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5-5 受け継がれる力




 フルスロック基地の灰色の廊下をクロコは歩いていた。

 司令室の扉の前で立ち止まり、ドアをノックする。


「いいぞ」


 クロコは声を聞いて少し戸惑う。


(あれ、アールスロウの声じゃない。誰だ)


 ドアを開けると、司令室の机にベイトム隊長が座っていた。


「何でアンタが座ってんだよ」


「私が座って何が悪い!」


 ベイトムは不機嫌に机を軽く叩いた。


「アールスロウは?」


「……セウスノールに招集を受けている。大きな会議があるそうだ。その代理だ。私が、今は副司令代理だからな」


「ふーん、アンタが代理か。まあ副司令になることはないと思うけど」


「きさまになぜそれが分かる!」


 ベイトムは怒って机をバンッと叩いた。


「用事があるなら私が聞いてやろう。仕方なくな、仕方なく!」


 クロコはプイッと背を向けた。


「いいよ、アールスロウの方が確実だから」


「私が信用できんというのか!!」


 ベイトムは怒って机をバンバン叩く。




 グラウド西部に位置する巨大都市セウスノール。

 そこにそびえるセウスノール基地、そこの大会議室では、大きな机を解放軍の重役たちがズラッと囲んでいた。大型基地の各司令官、アールスロウに、ケイルズヘル基地のローズマン、クラット基地のロイムなどが並んでいる。さらに、数名の副総司令、そして総司令のランクストンが座る。

 ランクストンは年齢四十代後半、黄色い髪、ピンとはねた黄色いひげ、開いているのか閉じているのか分からないほど細い目をしている。

 そのランクストンの隣の席、最も奥の上座だけが空席になっていた。

 各重役たちが黙って座っていると、会議室の扉が開き、鋼鉄のヘルムで顔を隠した男が入ってきた。


「遅れてすまない」


 ファントムはゆっくりと奥の席へと歩を進め、座った。

 座ってすぐに、全体を見渡すファントム。会議室にいる全ての者が一斉にファントムを見つめた。

 ファントムはヘルム内に反響する声を出す。


「……ついに、我々解放軍にとって、最大のチャンスが到来した」


 皆がファントムに注目している。


「セウスノールの戦いで、国軍は我らに敗北した。現在国軍は大きく崩れている。いまより我々は、国軍の本拠地、首都ゴウドルークスに向けて、進行を開始する。そのために、今度の動向を決めたいと思う」


 ファントムが言い終えるのを待っていたかのようにランクストン総司令がファントムに向けて声を出す。


「ではまず、ファントムの考えをお聞かせいただきたい」


 ランクストン総司令の言葉と共に、ファントムは小さくうなずいた。


「では私の提言を述べさせていただこう。今一度言うが、今回の状況は我々にとって今までにない最大のチャンスだ。ならば、これを逃す手はない。これより、中央の前衛基地ビルセイルドに解放軍領の全戦力を終結させ、国軍の本拠地、首都ゴウドルークスへ向けて進行を開始したい」


 その話の直後、会議室がさわめいた。


「ぜ、全戦力……!?」

「解放軍の全ての戦力で進行するだって!?」

「これではほとんど捨て身の特攻だぞ」


 わずかに騒がしくなった会議室で、一人の男が手を上げた。


「ファントム」


 ランクストン総司令だった。


「その作戦のリスク。ファントムなら、それを十分承知した上での発言でしょう。しかし、それを踏まえた上でも……」


 ランクストン総司令はファントムを静かに見つめる。


「それには一つ大きな問題があります」


 皆がランクストン総司令を見る。ランクストンの表情は険しかった。


「ビルセイルド基地と、首都ゴウドルークスのあいだには、ウォールズ・ヘルズベイ基地があります」


 ランクストン総司令は細い目でファントムを見つめる。


「知っての通り、ウォールズ・ヘルズベイ基地は、解放軍の進行を止めるために建設された、国軍が誇る世界最大の要塞です。巨大で厚い城壁の裏には、巨大柱で支えられた『空中砲台』が基地本体を四方に囲んで設置されています。そしてそれらに守られた基地本体も、大型基地の五つ分の規模……全体の火力は十倍以上あるでしょう」


 ランクストン総司令の表情はさらに険しくなる。


「解放軍がこの基地の詳しい見取り図を手に入れ、私がそれを見た時、正直な話こう思いました。『これは人間が攻め落とせる基地ではない、神でもなければこんなものを攻め落とせるはずはない』と…………たとえ200000の兵力をぶつけたとしても、粉々にされるかもしれない、ウォールズ・ヘルズベイとはそういう基地なのです」


 その言葉が響くと共に、ランクストン総司令に注目していた面々の表情に緊張が生まれる。ランクストン総司令の話は続く。


「全戦力の集結はケイルズヘルかクラットにして、ウォールズ・ヘルズベイだけは避けるべきです。南か北から回りこめば、確かに時間は食います。しかし、もしウォールズ・ヘルズベイで大きな被害をこうむれば、そのまま逆に攻め込まれ、こちらが敗戦することも十分ありえるでしょう」


