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1-8 弱き心




 第四防衛ラインの150mほど手前では、フロウとクレイドの活躍によりグラウド国軍の第一陣の陣形が左右に分断されていた。

 しかし国軍は分断された第一陣に続き、第二陣、第三陣を突撃させ、それにより勢いを取り戻す。

 それに対しセウスノール解放軍も第二陣、第三陣を突撃させる。


 岩壁でできた広い通路の中で、大勢の解放軍兵と国軍兵が乱れるように互いの剣をぶつけ合い闘っていた。そしてその巨大な人の波の中からときどき、爆音と共に大砲の爆炎が上がる。銃声の音も所どころで響びわたっている。

 そんな中だった、


「おおおおー!!」


 突撃する解放軍の第三陣と共に、クロコ・ブレイリバーも兵士の集団へと突撃した。

 一人の国軍兵が突撃してくるクロコの姿を見つける。

 国軍兵はクロコに向けて剣を構えた。

 しかしクロコは目にもとまらぬ速さで一瞬にして間合いを詰める。


 ヒュンッ!


 クロコの斬撃は一瞬で兵士の脇腹を切り裂く。そのスピードに兵士は反応すらできない。

 兵士はガクッと地面に倒れた。


「ぬるいな……」


 クロコはそう言い放った。

 別の国軍兵がクロコに向かって斬りつける。

 しかしクロコの姿は国軍兵の目の前から消える。次の瞬間クロコは国軍兵の後ろに背を向けて立っていた。遅れて国軍兵の脇腹が裂ける。


「がっ……!」


 国軍兵は脇腹を押え倒れた。


 クロコは二人の国軍兵を切り伏せると、勢いそのままに国軍兵の集団へと突撃する。

 クロコはスピードと体の回転を利用した鞭のようにしなる斬撃を次々と振るう。


 ヒュンヒュンヒュンヒュン……!


 その目にもとまらぬ斬撃にほとんどの国軍兵は反応すらできない。

 国軍兵はその嵐の様な斬撃を前に次々と切り伏せられていく。


 そんなクロコの前に銃兵隊が立ちはだかる。八人の兵士の集団、その前列の四人はすでにクロコに狙いをつけている。


「うわっ!」


 クロコは驚く。


「撃てーっ!!」


 パンッパンッパンッパンッ!!


 銃兵達の視界から突然クロコが消えた。


「えっ?」


 すると突然、目の前にクロコが降ってきた。


「う、うわあっ!!」


 ヒュンヒュンヒュンヒュン……!!


 クロコの斬撃の嵐を前に銃兵隊はあっという間に全滅した。

 クロコは小さく息を吐く。


「フゥー、危ねぇ危ねぇ、これには注意しないとな」




 その様子を置いていかれたブレッドが遠目で見ていた。


「やれやれ……こいつもメチャクチャだな。……さて、オレも行くか!」


 ブレッドは集団の中へと駆けだす。


「はあっ……!!」


 ヒュンッ!


 ブレッドはスピードと切れのある剣技で国軍兵の一人を切り伏せた。


「さて、こっちはこっちでコツコツ仕留めるか」



 フロウは集団から少し先行し敵軍後方にいる銃兵隊を次々と仕留めていく。銃兵隊も応戦しようとするが、素早いうえに国軍兵をうまく盾にして動くフロウに狙いを定められない。


 クロコ、クレイド、ブレッドも剣兵たちを次々と倒していく。四人が切り開く敵の陣形に、次々と解放軍兵がなだれ込む。

 敵軍の増援も意味をなさず、陣形全体が大きく崩れる。


 戦局は完全にセウスノール軍側に傾いていた。



「よし、このままいけば……!」


 クロコは敵を切り伏せながら一瞬笑みを浮かべた。その時だった。


「おおーっ!」


 一人の巨漢の剣兵がクロコに向かって突進してくる。


「フン! サシで来るとはいい度胸だな……!」


 クロコは余裕の表情で巨漢の剣兵に向かって構えた。


「うおぉぉぉぉー!!」


 巨漢の剣兵は決死の表情で掛け声を上げクロコに斬りかかる。その気合にほんの一瞬クロコがひるむ。剣兵の大振りの斬撃。


 ヒュンッ!!


