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5-2 パシフィルドの丘の上で



 ライトシュタイン邸の庭園の芝生の上でクロコは一人座りこんでいる。腰には返された剣を付けている。

 クロコはゆっくりと庭園に置かれたテーブルの方を向いた。そこにはソラとザベルが向かい合った形で座っていた。





 ソラはイスに座り込み、ザベルの目をじっと見る。


(あの目……昔とほとんど変わらない)


 無機質な目がソラをじっと見つめている。

 不意に、その目が、クロコの方を一瞬見た。


「あの少女が、解放軍のクロコ・ブレイリバーだとはな」


「クロコを知っていたのですか」


「軍内で最近話題になっている。『灰の吸血鬼』ワイフ・レイズボーンを倒した女剣士としてな」


「…………」


「話題になったのは最近だが、過去には『裂破の獅子』ベイズ・ファウンド、アサシン軍総督ラギド、『死神』フレア・フォールクロスなど、名立たるつわものを倒している。フルスロック基地のグレイ・ガルディアの名で今まで隠れていたが……私は前々から名前だけは記憶していた」


「けれど、解放軍人としてではなく、クロコはクロコとしてここに来たんです」


「軍人はしばし、仕事と私情の区別がつかなくなるがな」


「それでも、この場では、クロコがお父様を傷つけることは、ありえません」


「……とりあえず、承知した、ことにしておこう」


 ザベルはソラを見た。


「それで……おまえは、今さら私に何の用だ」


 そう言ってザベルはティーカップに口を付けた。

 ソラはザベルの目を見つめる。


「私は……三年間、外の世界を、見てきました」


「そうか……」


「お父様が過去、私に、戦争は人だと言ったこと。あれの意味が少しわかったような気がします。私はいまだに戦争を誤った行為だと思っていますが、もう戦争そのものを愚かだとも、戦争を行う人を愚かだとも、思ってはいません」


 ソラはそう言って、ティーカップに口を付けた。

 ティーカップをゆっくり置いたあと、ソラは再び口を開く。


「だから、軍人としてのお父様を認めることは、今の私にはできます」


 ソラはザベルの目を見つめながらはっきりと言った。

 ザベルは少しのあいだ黙ったあと、ゆっくりと口を開く。


「だからなんだ……?」


 ザベルはじっとソラを見た。


「おまえが私の前から消えた理由は、私が軍人だからという理由ではないだろう」


 ソラの表情がわずかに険しくなった。

 ザベルはソラのティーカップを持つ手に目を移した。


「先ほど紅茶を飲んだ時、指先がわずかに震えていたな。強い感情を抑えている証拠だ」


 ザベルはソラの目を見た。


「おまえはずっと、私からほとんど目を逸らさない。見たくないものを、無理に見ようとしている証拠だ。言葉とは裏腹に、おまえの体は、私への不快な感情をはっきりと表している」


