5-8 絶望の猛攻
薄茶色の大地にそびえ立つ超巨大基地ウォールズ・ヘルズベイ、その四方を守る空中砲台の一角、西の空中砲台が完全に崩れ落ちていた。巨大なガレキは、城壁を砕き、山となって積もっていた。
それを目の前にして、解放軍の兵士たちは呆然と立ち尽くしていた。
その軍勢を左右から眺める国軍の軍勢、その一方の中心付近、そこに馬にまたがったライトシュタイン中将の姿があった。何事もなかったように冷静な表情で、混乱する解放軍の軍勢を眺めていた。
ライトシュタインは、解放軍をじっと見つめながら、ライトシュタイン邸での出来事を思い出していた。
(クロコ・ブレイリバー……おそらくはあの中にいるのだろう。しかし、悪いが、私の指揮を信頼する部下の為にも、手を抜くことはできない)
ライトシュタインは信号銃を高く構えた。
「まずいな……」
アールスロウは、すぐにガレキの山に背を向ける。
「すぐに一時撤退させないと……」
すると近くに立つクロコが声を上がる。
「一時撤退!? 逃げるのか……!」
「この状況で戦うのは危険すぎる。それにもし奴なら、これで終わるはずがない」
「でも、どうやって……」
「指揮官に直接言うしかないだろう」
アールスロウが走り出そうとする、その時だった。
「な……なんだ、アレ!?」
クロコの声を聞いてアールスロウは足を止めた。クロコの見ている方向を見る。
左右に散った国軍の後方の地面が盛り上がっていた。巨大な土の山が、国軍と同じように左右から挟むように現れた。土が徐々に落ちていき、中から恐ろしく巨大な大砲が姿を現した。
クロコは思わず目を見開く。
「アレは……グラン・マルキノ!? 地面に隠してたのか!?」
アールスロウの表情が険しくなる。
「急がないと……」
ドオオオン!! ドオオオン!!
大地を揺らし、赤い閃光が噴火のごとく地面から吹きあがった。グラン・マルキノの巨大な爆炎は、解放軍陣の中心を飲み込んだ。
アールスロウの体に強い爆風が叩きつけられる。
「く……!! あそこはちょうど、指揮官がいる位置…………指揮系統が吹き飛ばされた」
(正確すぎる砲撃……事前にこちらの動きを予測していたのか……!!)
ライトシュタインは、遠くから巨大な爆風を見つめていた。
「どんな巨大な獣も、頭を狙えば剣の一刺しで息絶える」
ライトシュタインは信号銃を再び構えた。
「さて、仕留めさせてもらおう」
アールスロウは天に向かって昇る黒煙を見つめていた。
「指揮系統が潰されたか…………だが、なんとか後退させなければ」
左右に散っていた国軍が動き出した、解放軍を挟み込む形で。
大地を踏みしめ、国軍の大軍が解放軍へと迫ってくる。
それを見てアールスロウは辺りを見渡す。
「サキ!! サキ・フランティス!!」
「はい!」
遠くから声が聞こえたと同時にサキが現れ、駆け寄ってくる。
アールスロウはクロコとサキに向かって声を飛ばす。
「君たちは後方に回り込め! 退路を確保するんだ」
「分かった! アンタは?」
「俺は中央へ進んで指示を出す」
三人は陣の中を駆け抜ける。
国軍はついに、解放軍陣の両翼を左右から挟み込んだ。対する解放軍は、先ほどの崩落攻撃と巨大砲撃により、完全に陣形を崩していた。
混乱した解放軍兵に向けて、連携の取れた国軍兵たちの攻撃が襲いかかる。連続で放たれる銃撃に、剣兵たちの集団攻撃。解放軍兵たちは次々と倒れていく。指揮を失った解放軍には為す術がなかった。
さらに追い撃ちをかけるようにグラン・マルキノの巨大な爆炎が、解放軍の側面を吹き飛ばす。
側面戦力は見る見るうちに破壊されていった。
そんな中、解放軍陣の中央で、アールスロウが信号銃を構えた。
パンパンパンッ!!
「後退だー!! 後退しろー!!」
アールスロウの声が響き渡る。
しかし、信号銃の音に最初に反応したのはライトシュタインだった。
「そうはさせない」
ライトシュタインは素早く信号銃を構える。
後方に回ったクロコとサキ。
クロコは退路となる大地に目を向ける。
「んっ!? こっちには国軍がいない……」
(左右から挟み込むだけ……。前みたいに退路を塞いでないのか?)
