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5-3 最後の勝負




 灰色の四角い建物が連なるフルスロックの街並み。その街全体を見下ろすようにフルスロック基地はそびえ立っていた。

 その廊下を黒い軍服を着た二人の若い軍人が歩いていた。

 一人は見た目の年齢十四、五、非常に小さな背丈で、柔らかい灰色の髪、整った顔をしている。フロウ・ストルークだ。

 もう一人は年齢十三、四、一か所はねた黄色い髪、ぱっちりした目に透きとおるような緑色の瞳をしている。サキ・フランティスだ

 サキは小さくため息をついた。


「どうしたの、サキ君」


 フロウがサキの顔をのぞくと、サキは不安そうに口を開く。


「二人はちゃんと帰ってくるんでしょうか。なんだかボク……不安で不安で」


「そうだね、二人が帰ってくることが一番いいけど、一番可能性が高いのは、ライトシュタイン邸に行ったはいいけど、空振りして、警備の兵に追いかけられるってパターンかな……」


「そ、それならまだいいですよ。もしかしたら二人……」


「あっ!!」


 フロウの声にサキは驚く。


「ど、どうしたん……あっ!!」


 サキも気づいた、向かいから、歩いてくる二人の姿に、クロコとソラが並んで歩いてきていた。

 フロウとサキはすぐに駆け寄る。


「ソラちゃん!」


 フロウはソラの前に立ってニッコリ笑った。


「おかえり」


「フロウくん……」


 ソラはすまなそうに笑みを見せた。


「良かったです。ボクは本当にどうなるかと……」


 サキは安心した様子だ。


「……ん?」


 するとクロコが声を漏らした。みんなとは全く別の方向を見ている。

 それにつられて三人がその方向を見ると、少し離れた所から一人の軍人が歩いてくるのが見えた。

 その軍人は、年齢二十代半ば、長身で、長めの白い髪を後ろに結び、冷たい目つきに青い瞳、どこか気品のある顔立ちをしている。

 フルスロック基地の司令官ファイフ・アールスロウだ。

 アールスロウは四人を見ながら、そのまま一直線に歩いてきた。そしてソラの前に立ち、見つめた。


「すまなかったな、ソラ・フェアリーフ」


 その言葉を聞いて、ソラはほほえんだ。


「いえ、アールスロウさんの立場を考えれば、当然の行動だったと思います。それに、私がここに戻ってこられたのはあなたのおかげなんですよ」


「…………」


「でも良かったです」


 サキは感動したような様子で言った。


「二人がいなくなった時は、もしかしてこのまま二人とも戻ってこないかもって……」


 素早くつっこむクロコ。


「ソラはともかく、なんでオレもなんだよ。おまえいったいどんな想像してたんだ?」






 グラウド東部の首都ゴウドルークス。そこに連なる純白の巨大建築物を、さらに見下ろすようにグラウド国軍本部基地はそびえ立っていた。巨大な建物を一ヶ所に集めたような複雑な造形をしており、特に中心部は天にも伸びるような高さだ。