 ソラの口元がわずかにきつくなった。


「憎んでいるのだろう? 私を……ファミリスよりも戦争を選んだ私を」


 ザベルは表情を変えない。対してソラはわずかに目をきつくした。


「憎んでいないと言えば、ウソになります。けれど……あの時の私は……」


 ソラは必死でザベルを見つめた。


「あの時の私は…………自分の判断だけで、家を出るという決断をしてしまった。あなたが戦争を選択したという理由も何も聞かず、あなたの言い分を何も聞かない形で……」


 ザベルは表情を変えず、ティーカップに口をつける。


「あの時の戦争の話と同じように、あなたにも、何か言うことがあったはず。だからこそ、今、それを聞きたいんです」


 ザベルはゆっくりティーカップを置いたあと、口を開いた。


「そんな理由など、何もない」


 ザベルは無機質な目でソラを見つめた。


「あるのは、私がファミリスより、戦争を優先したという事実だけだ」


 その言葉を聞いて、ソラの顔がわずかにこわばった。


「本当に、何もないと……?」


 ソラは思わず強い声を出した。


「あなたは本当に、お母様に対して、何も感じていないと……!?」


「愛していた………………と言えば、おまえは信じるのか?」


 ソラは乱暴に立ち上がった。


「あなたは……!!」


 ソラは悲しそうにザベルをにらみつけた。


「あなたとまともに話そうと思った、私がバカでした」


 ソラはザベルから顔をそらし、クロコの方へ足早に歩いて行った。



 クロコは近づいてくるソラに気づく。


「話は終わ……」


 クロコは言いかけてた言葉を止めた。ソラの目から涙がこぼれていた。


「私……バカだ」





 クロコとソラは静かにライトシュタイン邸の門を抜け、外へ出た。

 外へ出てすぐ、ソラはライトシュタイン邸の石壁に寄り掛かって立った。クロコも隣で寄り掛かる。

 クロコはソラをチラッと見る。


「なあ、ソラ……オレ、おまえを探して……」


 ソラはクロコの顔を見ない。ずっと黙っている。

 クロコは口を閉じた。

 小さな風が辺りの草木を揺らした時だった。


「ソラ様……」


 老人の声が響いた。

 二人がその声の方向を見ると、鼻の長い年寄りの執事が立っていた。


「レッドロッド……」


 ソラに名を呼ばれ、レッドロッド執事はゆっくりとお辞儀した。


「本当に……大きくなられました」


 レッドロッドはゆっくりとソラの前に立った。


「三年ぶりに……少し話をしませんか?」


 ソラとクロコはレッドロッド執事に招かれて、再び屋敷の中へと入った。

 長い廊下を歩いている時、遠くの扉から、ライトシュタインが出てきた。白い将軍服に身を包んでいた。三人に気づくが、何も言わず歩き出し、横道へと姿を消した。

 レッドロッドは二人を一室に招き、テーブルに座らせ、紅茶を入れると、向かい合う形で自分も座った。

 レッドロッドは向かい側に座るソラの顔をまじまじと見つめると、ゆっくりと口を開いた。


「本当に大きく……美しくなられた」


 ゆっくりと包みこむような口調だった。クロコの方にも目を移す。


「ご友人もおつくりになられたようで……」


 ソラが一瞬返答に困るあいだにクロコが口を開いた。


「ああ」


 ソラは一瞬クロコと逆の方向に視線を逸らしたあと、レッドロッドを見た。


「その……レッドロッドも、元気そうで本当に、うれしい。だけど私、もう……」


「屋敷を出られる前にほんの少しだけ、この老人の話をお聞き願いたいのですが……」


「……どんな話?」


「ザベル様についてです」


 ソラは少しのあいだ黙った。


「……聞きたくない」


 レッドロッドは安心させるようにほほえんだ。


「きっと、ソラ様がご想像しているような話にはならないと存じます」


 ソラはレッドロッドの目を見つめた。


「うん、分かった……」


 ソラの返事を聞いて、レッドロッドはほほえんだあと、ゆっくりと語り始めた。


「私はこの屋敷に長年召し仕えております。ザベル様が生まれる前からずっと……、だから、ザベル様が赤ん坊の頃から関わっており、ザベル様のことはよく存じております」


 レッドロッドは遠い過去を見つめるような表情で語っていた。


「小さい頃のザベル様はとてももの静かな方でした。あまりものをおっしゃらず、静寂を好む方でした。ですが、十代の半ばでザベル様にはある変化が起き始めたのです。ザベル様はその頃から『人間』に興味を持ち始めたのです」


「人間……?」


「はい、けれど、それは人を、人としてではなく、モノとしての興味です」


「モノ……?」


「はい、ザベル様はその頃から、人の心を分析し、人を操ることに興味を持ち始めたのです。言葉を操り、目を操り、表情を操り、しぐさを操り、人の心を意のままに支配しようとし始めたのです。ザベル様のその技術は非常に精巧なものでした、それによってザベル様の周りには、またたく間に人が集まり、その方々は、ザベル様に従い、尊敬し、崇拝しておりました。そのため、ザベル様はお若い立場で、次々と出世していきました。富、地位、権力、人望、その頃のザベル様はあらゆるものを手に入れていました。けれど…………」


 レッドロッドは少し視線を落とした。


「ザベル様は、徐々に気づいていったのです。あらゆるものを手に入れているはずなのに、自分自身が孤独なことに。自らを慕う人々はすべて、偽りの自分に従っている。どれだけの人に囲まれても自分は孤独。ザベル様の心は決して満たされることはありませんでした。孤独の苦しみがザベル様を支配し続けていました。情けない話、私にもザベル様を苦しみから救うことはできませんでした。そんなときでした、ザベル様がファミリス様と出会ったのは……」