 しかしクロコは軽やかにかわす。


 ヒュンッ!


 クロコの斬撃が剣兵の脇腹を切り裂いた。


(しまった、浅い……!)


 クロコの斬撃は先ほど一瞬気圧されたせいかわずかに鈍っていた。しかし敵を動けなくするには十分な傷だった。

 巨漢の剣兵は苦しそうに脇腹を押えて倒れこんだ。


 クロコはその剣兵から目をそらし、次の相手を探す。その時だった。


「ぐおぉぉぉぉー!!」


 獣のような叫び声と共に、先ほどの巨漢の剣兵が立ち上がる。脇腹からは大量の血がボタボタと流れ落ちる。


「やめとけ……これ以上ムリすれば死ぬぞ」


「うおぉー!!」


 しかし巨漢の剣兵はその言葉を聞かず、体を傾けながらもクロコに斬りかかる。


「チッ……!」


 ヒュンッ! ヒュンッ! ヒュンッ!


 巨漢の剣兵は必死の形相で斬撃を振るう。しかしその斬撃は大きく乱れていた。そんな攻撃がクロコに当たるはずもなく、クロコはそれを難なくかわす。


「ハァ! ハァ! ハァ……!」


 巨漢の剣兵は苦しそうに荒く息をする。しかしその眼は死んでおらず鬼の形相でクロコをにらむ。その瞳の奥には死すらも忘れた狂気が渦巻いていた。


「クッ……!」


 クロコの背中に悪寒が走る。


「があぁぁーっ!!」


 巨漢の剣兵は血を流し体勢を崩しながらも、大きく叫びブンブンと剣を振るう。


「くっ! この……!!」


 クロコは剣兵に向けて剣を振るおうとした。しかし剣を握るうクロコの腕がピタッと止まる。


「えっ……!?」


 その体の動きにクロコ自身も驚いた。


「ぐあぁぁぁ――っ!!」


 剣兵はクロコの動きに構わず剣を振り回す。

 その動きはクロコにとっては隙だらけといえるものだった。

 クロコは再び斬撃を剣兵に向け放とうとする。しかしクロコの腕は直前になると石のように動かなくなる。


(くそ、なんでだ……!?)


 こんな事はクロコが剣を振るい始めてから一度もなかった。その状況にクロコは今までにないほど混乱した。次の瞬間、クロコの視界は剣兵の大きな体にさえぎられた。クロコは懐に入られたのだ。


(しまった!)


 巨漢の剣兵はこれ以上ないチャンスだと思ったのか、全ての力を振り絞り、剣を大きく振り下ろす。


 ギィーンッ!!


 クロコはその一撃をなんとか受け止める。

 クロコと巨漢の剣兵の刃は互いに重なりあったままギリギリと震え硬直する。


(クソ……! なんでだ……!? 押し返せない!)


 本来なら簡単に押し返し、振り払える。しかしなぜかクロコはその剣兵の剣を振り払うことができなかった。

 クロコの腕はわずかに震えていた。体は完全に委縮している。

 それにも関わらずクロコ自身なぜ体が委縮しているのか、まるで分らなかった。


 硬直状態が続く。



「クロコさんっ!!」


 どこからクロコに向かって叫ぶ声がする。その瞬間クロコはハッとした。クロコの横から別の剣兵が襲いかかってくる。

 しかしクロコは巨漢の剣兵の剣を振り払えず動けなかった。


(しまった……っ!)


 別の剣兵の容赦のない斬撃。


 ヒュンッ!!


