4-23 消えた姿
グラウドのとある地、とある場所の、とある大部屋で、多くの者達が大きな長机を囲んでいる。
「セウスノール軍は無事、生き残りましたな」
「ああ、我々の計画通りだ」
「とはいえ、きわどい戦いでしたね」
「全くだ、わざわざ国軍の戦力が完全に集結しないように、こちらが細工したというのに……」
「まあ、さすがは世界最強のグラウド国軍と言ったところですな」
「これでこちらにとっての最大の山は過ぎ去りましたね。あとはあなたの計画通り……」
それを聞いて、机の奥に座る男が静かに声を出す。
「ああ、すべて滞りなく進むだろう」
「我らの望む終演まで……ですか」
「終演ではない、開演だ。我らの『レギオス』の、新たなグラウドのな」
フルスロックの街の墓地。緑色の芝生には多くの戦死者の墓が並んでいる。
その一角、ガルディアの墓の前で鋼鉄のヘルムをかぶった男が立っていた。
ファントムはガルディアに静かに祈りを捧げていた。
フルスロック基地の廊下、フロウは廊下の窓から街の景色を眺めていた。
窓から強い風が入ってくる。
「……ん?」
フロウは思わず声を漏らした。基地の前方の通りに一人の人影が見えた。
フロウは目を凝らす。
白い仮面で顔を隠した男が通りをゆっくりとした足取りで歩いていた。男の柔らかい赤髪が風に流れる。
「……なんだ? 仮想パーティかなんかかな」
フロウは首をかしげた。
フルスロック基地の別の廊下をクロコとソラが歩いている。
「クロはこれからどうするの? しばらくはここにいるんだよね?」
ソラの質問にクロコは頭をかく。
「うーん、大きな戦いが終わって一段落……ってオレも思ってたんだが、フロウはこれからさらに忙しくなるとも言ってたし、正直よく分かんねー」
「そうなんだ……でもとりあえず今はフルスロックにいるってことでしょ」
「まぁな……またいつ任務が入るか分からないし、今度の休日に一緒にミリセルト大商店街へ行くか」
「え……?」
「おまえが言ったんだろ」
「うん、でもクロコから言い出すなんて……」
「約束したからな」
クロコのその言葉を聞いて、ソラは笑顔を浮かべた。
「うん! 一緒に行こうね」
その頃、広間をファントムが歩いていた。その隣をアールスロウが歩く。ファントムに気づいた広間の兵士達が目を丸くしてザワザワと騒ぎだす。
それを尻目にアールスロウがファントムに話す。
「ありがとうございました。あなた自ら、わざわざ足を運んでいただけるなんて…………グレイさんも喜んでいるでしょう」
「グレイは解放軍に最も貢献した男の一人だ。そして私にとって大事な友人でもある。足を運ぶのは当然だよ」
二人は広間から廊下へと入る。すると向かいからクロコとソラが歩いてくる。
クロコはすぐに気付いた。
「あっ! ファントム」
「え……あの人がファントム」
ソラが驚く。
「久しぶりだ、クロコ。少し話をしたいところだが、あいにく今回は時間がなくてな。すまないな」
ファントムがそう言った瞬間だった、ソラの表情が変わった。
「あの声……」
ファントムとアールスロウがクロコとソラを横切っていく時、クロコはソラの様子に気づいた。
「どうした? ソラ」
クロコの言葉の直後、ファントムは足を止めて、振り向いた。
「ソラ……だと?」
ファントムはソラの顔を見た。
「君は……まさかソラ……あのソラか!?」
ソラの顔が青くなり、一歩あとずさった。
「その声……マスティン……さん?」
ファントムとソラ、二人の様子にクロコとアールスロウは呆然とする。不意にソラが背中を向けてファントムの前から逃げ出した。それにファントムが反応する。