 ソラは少し反応した。


「お母様と……」


「ええ、そうです。ファミリス様は、いつでも、自然に笑い、自然に話し、いつもありのままでした。ザベル様はそんなファミリス様と接するうちに、徐々に本来の自分を取り戻していったのです」


「………………」


 ソラは少し視線を落とし何かを考えていた。


「ソラ様」


 レッドロッドはソラの目を見つめる。


「私は……これだけは断言できます。ザベル様は、まぎれもなく、ファミリス様のことを愛しておられた。そして……ソラ様、あなたのこともです」


 その言葉を聞いて、ソラはわずかに驚く。レッドロッドは話を続ける。


「ザベル様は寡黙な方です。そしてそれがあの方本来の姿なのです。本当に愛する二人の前だからこそ……あの方は、自分を偽りたくはなかったのでしょう」


「だけど……!」


 ソラは強く口を開いた。


「あの人は……お母様を見捨てた」


 レッドロッドは少しのあいだ黙ったあと、再び口を開く。


「ファミリス様がどんなお方なのか、ソラ様もご存じでしょう。あの方は、自分より、いつも他人を大切にするお方なのです」


 ソラはふと、ファミリスが死ぬ前、ソラの前で見せた笑顔を思い出した。

 泣きそうなソラの前で、安心させるようにファミリスは笑顔を浮かべて言った。


「ソラ……心配しないで、私は大丈夫だから」


「でも、お母様……」


「大丈夫、私は大丈夫だから……」





 レッドロッドは静かにソラを見つめる。


「そして、ファミリス様は軍人としてのザベル様の働きについてもよくご存じでした。あの方が戦況を左右するほどの影響力を持っていることも。あの夜、ザベル様は、ファミリス様でなく、任務を選択したのは事実です。けれど、二人きりになった時、ファミリス様がザベル様に対してどんなことをおっしゃったのかは、想像に足ることと存じます。ザベル様はきっと……ファミリス様の為に……」


 ソラは黙ったまま小さくうつむいた。


「そのあと、ソラ様が姿を消したあと、ザベル様はずいぶんと悲しんでおられました。ほとんど内面を見せないあの方が、私にもはっきりと分かるほどに……。そして、一言だけ、私の前でつぶやいたのです。『ソラにとって、母親を見捨てた者と共に暮らすのは、耐えがたかったのだろう』と……」


 ソラは、三年前、自分が最後にザベルに放った言葉を思い出していた。


「愛していなくてもいい、それでも一緒にいてあげて! 最後に一緒にいてあげて!! お願い……お願いだから…………」






 レッドロッドの話が終わったあとも、ソラはなにも言わず呆然と座っていた。

 レッドロッドは、その様子をしばらく見たあと、再び口を開いた。


「…………ザベル様はもうすぐ任務のためにお屋敷を出られます。しばらくは戻らないとおっしゃっていました。もしも何かお伝えしたいことがあるのであれば、今すぐにでも動いた方がよろしいかと存じます」


 その言葉を聞き、ソラは顔を上げたが、迷ったように、その場に座り込んでいた。するとクロコが立ちあがった。


「ソラ、答えは初めから決まってんだろ」


 クロコはソラを見つめた。


「いくぞ」


 ソラはクロコを見た。


「うん」




 ザベルは小型の馬車に乗り込もうとしていた。ドアを開け、ゆっくりと入口に足を掛ける。


「お父様!」


 ソラの声を聞き、ザベルは足を下ろし、ゆっくりと声の方向へ振り返った。

 少し離れたところにソラとクロコが並んで立っていた。

 ソラとザベル、二人は互いに正面で向かい合っていた。


「いまさら、何の用だ」


 ザベルは無表情で言った。無機質な目がソラを見つめる。

 けれど、ソラはもう一切動揺を見せなかった。数歩前に進み、しっかりとザベルを見つめる。


「私は本当は、薄々気づいていたんです…………あなたがお母様を愛していたことを……あなたがお母様の願いで、戦場へ行ったことも。けれど当時の私は、それを無意識で否定したがっていた。あなたを憎むほうが、楽だったから」


