第3話
「何をしたって言われても……俺にも何が何だかさっぱり……! これは俺のせいじゃない! いや、まあ、ちょっとは、その、原因の一端くらいは担ってるかもしれないけど、でも、 不可抗力なんだってば!」
俺は、まるで壊れたラジオのように同じ言葉を繰り返す。
目の前には、怜悧な美貌の桜庭詩織。
その手には、俺の行動を監視していたとしか思えない資料の束。
そしてポケットの中のスマホからは、自称魔王ヴェルザークの高笑いが止まらない。
もう、キャパオーバーだ。
誰か助けてくれ。
詩織は、そんな俺の醜態に一つため息をつくと、やや呆れたような、それでいてどこか真剣な眼差しを俺に向けた。
「責任の所在は後でゆっくりと、それはもう、ねっとりと追求させていただくとして。現状、この不可解な連続珍現象――いえ、もはや『ギャグ災害』とでも呼ぶべき事態を止められる可能性があるのは、その『魔王』とやらと唯一対話可能なあなただけです。結城翔太さん、私に協力してください」
「きょ、協力って言われても……!?」
俺は素っ頓狂な声を上げる。
確かに、このままじゃ日本の、いや世界の珍スポットランキングがとんでもないことになるのは目に見えている。
国会議事堂プリンとか、首相猫耳とか、そんな珍妙なニュースがこれ以上増えるのは俺だってごめんだ。
だがしかし!
「あんな中二病の塊みたいなヤツ、どうしろって言うんだよ!? 俺の脳内設定だぞ!? しかもよりによって一番痛かった頃の! 俺はただ、ただ平穏に、目立たず、誰にも迷惑をかけずに生きていきたいだけの、しがないヘタレ大学生なんだぞ!」
俺は頭を抱えてその場にうずくまりそうになる。
脳裏には、禍々しい装飾文字で埋め尽くされた黒歴史ノートのページが、走馬灯のように駆け巡る。
ああ、あの頃の俺を殴り飛ばしてやりたい。
なんであんな設定考えたんだ、俺のバカ!
その時。
「――結城翔太だな。少し話を聞かせてもらおうか」
低く、だが有無を言わせぬ威圧感をまとった声が、すぐ近くから聞こえた。
ハッと顔を上げると、いつの間にか俺と詩織は、黒いスーツに身を包んだ屈強そうな男たち数人に囲まれていた。
その中心に立つのは、鋭い目つきでこちらを射抜くように見つめる、いかにも「デキる捜査官」といった風貌の男だ。
詩織が俺の前にスッと立ち、冷静な声で応じる。
「私たちはただの大学生です。何かご用件でしょうか」
さすが詩織さん、肝が据わってる!
俺なんて、もう腰が抜けそうだ。
男は、詩織を一瞥した後、再び俺に視線を固定する。
その目は、獲物を定める猛禽類のようだ。
「単刀直入に聞こう、結城翔太。ここ数日都内で頻発している異常現象……通称『ギャグテロ』について、君が何らかの関与をしているという情報がある。特に、君のスマートフォンから特殊な信号が断続的に発信されていることも確認済みだ」
「ひっ!?」
やっぱりバレてる!
しかもスマホから信号って、それもう完全にヴェルザークの仕業じゃん!
スマホの中から、タイミングよくヴェルザークがせせら笑う。
「フハハハ! 我が主よ、早くも王の試練、第二ラウンドといったところか! 良いではないか、その者どもを我が魔力で『無害なるマリモ人間』に変えてくれるわ!」
「やめろぉぉぉぉっ! 絶対にやめろ! ただでさえややこしいことになってんのに、これ以上燃料投下すんじゃねええええ!」
俺が魂の叫びを上げた瞬間、男たちの足元のアスファルトが、まるで生きているかのように一瞬だけブニョブニョと緑色のスライム状に変化した!
男たちは「うおっ!?」と驚きの声を上げ、危うくバランスを崩して転倒しそうになる。
すぐにアスファルトは元に戻ったが、彼らの顔には驚愕と警戒の色が濃く浮かんでいた。
男は、鋭い目で俺と、俺が握りしめるスマホを交互に睨みつける。
「……なるほど。その反応、そして今の現象。どうやら噂は事実だったようだな」
まずい。完全に誤解されている。
いや、誤解じゃないのか?
半分くらいは事実だし!
詩織が、俺の腕を強く掴んだ。
その指先は、驚くほど冷たかった。
「結城さん、今は逃げますよ! 詳しい話は、落ち着ける場所で!」
「え、ちょ、でも!」
「問答無用です!」
詩織は有無を言わさず俺の手を引き、黒鉄たちが体勢を立て直すよりも早く、キャンパスの雑踏へと走り出した。
背後からは、男の「待て!確保しろ!」という怒声と、複数の足音が追いかけてくる。
そして、俺のスマホからは、最高に楽しそうなヴェルザークの声が響いていた。
「待て、我が主よ! まだあの者どもに『永遠に解けぬ絶望の呪文(内容は超高速早口言葉×100)』をかけていないではないか!」
もう誰か、こいつをどうにかしてくれえええええええ!