「まずい! アールスロウ!! 彼女を捕えろ!」
ファントムのただならぬ様子にアールスロウとクロコは驚いた。すぐに駆けだすアールスロウだったが……
「待て!!」
クロコがアールスロウの腕をつかんで止める。
「なに言ってんだよ! ソラを捕えるって!?」
「離せ! クロコ」
「ふざけんな! どういうことだよ」
「俺にも分からない。だが、俺は前に言っただろう、ソラ・フェアリーフには気をつけろと……そういうことだろう」
アールスロウはクロコの腕をなんとか振りほどき、広間へと急ぐ。
「おい、待てよ!」
クロコもアールスロウを追って広間へ走る。
二人は広間に出た、しかし広間にはソラの姿は見えない。
アールスロウは広間にいた兵士の一人に聞く。
「ここを少女が通っただろう」
「えっ? はい、さっき、走ってましたが……」
「どこへ向かった?」
「そのまま外の広場へ……」
アールスロウはそのまま広場へと走る。クロコもすぐ後を追った。
広場に出ると、ソラは外の通りを目指して、門に向かって駆けていた。
「逃がすか……!」
ソラを捕まえようとするアールスロウの腕を、再びクロコがつかんで止める。
「何やってんだよ!」
そんなクロコを、アールスロウはにらんだ。
「君こそ何をやっている! このままでは通りへ逃げられるぞ」
「ソラはなにもやってねぇ!!」
「ならなぜ逃げる! いいから手を離せ!」
二人が争っている内に、ソラは門を抜け、通りへ姿を消した。
「く……!」
アールスロウは険しい顔をする。
遅れてファントムも基地から出てくる。
「彼女は!?」
アールスロウがすぐに答える。
「通りに逃げられました。もう簡単には捕まえられないでしょう……」
それを聞いてファントムが緊迫した声を出す。
「まずいな……すぐに兵を集めて彼女を捜索し、身柄を拘束しろ」
それを聞いて、クロコが怒鳴る。
「おい! どういうことだよ! ソラは拘束されるようなことしてねぇぞ!! ソラは街に住むただの果物屋だよ!!」
「違う」
ファントムは言った。
「彼女はただ果物屋などではない。私は一度だけ、幼い彼女と会っているんだ」
「どういうことだよ」
「彼女の本名は、ソラ・ライトシュタイン。国軍のライトシュタイン将軍の一人娘だ」
クロコは驚いた。
アールスロウも驚いていた。
「『戦場の魔術師』……ザベル・ライトシュタインの娘……!?」
クロコも驚きながらも何とか口を開く。
「けど……だけど、ソラは……ソラ自身は……国軍じゃない」
それを聞いてファントムが落ち着かない声を出す。
「ならどうして大貴族である彼女が、国軍中将の娘が、こんな所に、解放軍の基地にいるんだ……! 彼女は、幼い時から父親譲りの極めて高い知能を持っていた。彼女は……危険だ。その上、私の正体を知られた……!!」
アールスロウは素早く広間へと入って、近くの兵士に呼びかける。
「すぐに隊長達を呼んで兵を集めろ」
「おい!!」
広間へ入ったクロコはアールスロウをにらみつける。
「ソラは……ソラは危険なんかじゃない!! ソラは国軍に情報を売ったりなんかしない!! あいつはそんなことするようなやつじゃないんだ」
そのクロコに対してアールスロウは冷たく言う。
「それは捕えてみれば全て分かる」
「何の証拠もないのに疑って、いったい何の証拠で疑いが晴れるんだよ!!」
クロコは悔しそうにギリッと歯を鳴らした。
「見損なったぞ……アールスロウ」
クロコは基地の外へ向けて駆け出した。
「待てクロコ!」
アールスロウの声を無視し、クロコは外の通りへ飛び出した。
(あいつより早くソラを見つけて、守らないと……!)