 ザベルは黙ってソラを見つめていた。


「けれど、今の私も、まだ、あなたを許すことはできない。だって、あなたには、最後までお母様のそばにいてほしかった。それが私の願いだったから……だから」


 ソラはザベルの方をじっと見つめた。


「一言だけ、謝ってはいただけませんか? それだけで、いいんです」


 ザベルはわずかに口元をきつくしたあと、ゆっくりと口を開いた。


「言葉など……」


「確かに……」


 ザベルの声を、ソラがさえぎった。


「確かに言葉は偽れます。それでも……言葉は……」


 ソラはザベルを見つめていた。


「言葉はきっと、人と人の心をつなげるためにあると思うから」


 ソラは真っ直ぐとした瞳でザベルを見つめていた。


「私なら大丈夫です。あなたの言葉が真実か偽りか、私なら分かります。だって私は……」


 ソラはじっとザベルを見つめる。


「あなたの、娘だから」


 ザベルは黙った。静かにソラを見つめている。

 ソラもザベルを見つめていた。

 辺りにわずかに小さな声が響いた。


「ファミリスに、そっくりだな、おまえは……」


 その声はわずかに震えていた。

 ザベルの顔から、一粒の涙がこぼれ落ちた。


「すまなかった、ソラ」


 その言葉の直後だった、ソラはザベルに向かって、走り寄った。


「お父様……!」


 そのままソラはザベルの胸に飛び込んだ、そして大きな声で泣き出した。

 ザベルはそんなソラの背中に優しく手を置き、抱きしめた。

 ソラの鳴き声がザベルの胸の中で小さく響く。


 二人は静かに、長いあいだ、抱きしめ合っていた、まるで三年の間を埋めるように。




 その後、ザベルは再び馬車に乗り込もうと、入口に足を掛けた。ゆっくりと、前に立つソラを見つめる。


「この任務もまた長くなるだろう。しばらくはおまえと会うことはできない」


 ソラは優しくほほえんだ。


「それでも構いません。また必ず会えるから」


 ザベルはソラを静かに見つめたあと、車内に視線を移した。


「お父様」


 ソラの声で、ザベルは再びソラを見た。


「また……一緒にチェスをしましょうね」


「ああ」


 ザベルは返事をしたあと、車内に視線を戻す。


「楽しみにしている」


 ライトシュタインはその言葉を残し、馬車の中へと姿を消した。

 馬車は走り出した。

 ソラは屋敷の外へ出て、小さくなっていく馬車の背中をずっと見つめていた。


 クロコはゆっくりソラに近寄った。


「良かったな、ソラ」


 ソラはクロコを見てほほえんだ。


「うん、ありがとう。クロ」


 ソラは再び、馬車の方向を見ようとした時だった。


「あっ!!」


 ソラは何かに気づき、声を上げた。

 クロコも思わずソラの見ている方向を見る。


「な……なんだあれ?」


 丘の下に広がる純白の町の景色の隣り……

 眼下に広がる広大な青い海、

 その水平線まで続く青いカーペットのような景色の中に、白い曲線のラインが滑らかに浮かび上がっていた。そのラインは、悠然と、そして、なだらかに揺れながら、青い景色の中に静かに存在していた。

 クロコはそれを呆然と見下ろす。


「な……なんだアレ……」


 クロコの言葉にソラが答える。


「『パシフィルド・ライン』…………年に一度来る、クジラの隊列……」


「アレ、クジラの背中なのか……」

 