 ランクストン総司令が話を終わると、会議室はしばらくの間、静まり返った。

 その静寂の中、ローズマン司令が声を出す。


「けど……南か北に回り込むと、今度は国軍に時間を与えることになっちまう。ゴウドルークスに届く前に抑えられる可能性もある」


 するとロイム司令官が声を出す。


「だが確実に領土は広げられるな」


 するとローズマンがすぐに言い返す。


「全戦力を使った捨て身の突撃だぜ? 領土なんてすぐ奪い返される」


 アールスロウが口を開く。


「逆にもし、ウォールズ・ヘルズベイを最小の損害で突破できれば、勢いそのままに、ゴウドルークスを攻め落とせる可能性は跳ね上がる」


「だがあの基地を攻め落とすことは容易ではない」


 ランクストン総司令がそう言った直後だった。


「つまりは……」


 ファントムの声が響くと共に、皆が一斉に黙った。


「つまりは、ウォールズ・ヘルズベイの突破を狙えば、こちらが勝利をつかみ取る可能性が高くなる、半面で敗北の可能性も高くなる。北や南から回り込めば、勝利を逃すことになるかもしれないが敗北はまぬがれる……というわけだ」


 ファントムは皆を見渡した。


「諸君、少し考えてほしい」


 ファントムの声にわずかに力が入る。


「もし、ウォールズ・ヘルズベイを突破することができれば、その瞬間に、我々は、勝利をつかみ取る最大のチャンスを得ることになるだろう。いま目の前にあるこの機会を見逃せば、その後にどれだけのチャンスが巡ってきても、勝利を得ることは、永遠に叶わないだろう」


 ファントムの声が徐々に大きくなっていく。


「確かに敗北を恐れることは必要なことだ。しかし、戦争に置いて最悪なことは、敗北することではない。戦争において最悪なことは、敗北も、そして勝利もしないこと。つまり、戦争が終わらないことだ。現在、我々には二つの選択肢が与えられている。その選択肢とは、勝利をつかみ取る可能性をとるか、戦争を長引かせる可能性をとるかだ」


 その声が響き終わったあとも、皆はしばらくのあいだ静かにファントムを見つめていた。

 数人の司令官は強い目でうなずいた。

 今まで不安な表情を浮かべていた司令官たちは、何かを考え込んでいる様子だ。

 会議室を静寂が支配した、その時だった。


「私は……」


 アールスロウの声が響いた。


「私は、ウォールズ・ヘルズベイ攻略を支持したい。そして、もしもこの場にグレイ・ガルディアがいたとしたら……」


 皆がアールスロウに注目する。


「間違いなくウォールズ・ヘルズベイ攻略を支持したでしょう」


 その言葉と共に、会議室を再び静寂が支配した。ロイム司令官は静かにうつむき、ランクストンは口を固く閉じていた。

 ファントムとアールスロウの言葉に対し、反論する者は一人もいなかった。

 ローズマンはニヤッと笑う。


「決まりだな」


 ファントムが勢いよく立ち上がった。そして叫んだ。


「これより、我らセウスノール解放軍は、首都ゴウドルークスへの進行を目的として、ウォールズ・ヘルズベイ攻略の準備を行う。中央前衛基地ビルセイルドに戦力を結集させる!!」







 首都ゴウドルークス、その純白の街並みにそびえ立つ巨大基地グラウド国軍本部。その白い壁に囲まれた広い部屋、そこにライトシュタインが一人、机に腰掛け、資料に目を通していた。

