4-22 夜の再開
フルスロックの街には多くの人が戻ってきていた。国軍の姿は完全に消え、代わりに解放軍の兵士達の姿が見えた。
フルスロックのとある場所に位置する墓地、緑色の芝生の上には多くの戦死者の墓が立てられようとしていた。
その内の一角に、多くの人が集まっていた。
大きく掘られた穴には、グレイ・ガルディアの棺が入れられ、上からゆっくりと土がかぶせられていた。
その様子を多くの者が見守っていた。
そこには、クロコの姿があった、アールスロウの姿もあった、フロウの姿も、サキやソラの姿もあった。わざわざ外からミリアと、ケイルズヘルの司令官ローズマンも来ていた。
多くの者が涙を流していた。
クロコも泣いていた。フロウやサキやソラも泣いていた。ミリアもポロポロと涙を流して泣いていた。アールスロウは泣かず、黙って埋められていく棺を見つめていた。
墓が立てられ、参拝者が徐々に姿を消していく中、クロコは独り、墓の前でいつまでも立っていた。
クロコは墓を見つめながら、立ち尽くしていた。
「クロコ」
アールスロウが一人、後ろから歩いてくる。
「もうすぐ馬車の出る時間だ」
クロコは墓を見つめていた。
「あと少しだけ……ここに居させてくれ」
「………………」
「いまだに信じられねぇよ、殺したって、死にそうになかったのにな」
アールスロウは静かにクロコの横に立った。するとクロコが口を開く。
「あんたは、泣いてなかったな」
クロコの言葉にアールスロウは少しのあいだ黙った。
「まだ……何も終わっていないんだ。泣くことは、終わったあとでもできる」
「……そうか、あんたらしいな」
アールスロウはガルディアの墓をじっと見つめる。
「……グレイさんは西部の生まれだそうだ。君の故郷も西部だっただな」
「……そうだったのか」
「少しだけ、今と関係のない質問をしていいか?」
「……なんだ?」
「スロンヴィア虐殺、その事件を起こしたのはレイズボーンだ。だが、その原因となった存在を君は知っているか?」
その言葉を聞いてクロコはゆっくりと口を開いた。
「ああ、知ってるよ。オレの事件だ、当たり前だろ。村長に手当てを受けた解放軍兵の存在ぐらい、知ってる」
「なら、君は……その解放軍兵を、恨んでいるか?」
「訳の分からないこと言うなよ。そいつが一体、村の誰を殺したんだ」
アールスロウは一瞬黙った。
「……そうだな」
アールスロウはゆっくりと墓に背中を向けた。
「行こう、クロコ。時間だ」
シャルルロッド基地の広間、そこではセウスノールの戦いから戻ってきた国軍兵達で埋め尽くされていた。その中にスコアの姿もあった。
そのスコアにコールが駆け寄ってくる。
「やっと着いたね、スコア」
「うん、コールにとっては長い任務だったね」
「うん、本当だよ、やっと戻ってこれた。あっ、そう言えば、あの女の子はどこ行ったの? 一緒じゃないの?」
その言葉を聞いてスコアの表情が曇る。
「彼女は……もう、戻らない」
「えっ?」
「これで、良かったんだよ」
スコアの目から一粒の涙がこぼれ落ちた。
「手放すことが……別れることが、アピスにとっては、幸せだったんだ」
スコアは静かにその場にひざをついた。
「だから、これで良かったんだ。これで……」
夜のフルスロック基地、その窓からクロコは夜の景色を見つめていた。
再び人の戻ったフルスロックには、夜にも関わらず、遠くに灯る明かりが点々と見えた。
ふと、暗闇の広場に目を移した時だった。そこに立つ一人の少女の存在に気づいた。
「アピス……!」
クロコは廊下を駆けだし、広場に飛び出した。
クロコは一直線にアピスに向かって駆け出した。
「アピス!!」
クロコの叫びに気づき、アピスはクロコの方を向いた。クロコはそのままアピスにぶつかり抱きしめた。
「アピス……良かった、また会えた」
「……お兄ちゃん?」
クロコは体を離し、アピスの顔を見た。
