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4-21 さようなら




 セウスノールの街から次々と国軍兵が撤退していく。



 セウスノール基地広間には、傷だらけのクロコがヨロヨロと戻ってきた。


「クロッ!!」


 ソラが気付き、すぐに駆け寄ってくる。クロコはソラの姿を見て、安心したようにガクッと膝をついた。

 ソラはクロコの前まで来て、しゃがみ込む。


「クロ、ひどいケガ……」


「大丈夫……さっきまで大暴れしてたぐらいだ」


 クロコはそう言って、ソラを安心させるようにほほえんだ。

 それを見て、ソラの体が震えた。


「良かった……戻ってきて、くれて」


 ソラがその言葉を発した直後だった。クロコの顔から一粒の涙がこぼれ落ちた。


「クロ……?」


 その様子を見て、ソラは戸惑った。

 クロコは小さく口を動かす。


「……生きてたんだ」


「え……?」


「アピスが……オレの妹が、生きてんたんだ」


 クロコの声は上ずっていた。目からはポロポロと涙がこぼれ落ちる。


「オレの家族が……生きてたんだ…………」


「クロ……」


 戦いの終わりと共に、戦場では勝利の喜びに浸る兵士が騒ぎ始めていた。ランクストン総司令は気が抜けたようにその場でボーッと立っていた。疲れ切った表情のミリアも戻ってきた。

 広間にいる皆が安堵の表情を浮かべた、その時だった。

 広間に一人の兵士が駆け込んできた。


「大変だ!!」


 兵士は広間全体に響くような大声で叫ぶ。


「ガルディアが……グレイ・ガルディアが戦死した!!」


 その言葉と共に、広間全体が一気に静まり返った。

 多くの者が自らの耳を疑った。

 フロウもサキもアールスロウもソラもランクストンもミリアも呆然とした表情をする。

 先ほどまで泣いていたクロコも、叫んだ兵士の方向を見つめたまま固まっていた。


「ウソだ…………」


 クロコは小さくつぶやいた。


 グレイ・ガルディアの戦死。その報告は、勝利の歓喜を一気に冷ますには、十分すぎるほどの衝撃を持っていた。







 数日後の夜、セウスノールから東の草原で、撤退した国軍はテントを張っていた。

 テントの外で数人の兵士が話をしている。


「解放軍の追撃はないようだな」


「ああ、あっちもいっぱいいっぱいでそれどころじゃないんだろ。オレ達だって同じさ。このまま東へと逃げてくことになるだろうな。占領した基地も放棄するらしい」


「数日前とはえらい違いだな……クソ、あと少しで解放軍を倒すところだったっていうのに」


 そんな兵士達が話す近くのテントの一つ、その中ではレイアが独りきりで座っていた。

 テントの入り口が開かれ、中に眼鏡をかけたスコアが入ってくる。体には包帯が厚く巻かれていた。


「レイア」


 レイアはスコアの方を向く。


「スコア……」


「体の調子はどう?」


「うん……大丈夫」


 スコアはレイアに向かい合う形で座る。レイアの目を真剣な表情で見つめる。


「聞かせてくれないかい? どうしてあんな所にいたのか」


 それを聞いて、レイアは小さくうつむく。


「今回の戦い……すごく危ないって基地で聞いて……そうしたら、急にどうしようもなく不安になって……そのとき、軍用の馬車に大砲が積まれてるのを見つけて……気付いたら、その馬車の中に飛び込んでた」


 それを聞いてスコアは一瞬あぜんとする。レイアは話を続ける。


「そのあと、スコアの作戦の内容を聞いて……」


「それで、ボクを追いかけてきたのか」


「ごめんなさい……」


「いいんだ、レイアが無事ならそれで」


 レイアはうつむいたまま黙った。少しのあいだ静寂が流れたあと、スコアが口を開く。


「正直、きみがあそこで倒れた時、びっくりしたよ。もう……あのまま目を覚まさないかと思った」


「ごめんなさい……」


「いったい……どうしたの? なんで倒れたか、自分では分かる?」


 それを聞いてレイアは黙った。


「わ、分からないならいいんだ」


「ううん、分かる」


「え……」


「ねぇ、スコア。わたしが幼い頃の記憶がほとんどないって言ったこと覚えてる?」


「うん、覚えてる」


「その頃の記憶が戻ったの」


「記憶が……?」


「レイアっていう名は、わたしの本当の名前じゃない。それはわたしを助けてくれたおじさんとおばさんが、記憶を失ったわたしにくれた名前だった。わたしの本当の名はアピス……アピス・ブレイリバー。スロンヴィアに住んでいた農民の子」


