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4-20 目覚め




 強い雨が降りしきるセウスノール。

 南の大通り、そこではグレイ・ガルディアが圧倒的な強さを見せていた。ガルディアが剣を振るうごとに、剣兵や大砲の破片が宙を舞う。

 ガルディアは大通りの中央にズシンと立ち塞がり、少しでも前に出る国軍兵がいれば、あっという間に吹き飛ばした。

 ついに国軍兵達はガルディアから一定距離を取ったまま動くことができなくなった。


「こ……こんなやつ、どうすればいいんだよ」


 国軍兵の一人がそうぼやいたその時、一人の剣士がガルディアに向け、ゆっくりと近づいていく。

 スコア・フィードウッドがガルディアの前に現れた。


「『瞬神の騎士の再来』か」


「……ここを通してもらう」


 その言葉を聞き、ガルディアはニッと笑う。


「やってみな」


 スコアが駆け出した。


 ギィィィィンッッ!!


 二つの刃がぶつかり合う。



 中央大通り、大砲の爆音が響く中、そこの中央でクロコとレイズボーンは向かい合っていた。

 レイズボーンはニヤリと笑う。


「お久しぶりですねぇ、スロンヴィアの生き残り……」


 クロコは無表情で黙っている。


「無愛想な方ですね、もっと喜んだらいいものを……せっかくの復讐相手に出会えたというのに」


 レイズボーンは馬鹿にしたような笑いを浮かべる。

 クロコはそんなレイズボーンを一瞬にらんだあと、静かに笑みを浮かべた。


「悪いな……いまそれどころじゃないんだ」


 クロコはレイズボーンをキッとにらんだ。


「オレの後ろにいるやつらを守るため……そのために剣を振るわなきゃならないからな」


 クロコはレイズボーンに剣を向けた。


「まったく……農民どもの命などに、守る価値がどれほどあるのか」


 レイズボーンは剣を構えた。

 雨の音が響く中、二人は静かににらみ合う。


 クロコが一気に駆けだした。鋭くレイズボーンに斬りかかる。


 ヒュンッッ!!


 クロコの斬撃を、レイズボーンはユラリとかわす。しかしクロコはさらに連続で斬撃を放つ。


 ヒュンヒュンヒュンヒュンッッ!!


 クロコの高速の斬撃を、レイズボーンはユラユラとした動きで全てかわす。

 クロコの動きに合わせ、レイズボーンの斬撃が放たれる。その斬撃は一瞬でクロコに向かってくる。


 ヒュンッ!!


 素早い反応で紙一重でかわすクロコ。


「ホゥ……かわすとは」


 クロコはすぐさま斬りつける。レイズボーンもそれに反応し斬撃を放つ。


 ギィィィィンッッ!!


 二つの斬撃がぶつかり合った直後、二人は同時に後ろへ飛ぶ。

 二人の距離が離れた。

 レイズボーンはクロコを見つめる。


「感心しました。ここまで戦えるとは……牛の様に突進するしか能がないと思っていましたが」


「なめんなよ。オレに技術を教えたのは誰だと思ってんだ」


「まぁ……それでも所詮は農民の剣技。たかが知れていますがね」


 その言葉を聞いて、クロコは一瞬黙ったあと、口を開いた。


「おまえ……農民農民うるさいヤロウだな。オレ達とおまえの何が違うって言うんだよ」


 レイズボーンは馬鹿にしたように笑う。


「違いますよ、明らかにね。我々貴族は優秀な血筋と、高い教養を身に付けているのですよ。あなた方とは能力そのものが違うのです」


 その言葉を聞いて眉を寄せるクロコ。


「まあ……農民や平民の中にも多少は優秀な者はいますがね。それは認めましょう。しかし、ほんの一握り……その一握りを認めるために、他の大多数のゴミを認めることなど到底できはしませんよ」


 クロコは小さくため息をついた。


「……オレは今まで、いろんなやつの力に支えられて生きてきた。おまえの言う、能力とか優秀とか、何について言ってるのかよく分からねーが、少なくともオレを助けてくれた力は、それとは何の関係もないだろうな。まぁ一つ分かったことは……」


 クロコはレイズボーンに剣先を向けた。


「やっぱり、オレとおまえは相容れねぇ。絶対にな」


「農民如きが私の考えを理解できるとは、初めから思ってはいませんよ」


 二人は同時に剣を構えた。


 駆けだすクロコ。レイズボーンの間合いの直前で左右に俊敏に動きかく乱する。

 クロコはレイズボーンの横を一瞬でついた。それと同時に放たれるクロコの斬撃。


 ヒュンッ!!


