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第5話

 寂れた商店街のアーケードを抜け、昔ながらの個人商店が軒を連ねる路地裏へ。

 

 俺の足取りは、断頭台へ向かう罪人のように重い。


 詩織は、そんな俺の心情などお構いなしに、スタスタと前を歩いている。

 その背中は、なんだかいつもより楽しそうだ。

 絶対に俺の黒歴史を肴に面白がってるだろ、この人。


 そして、ついにたどり着いてしまった。

 俺の聖域であり、同時に最大の黒歴史集積所。


 個人経営のレトロゲーム専門店、「ゲームズ・マーベリック」。


 薄暗い店内には、所狭しと中古ゲームソフトや攻略本、フィギュアなどが並べられている。

 壁には、店長手作りのドット絵キャラクターの飾りがいくつも貼られ、独特の雰囲気を醸し出している。


 この店の店長、通称「マーベリック店長」は、俺が中学時代、唯一、俺の描いた魔王や勇者の設定画を見て「へぇ、面白いねぇ、翔太くんは将来有望だ!」と、曇りなき眼で褒めてくれた、俺にとっては恩人であり、数少ない理解者なのだ。


 ……もっとも、店長自身も若干ズレているというか、浮世離れしているところがあるのだが。


「お、翔太くんじゃないか。いらっしゃい。今日はまた、一段と顔色が悪いねぇ」


 カウンターの奥から、ひょっこりと顔を出したのは、人の良さそうな笑顔を浮かべたマーベリック店長だった。

 歳は四十代半ばくらいだろうか。

 いつも小綺麗なネルシャツを着ていて、どこか少年のような純粋さを保ち続けている人だ。


 俺は、この店長の人の良さにつけ込んで、中学時代、何時間も入り浸っては自作の設定を語り聞かせ、店長はそれを「うんうん、それでそれで?」と楽しそうに聞いてくれていたのだ。


 ああ、思い出すだけで顔から火が出る。

 詩織が、店長に向かって軽く会釈する。


 「突然申し訳ありません。少し、厄介な事情がございまして、かくまっていただけないかと……」


 詩織が状況を、極力オブラートに五重くらい包んで説明しようとした、その矢先。

 俺のスマホから、いつものようにけたたましいヴェルザークの声が響いた。


『フン、下賤の者どもが集う、煤けた隠れ家か。だが良いだろう!  我が魔王軍の威光を示すため、まずはこの店を『魔王城第一前線基地~レトロゲーム支部~』として華麗に接収してくれるわ!  手始めに、その古臭い看板を『勇者入るべからず、ただし魔王軍幹部(自称)は歓迎』に書き換えてやろうではないか!』

「ちょ、おま、ヴェルザーク!  この店だけはダメだ!」


 俺は必死でスマホを抑え込もうとする。

 店長は、俺の突然の奇行に、きょとんとした顔をしている。

 やばい、このままでは店長の身にも危険が……!


 そうだ、店長は、俺が中二病時代に書き殴った設定資料集――あの、忌まわしき「ヴェルザーク創世記(全三巻)」――を、「これは素晴らしい物語の原石だよ、翔太くん。いつか完成させて読ませておくれ」と、本気で褒めてくれた唯一の大人なのだ。

 

 この店と店長は、俺にとって数少ない、汚されてはならない「聖域」なのだ。

 黒歴史がバレる恐怖よりも、この大切な場所と人を守りたいという気持ちが、腹の底から湧き上がってくる。


「ま、待てヴェルザーク!  お、落ち着け!  よく聞けよ!  こ、この店はな、しがないゲームショップに見えるかもしれないが、実は!  実はだな!  古代より魔界と現世を繋ぐポータルを秘密裏に管理し、魔王軍に貴重なアイテムを供給し続けてきた、伝説の『魔王軍御用達アイテム専門店』なんだぞ!」


 口からでまかせ、いや、かつて俺がノートの片隅に書き殴った「もしも近所のゲームショップが魔王軍の秘密基地だったら」というIF設定が、今、俺の口を突いてほとばしる!