ライトシュタインは全体を眺めていた。
「前回のように、後方を兵で押さえるようなことはしない。代わりに……」
国軍から無数の砲撃が放たれた。
「先ほど温存していた爆炎の壁をいま見せよう」
解放軍の後方を塞ぐように、砲弾の雨が大地に降り注いだ。解放軍陣のすぐ後方の大地が爆風に包まれる。
クロコの目の前が赤い炎と黒煙に包まれる。
「うわっ!!」
隣のサキが声を上げ、顔を腕で覆う。クロコはひるまず前方をにらみつけた。
「く……こんなもので……」
クロコは駆け出した。
「撤退するぞ!! みんなついて来い!」
クロコは爆炎の壁に向かって駆け出した。サキがそれに続く。
少し走った時だった。
「待って下さい!! クロコさん止まって!!」
サキの声でクロコは足を止めた。後方を振り返り、驚いた。サキの他に味方は誰も付いてこない。
「え……?」
他の解放軍兵たちは爆炎の壁を前にひるんで、走り出すことができずにいた。
「おい!! 走るんだ! 下がらないと全滅するぞ!!」
クロコが呼びかけても、まったく動き出す気配がない。
「クソ……」
国軍陣の中で、ライトシュタインは固まった解放軍を眺める。
「解放軍に、この砲撃の壁を突破することはできない。勝利という希望の為に立ち向かう勇気を振り絞れる者はいるが、恐怖という絶望の中で逃げ出す勇気を振り絞れる者は少ない。これだけの爆炎の壁を作れば、それだけで十分解放軍を縛りつけることができる」
動きを止めた解放軍に、国軍の猛烈な攻撃が襲いかかる。
剣で斬り伏せられ、銃で体を貫かれ、解放軍兵たちは次々と倒れていく。
解放軍の中央でアールスロウは立ち尽くしていた。
「く……!!」
アールスロウは悔しそうに信号銃を投げ捨てた。
戦場から離れた大地、そこでは、後方で控えていた解放軍の軍勢が動き出していた。
ファントムが六台のリック・ノールを従えて、戦場へ向かっていた。
戦況を見つめるファントム。
「これは……まずいな」
1km近く離れた地点で、援軍は足を止めた。
「これより、リック・ノールによる援護砲撃を行う」
すると一番近くのリック・ノールの操縦員が声を出した。
「標的はグラン・マルキノですか?」
「違う」
ファントムは左右から挟み込んでいる国軍の軍勢をそれぞれ見る。
「狙うは国軍の砲兵部隊だ。砲撃の陣形を乱して味方の退路を確保する。リック・ノール照準合わせろ」
六台のリック・ノールが、国軍内の砲撃の煙が集中する場所へ、それぞれ照準を合わせた。
「リック・ノール撃てー!!!」
長い砲身から爆音がとどろいた。国軍の砲兵部隊に、巨大な爆撃が襲いかかる。
「うわあああああ!!」
砲兵たちは叫び声を上げ、爆風により吹き飛ばされる。
後方に立つクロコは、爆炎の壁が薄くなるのを確認した。
「今だ!! 進め!!」
クロコは再び走り出した。数人の兵士たちが付いていく。
すると、さらにアールスロウが飛び出してくる。
「撤退するには今しかない。皆、続けー!!」
次々と兵士たちが動き出す。
ついに解放軍全体がゆっくりと動き出した。
その様子をライトシュタインは静かに見つめていた。
「リック・ノールで砲兵部隊をかく乱したか……いい判断だ」
国軍は後退する解放軍に対して追い打ちをかけるが、解放軍はそれに応戦しながらも、徐々に国軍から離れていく。
ライトシュタインはその様子を静かに眺めていた。
「さすがに40000の軍勢で、80000の軍勢を仕留めきるのは無理だったか……。しかし、十分な損害を与えることはできた」
後退する解放軍の一角で、アールスロウは悔しそうな表情を浮かべる。
(損害は軽く見積もっても20000以上……最悪な状況だ)
ウォールズ・ヘルズベイの西に広がる薄茶色の大地に、逃げ延びた解放軍の軍勢は待機した。
ライトシュタインの圧倒的な攻めにより、ほとんどの兵士たちは放心に近い状態になっていた。
その軍勢の中央付近に、アールスロウの姿はあった。
「では、副司令。指揮を頼んだ」
「はっ」
アールスロウの言葉に対し、若い副司令が敬礼した。