 宙に血しぶきが上がる。


 しかしその血はクロコのものではなかった。


 クロコと、横からきた剣兵との間に、サキがとっさに入り込みクロコをかばった。

 サキの肩が切り裂かれる。


「……!!」


 クロコはその光景を驚きと混乱の表情で見つめる。クロコには何が起きたのかわからなかった。

 肩を切り裂かれたサキはそのまま地面に倒れる。

 それを見たとき始めてクロコはその状況を認識した。


「サキーッ!!」


 クロコは叫んだ。

 サキを切り伏せた国軍兵は再びクロコに剣を向ける。しかしクロコはいまだ剣を振り払えずに硬直していた。


(クソ、クソ! クソ!! なんでだ!? なんで動かないんだ、動け! 動けよ……!!)


 クロコは心の中で必死に叫ぶ。しかしクロコの体は動かない。クロコの横に立つ剣兵はクロコに向け再び斬撃を放つ。


(クソーッ!!)


 ギィーン!!


 剣兵の斬撃はクロコへは届かなかった。クレイドがクロコと剣兵の間に入り、斬撃を止めた。


「オラァァァァーッ!!」


 クレイドは気合の声を上げ、剣を止めた状態の自らの剣を力任せに振り、剣兵を吹き飛ばす。吹き飛ばされた剣兵は地面に転がり倒れこむ。

 クレイドがクロコの方をキッとにらむ。


「てめぇ、死にてぇのか!!」


 クレイドは大声で怒鳴った。クロコはその声でビクッとなる。

 吹き飛ばされた剣兵は立ち上がりクレイドに向けて斬りかかる。クレイドはその剣兵をにらむ。


 ギュンッ!!


 クレイドの斬撃は巨大な剣とは思えないほどの速さで剣兵の体を切り裂いた。切り裂かれた剣兵は血しぶきを上げながら吹き飛ぶ。

 クレイドは次にクロコと剣を重ねている巨漢の剣兵をにらむ。


 ギュンッ!!


 クレイドの容赦のない斬撃が巨漢の剣兵の体を切り裂く。

 巨漢の剣兵は吹き飛ばされ、そして力無く横たわる。

 動かなくなった巨漢の剣兵の体からゆっくりと大量の血が流れる。


 クロコはその様子をぼうぜんと眺めていた。


 クレイドは身をかがめ倒れているサキに話しかける。


「大丈夫か……?」


「うう……」


 サキは苦痛で顔をゆがめる。肩の傷から血が流れる。


「……傷はそれほど深くないな。切られたのが剣の根本だったせいだろう」


 クレイドは少しホッとした表情を浮かべた。そして突然表情を変え、ぼうぜんと立ち尽くすクロコをにらみつける。


「……なぜ斬らない!」


「そ……それは……」


 クロコは回答できなかった。クロコ自身も分からなかったからだ。なぜあの剣兵を斬れなかったのか、なぜ自分の体が震え、力が出なくなったのか……


「おまえ……まさか人を殺したことが無いんじゃないだろうな」


「え……!?」


 クロコはそれを聞いてハッとなる。確かにクロコは人を殺めたことは今までに一度も無かった。クロコは剣で斬っても全て急所を外して斬っていた。


「…………、なるほどな……どおりで」


「サキ! クロ!」


 ブレッドが、様子がおかしいことに気付き駆け寄ってくる。

 しかしクロコはそれにも気づかずボーッと立ち尽くしていた。

 クレイドがブレッドの方を見る。


「ブレッド、サキを下げさせてくれ……」


「ああ……」


 ブレッドはサキの様子を見て返事をした。


「……それと、こいつも下げさせてくれ……邪魔だ」


 クレイドはクロコを一瞬見たあと、静かな口調でそう言った。

 ブレッドはそれを聞き、なにかに感づいたような表情を見せた。


 クレイドが見守るなかブレッドはサキに肩を貸し、クロコの背中に手をやった。

 そしてクロコ達を後方へと連れていく。

 クロコはブレッドに素直に従った。さっきの出来事で完全に戦意は消えていた。



 ブレッドはクロコ達を防衛ラインまで連れていくと、サキを後方の兵士に任せクロコを防衛ラインの裏に座らせた。

 そしてブレッドは何も言わず剣を抜き、姿を消した。

 クロコはその様子をぼうぜんと見ていた。






 パンッ! パンッ! パンッ!


