4-18 戦場に響く小さな声
暗い林の中で、クロコとスコアは向かい合っていた。
クロコは緊迫した表情でスコアを見つめる。対してスコアは冷静な表情をしていた。
「スコア……」
「きみと最後に出会ったのはウォーズレイの赤い岩石帯だったね。だいたい半年ぶりか」
「…………」
「あの時、ボクはきみに言ったよね。もし、もう一度君に出会ったら、ボクはきみを斬ると。たとえきみが女の子でも」
それを聞いて、クロコは頭を軽くかいた。
「……おまえは一つ、重大な勘違いをしてるようだから、訂正しといてやる。オレは男だ」
「……?」
クロコは右手の甲を向けて、黒い指輪を見せた。
「この指輪は呪いの指輪でな。こんな姿をしてるのは、この指輪のせいだ。オレはもともと男なんだよ」
それを聞いてスコアは表情を変えず黙っている。
「まぁ、信じる信じないはおまえの勝手だけどな」
「不思議な話だね。だけど、別に関係ないよ。たとえどっちでも、ボクはきみに容赦しない」
「ああ、そうかい」
スコアは鋭く見つめる。
「クロコ、ボクは前にきみに『もう二度と出会わないことを祈る』と言ったことを覚えているかい?」
「ああ、覚えてる」
「だけどボクは、今回は、きみと出会いたいと、戦いたいと思っていた」
その言葉を聞いてクロコは一瞬黙ったあと、口を開いた。
「オレが……フレアを殺したからか?」
「そうだ」
それを聞いて、クロコも鋭く見つめた。
「だけど、おまえもブレッドを殺した」
「……?」
「おまえが分からないのは無理ないだろうな。だけど、確かにおまえは殺した、オレの、オレにとってかけがえのない友達を……」
「……そうか」
スコアは小さく口を開いた。
「……それでクロコ、きみはその復讐のために、ボクと戦うと……?」
そのスコアの問いを聞いて、クロコは一瞬目を閉じた。
クロコの口がゆっくりと動く。
「……いや」
クロコはスコアを強い目で見つめる。
「オレが戦う理由は復讐じゃない。オレはセウスノールの剣士として、そしてオレ自身が生き残るために、おまえと戦う」
「そうか……」
スコアはそう言ったあと、また口を開く。
「ボクも、復讐のためじゃない。これ以上きみに、ボクの大切なものを奪わせないため。ボクの大切なものを守るために、きみと戦う」
スコアはクロコに剣を向けた。クロコもスコアに剣を向けた。
二人はにらみ合う。そして同時に口が動いた。
「勝負だ」
静寂が流れたのは一瞬だった。
二人は同時に駆けだした。間合いに入ると共に、二人の剣が同時に動く。
二つの剣は勢いよくぶつかり合った。
ギィィィィンッ!!
鋭い金属音が響くと共に、クロコの体が後ろに飛ばされる。
「……この!」
クロコは一瞬で体勢を立て直すが、次の瞬間、スコアが斬りつけた。空気を置き去りにするような高速の斬撃。
ヒュンッッ!!
紙一重でクロコはかわした。素早く放つクロコの高速の斬撃。
ヒュンッ!
スコアはあっさりとかわす。すぐさまスコアは数発の斬撃を放つ。クロコもそれに反応する。
ギィンギィンギィンッッ!!
三発の斬撃が互いにはじけるとともに、クロコの体が後ろに押される。それに合わせてスコアの斬撃がクロコを追う。
ヒュンッ!!