 その基地の広い廊下を一人の将軍が歩いていた。年齢二十代後半、長身で、サラッとした黄色い髪、高い鼻、形の良い目には青い瞳が浮いている。

 グラウド国軍中将のディアル・ロストブルーだ。


「おや……?」


 ロストブルーは廊下を歩くライトシュタイン中将の背中を見つけた。早歩きで追いつく。


「ライトシュタイン中将」


「ロストブルーか……」


 ライトシュタインは無表情でロストブルーを見た。

 ロストブルーはほほえむ。


「何か良いことでもありましたか?」


「なぜそう思う?」


「表情がいつもより柔らかいような気がしたのでね」


「そうか……まあ、少しな」


「それは何よりです」


 ロストブルーはほほえむ。


「君はずっとここにいるのか?」


 ライトシュタインの言葉に、ロストブルーは困ったようにほほえんだ。


「ええ、オルズバウロ元帥がなかなか出してくれないのです」


「確か君は妻と娘がいたな。屋敷には帰っているのかね」


「もう三ヶ月も帰っていません。空いている時間はミッシュを連れてグラウドを旅するので……」


「そうか」


「妻にも娘にも、さびしい思いをさせてしまっています。それでも帰って来たときはいつも、笑顔で出迎えてくれるんですよ。私にはもったいないほどすばらしい家族です」


 ロストブルーは少しうつむいた。


「彼女たちには、いつも与えられてばかりいる。だから、世界が平和になった時は、彼女たちには多くのものを返したいと思っています」


「そうか」


 ライトシュタインは小さく言った。


「せっかくの家族だ。大切にしたまえよ」


「……そうですね」


「ところで、今時間は空いているか?」


「ええ、少し」


「なら、例の件について少し話をしよう」


 基地内の狭い一室、そこで机を挟んで二人は座った。

 ライトシュタインが静かに話しだす。


「『ダークサークル』に関わるもの、今のところ目星をつけているのはレッテル皇務大臣、ホーククリフ大将、マスティン軍務大臣だ。現在レッテル皇務大臣についてはある人物に調べてもらっている」


 ロストブルーは資料に目を通し、置くと、ライトシュタインを見つめた。


「ホーククリフ大将の調査については任せて下さい。適任者を知っています」


「ふむ、ではまず、その二人に的を絞っていこうか。情報を得次第、互いに報告しよう」


「はい」



 それから数十分後、ライトシュタインは、グラウド国軍本部基地から少し南に位置しているブリアント国会議事堂を訪れた。

 廊下を歩き、ある部屋の扉をノックする。

 少しして扉が開くと、中からグランロイヤー総務大臣が出てきた。


「あぁ、ザベル」


 人なつっこそうな表情でライトシュタインを見る。

 グランロイヤーに招かれる形で、ライトシュタインは部屋へ入った。

 部屋にはグランロイヤーのほかに、男性の秘書と護衛の剣士リーヴァル、そしてきれいな身だしなみをした一人の男が座っていた。

 その男は、年齢は五十代前半、大きなまゆ毛に、小さな目、硬い表情をしている。

 ライトシュタインはその男を見て一言言った。


「これはレッテル皇務大臣、お久しぶりです」


 レッテル皇務大臣はゆっくりと笑みを作った。


「ライトシュタイン中将こそ、変わりない様子で……」


 ライトシュタインはグランロイヤー総務大臣に視線を移す。


「例の件について話を聞きに来たのだが、今は大丈夫かね」


「あ……ああ、ちょうど、話が終わりかけたところだからな」


 二人の様子を見て、レッテル皇務大臣は立ち上がる。


「何やら忙しそうですな、総務大臣。ならば、私はこの辺で……」


「ええ、とても参考になりました」


 レッテル皇務大臣はゆっくりとした足取りで部屋を出ていった。



 レッテル皇務大臣が部屋を出てから、少し間を置いてからライトシュタインが口を開いた。


「人払いを頼む」


「ああ、悪いが少しのあいだ外で時間を潰しててくれないか?」


 グランロイヤーの言葉で、秘書とリーヴァルは部屋から出ていった。

 ライトシュタインとグランロイヤーの二人きりになると、互いに向かい合う形でイスに座った。


「レッテルについてはどうだったかね」


 ライトシュタインがそう言うと、グランロイヤーがわざとらしく大きなため息をついた。


「ヒヤッとしたよ。ふつう本人を目の前にして言うかね?」


「余計なことさえ言わなければ、気付かれることなどあり得ない」


 ライトシュタインは表情を変えずに言った。


「そうかい、君には頭が下がるよ」


 少し皮肉っぽい口調だった。

 ライトシュタインはまるで気にしてない様子だ。


「それよりも……」


「ああ、分かっているよ」


 グランロイヤーはそう言ったあと、徐々に、表情を険しくしていった。


「まだ情報半分だが、調べていて驚いたよ。少し不審な点が目立つな」


「ほう……具体的には?」


「彼の周りに探りを入れて見たが、どうも彼はプライベートで理由の分からない外出が多いらしい。さっき本人と話したときも、話の所々に筋の通らない部分があった。それから……リーヴァルに彼の調査を頼んだんだが……」


「あの剣士か……」


 ライトシュタインの口調が少し厳しかった。


「そんな声を出すな、リーヴァルには彼の調査以外は何も言っていない。それに立場上、色々な要人の調査をするのはしょっちゅうだ。別に今回のことを特別視しないさ。話を戻そう……それで、リーヴァルがレッテルを尾行した時、レッテルの口からある気になる名を聞いたらしい」