クロコは街を疾走する。
クロコはソラの果物屋のある通りまで出た。
果物屋は閉まっていた、裏の扉も閉まっていた。
クロコは通りを走りながら叫ぶ。
「ソラ! オレだ! 出て来い、オレなら大丈夫だ! ソラ!!」
叫ぶクロコに通りを歩く人々が一斉に目をやる。しかし当人のソラは出てくる気配がない。
真上に昇っていた太陽がゆっくりと沈み始めるまで、クロコは街中を走り回った。しかし、ソラの姿はどこにもなかった。
夕焼けの赤い光が照らす中、クロコは果物屋の壁に力無くもたれ掛かって座っていた。表情は疲れ果てている。
ときどき目の前の通りを、解放軍兵が走って通り過ぎるのを見るたびに、ソラがまだ見つかっていないことだけは確認できた。
クロコは自分の膝に顔をうずめる。
「クロコ」
自分の名を呼ぶ声を聞いて、クロコは顔を上げた、見ると目の前にフロウが立っていた。
「フロウ……」
クロコは弱々しい声で言った。
「仲間に聞いたよ。理由はよく分からないけど、どうもみんなソラちゃんを探してるみたいだね」
「ああ……」
「君もソラちゃんを探してたの?」
「ああ……だけど見つからなかった」
クロコはわずかに体を震わせた。
「そこらじゅう探したけど……どこにもいないんだ。もうこのまま……あいつと二度と会えないかもしれない……」
クロコは震えた声を出した。
そんなクロコを見て、フロウがゆっくりとその顔をのぞきこむ。
「ソラちゃんが追われてる理由。君は知ってるんだろう。良ければ、僕に聞かせてくれないかな?」
フロウのその言葉を聞いて、クロコはフロウに事情を聞かせた。
それを聞いたフロウはゆっくりと口を開く。
「そうか、ソラちゃんが、あのライトシュタイン中将の……」
「ソラは……絶対に、そんなことするやつじゃない」
「分かってるよ。大丈夫」
フロウは笑顔を見せた。
「アールスロウさんはソラちゃんの事をよく知らないから、あんな行動をとってるだけさ。ちゃんと話せば分かってくれる。だってソラちゃんは、ずっと解放軍と関わろうとしなかったんだ。そんなソラちゃんが解放軍に関わろうとしたのは、君と出会ったからだろ?」
「フロウ……」
「ソラちゃんは、絶対に君に黙っていなくなったりしない。きっと、君にしか分からない所で、君を待ってるはずだ」
「オレにしか……分からないところ……?」
クロコの目に赤い夕陽が入る。
「……!!」
クロコはハっとした。
「どうやら、心当たりがあるみたいだね」
フロウはニッコリ笑った。
「アールスロウさんの説得は僕に任せて、君はソラちゃんを迎えに行くんだ」
クロコは立ち上がった。
「ありがとう、フロウ」
「友達のためだからね」
クロコは勢いよく駆け出した。
夕陽が街全体を照らす中、ミリセルト大商店街の路地を、クロコは息を切らしながら走り抜けていた。
路地を抜けるとそこには舗装された川が広がっていた。人影のない静まりかえった川には、夕陽を浴びた石橋が架かっている。
クロコは周りを見渡す。そのとき気づいた、川の向かい側に立っているソラの姿に。クロコの方を静かに見つめていた。
「ソラ!!」
クロコが叫ぶと、ソラはほほえみを浮かべた。
「ごめんね、クロ。びっくりしたでしょ?」
クロコはソラを見つめた。
「驚くに決まってんだろ。だけど、大丈夫だ。別にオレは怒ってなんかない」
「だけど、私は騙してた、クロを、みんなを」
「違う! だますってのは、そいつを利用しようとするってことだ! ソラはオレ達と一緒にいたかっただけだ。だからソラはだましてなんかない!」
クロコは一歩前に進んだ。
「貴族だからって何だよ。フロウだって貴族だ、だけどみんなに認められてる」
「だけど、私の父は、みんなの仲間をたくさん殺した」
「ソラが殺したわけじゃない」
「それでも…………それでも私の父だから。私はそれを知らないふりしてみんなと一緒にいた、私はみんなにウソをついてた、自分にもウソをついてた」
ソラは一歩下がった。
「私はみんなとは一緒に入れらない」
「そんな……そんなことない!」
ソラは悲しそうにほほえむ。
「ウソはもうばれちゃったんだ。みんなを騙してたウソも、自分を騙してたウソも……だから、私は現実に戻らないと」
「待てよソラ。オレは……オレは……」
「少し前まで、私はずっとみんなといれると思ってた。だけど、やっぱりダメだよ。ダメなんだ。ごめんね、クロ」
「そんなことない……そんなこと…………」
「さよならクロ。今まで楽しかったよ」
ソラは自分の頭に付けていた髪飾りを外した。そして手から放る。髪飾りはソラの手を離れ、弧を描いたあと、川へと落ちていった。
ポチャン……
川に小さな水しぶきが上がった。
クロコはその様子を見て呆然とする。
ソラは背を向けて、路地の中へと歩いていった。
この日、ソラはフルスロックから姿を消した。