クロコの肩がわずかに裂けた。
「く……ッ!」
クロコは後ろに下がる。しかしスコアはそれを追撃する。再び放たれるスコアの斬撃。
クロコは反応し、後ろに飛んだが、避けきれず腹を切り裂かれる。
「うう……!」
(やっぱり半端じゃねぇ……!! ガルディアの特訓がなきゃ、もう殺されてる)
一瞬距離が離れたのも束の間、スコアはどんどん間合いを詰めてくる。
「はあッ!!」
スコアは掛け声と共に、力を込めた斬撃を叩きつけてきた。クロコはとっさに受け止める。しかし、力ずくで剣がはじかれ、そらされる。
「しまっ……」
間髪入れずにスコアの鋭い蹴りが飛んできた。
スコアの蹴りはクロコを直撃し、その衝撃でクロコの上半身は後方に仰け反る。
「ぐ……ぅ……」
スコアの蹴りで一瞬意識が歪むクロコ。ハッと気付いた時には、スコアはすでに斬撃を放とうとしていた。
(しまった……やられる……)
その瞬間だった。
クロコの体から強烈な光が放たれた。その光は暗い林を鋭く照らす。
スコアは驚き距離を取った。
光はゆっくりと収まっていく。
光が収まると共に、再び辺りは薄暗くなった。
静かになった林に、一人の声が響いた。
「やれやれ……」
その声は、スコアにとっては聞き覚えのない声だった。
「とんでもないタイミングだな。けど……最高のタイミングだ」
スコアは見た。今までクロコが立っていたはずの場所に立っている少年の姿を。
黒い髪、鋭い眼に浮かぶ真紅の瞳、そして威圧的な雰囲気を持つ少年だった。少年はゆっくりと口を開く。
「まさか……ここで呪いが解けるなんてな」
クロコは鋭い目でスコアを見た。さすがのスコアも戸惑いの表情を浮かべている。
「まさか……クロコか」
「ああ、そのまさかだ。オレも正直驚いてる。けどな……」
クロコは大剣をスコアの方に向けた。
「この姿になったら、ちょっと違うぞ」
クロコがその言葉を発した直後だった、クロコは一瞬でスコアの間合いに飛び込んだ。
スコアはその速度に驚く。
「な……速い!」
クロコは大剣を力任せに振り下ろした。スコアはそれを受け止めるが、
ギィィィィィィィィンッッ!!
金属音と共にあたりの空気が勢いよくはじけた、その直後、スコアの体が後ろに押された。
「……!!」
スコアの表情がわずかに険しくなる。クロコの真紅の瞳が鋭く光った。
「さあ、こっからが本番だ」
暗い林の中で、少年に戻ったクロコと、スコアは向かい合っていた。近距離で互いに剣を構える二人。一瞬のにらみ合いのあと、互いの剣が同時に動いた。
ギィィィィンッッ!!
強力な斬撃がぶつかり合った直後、スコアは一瞬でクロコの横をついた。スコアの鋭い斬撃。
ヒュンッ!
クロコは素早くかわした。そのクロコの動きに合わせ、スコアから強烈な速さを持った斬撃が打ち下ろされた。
ヒュンッッッ!!
その斬撃さえもクロコはかわした。一瞬の体の切り返しだった。
(なに……! 筋肉のバネで無理やり避けた!?)
素早くクロコの斬撃がスコアに飛ぶ。
ヒュンッ!!
スコアも負けじと一瞬の反応で避けた。直後、二人から同時に斬撃が放たれる。
ギィィィィンッ!!
大きな金属音が響き、辺りの空間がはじける。クロコとスコアからさらに無数の斬撃が放たれる。二人のあいだの斬撃は、縦横無尽にはじけ合う。
強烈な力の斬撃がぶつかり合い、高速の攻防が繰り広げられる。
速さはスコアの方が上、しかし力はクロコの方が上だった。
二人のあいだを、恐ろしく速く力強い斬撃が乱れ飛ぶ。
その高速の攻防はしばらくのあいだ続いた。
次の瞬間、
スコアの斬撃の一つがクロコの脇腹をわすかに裂いた。
「く……ッ!」
クロコの表情がわずかに険しくなる。二人の攻防は徐々にクロコの不利な状況へと変化していった。スコアの剣が少しずつクロコをとらえ始める。数発の斬撃がクロコをかすり、わずかに血が飛んだ。
クロコは険しさをはっきりと表情に出した。
(これは……ヤバい。今までと体の勝手が違うせいで、アールスロウの技術が生かせない! イヤでも動きにひずみが生じる)
スコアの蹴りがクロコをとらえた。後ろに押されるクロコ。
(……!! いままでは……その動きのひずみが変則的な動きになって、いい方向に働いてた……だけど、スコアはもう慣れた。今はもう完全に足を引っ張ってる。技術面の差で、完全に負けてる)
クロコはどんどんスコアに押されていく。
(……いや、違う。それだけじゃない。もともと、元に戻ったとしても、それでもこいつには全然追いついてなかったんだ。それだけオレとスコアの差はでかかったんだ。クソ!)