「気になる名……?」


 グランロイヤーはライトシュタインを見つめた。


「『レギオス』」


「レギオス……?」


「ああ、確かにそう言ったらしい」


「どこで、誰と話しているときに言ったんだ?」


「ゴウドルークス内の高級レストランさ。相手は特定できなかったらしい。その時だけ、なぜか不自然に警備が厳重で、声を拾うのがやっとだったそうだ」


「『レギオス』…………それが、やつらの組織の名か?」


「そう考えるのが妥当だろうな」


 それを聞いてライトシュタインは小さくうなずく。


「ふむ、今までの話を聞くと、どうやら……」


「ああ、当たりかも知れん。とにかく引き続き調査をしてみるよ」


「ああ、頼む」


 ライトシュタインは一息ついて、再び口を開いた。


「レッテルの件もそうだが、ルイ・マスティンについては……」


 その言葉を聞いてグランロイヤーは一瞬表情を硬くした。


「それについては、もう調べたよ」


「ほう、いつの間に……で、どうだったのかね」


 グランロイヤーはほほえみを浮かべた。


「……特に何も。彼は『ダークサークル』との関わりはなさそうだ」


「……そうかね」


「初めから疑う余地などなかったんだ。彼は私の親友だ、彼のことなら良く知ってる……」


「……分かった、特にないのなら、君を信じて、それについては終わりにしよう。仮に何かあった時は君に任せるよ。では、レッテルの件を引き続き頼む」


「ああ、任せてくれ」


 グランロイヤーはそう言って、ほほえみを見せた。







 休日のフルスロック基地の午前、その廊下をクロコは周りをキョロキョロと見渡しながら早足で歩いていた。

 そのまま広間へと出た時だった。

 遠くを歩くアールスロウの姿を見つける。


「いた……!」


 クロコはアールスロウに駆け寄った。


「アールスロウ!」


 名を呼ばれ、小さく反応するアールスロウ。


「どうした、クロコ」


「まえした約束覚えてるか?」


 その言葉を聞いてアールスロウはわずかに反応した。


「……ああ」


「最後の勝負。今……いいか?」


「構わない、受けて立とう」




 フルスロックの実技場、白い壁に囲まれた広い正方形の空間、その木製の床の中央でクロコとアールスロウは向かい合った。

 クロコは木剣を一回ビュッと振る。

 アールスロウは長めの木剣を構える。


「クロコ、先に言っておくが、勝負は一回だ。どんな結果で終わっても、互いに文句は無しにしよう」


「ああ、当然だ」


 クロコはアールスロウをキッとにらみつけた。

 アールスロウも青い瞳でクロコをにらむ。

 二人は互いに向き合って、剣を構えていた。

 わずかな静寂が流れたあと、アールスロウが静かに口を開いた。


「……来い」


「言われなくても……!」


 クロコが動いた。疾風のごとき速さで、一瞬でアールスロウの間合いに飛び込む。

 その速さにアールスロウは驚く。


「く……!」


 クロコの一瞬で放たれる斬撃にアールスロウは何とか反応した。


 ガァンッ!!


 互いの木剣が勢いよくぶつかり合った。その直後、クロコが一瞬で横をつく。


 ビュンッ!!


 クロコの閃光のごとき速さの斬撃を、アールスロウは紙一重で避けると、素早く突きを返す、その瞬間、クロコの蹴りがアールスロウの腕を木剣ごとはじいた。


「……!」


 ビュンッ!!


 クロコの一撃はアールスロウの体に直撃した。アールスロウの体はのけ反り、木製の床に倒れた。


 アールスロウが床に伏すと共に、実技場を静寂が支配した。

 クロコは静かに立ち尽くし、倒れたアールスロウを見下ろしていた。

 アールスロウは動かず、しばらくの間、呆然と倒れていた。


「……勝った」


 クロコの小さな声が実技場に響いた。

 アールスロウはゆっくりと体を起こす、そして立ち上がった。


「……強くなったな」


 その言葉だけを言って、アールスロウは静かに背中を向けて、出口へ向かって歩き出した。

 そんなアールスロウの背中を、クロコはしっかりと見つめた。


「ありがとう……ございました」



 アールスロウは実技場を去っていった。




 最後に一瞬だけ見せたアールスロウの顔には、確かな笑みが浮かんでいた。







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