大陸に、初めて春夏秋冬が訪れた、と。四季が生まれたことで、人々の営みにリズムができた。そして種蒔き祭は、春の種蒔きの完了を祝うために設けられたのです。そのため、永遠烈陽帝国や輝煌帝国の伝統では、種蒔き祭の祝典は、常に十一英雄を記念する行事と共に行われます」


シミアは、ノートの上をペンを滑らせる。故郷の種蒔き祭を思い出していた。

シャルと一緒に畑仕事をしたこと。村のみんなで食卓を囲んだ、賑やかな宴のこと。

温かい思い出のはずなのに。今、こうして聞くと、まるで『神話』という名の、遠いヴェールの向こう側の出来事のようだ。


「もう一つは、習俗起源説、ですね」

ミリエルの声色が、わずかに変わる。歴史の重みを帯びた響き。

「こちらの説では、四季は狩神祭よりずっと古くから存在した、とされています。人類が農耕技術を手に入れた初期、すでに種蒔き祭の儀式は生まれていた、と。当初、その地を治める首長は、自ら祭壇に登り、秋の豊作を祈って踊り続けなければなりませんでした。夜明けから日暮れまで。彼の体力こそが、土地の生命力を象徴していたからです。やがて儀式は形を変え、首長の代わりに一人の『幸運な農夫』が踊るようになった。その農夫は、秋の収穫後、褒美として首長の家で一週間、支配者の生活を体験することができたそうです。そして、現在では……」


ミリエルは、そこで言葉を切った。教壇から、眠たげな貴族の子弟たちを見渡す。羽ペンを退屈そうに回す者。すでに突っ伏して居眠りを始めている者もいる。


「……皆さんがよくご存知の通り、貴族が領地へ赴き、民のもてなしを受け、共に秋の豊作を祈る、という形になりました。もちろん、伝統の頂点として、今年も私がいくつかの重要な行事に出席する予定です。日程は近いうちに発表しますので、どうぞお楽しみに」


ミリエルの言葉は、鋭利なメスだ。

権力の変遷史を、血まみれのままシミアの目の前に切り開いて見せる。

最初は、支配者が自らの命と汗で、統治の正当性を得ていた。

次に、権力が安定すると、支配者は『恩寵』と引き換えに、自らの安逸と安全を手に入れた。

そして今、権力は完全に逆転した。統治は、ただ『赴く』だけで享受できる、当たり前の特権になった。


(……これ、神話の話なんかじゃない)


シミアは、はっと息を呑んだ。女王の言葉の裏に隠された意味に、まったく気づいていない後ろの生徒たちを、そっと盗み見る。心臓が、どくん、と大きく脈打った。


(この話は、私たちに――今の貴族たちに向けられた言葉なんだ。そして、彼女自身への警告でもある。自分たちの権力がどこから来たのか、本来、自分たちが負うべき『踊り』が何だったのかを、とっくに忘れてしまっている、と!)


再び顔を上げたシミアは、教壇からの鋭い視線と、まっすぐに向き合った。

ミリエルが、すべてを理解した、というように微笑む。

『あなたには、分かりましたね?』

――そう、目が語っていた。


シミアは、小さく頷いた。

ミリエルは、シミアにした約束を、こうして行動で果たしてくれたのだ。

――世界の真実を、あなたの前に見せてあげる、と。


肌を撫でる空気が、少しだけ冷たい。

いつの間にか、春はもう半ばを過ぎていた。

そして、二人がいずれ向き合わなければならない、長く醸成されてきた嵐は、次の章へと向かおうとしていた。

読者の皆様へ


いつも『ゼロから始める軍神少女』を読んでいただき、本当にありがとうございます。

今回は、創作の合間に感じたことを、少しだけお話しさせてください。


皆さんは普段、音楽を聴かれますか? わたくし、作者は音楽が大好きでして。

最近、物語の新しい構想を練りながら作業をしていたのですが、ふと、十年、二十年前の古い曲を耳にしたんです。すると、その歌に込められた感情に心を揺さぶられて、思わず涙腺が緩んでしまって……。


年を取った証拠でしょうか(笑)。

もちろん、新しい歌が嫌いなわけではありません。でも、古い歌には、いつの間にか自分の人生を重ね合わせてしまうようになっていたのかもしれませんね。だからこそ、こんなにも心を動かされたのだと思います。


これから、もっともっと素晴らしい物語と展開をお届けし、『軍神少女』が皆さんの人生に寄り添えるような、そんな作品に育てていきたいと思っています。

どうか、わたくしにその機会をください。

そして、彼女たちと共に、波瀾万丈な人生を歩んでいきましょう。

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