「うん、年に一度、親子のクジラの大群が……この海に現れるんだ」


「そっか…………そうなのか」


 広大な海の上、水平線から、白い曲線が現れ、また水平線へと消えていく。その長い長い白色のラインは、海の中で輝いていた。


「クジラの、隊列…………クジラの親子か……」


「うん」


「親子……ずっと、仲良くいれるといいな」


「うん、そうだね……」


 クロコは、ソラに視線を移し、少しのあいだ見つめた。


「ソラ」


 クロコはソラに話しかけた。


「フルスロックに、帰らないか?」


「でも……」


 ソラは戸惑う様子を見せた。

 クロコはじっと見つめた。


「あんな悲しそうな目で、別れることが、本当に正しいことなのか?」


「…………」


 うつむくソラを見て、クロコは頭をかく。


「おまえが街を去るときに言った言葉、確かにあれは正しいのかもしれない。けどよ、別にそんなこといちいち考え込む必要はないんじゃねーか?」


 クロコはソラを見つめた。


「おまえがそこにいたいなら、きっと、おまえはそこにいていいんだ」


 その言葉を聞き、ソラは顔を上げてクロコを見た。


「クロ……」


「フルスロックのやつらも、おまえがいなくて、さびしがってる。フロウや、サキだって……」


 するとソラはクロコの目をじっと見つめた。


「クロは……?」


 クロコは困ったように目をそらす。


「オレは……その……」


 ソラは静かにほほえんだ。


「いるのかいないのかも分からないのに、こんな遠くまで……わざわざ来て…………」


 ソラは笑顔を見せた。


「分かった、帰ろ、クロ。フルスロックへ……」


 クロコも思わず笑みを浮かべた。


「ああ!」




 帰り際に、レッドロッドの元に二人は寄った。


「ありがとう、レッドロッド」


 ソラがお礼を言うと、レッドロッドは嬉しそうにほほえんだ。


「本当に良かった……」


「あなたのおかげでお父様と解り合うことができた」


「もったいないお言葉です…………ああ、そうだ、少々お待ちを……」


 レッドロッドはそう言って、部屋をサッと出た。

 ソラとクロコは思わず顔を見合わす。

 レッドロッドはすぐに戻ってきた。両手に大事そうに小箱を持っていた。


「三年前のあなたの誕生日の日、ザベル様があなたのために用意していた誕生日プレゼントです」


 ソラは少し驚いた。


「ザベル様はわざわざこれを取りに行くために、遠くまで出かけ、不幸にも途中で馬車が故障し、誕生パーティに遅れてしまわれたのです」


 ソラは箱を受け取り、ゆっくりと開けた。

 箱の中には白い美しい指輪が輝いていた。


「この指輪は、あらゆる災厄から持ち主を守るために作られたものでございます。ザベル様が、ソラ様の幸せを願い、特別に作られたものです」


 ソラの手がわずかに震えた。


「お父様……」


「ソラ様……どうかご無事で……そしてまた、ここに戻ってくる日を心待ちにしております」


「ありがとう……本当に、ありがとう」



 二人は屋敷をあとにした。


 パシフィルドを出る大型の駅馬車の車内、クロコの隣の席で、ソラは小さな箱を開け、改めて指輪を眺めていた。

 それをクロコものぞく。


「高そうな指輪だな」


「もう! そういう問題じゃないでしょ!」


 ソラは指輪を手に取って色々な方向で眺める。


「わずかに青い光沢……多分原料は三大金属のルーティア」


 クロコはその指輪をじっと見ながら少し眉を寄せる。


「でもこの指輪のデザイン、どっかで見たことねーか?」


 その言葉を聞いて、ソラはハッとした。


「この指輪……まさか神具!?」


「……!!」


 ソラの言葉にクロコも驚いた。


「え……!? 神具って、呪いを解く、アレか」


「間違いない。災厄から守る指輪って言ってたし……」


 ソラはじっと指輪を見つめる。


「加えてルーティアは、あらゆる金属の中で最も神聖な金属って言われてる。きっとこの指輪、神具の中でも最高級のものだと思う」


 ソラはクロコを嬉しそうに見た。


「この指輪だったら、クロコの呪いもきっと解けるよ!」


 しかし、クロコの反応は薄かった。


「その……悪いんだが、ソラ、それ、ちょっと待っててくれないか?」


「え……?」


 クロコは顔をポリポリとかく。


「この前のセウスノールの戦いで分かったんだが、どうも男に戻ると、体の変化に技術がついていかねーんだ。今から一から体に合わせて直してたら多分間にあわねー」


「じゃあ呪いを解くのって……」


「ああ、多分、戦争が一段落ついたあとだ」


「でも、元に戻れば、動きは良くなるんでしょ?」


「まあな、元に戻れば、ある程度の強さは簡単に手に入る。けどそれを踏まえても、このタイミングだと、今の状態がベストだ」


「…………」


「今……何かをつかみかけてるんだ。それを逃すわけにはいかねー」


「そっか……うーん、ちょっと残念」


「おまえが残念がるなよ」


「だって……」


「そんな残念なことばっかりじゃねーよ」


 クロコはそう言って、服からあるものを取り出した。青い宝石が入った髪飾りだ。

 ソラは驚いた。


「これって……」


「おまえの髪飾りだよ」


「でも……だって……あれは、川に……」


「あんま面倒かけさせんなよ」


 ソラは髪飾りを受け取り、大事に髪飾りを握りしめた。


「ありがとう、ありがとう……クロ」


 ソラの目から、温かい涙が小さくこぼれ落ちた。







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