 レイズボーンはユラリとかわす。


「く……!」


 クロコはさらに一歩踏み込み、高速の斬撃を放った。


 ヒュンッッ!!


 それでもあっさりとかわすレイズボーン。すぐさまカウンターの斬撃が恐ろしいほどの速度で返ってくる。


 ヒュンッッ!!


 クロコの肩が切り裂かれ、宙に血が舞った。


「うう……!!」


 クロコは後ろに飛んで距離を取った。険しい表情をする。


(避ける技術と、反撃の技術がとんでもなく高い……だが落ち着け……相手は防御中心だ、こっちから攻めない限りは……)


「何か勘違いをしていませんか? あなたは今こう思っていることでしょう」


 レイズボーンは笑みを浮かべながら口を開く。


「相手の戦術は所詮、防御主体。こちらから攻めない限りは怖いことはない……と」


「……!!」


 レイズボーンは剣を構える。


「ですがあいにく、私の崇高な剣技はそこまで浅くはないのですよ。それを今からお見せしましょう」


 その言葉を発した直後、レイズボーンは一気に近づいてくる。ユラユラと流れるような変則的な動きでクロコの間合いに入ってくる。


「……!!」


 その変則的な動きから、クロコの予想と反したタイミングで、鋭い斬撃が飛んでくる。


 ヒュンヒュンヒュンヒュンッッ!!


 鋭利な斬撃の嵐がクロコを襲う。クロコは避けきれず、一撃を脇腹に浴びる。脇腹は裂け、血が噴き出た。


「うう……」


 クロコは後ろへと下がりながら、その斬撃の嵐に対抗する。下がるクロコを見ながら、笑みを浮かべるレイズボーン。


「さあ、選びなさい。逃げて仕留められるか、攻めて返り討ちにあうか」


「く……ッ!」


 レイズボーンの斬撃の一つをクロコがかわした瞬間だった。

 クロコは一歩、前に踏み込んだ、と同時に渾身の斬撃を放つ。それと同時にレイズボーンからも鋭い斬撃が放たれる。


 二人の斬撃は交差した。


 ヒュンッ! ヒュンッ!


 戦場に、二つの風切り音が響いた。

 二人がほぼ同時に剣を振り抜いた瞬間だった。

 戦場に血しぶきが散った。

 クロコの腹は切り裂かれていた。


「ぐ……ぅぅ……」


 クロコは苦しそうに後ずさりする。レイズボーンは追わずクロコの苦しむ様子を楽しそうに眺めていた。

 クロコの血が雨と共に石畳に流れ落ちる。クロコは傷口を押さえながら苦しそうに息をする。

 レイズボーンはニタリと笑う。


「さぁ、後悔しなさい。農民風情が、傷だらけの状態でこの私に挑んだことを」


 レイズボーンはこの状況を味わうように、一歩一歩ゆっくりとクロコに歩み寄ってくる。

 その状況の中、クロコの視界が徐々にかすむ。


(こんな……こんな所で、倒れるわけには……いかないんだ)


 クロコの息がさらに乱れてくる。


(オレの後ろには、守らなきゃいけないやつらがいるんだ……ここを守れるやつは……オレしか……いないんだ……)


 レイズボーンの姿が目の前にまで迫っていた。


(こんな所で負けられるか……!!)


 レイズボーンから容赦ない斬撃が放たれた。


 ヒュンッッ!!


 風斬り音が一つ、戦場に響いた。

 レイズボーンの剣は静かに振り抜かれていた。


(…………なんだ?)


 我が目を疑うレイズボーン。クロコの姿が消えた。

 レイズボーンはすぐさま気づく、はるか後方に立つクロコの姿を。


(どういうことだ……? いつの間にあんな遠くに……)


 クロコは静かにレイズボーンを見つめていた。冷静な表情でゆっくりと剣を構える。その瞬間だった。レイズボーンは驚いた。自分の間合いにいつの間にかクロコが立っていた。クロコから鋭い斬撃が放たれる。


「な……速い!」


 ヒュンッッ!!


 レイズボーンは紙一重で避けた。しかし、レイズボーンの予想よりもはるかに速く二発目の斬撃がクロコから放たれる。


 ヒュンッッ!!