立ち去ろうとするアールスロウに、若い副司令が呼び止める。
「アールスロウ司令官」
「なんだ?」
「司令官はどのように動くのですか?」
「俺は前線で剣を振るう。ライトシュタインが相手では、指揮のレベルを上げたところであまり意味はないからな」
アールスロウはそう言ったあと、若い副指令に背を向けて歩き出す。すると、兵士の群れからヒョコッとクロコが現れる。
「あっ、アールスロウ」
「クロコ……」
アールスロウは少し眉を寄せる。
「なぜ君がここにいる。早く持ち場に戻るんだ」
「けど……」
「なんだ?」
「これからどうするんだ? どうやって戦うんだ?」
クロコは不安そうに問いかけた。
「とにかく陣を横に広げて前進する。指揮官がライトシュタインだと分かった以上、小細工は逆効果だ」
「だけど、兵力の差はもうほとんどないんだろ。加えてウォールズ・ヘルズベイの要塞に、ライトシュタインのおっさんの指揮…………それで勝てるのか……?」
「………………ウォールズ・ヘルズベイとライトシュタイン……考えられる組み合わせの中でも最悪の部類だろうな」
アールスロウはそう言ったあと、黙った。
しばらくの静寂が流れた。
クロコが口を開く。
「増援を要請した方がいいんじゃないか?」
「それはできない。100000の兵力が、ウォールズ・ヘルズベイ攻略に出せる最大限度だ。これ以上の兵力をウォールズ・ヘルズベイに割けば、ゴウドルークスの決戦で勝てる見込みがなくなる。最終的に勝つためには、今ある兵力で勝たなければならない」
「だけど……このまま、正面対決を挑んでも、はっきり言って勝てる気がしない。そうだろ」
クロコはアールスロウを見つめた。
「このまま戦ったらダメだ。そんなのアンタだって分かってるはずだ」
アールスロウは険しい表情をした。
「しかし……ライトシュタインを相手に下手な小細工は逆効果だ……」
「でもこのままじゃ、どっちにしろ負ける」
その言葉を聞いて、アールスロウは黙って立ち尽くした。厳しい表情をする。
(分かっている……このままでは、しかし、どうすればいい? これ以上兵力は割けない……なら、あきらめろと言うのか、この戦争に勝利する最大の好機を……? そんなことはできない。しかし、この状況を打破できるいい手など……)
「手なら一つだけ……あるんじゃないのか?」
クロコの声が小さく響いた。
「……なんだと?」
アールスロウが聞き返すと、クロコは真紅の瞳で静かに見つめた。
「クラット基地防衛戦のとき、あいつの陣形が一度だけ崩れたことがあったよな」
「…………!」
「聞いた話によれば、あれはガルディアが、ライトシュタインの陣形をかき乱したのが原因らしいな。あれと同じことをすればいい」
「それを、誰がやるんだ?」
「オレがやる。中央から国軍を、ライトシュタインの予測を超えた速さで引き裂けば……」
アールスロウは少しだけうつむいた。
「言葉を返すようだが、それは無理だクロコ。あの時は、奇襲による側面からの攻撃だったうえに、ライトシュタイン本人がすぐ近くにいたという幸運が重なって初めてできたことだ。正面からでは、グレイさんでも奴の軍勢を乱すことはできない」
「……なら」
「仮に俺やサキが加わったとしても、それでも足りないだろう。グレイさんを超えた働きが出来たとしても、ライトシュタインの軍勢を乱すことはできない。解放軍の誰であってもだ」
「………………」
クロコは悔しそうに黙った、その時だった。
「いえ、それができる奴なら一人いますよ」
突然、離れた所から声が響いた。
クロコとアールスロウは同時にその声の方向を向く。
一人の剣士が、二人に向かってゆっくりと歩み寄ってくる。
「ライトシュタインの計算を超えて、奴の軍隊をかき乱せることのできる剣士が、ここに一人だけね」
その青年の剣士は、流れるように立った黄色の髪をしていた。細い目で、二人の方向を見つめながら笑みを浮かべている。クロコとアールスロウの前に、フィンディ・レアーズが現れた。