「そ、その証拠に、この店の看板を見てみろ! 『マーベリック』! これは古の魔界語で『選ばれし魔王の腹心』を意味する言葉なんだ!(大嘘) 看板を勝手に書き換えたら、魔王軍にとって超重要な戦略物資である『混沌ポーション(ただの特売コーラ)』の極秘納品業者が混乱して、店に来れなくなるかもしれないだろ!?  それは、輝けるヴェルザーク様の偉大なる日本征服計画にとって、計り知れない大打撃になるんじゃないのか!?」


 俺は、かつてないほど必死の形相で、かつての自分の設定を、熱く、そして全力でまくし立てた。

 詩織は呆気に取られてポカンとしている。

 店長も、何が何だか分からないといった顔で俺とスマホを交互に見ている。


 ヴェルザークは、俺の渾身のプレゼンテーション(という名の黒歴史大暴露大会)に、一瞬だけ黙り込んだ。

 スマホの画面がチカチカと明滅し、まるで何かを計算しているかのようだ。


 そして。


『………………ほう?  我が主に、そこまでの慧眼と戦略眼があったとはな。確かに、我が偉大なる計画において『混沌ポーション』の安定供給は最重要課題の一つ。うむ、貴様の献策、見事であるぞ、翔太』


 え、なんか納得したっぽいぞ、こいつ!?


『よかろう!  この店の完全接収は、我が日本征服が完了するまで一時保留としてやる。代わりに、この店の主を、我が魔王軍の『レトロゲーム担当補給大臣(仮)』に任命する! 光栄に思うが良い!』


 ヴェルザークがそう宣言した瞬間、店長の頭上に、一瞬だけ小さなピコピコハンマー……じゃなくて、金色の小さな王冠のホログラムがポンッと現れて、すぐに消えた。


 店長は、頭を軽くさすりながら首をかしげる。

 

「あれ?  今なんか、頭がスッとしたような……?  そうだ!  昔懐かしの『魔王育成シミュレーション』の新作ゲームのアイデアが降ってきたぞ!  タイトルは『ドキッ!魔王だらけの日本征服~ポロリもあるよ~』だ!」


 ……なんか、余計な方向に覚醒させてしまった気がする。


 詩織は、目の前で起こったあまりにも馬鹿馬鹿しいやり取りと、その結果(魔王が納得し、店長が変なインスピレーションを得たこと)に、完全に固まっていた。


 だが、やがてこらえきれなくなったのか、プルプルと肩を震わせ、そして静かに吹き出した。

 その顔には、先程までのクールな表情とは打って変わって、驚きと、呆れと、そしてほんの少しの尊敬(?)が入り混じった複雑な色が浮かんでいた。


 俺は、自分の黒歴史が、まさかこんな形で役に立つ(?)日が来るとは夢にも思わず、ただただ脱力してその場にへたり込みそうになった。

 しかし、そんな感動(?)に浸る暇はなかった。


 バタンッ!


 店の古びたドアが、乱暴に開け放たれた。

 そこに立っていたのは、鋭い目つきをさらに険しくさせた、あの男とその部下たちだった。


「結城翔太、および桜庭詩織。度重なる逃走と公務執行妨害、そして未確認戦略級脅威『魔王ウィルス』関連容疑で、現行犯逮捕する。同行願おうか」


 男の低い声が、店内に響き渡る。


 ああ、やっぱりこうなるのかよ…………。


 スマホからは、状況を全く理解していない、あるいは理解した上で楽しんでいるとしか思えないヴェルザークの甲高い高笑いが響き渡る。


『フハハハハ!  面白い! これが俗に言う『王の試練・第二章~追跡者は扉の向こうに~』というやつか、翔太! 見せてみよ、貴様の力を! そして我が魔王軍の威光を!』

「だから俺に力なんてねーっつーの!  あと、勝手にサブタイトルつけんな!」


 俺の悲痛な叫びも虚しく、黒スーツの男たちがじりじりと距離を詰めてくる。


 詩織は、冷静に周囲の状況を分析し、脱出路と反撃の可能性を探っているようだが、この人数差と状況では、さすがに厳しいだろう。


 俺の平穏な日常は、どうやら本格的に終わりを告げたらしい。

 そして、俺の黒歴史と向き合う、長くて面倒くさくて、多分ちょっとだけ面白いかもしれない戦いが、今、本当に始まってしまったのだ。


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