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0-8 ソラ(後編)




 その日はソラの十三才の誕生日だった。屋敷の昼の食卓には多くの料理が並べられていた。


「もうすぐ大きな戦争が起こるってことだし、今回も身内だけのパーティになっちゃったわね」


 ファミリスのその言葉にソラは笑顔を浮かべる。


「別に私は構いませんよ。それに見知った人たちで食卓を囲む方が私は楽しいです」


「本当に、わ、我々もよろしいのですか?」


 食卓にはレッドロッド執事を始め、屋敷で働く庭師やメイドなどが招待されていた。緊張した表情で食卓を囲む。

 そんな面々を前に、ソラは笑顔を見せる。


「うん、たくさんいた方がパーティは盛り上がるでしょう? みんなには日頃からお世話になってるし」


「そんな……もったいないお言葉です」


「私がそう思ってるからいいの!」


 その様子を見ていたファミリスが上機嫌に笑う。


「さーあ、もうすぐパーティの始まりよ!」


「……でも、お父様がいない」


「うーん、そーねぇ」


「今日は軍務はないはずですよね」


「ええ、たしか個人的な用事ね。予定じゃ、もう帰ってるはずなんだけど……遅いわね」


「私は別に構いませんよ。もうだいぶ待っていますし、先に始めていませんか?」


「そうね、仕方ない。まったくあの人は、こんな大事な日に……」


 ソラの誕生日パーティが開かれた。

 初めは緊張していた面々も、ソラとファミリスが貴族とは思えないほどはしゃぐので、そのうち緊張も緩み、皆で楽しむようになっていた。


 パーティのさなか、ファミリスはソラに誕生日プレゼントを手渡した。

 ソラがプレゼントの箱を開けると、そこには小さな絵画が入っていた。

 夜空の星が舞い飛ぶように描かれた絵だ。


「きれい……」


 ソラはその絵を見つめる。


「この絵はマーク・ジェリノですね」


「そう、この日のために依頼したの。もっと大きな絵画でも良かったんだけど、このサイズが一番いいと思って」


「……?」


 ソラが不思議そうな顔をすると、ファミリスはニコッと笑った。


「ソラは今は屋敷にばかり居るけれど、もし世界が平和になったら、外の世界をたくさん見てほしいって思うの。その時、この絵画も一緒に旅に連れっててほしいなって。この絵画に負けないぐらいの素晴らしいものに巡り合ってほしいなって思って……」


 ファミリスのその言葉を聞いて、ソラは嬉しそうにほほえんだ。


「ありがとうございます。とっても大切にしますね」


 ソラは再び絵を見た。


「この絵も素晴らしいけど、お母様の気持ちが何よりうれしいです」


 その言葉を聞いてファミリスは嬉しそうに笑った。



 その後、パーティは進む。しかし、ザベルは姿を現さなかった。


 パーティが終盤に差し掛かった時のことだった。ソラがパーティの面々総がかりとチェスで勝負していた時のことだった。

 ソラは気付いた、ファミリスが食卓に寄り掛かって寝ている姿に。


「もう、あんな所で寝て……」


 レッドロッド執事とシェフ長が次の手を議論している間に、ソラは席を立ち、母の背中に手を置いた。


「お母様、こんな所で寝ていては……」


 ソラがそう言って母の背中を揺すった直後、ファミリスの体はグラリと傾き、そのまま大きな音を立てて床に倒れ込んだ。


「お母様!!」


 ソラの叫びがこだまする中、ファミリスは意識を失い倒れた。



 すぐに町一番の医者が呼ばれ、ファミリスの状態を見た。

 ファミリスはベッドに寝かされ、そのベッドを医者とソラとレッドロッド執事が囲んだ。

 レッドロッドが診察を終えた医者を見つめる。


「心臓でしょう? ファミリス様はそこを病んでいらっしゃいましたから」


 その言葉にソラは驚く。


(心臓……? そんなこと一度も聞かされてなかった……)


「ええ、間違いありません」


「どのような状態なのですか?」


 医者は深刻な表情をする。


「状態はだいぶ悪いですね。もう……長くは持たないでしょう」


 ソラは放心した。


「できるだけ近くにいてあげて下さい」


 それから数時間後、夕暮れの部屋でファミリスは意識を取り戻した。


「お母様……」


 泣きそうな顔のソラを見て、ファミリスは安心させるように笑顔を浮かべた。


「ソラ……心配しないで、私は大丈夫だから」


「でも、お母様……」


「大丈夫、私は大丈夫だから……」




 その数時間後、真夜中にザベルが帰ってきた。

 すぐに医者の説明を受けたザベルはファミリスのそばまで来た。


「ファミリス……」


 ザベルは静かな口調でファミリスを呼んだ。


「ザベル……」


「どうだ? 体は……苦しくはないか?」


「大丈夫……ほんの少し苦しいだけ……」


 ザベルはファミリスの手を優しく握って、その顔を見つめていた。

 その様子をソラは黙って見ていた。


(勘違いだったんだ……お父様がお母様を愛していないなんて私のただの思い込みだった。お父様はお母様のことをしっかり愛していたんだ)


 ソラは二人きりにするためにそっと部屋を出た。



 ソラは部屋のすぐそばの廊下でしばらくのあいだ立っていた。

 朝の太陽がゆっくりと昇り始めた頃、ザベルは部屋から出てきた。

 ザベルはそのまま廊下を歩き、ソラの前を通り過ぎる。


「どこに行かれるのですか、お父様」


 ソラは気になってザベルに聞いた。するとザベルは表情を変えずに答える。


「任務だ。これからオールロウへ行く」


 ソラは思わず目を見開いて驚いた。すぐさま大きな声を上げる。


「待って下さい! 聞いたでしょう!? お母様はもう長くはないんです。あと少しだけ……一緒にいてあげてください」


 ザベルは足を止めた。


「それでも戦いに間に合わない」


 ザベルは冷静な口調で言った。その言葉を聞いてソラは声を震わす。


「お母様より……戦争を優先するのですか?」


 ザベルは一瞬黙った。


「私はもう行く」


 ザベルは歩き出した。

 それに向かってソラは叫んだ。


「待って下さい! お願いだから、お母様のそばにいてあげてください!!」


 ソラは泣くように叫んだ。


「愛していなくてもいい、それでも一緒にいてあげて! 最後に一緒にいてあげて!! お願い……お願いだから…………」



 ザベルは黙ってソラの前から去っていった。



 その数日後、ファミリスの容体は急変した。

 ファミリスは苦しそうに胸を押さえながら、この世を去っていった。



「どうして……」


 動かなくなった母親の前でソラはつぶやいた。


「どうして、あの人はいないの……? どうしてあの人は戦争に行ったの? お母様が苦しんでる時に、あの人は人を殺している。あの人は……あの人にとってはお母様の命も、戦争で奪っている命も変わらないの? 何も感じないの? どうして……」


 ソラは絞り出すように叫ぶ。


「どうして、あの人はここにいないの!!」



 ファミリスの葬儀は、戦争へ行ったザベルが欠席する形で行われた。



 その後、ソラは自室へ引きこもり、ずっとファミリスのくれた絵画を見つめていた。


 ファミリスが死んでちょうど一週間後、ソラは誰にも告げずに屋敷を去った。


 ソラはもう、ザベルの顔を二度と見たくはなかった。ザベルと二度と関わりたくはなかった。



 それから三年間、ソラとザベルが関わることはなかった。







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