 レイズボーンの肩が裂けた。血が飛ぶ。


「な……なんだと!?」


 レイズボーンはすぐに後ろに飛ぶ。クロコは追わず、その場に静かに立っていた。

 クロコの真紅の瞳が、薄く光り輝く。


「不思議な気分だ……体もボロボロで、さっきまで視界がかすんでたのに」


 ……才能の目覚め、それは一瞬。


「今は、全く負ける気がしない」


 クロコの体から、今までにないほど強烈な燃えるような気迫が放たれていた。

 レイズボーンは不快そうにクロコをにらんだ。


「負ける気がしない? 私を前によくもそんなことが言えたものですね」


 クロコは静かにレイズボーンを見つめた、その直後、クロコは疾風の如く速さでレイズボーンへと突進した。一瞬でレイズボーンの横をつく。


「く……!」


 レイズボーンはすぐさま反応するが、気付けば、クロコは逆をついていた。


 ヒュンッ!!


 クロコの剣はレイズボーンの足を切り裂いた。


「ぐ……! おのれぇ!」


 レイズボーンから鋭利な斬撃の嵐が飛ぶ。しかしクロコはその斬撃を信じられないほどの速さで難なくかわした。レイズボーンの斬撃に合わせてクロコの斬撃が放たれた。


 ヒュンッ!!


 レイズボーンの肩が裂ける。

 

「おのれ……おのれ……」


 レイズボーンは怒りの表情を浮かべた。


「農民如きがぁぁッ!!」


 レイズボーンは一歩踏み込んだ。それに合わせクロコも一歩踏み込んだ。先に斬撃を放ったのはレイズボーンだった。高速の斬撃がクロコを切り裂くその瞬間、


 ゴッ!


 クロコの蹴りがレイズボーンの腕ごと剣をそらした。クロコの剣が勢いよく振り下ろされる。


 ヒュンッッ!!


 レイズボーンの全身が裂け、宙に大量の血が舞い散った。レイズボーンは声も上げず、後方へとのけぞりながら、大きな音を立てて倒れ込んだ。




 強い雨が降る中、動かなくなったレイズボーンを、クロコは一瞬だけ静かに見つめた。

 小さな息を一つ吐いて、クロコは再び前を向いた。


(まだだ……まだ、終わってない)


 クロコはよろめく体を必死で立て直し、再び剣を構えた。

 レイズボーンが倒れると共に、クロコの近くにいた国軍の剣兵達も再び構え始めていた。クロコは国軍兵の群れに突進した。

 クロコの体は風のように大通りを動き回り、そこから放たれる閃光の如き斬撃は、大通りにいる国軍兵を一瞬にして斬り伏せていった。


(ここは……オレが守る!)




 南の大通り、強い雨が降り続く中でガルディアとスコアの戦闘は続いていた。絶え間なく続く斬撃同士のぶつかり合い。大通りを爆発するような金属音が響き続けていた。


「はあっ!!」


 ガルディアが掛け声と共に強烈な斬撃を振り下ろした瞬間だった。それを受け止めたスコアの体が後ろに押される。


「く……!」


 体勢がわずかに崩れたスコア、その懐にガルディアが一瞬で飛び込み、強烈な蹴りを叩きつけた。


「が……ッ!!」


 スコアの体は後ろに吹き飛ばされる。すぐさま体勢を立て直し、構えるスコア。

 前方にはガルディアが剣を構えて立ち塞がる。


(クソ、強過ぎる……)


 スコアが険しい表情をした、その時だった。


 パンパンパンパンパン!!


 国軍側から撤退の合図が鳴った。

 驚くスコア。


「な、なに……!?」


 スコアは呆然とした。


「ま……負けた……のか?」


 スコアの後方にいた国軍兵も驚いていたが、あきらめる様に次々と下がっていく。スコアも共に下がろうとした。しかしその時気付いた、ガルディアから放たれている鋭い気迫がみじんも緩んでいないことに。

 ガルディアはなおもスコアをにらみつけていた。


「悪いが逃さねぇよ。ケイルズヘルの戦いでおまえを逃がした時、オレはすぐに後悔したよ。あの時潰しておけば良かったってな」


 ガルディアはなおも戦いを続けようとしていた。


「おまえはまだ若い。おまえが将来ディアルみたいになる前に、いま、ここで、潰させてもらう」


 スコアの表情が険しくなる。

 ガルディアは一気にスコアに向けて突進した。スコアに向けて黒剣を振り回す。


 ギィンギィンギィンッ!!