「そうか……この姿じゃ、分からないよな。そうだ、オレはクロコだ。そっくりだな、おまえと……」
クロコはそのまま基地の個室にアピスを招いた。
部屋のベッドで二人は並んで座った。
「でもよく入れたな、門に見張りがいただろ?」
「うん……よく分からないけど、入れてくれた」
「……あいつら、オレと間違えたな」
「…………」
二人は互いを見たまま沈黙した。
クロコが口を開く。
「……あのさ、アピス。おまえ、なんであんな所にいたんだ? あんな戦場に……」
「それは……」
アピスはクロコに、スロンヴィア虐殺からスコアと出会って、別れるまでのいきさつを話した。クロコはそれを静かに聞いていた。
話が終わるとクロコはゆっくりと口を開く。
「そうか……おまえも、大変だったんだな」
「うん……」
「でも、スコアのことが心配で戦場まで追いかけてくるって……おまえそういうところは変わってないな」
「え……?」
「おまえ、昔からオレとブレッドの遊びに無理やり付いてきて、ケガばっかしてたじゃねーか。そういうトコ、昔のまんまだな」
それを聞いてアピスはほほえんだ。
「そうだね、お兄ちゃん」
アピスの表情を見て、クロコも安心したようにほほえんだ。そのすぐあと、クロコは少しだけ暗い顔をして、アピスを見た。
「アピス……おまえには謝らないといけないな」
「何を……?」
「七年前……オレは、瀕死のおまえを死んでるものだと思って、そのまま置いてきちまった。最低な兄貴だな」
「ううん、そんなことないよ。あの時は混乱してただろうし……それに、もしあの時、わたしなんか背負ってたら、多分みんな国軍に殺されてただろうし」
「……ごめんな」
「謝らないで、わたしはちゃんと、こうして生きているから……。わたしはただ、生きてるお兄ちゃんとこうして再開できただけで、うれしい」
「オレもだ、アピスに会えて、本当に良かった」
それを聞いてアピスは嬉しそうにほほえんだ。
「なあ、アピス。おまえはこれからどうする? ここに来たばかりで、働く場所も決まってないだろ。基地で働いたっていいし、なんなら、知り合いのやってる店で働かせてもらってもいいし……」
「ううん」
アピスは軽く首を横に振ったあと、立ち上がった。
「わたし、帰らなきゃ」
その言葉を聞いて、クロコは戸惑った。
「どこへ……?」
「シャルルロッド基地」
クロコは驚いた。
「どうしてだよ! あんな所に……」
アピスはクロコを見つめ、静かに口を開く。
「スコアは……わたしをここへ置いていく時、ウソをついた。わたしのために、自分自身が傷つくウソを言ってくれた。そんな人を、このまま放ってはいけない」
「スコア……の所に戻るのか?」
「うん、わたしにとって、大切な人だから。お兄ちゃんと同じくらい」
「………………」
クロコは辛そうな顔をしてしばらく黙ったあと、小さく口を開いた。
「…………分かった、おまえが生きる場所はおまえが決めろ」
「ごめんなさい」
「謝るなよ。おまえの選択だ。おまえの行きたい場所に行け」
「ありがとう……わたし、もう行くね」
「アピス」
クロコは立ち上がって、服から何かを取り出し、アピスに手渡した。
アピスの手に銀色の卵型のペンダントの片割れが光る。
「これは……」
「スコアのモンだ。これは多分、おまえの方がふさわしい」
「ありがとう」
アピスはペンダントをしまうと、クロコの顔を見つめる。
「さよなら、お兄ちゃん……会えて、本当にうれしかった」
アピスはゆっくりと部屋の扉へと向かった。
「アピス!」
クロコの声でアピスは振り向いた。
「また、必ず会おう」
「うん、また……」
アピスはほほえんだ。
真上に昇る太陽がフルスロック基地を照らす。基地の廊下ではアールスロウとボサボサ頭の司令官ローズマンが話していた。
「わざわざお越しいただいてありがとうございました」
アールスロウのその言葉にローズマンはケラケラと笑う。
「ハハハ、なんでおまえがそんなこと言うんだよ、奥さんか!」