 突然ドアが勢いよく開かれた。


「ライトシュタイン中将!」


 ロストブルーが緊迫した様子で入ってきた。


「どうした?」


「大変です」


 ロストブルーはライトシュタインを見つめた。


「レッテル皇務大臣が殺されました」


「…………!」



 その数時間後、総務省の客室でライトシュタインはグランロイヤー総務大臣と向かい合って座っていた。

 グランロイヤーは疲れた様子で口を開く。


「ここに来たってことは、話はすでに聞いているんだろう」


「ああ、レッテルが殺されたと」


 グランロイヤーは頭を抱える。


「ああ……各省、大騒ぎだよ。例の重役殺しらしい」


「やはりか……」


「君の考えでは、奴らが重役殺しと関わっているのだろう? なら、レッテルは白だったってわけだ」


「ああ、そうだな。または、切り捨てられたかだ」


 グランロイヤーは戸惑った表情を浮かべる。


「切り捨てられた?」


「つまり、我々が調べていることを『レギオス』が知り、レッテルを排除したということだ」


「仲間すらも平然と犠牲にしたと?」


「君の調査ではレッテルに不審な点が見られたのだろう、なら、その可能性も考えるべきだ」


 それを聞いてグランロイヤーは少しのあいだ黙ったあと、緊迫した様子で口を開く。


「……もしそうなら、奴らは我々の存在に気付いたことになるが」


「ああ、その可能性も踏まえなければならない、どこまで気付かれたかは、君の調査方法にもよるだろうがな」


「ああ……気付かれるとしたら私と、私と関わっている君ぐらいか」


「……それを踏まえて、慎重に行動した方がいいだろう。もし奴らが仲間の犠牲すらもいとわない連中ならば、非常に危険な思考の持ち主だ」


「やれやれ、慎重に加えて、警戒もしておいた方が良さそうだな……しかも……」


「ああ、調査は振り出しに戻った……ということだ」






 フルスロック基地、その廊下をクロコが歩いていた。

 広間へ出ると、いつもと様子が違うことに気づく。多くの兵士たちがせわしなく動いている。


「なんだ……?」


 するとクロコは広間にいるアールスロウを見つけた。

 クロコはアールスロウに駆け寄る。


「アールスロウ、帰ってきてたのか」


「ああ、少し前にな」


「それよりどうしたんだ? 少し騒がしくなってきたけど」


「まだ連絡が来ていないのか。もうすぐ、フルスロック全戦力をビルセイルドに移動させる」


「えっ……全戦力を……!?」


「本部は、国軍の本拠地ゴウドルークスを攻め落とすために、解放軍の全戦力をビルセイルドに集結させる決定を下した。一度移動を始めれば、おそらく、しばらくはここに戻れなくなるだろう」


「そうか……そうなのか……」


 クロコは一瞬うつむいたあと、アールスロウを見た。


「なあ、一つ頼みがあるんだ」


「なんだ?」


 クロコは自分の腰に付けている大剣にゆっくりと触れた。


「ずっと、考えてたんだ……」


 クロコはアールスロウを見つめる。


「新しい剣が欲しいんだ。今の体に合った剣が……」


 クロコは大剣を少しだけ見たあと、再びアールスロウを見つめる。


「この剣はガルディアからもらった大切な剣だ。できるなら手放したくない。だからずっと迷ってた。だけど、この剣じゃ、オレの力を発揮しきれない。仲間の力になるためには、これじゃダメなんだ……」


「………………」


「頼む、アールスロウ、今の体に合った新しい剣を作ってくれ」


 アールスロウは小さくため息をついた。


「戦力の移動は今より二日後だ。剣を作るには最低五日かかる。はっきり言って、言い出すのが遅い」


 その言葉を聞き、クロコはガクッと肩を落とした。


「だが…………そろそろ言い出す頃だと思っていた」


 クロコはキョトンとした。


「え……?」


「ついて来い、クロコ」


 アールスロウに案内された基地の狭い一室、その机の上に一本の剣が置いてあった。

 美しい鞘に収まった小型の剣だ。

 クロコはそれを見つめる。


「これは……」


「抜いてみろ、クロコ」


 クロコは剣を手に取った。


(なんだ……手に馴染む)


 クロコが鞘を抜いた瞬間だった、黒い刀身が鋭く光った。


「これは……」


「この剣は……グレイさんの剣から作られたものだ」


「……!? ガルディアの……!!」


 クロコは剣を見つめた。黒い刀身は、ガルディアの持つ黒剣と同じ輝きを放っていた。

 アールスロウもその黒剣を見つめる。


「この剣には、グレイさんの意志が宿っている。この世界に、たとえどんなに素晴らしい剣があったとしても、この剣ほど、君にふさわしいものはないだろう」


「…………」


 クロコは黒剣をしっかりと見つめた。今まで見たどんな剣よりも強烈な存在感を放っている。まるで魂が引きつけられるかのようだった。


「クロコ、この剣に名前をつけてやってくれ」


 その言葉を聞いて、クロコは少しのあいだ黙った。


「なあ、アールスロウ。この剣の名前、あんたがつけてくれないか」


「オリジナルの剣の名は、本来持ち主がつけるものだが……」


「あんたにつけてほしいんだ」


 クロコはじっとアールスロウを見た。


「そうか…………分かった」


 アールスロウは少しのあいだ考えたあと、口を開く。


「なら……この剣の名は」


 窓から入るわずかな光で、黒剣の刃が鋭く光った。


「スピーゲルグレイ」


 クロコは満足そうにほほえんだ。


「いい名だ」


 クロコは新たな剣を鞘におさめ、腰に付けた。





 出発の日、クロコが基地の広場に出ると、そこの中央付近にソラが立っていた。

 クロコが駆け寄ると、ソラは小さく口を開いた。


「クロ……」


 名を呼ばれクロコはソラを強い目で見つめた。


「約束は守る」


「え……?」


「夕陽の橋に、必ずまた、一緒に……」


 それを聞いてソラは笑みを見せる。


「うん……!」





 クロコを含めたフルスロックの全軍は、ビルセイルド基地を目指し、出発した。







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