 ガルディアの斬撃を受け止めるごとにスコアの体が押される。


「く……!」


 スコアはガルディアの斬撃の一つを素早くかわすと、一瞬でガルディアの横に回り込んだ。スコアから放たれる数発の斬撃。


 ヒュヒュヒュンッ!!


 ガルディアは瞬間の反応ですべて避けた。その直後、ガルディアはスコアの懐に飛び込んだ。


「……!!」


 スコアは素早く鋭い蹴りをガルディアに向けて放った。蹴りはガルディアを直撃したが、その大きな体はビクともしない。


 ギュオンッッ!!


 ガルディアの黒剣がスコアの体をとらえた。宙に血が飛び散り、スコアの全身が裂けた。


「ぐ……あ……」


 スコアは嗚咽のような声を漏らしたが、すぐにキッとガルディアをにらみつけ、素早く斬撃を返した。その斬撃をガルディアがかわしたと同時にスコアは後ろに跳んで距離を取った。ガルディアは足を止め、スコアを見つめる。

 スコアの体から大量の血が流れ落ちる。傷は浅くはなかった、スコアは苦しそうに息をする。


「終わりだ、スコア」


 ガルディアはそう言って、ゆっくりと歩み寄ってくる。

 スコアは歯を食いしばる。


(こんな……こんな所で、死ぬわけにはいかない)


 ゆっくりと近づくガルディア。


(レイアと約束したんだ、必ず戻ってくるって。まだ、ボクには守らなきゃいけないものがあるんだ……ボクが死んだら、何も守れないじゃないか……!!)


 スコアは強く剣を握りしめる。



 ガルディアは剣を構え、スコアに向かって斬り込もうとした。しかし、すぐに動きを止める、そして、驚いた。

 ガルディアは感じた、周りの空間を凍てつくような冷気が支配しているのを。


(なんだ……これは?)


 凍えるような感覚だった。ガルディアは一体何が起きたのか一瞬分からなかった。しかし、すぐに気付く。


(これは……スコアの気迫!?)


 ガルディアがそれに気づいた瞬間だった。ガルディアの体が突然裂けた。


「……!!」


 宙に血が舞った。気付けばガルディアの目の前に立つスコア。その剣はすでに振り下ろされていた。


「なに……!」


 ガルディアが声を漏らした直後、スコアの姿が消えた。ガルディアは完全にスコアを見失った。次の瞬間、ガルディアはスコアに横をつかれたことに気づく。その直後に放たれたスコアの斬撃は、ガルディアですら反応できないほどの速さを持っていた。


 ヒュンッッ!!


 血が飛び散り、ガルディアの肩が切り裂かれた。


「ぐ……!」


 ガルディアは後ろへ下がった。

 スコアはゆっくりと剣を構え直し、ガルディアを静かに見つめていた。スコアから放たれる凍てつくような冷たい気迫。

 それを感じ取ったガルディアは、体の芯から恐怖を覚えた。


(こんな恐ろしい気迫、初めてだ……。そうだったんだ、こいつもクロコと同じだったんだ。こいつの才能も、まだ目覚めちゃいなかった。それがいま、目覚めちまったんだ)


 ガルディアは険しい表情で剣を構えた。


「うおおおおッ!」


 ガルディアは突進し、スコアに向けて暴風のような斬撃を放った。


 ギュォンギュォンギュォンッッ!!


 ガルディアから放たれる無数の斬撃は、スコアにかすりさえしない。次の瞬間、


 キィン


 斬撃の一つが、スコアによって受け流される。ガルディアの体がわずかに流れた。


 ヒュンッ!!


 スコアの剣は、ガルディアの全身を切り裂いた。

 大通りに大量の血が飛び散る。

 ガルディアの体が、ゆっくりと傾いた。

 石畳に膝をつくガルディア。顔を上げたガルディアの目に飛び込んできた光景は、スコアが自分に向けて剣を振り下ろそうとしている姿だった。

 ガルディアは静かに悟った。


(オレはどうやら…………ここまでみたいだな)


 ガルディアは、静かに目を閉じた。




 ヒュンッッ!!


 スコアの剣はガルディアの体を深く切り裂いた。

 ガルディアの体はゆっくりゆっくりと後ろに傾いていった。

 ガルディアの脳裏に、最後に、ある過去の光景がよぎった。


 ベッドの上のガルディアは、幼いクロコの頭を優しい手つきでなでた。クロコは嬉しそうに笑っていた。


(ごめんな、クロコ……もう、守ってやれない……)




 雨が降りしきる大通りの石畳に、大きな水しぶきを立て、ガルディアの体は倒れ込んだ。







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