それを聞いてアールスロウはほほえみを作る。
「そうですね、フォローをよくしていたものですから」
「ああ、あいつもよく手紙で言ってたよ。君には良く助けられてるってな」
その言葉を聞き、アールスロウは一瞬視線を落とす。それを見てローズマンが肩をバンと叩いた。
「しっかりしろよ! これからは君が基地を仕切るんだからな」
「心配には及びません。この戦いが終わるまでは、俺は崩れませんよ」
「そうかい、でも時には甘えることも必要だぞ。あいつも良く君に甘えてただろ?」
それを聞いてアールスロウはほほえんだ。
「忘れないようにします」
「じゃあな」
「では、またお会いしましょう」
廊下の一角でミリアは壁に寄り掛かっていた。
「ミ、ミリアさん」
サキが名を呼びながら、ミリアに駆け寄ってきた。ミリアは体を起こす。二人の背丈はほぼ同じぐらいだった。
「おまえは…………ササキ・フランティス」
「あの……サキ・フランティスです」
「何の用だ」
「あ、あの……その……もうすぐ、出発するって聞いたもので、その……見送りに……」
「そうか、ありがとう」
ミリアはそう言って、サキの頭をなでた。
「えっ!? あ、あの……」
サキは顔を赤くする。
「昔……こういう風にガルディアによく頭をなでられたんだ」
「え……ガルディアさんに……」
ミリアの緑色の瞳が悲しく光る。
「私がまだ小さい時……支援員として働いていた頃に、一緒の基地にいたんだ。その時、よく、遊んでもらった」
「ミリアさん……」
「仇は必ず取る」
ミリアは歩き出した。
「やつを倒せるのは、私だけだ」
シャルルロッド基地、その窓からスコアは夕暮れの空を見上げていた。
少しだけ冷たい風が吹く中、スコアはぼんやりと赤い雲を見つめる。雲は風に流されるようにユラユラと動き続けていた。
ふと視線を落とすと、基地の近くの草原が目に入った。
それに吸い寄せられるかのように、スコアはゆっくりと基地の廊下を歩きだし、草原へと向かった。
ゆっくりと歩いたせいで、スコアが草原についた頃には、太陽は沈み、夜の闇が辺りを包んでいた。
草原の上で一人ぼんやりと立つスコア。
草原のあちこちで、星ボタルたちが青い光を放ち始める。
青い光が満たす草原の中を、スコアはただ、ぼんやりと立っていた。
ふと、目からこぼれる涙に気づいた、スコアは急いでそれをぬぐった、その時だった。
スコアは草原の中に立つ、一つの人影に気づいた。
我が目を疑った。
アピスがスコアの前に立っていた。
「レイア!!」
スコアは叫んで、必死で駆け寄った。スコアはそれを幻かと思った。しかし抱きしめると確かにそこにはアピスがいた。
スコアはギュッと抱きしめた。
抱きしめながら、スコアは震えた声を出す。
「……どうして、戻ってきたんだ」
「……ごめん」
「……あそこに居た方が、きみにとって良かったのに」
「……うん」
「……きみは本当にバカだ」
「……うん」
「……ボクは、きみにひどいことを言ったのに」
「……うん、分かってる、本心じゃないことなんか」
「……ここに居ても、きみは幸せにはなれないのに」
「……うん…………そうかもしれない、けど、そうじゃないかもしれない」
二人は体を離して見つめ合った。草原の青い光が二人を包み込んでいた。
「レイア……アピス、どうしてきみはここに戻ってきたんだ? あそこにはクロコがいたのに」
「ねぇ、スコア、わたしが昔、わたしもあなたを守りたいって言ったこと覚えてる?」
「え……?」
「わたしが幸せになるために、スコアが辛い選択をすることは、わたしはいや。幸せになるなら、二人一緒がいい……だってわたしは」
アピスはほほえんだ。
「スコアのことが大好きだから」
スコアの目から涙があふれた。
「ボクも……きみのことが好きだ。アピスが……アピスが好きだ」
スコアはまたアピスを抱きしめた。
「きみはボクが守る」
柔らかな青い光がいつまでも二人を包み込んでいた。