 それを聞いてスコアは衝撃を受けた。


「ブレイリバー……スロンヴィア……まさか……クロコの!?」


 スコアの言葉を聞いてレイアは驚いた。


「どうしてお兄ちゃんの名前を知ってるの……!?」


「お兄ちゃん……そうか、そういうことだったのか。クロコのあの話は本当で……だからきみの姿は…………まさか、こんなことが……」


 スコアはしばらく呆然としたあと、小さくため息をついた。


「レイア……いやアピス。教えるよ、きみの兄さんについて……すべてを」


 スコアは話した。フランセールでのクロコとの出会い、戦場で再開したこと、そして先ほどの戦いのことを……

 その話を聞いたアピスはあまりの驚きで固まっていた。


「こんな運命が……あるなんてね。ボクときみの兄さんが殺し合っていたなんて」


 スコアは小さく言った。

 アピスはなおも呆然と固まっている。

 その様子を見てスコアは立ち上がる。


「このテントはきみが一人で使うといい。もし何か用があったら隣のテントに来てくれ、ボクは、そこにいるから……」


 スコアは静かな口調でそう言ったあと、テントの外へと出ていった。アピスは独り、テントの中で座ったまま動かなかった。



 隣のテントの外で、スコアは夜空を見上げながら、何かを考えていた。


「スコア!」


 突然名を呼ばれ、見ると、コールが近づいてきていた。


「コール……」


「やあ、ケガは大丈夫」


「なんとか……コールは?」


「ボクはまだけっこう痛い」


「そうかい」


 スコアは笑った。コールが隣に立つ。


「あの子はどうしたの? クロコとそっくりな子」


「隣のテントにいるよ」


「謝らなきゃ、驚いて剣を向けて驚かせちゃったから……」


「今はやめといてあげて……色々あって、混乱してるから」


「……うん、分かった」


 二人は雲だらけの夜空を見上げる。


「ねぇ、スコア。何考えてたの?」


「……少しね、自分のことについて」


「自分のこと?」


「うん」


 スコアはゆっくりと話しだす。


「ボクは、今まで、自分の大切なものを守るために戦ってきた。それがボクの信念だったし、ボク自身、それが正しいことだと思ってた。だけど……」


 スコアは少し視線を落とした。


「ボクの大切のものを……大切な人を守るということは、ただ、ボクが守りたいだけだったんじゃないのかなって。本当にその人のことを想ってやっていたのかなって……」


 スコアのその言葉にコールはすぐに答える。


「そんなことはないよ。大切な人を守りたいって気持ちは、それだけでその人を大切に想ってるってことじゃないか。だけど……そうだね。守ることだけが、その人を大切にすることだとは限らないのかもね」


「え……?」


「例えばさ、守るってことは、必ずそのものを自分の手元に置いておかなくちゃいけないってことでしょ? だけど、そのものを本当に大切に思っているなら、時に、そのものを手放すことも大切なんじゃないのかな。手放すことで、その人が本当に幸せになるのなら」


 その言葉を聞いて、スコアは少しのあいだ黙った。


「手放すことで……」


 スコアは再び夜空を見上げた。





 数日後の昼、フルスロックの街には撤退途中の国軍兵であふれかえっていた。その通りの一つをスコアは歩いていた。右手に大きな革袋を持っている。


(ここもじきに放棄される……)


 スコアは街を見渡しながら歩く。


(ウォーズレイの戦いのとき、フルスロックから来た四人の援軍によって戦局が逆転したって聞いた。その内の一人がクロコ……)


 スコアは街の建物の一つに入る。その一室にはアピスが一人、イスに座っていた。


「スコア……」


 アピスはスコアの方を向く。スコアはアピスの正面に立った。


「アピス、ボクの話を聞いてくれないかい。大事な話だ」


「なに……?」


「きみはここに残るんだ」


 それを聞いてアピスは少しのあいだ呆然とする。


「え……?」


 スコアは革袋をアピスの隣に置いた。


「この中に一週間分の食料が入ってる。これだけあれば十分なはずだ」


「どういう……こと?」


「このフルスロックの街は、クロコの住んでいる街だ。ここに残れば、じき、きみの兄さんが戻ってくるだろう」


「でも……」


 アピスは戸惑った表情を浮かべる。


「きみの背中の傷……それは、スロンヴィア事件の時にできた傷だよね。きみのその傷をつけたのは国軍だ。きみの故郷を奪ったのも国軍だ。シャルルロッド基地は、きみの居場所としてふさわしくない」


「でも……スコア……」


 アピスはスコアをじっと見つめた。スコアは話を続ける。


「そして、ボクとクロコは、国軍と解放軍だ。互いに戦わなきゃいけない関係にある。ボクはいつか、きみの兄さんを殺すかもしれない。そんな相手と一緒にいちゃいけない」


「……!!」


「ボクと居ても、きみは幸せにはなれない」


 スコアは冷静な表情でアピスを見つめる。


「きみはここにいるべきだ。ここが、きみの居場所だ」


「……でも……でも……スコア…………わたし……」


 アピスはスコアの目を悲しそうに見る。

 その様子を見て、スコアは冷静にゆっくりと口を開いた。


「……ボクがどうしてきみを助けたのか、今なら、今だからこそ、はっきり分かる」


「え……?」


「ボクが初めてクロコと出会ったとき、ボクはクロコを見て、変わった子だけど、とても優しくて暖かい子だって思った。そしてその時……今となっては笑い話だけど、ボクはクロコに恋をしてしまっていたんだ」


 スコアはクスリと笑ったあと、今度は辛そうに視線を落とす。


「……だけど、そのあとすぐ、ボクとクロコは敵同士になった。ボクはきっと、そのことがとても辛かったんだ。自分の中で納得できなかったんだ」


 スコアは静かにアピスを見た。


「そんな中で、クロコとうりふたつの姿をしたきみと出会った。ボクはそんなきみを助けることで、その辛い気持ちをなくすことができた……。ボクはきみとクロコの姿を重ねて、きみを助けることで自分の気持ちをごまかしたかったんだ。だから……」


 スコアはアピスの目をじっと見つめた。


「ボクはきみ自身を見ていたことは、一度たりともなかった」


 その言葉を聞いたアピスは呆然とした。


「さようなら。アピス」


 アピスは何も言わず革袋を取って、建物の扉から外へと出ていった。

 その扉をスコアは静かに見つめていた。







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