Memento i morti
「シロ、ニュークって何?」
「えっと、なんかつよそうなまほう」
「……そんなの見たことも聞いたことも無いんだけど」
「ひかりぞくせいのまほうのしたにあったよ」
魔法を覚える際は、攻撃魔法、回復魔法、補助魔法の順に並んでいるリストから選択する。
「……なら私なら闇属性の下にあるのかな。 ……いや、ないけど。」
「……ぼくがかくぞくせいだったからなのかな……?」
……まぁ、魔法使い限定の魔法なのかもしれないが。もしくは両方。
「……というか白兎、もう六時だよ。ご飯食べに行ったら?」
リエラにそう言われる。
ちぇ、しょうがないにゃあ……。
僕はログアウトした。
◇
今日の夕食はまだ余ってたカレーでした。
……もうカレーなんか飽きたんだけど。
というかナンじゃなく米が食べたい。
日本でカレーといえば米だろうが。なんで頑なに米を出さないんだよ。
……まぁ、ゲームの続きでもしようかな。
「……あれ?」
スマホから通知音が鳴る。
……見ると、メールが結構溜まっていた。
とりあえず全部に返信しておこう……。
……って、あれ? 公式アカウントからのメールの着信音っぽそう……?いつ登録したかも分からないし通知オフにもなってるけど……本当になんで……?
{何でもない日、あなたのお母さんに、贈り物をしませんか? 今なら――が――円!}
……本当になんでこんなメールが……。
お母……さん……。
{産んでくれてありがとう。そう伝えるだけであなたのお母さんは嬉しくなると思います}
突然産んでくれてありがとうとか言われたら混乱するのでは……?
……お母……さん……に……? 贈り……物……。
「……ぁっ……はっ……はっ……うっ……おぇ……」
呼吸が荒くなる。あったかもしれなかった世界線を想像して、トラウマを刺激された。
リンカーネーションの花束を持った、自分の母親の姿が思い浮かぶ。
最後に見たのは十年も前なのに、顔がはっきりと思い出せる。
「はっ……はっ……あっ……はっぁっぁ……はっ……うっ……ぅっぶ……ぁ」
いつもならほとんど気にしないような内容だったのに。……ここまでの反応はしなかったのに。情緒も幼くなったからなのか。
僕は心から叫びたくなった。
母親への愛を。懺悔を。感謝を。
「まっ……ママぁ……」
忘れたくて忘れかけていた昔を思い出した。
母親にべったりとくっついて、時に困らせていた自分を。BBQにはしゃいでいたら落ち着いてと言われたことを。黒菜の初めての言葉がにぃにで母親が落ち込んでいたことを。
母親が、目の前で倒れたことを。
「はっ……ぁっ……ぁっ……」
……話しておこうか。
十年前、ママは僕の五歳の誕生日の昼、家事をしている最中に突然倒れた。倒れてから二分くらい、理解ができなかった。寝ちゃったのかな? と思って、ママのほっぺたを叩いたりもした。
起きる気配も、声も出なかった。
流石におかしいと思って、助けを求めて叫んだ。黒菜が僕の叫び声に驚いて泣いてしまっていたが、僕も同じようにパニックで泣いていた。
……平日であったため、隣家には誰もいなかった。もしいたとしても、何で騒いでいるのか分からなかっただろう。
……そのため、誰も助けに来る気配は無かった。……何をすれば良いのか分からず、更にパニックになっていた。
……そして、電話して誰かに伝えることを考えた。
しかし、誰にかければいいのか、そもそもかけ方すら知らないし、何をどう言えばいいのかも分からず手間取ってしまっていた。
……なんとかその時の知人に電話をして、救急車を呼ぶことはできた……のだが。
……その時には、既に倒れてから十分近く経過していた。意識を失っていた時から見るに、ずっと呼吸をしていなかったのだろう。
……母親は、僕が電話をかけるのが遅れたせいで、助かったかもしれないのに死んでしまった。
僕はママを、間接的だとしても殺した。
殺していない、僕は助けようとしたんだ、と罪から逃げようとしてしまう僕もいた。
だとしても、助けることはできたのに。ママは死んでしまった。これは僕の責任でしかない。僕はずっと、そう自己暗示をしていた。
周りの大人は、救急車を呼べて偉かったね、と言っていた。怖かったよね、お母さんを助けられなくてごめんね、と救急隊員が言っていたことも覚えている。
偉いってなんだろうか? 責任から逃げておいて自分は凄かったんだぞという自慢をすることなのだろうか?
それとも家族を殺すことなのだろうか?
助けられなくてごめんねとか、なぜ僕に言うのだろうか? その言葉はママに言ってくれないかな。それに、僕がもっと早く誰かに連絡をしていれば助かったから、救急隊員の人が言う理由が分からない。
……大人の誰も、僕を叱ってはくれなかった。もっと早く救急車を呼んでおけば、ママは死ななかったのに。と叱ってほしかった。
叱ってくれないと、僕に罪は無かったと考えてしまいそうになるから。
……あの後、父親はご丁寧に縁まで切って、この家から出ていった。
父親曰く、ママが僕らを愛していたから仕方なく家族でいてやったんだ、とのことだ。
家の名義もママのものだから父親の方が出ていったのだろう。
僕は兎も角、黒菜まで捨てた父親のことは大嫌いだ。だがそれ以上に、罪なんて無かったと考える僕も嫌いだ。
ママの声は色褪せようと、ママの顔も、大好きだった料理も、嫌いだった料理も鮮明に思い出せる。口癖も、性格も。忘れることはない。
……誕生日は嫌いだ。大嫌いだ。
ママは死んで、父親は僕達を捨てたから。
家のリビングは苦手だ。ママが倒れた場所だから。
黒菜はママも、父親の事も全く覚えていない。……僕の反応からだろうか、触れてはいけないと、僕に訊くことも八年前からずっとない。
……これでいいんだ。僕以外に罪を背負わせてはいけないんだ。妹を悲しませてはいけないんだ……。
幼稚園では、何も知らない同年代の子や保育士の人達は、君は何も悪くないからね、罪を背負う必要はないなどとほざく。その上、僕に必要以上に付きまとってきた。
何も知らないくせに。経験したこともないくせに。分かるよ、辛かったよね……? なんて、理解者気取りで言ってくる。
……僕は皆を軽蔑し、拒絶した。
その中にはタマも、リリィも含まれていた。
そのせいか、ほとんどの人は無視してくるようになった。元々話しかけることはなかったが。
……それでもまだ、僕を慰めようとしている人達もいた……が。
……その人達も諦めたのか、それとも面倒になったのか。一週間で、二人を除くその人らは無視してくるようになった。
しかし、タマとリリィの二人だけはどれだけ拒絶しても、どれだけ無視しても、何回だって僕に話しかけてきた。
……あまりにしつこいので、僕は三週間で諦めた。
それから、二人とよく話すようになった。
くだらない話ができる初めての友達だった。
小学校に上がってから、リエラとも友達になった。最初は男みたいに活発な子だった。
……リエラは成長するにつれ、だんだんと心身共に女の子らしさが増していっていた。
といっても心はまだ男らしいが。
……ま、とにかく今に至るというわけ。
「……ふぅ……ふぅ……ぁ……っ……」
呼吸もやっと落ち着いてきた。
はぁ。最近はそんなに無かったのに……。やっぱり幼くなったせいだろうか……。
……ゲームする気も完全に失せた。
どうせ、やったとしたら三人とも安易に癒そうとしてくるから。癒される気分でもない。
……今日はもうこのまま寝よう……。
Nicht Gute Nacht……。