スコアの斬撃がクロコの足を切り裂いた。
「ぐ……!」
クロコは歯を食いしばる。
「それでも……」
クロコは真紅の瞳を光らせた。
「それでも、負けるわけにはいかねー!!」
クロコは渾身の斬撃をスコアに向けて放った。
キィィィィィン
スコアは鮮やかに、クロコの斬撃を受け流した。体勢を崩すクロコ。
「しま……」
ヒュンッッ!!
スコアの剣はクロコの腹を切り裂いた。腹から血が噴き出す。
「う……!」
クロコの体は傾きかけた、しかし寸前で踏ん張り、スコアに向けて斬りつけた。スコアはあっさりと避ける。それに合わせてクロコは距離を取った。
二人は距離を取った状態で動きを止めた。
「クソ……」
クロコの腹から血が流れ落ちる。息もわずかに乱れていた。
「チクショウ……こんな所で……死んでたまるか」
クロコは険しい表情で剣を構えた、その直後だった。クロコの体から強烈な光が放たれる。再び光が林を照らす。
光がおさまった途端、クロコは感じた。
(視線が低くなってる……って言うよりもこれは……)
クロコは再び少女の姿に戻っていた。
「な……なんでだよ」
クロコの表情はさらに険しくなる。
(じょ、冗談じゃねぇ……すでにこんな傷も負ってるのに、この状況でさらにこの姿に戻ったら……)
クロコの様子を見て、スコアは冷静な様子で口を開いた。
「終わりだ……クロコ」
その言葉を放った直後、スコアは動いた。一瞬で斬りつけてくる。
「ぐ……ッ!」
クロコは必死でスコアに応戦する。数発の斬撃が二人のあいだではじけ合う。次の瞬間、スコアはクロコの斬撃の一つを見切り、完璧な形でかわすと、クロコの懐に飛び込んだ。
ヒュンッッ!!
スコアの剣はクロコの脇腹を鋭く切り裂いた。血が飛び散る。
「…………!」
クロコは無意識で地面に膝をついた。
(しまった!)
クロコがそう思った時には遅かった。スコアはすでに剣を振り下ろそうとしていた。
(ダメだ、防げ……ない……)
スコアの剣が動き出す、クロコの全身を切り裂く形で……
「スコア…………」
小さな声が、二人から離れた場所から響いた。クロコに触れる前にスコアの剣は止まった。
二人は声の方向を見た。
その方向にはレイアが立っていた。おびえた表情で、スコアの方向を見ていた。
呆然とするスコア。
「レイア……なんできみが…………」
混乱するスコアをよそに、クロコもレイアを見つめていた。
クロコは完全に体が固まっていた。
目を見開き、微動だにしないほどクロコは衝撃を受けていた。
自分とうりふたつの姿をした少女。
しかし、クロコが衝撃を受けたのはそれが理由ではなかった。
その少女がまとう雰囲気。
その雰囲気をクロコは知っていた。
その雰囲気はクロコの良く知る、ある人物の雰囲気に酷似していた。
「アピス…………?」
クロコは無意識にその名を呼んだ。アピス……それはクロコの妹の名。
その名を聞いた途端だった。レイアは一歩下がった。それと共に、レイアの体が小刻みに震え始めた。
「……いや……いや、いや」
レイアの真紅の瞳は恐怖に染まっていた。その瞳はいま目の前にある光景を見ている様子ではなかった。
まるで、そこにはない何かを見ているかのようだった。
まるでフルスロックの戦場でクロコが過去の出来事を見ていたかのように。
「いやあああああああああ!!」
レイアは大きな悲鳴を上げた。その悲鳴が林に響くと共に、レイアは意識を失い、その場に倒れ込んだ。
「レイア!!」
スコアは叫び、レイアに向かって一直線に駆け、すぐにレイアを抱きかかえた。
クロコも体をなんとか起こし、レイアのもとに向かおうとする。
「来るなぁッッ!!」
スコアが殺気に満ちた表情でクロコをにらみつけた。
クロコの動きが一瞬止まる。
スコアはレイアを抱きかかえたまま、林の奥の方へと駆けていった。
クロコはとっさに声を出す。
「待て! 待つんだ、頼む、待ってくれ!!」
スコアの姿は林の奥へと消えていった。
クロコはそれを追おうとするが、体が言うことを聞かず、ヨロヨロと地面に手をつく。
「待って……くれよ…………クソ……チクショウ…………」
林に小さな雨が降ってきた。
落ち葉に落ちる雨音の中、クロコは独り、林の中でしゃがみ込んでいた。