 クロコが防衛ラインの裏に座らされてからしばらく経つと、敵陣の方から信号銃による一時撤退の合図が鳴った。

 その合図と共に国軍兵は後退していく。



 グラウド国軍の姿が見えなくなると同時に、解放軍兵たちはワッと歓声を上げた。



 そして戦闘が終わってから間もなく、日が暮れ始め、辺りは徐々に暗くなった。


 灯がともった明かりの下でフロウとクレイドは兵士達に囲まれていた。


「すげぇーよ、おまえら」

「とんでもねぇ援軍だぜ!」

「これで光が見えてきたぞ!」


 多くの称賛と期待が入り混じった声が二人を包む。


 その灯りから少し離れたところにクロコとブレッドはいた。二人は先ほど負傷したサキの様子を見ていた。サキの肩には包帯が巻かれている。

 ブレッドがサキの顔を見つめる。


「大丈夫か……」


「はい……大丈夫です。すいません心配かけさせてしまって……」


 サキは笑顔を見せて答えた。しかしその笑顔は少し元気がないようだ。


「状態はどうだ?」


 クレイドとフロウがサキの様子を見に来た。

 ブレッドが口を開く。


「命に別状はないみたいだ。医療班の話じゃあ、傷がふさぐまで少し時間がかかるらしい。次の戦闘は無理そうだ。だから一時間後の馬車で基地の方に戻ってもらおうと思う」


「すいません……みんなの役に立ちたかったんですが……」


 そんなサキにフロウは笑顔を見せる。


「大丈夫だよ、気にしなくて。君は勇敢だったし、初陣にしては良くやったよ」


 クレイドも力強い表情で声をかける。


「あとは俺達に任せろ。グラン・マルキノだろうがなんだろうが俺が叩き切ってやるよ」


 サキはその言葉を聞いて笑顔を見せると、ゆっくりとクロコの方を向く。


「クロコさん……」


「ん……!? ああ、なんだ」


 クロコは不意を突かれたように返事をした。


「あと、頼みます」


 サキはクロコの目を真っ直ぐ見つめた。


「…………ああ、任せろ」


 クロコはサキの言葉に応える。しかしその表情はどこか自信がない。



 それからしばらくして、サキは馬車に乗せられ第四防衛ラインを離れる。その様子を四人は静かに見送った。


 サキを乗せた馬車は暗闇の中へと消えていった。




「クロコ……」


 馬車が見えなくなると同時にクレイドがクロコの方を見た。


「…………」


 クロコは口を開かない。


「もし人をまともに斬ることができないって言うんなら、おまえは今すぐ帰れ」


 その言葉を聞いてクロコの表情が固まる。


「はっきり言って邪魔なんだよ」


「なんだと……!」


 クロコはクレイドをにらみつける。しかしその真紅の瞳にはいつもの鋭い光はない。


「おまえの中途半端な覚悟は必ず誰かを殺す……!」


 クロコはその言葉を聞きハッとなる。そして静かに顔を下ろした。クロコの歯からギリっと小さな音が鳴る。


「オレは……!!」


 クロコはなにかを言いかけた。しかしクロコはそれ以上なにも言えず、地面の方に顔を落とした。


「次の戦闘までに決断しろ。だがな、もし次の戦闘で前のようなふざけた戦いをしたら……その時は……」


 クレイドはクロコを殺気に満ちた眼でにらみつける。


「俺がてめぇを斬ってやる」


 クレイドはクロコにそう言うと背を向けて立ち去る。フロウはクレイドを少し見たあとクロコの方に顔を向ける。


「僕は……クレイドみたいに君を斬るなんてことは言わない。だけどちゃんとした答えを出しておいた方がいい。君が戦場にたとえ立たなくても、僕達は君を決して責めたりはしないから……」


 そう言うとフロウはクレイドのあとを追って立ち去った。


 ブレッドはクロコの方に目をやる。クロコはずっと地面を見つめていた。

 その様子を見てブレッドは少しなにかを考えると、クロコの前からなにも言わずに立ち去った。


 クロコは暗闇の大地の上で独りポツンと立ち尽くしていた。







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