4-13 命運を懸けた戦い
「フルスロックだ。フルスロックからの馬車が来たぞ!」
セウスノール基地の広間に兵士の声が響き渡る。
話を聞いたガルディアが全力で広間に駆けつける。ガルディアが着くと、広間には数百人のフルスロックの兵士が歩いていた。その中にアールスロウの姿もあった。駆け寄るガルディア。
「よくここまで来た。ファイフ」
アールスロウはだいぶ疲れた様子だったが、ケガをしている様子はなかった。
「みんなも本当にご苦労だったな。よくここまで来てくれた。ありがとう」
ガルディアは他の兵士たち全員に声をかけた。兵士達はその声を聞いて安心したようにほほえむ。
ガルディアは兵士達を引率する形で先頭を歩く。隣を歩くアールスロウに声をかける。
「信じてたぞファイフ。必ず来るってな」
「…………」
ガルディアの言葉を聞いて、アールスロウは一瞬黙る。
「……確かに俺は、ここまでたどり着くことができました。ただ、脱出の途中、敵の厳しい追撃にあい、多くの仲間が死にました」
アールスロウは苦しそうに目を閉じる。
「俺に力があれば、もっと多くの仲間を救ってやれた……」
その言葉を聞いてガルディアはアールスロウの背中を優しく叩いた。
「おまえだからこそ、これだけの仲間が助かったんだ。おまえはそれを、誇るべきだ」
「…………」
「今はとにかく休め」
それから間もなく、セウスノール基地に国軍が動いたという情報が入る。それにより、基地は一気に臨戦態勢へと突入した。
それから二日後、夜のセウスノール基地、その司令室。
解放軍の幹部が集まるその部屋で、ランクストン総司令が緊張した顔で口を開く。
「いよいよ、明日、戦いが始まる」
ランクストンは細い目をめいっぱいに開き、幹部達を見渡した。
「我々が生きるか死ぬかの戦いだ。我々がいなくなれば、また不条理な権力がこの国を支配するであろう。全ての国民のため、皆、この戦いに向け全精力を注いでほしい」
基地の大部屋、そこの一角の敷かれた毛布の上で、クロコとフロウとサキの三人は座り込んでいた。
「いよいよ明日ですね」
サキが緊張した表情で言った。
「うん、明日の戦いが最後の戦いにならないようにしないとね。クロコ、調子はどう?」
「ああ、大丈夫だ。もう我を失ったりはしねーよ。あとは戦うだけだ」
クロコは真紅の瞳をギラッと光らせた。
基地の廊下、その窓からガルディアは独りで外を見ていた。夜のセウスノール、住民は全員避難場所に集まっているため、光のない暗い景色が広がっている。その街並みを月明かりだけが包み込むように照らす。
「グレイさん」
背後からアールスロウが声をかけた。
「ファイフ。もう調子は戻ったか?」
「ええ、疲れはだいぶ取れました。明日の戦いには支障ありません」
「ここに来て数日だ。無理はするなよ。今回の味方は精鋭ぞろいだ。おまえがそこまで無理する必要はないさ」
「ですが、敵も精鋭揃いです。そして兵力も火力も向こうの方が上……。負けるぐらいなら無理をした方良いでしょう」
「やれやれ……」
ガルディアはそう言って再び外の景色に目を移す。
「ここの空気は……西部の空気は体になじむな」
「そう言えばグレイさんは西部の生まれでしたね。ロックの辺りですか、それとも……」
「セウスノールのすぐ西のリブスって村だよ」
「そうですか、ここの近くなんですね」
「ああ、生まれ故郷を思い出して懐かしいよ、そのせいか、体の調子もいい」
「それは何よりです」
「まあ、いいことばかりじゃないけどな、この西部での思い出は……」
ガルディアの表情が少し曇る。
「……? 嫌な思い出でもあったんですか」
「ああ、ここに……西部に来るたびに鮮明に思い出すよ。オレが若かった時のある出来事を……」
「…………」
「なぁ、ファイフ、おまえはずっと、オレの隣にいて、オレを助けてくれたな」
「そんなことは……俺もあなたによく助けられていますよ」
それを聞いてガルディアは静かにほほえむ。
「なぁファイフ。ちょっと昔の話を聞いてくれないか? あるどうしようもないバカが起こした、どうしようもない事件の話だ」
「……どのような話なのですか?」
「七年前……もうすぐ八年前になるか。ロックの地方で起きたクロウジア谷の戦いは知っているよな? おまえも参加してたもんな」
「ご存じだったんですか」
「ああ、実はオレ、その時からおまえのこと知ってたんだよな。それで、その中で起きた事件も知っているよな?」
「……スロンヴィア虐殺ですか」
「それについての話だ」
ガルディアはその後、スロンヴィア虐殺が、自身が原因で起こったこと、そしてその経緯を話した。
その話を聞いたアールスロウは、表情にはほとんど出さなかったが、ひどく驚いている様子だった。
話が終わるとアールスロウはすぐに口を開く。
「あの事件は、あなたが起こした事件ではない。レイズボーンが起こしたものです」
それを聞いて、ガルディアは冷静に口を開く。
「そうだな、あの事件を起こしたのはレイズボーンだ。だが、オレがあそこに来なければ、あそこで事件は起きなかった。だから、オレが起こした事件でもある」
アールスロウはわずかに眉を寄せる。
「……それが、あなたがここで戦う理由なのですか」
「ああ、そうだ」
「少しだけ、引っ掛かっていたんです。あなたは戦争に対して否定的な考えを持っていた、にも関わらず、どうしてここで戦っているのかが」
「だろうな」
「………………」
二人はしばらく黙った。
アールスロウが口を開く。
「…………その話は、クロコに言ったのですか?」
「いや」
「そうですか……」
再び静寂が流れた。
アールスロウはゆっくりと口を開く。
「俺は思うんです。もしその話をクロコが聞いても、彼は……彼なら、決して、あなたのことを責めるようなことは……」
「しないだろうな」
「……!!」
「分かってるよ、そんなことは。あいつはそういうやつだ。だからこそなんだ」
「…………」
「オレは、あの出来事を自分の中で許すつもりはない。それは、誰に何を言われようと変わらない。だけど……あいつだけは」
ガルディアは視線をわずかに落とした。
「もしあいつに許されたら、オレはほんの少しでも自分自身を許してしまうんじゃないか。そう思うと……それが、なにより怖いんだ」
アールスロウはさびしげな目をした。
「そんな目で見るな、ファイフ。別にオレはそんな目で見られるような辛い人生を送ってるわけじゃないさ。そんなの普段のオレを見てれば分かるだろ? それに今は楽しくもある、あいつを、クロコを見るのがな」
ガルディアは笑顔を浮かべた。
「だからこそだ。こんな所で、クロコを死なせるわけにはいかない。それにおまえらもだ。そのために、明日は必ず……勝つぞ」
その言葉を聞いてアールスロウは強い目でガルディアを見た。
「はい、もちろんです」
月明かりが基地を照らす中、夜はゆっくりと更けていった。
太陽が昇り、朝日がセウスノール基地を照らす中、基地の兵士達は次々と自らの配置へと向かう。
クロコも準備を整えた状態で広間から外に出ようと歩いていた、その時だった。
「クロ!」
その呼び声を聞いてクロコはギョッとした。基地の広間にソラがいた。
クロコはすぐに駆け寄って声を上げる。
「なんでいんだよ!」
その声を聞いてソラはビクッとする。
「ここは兵士と支援員しかいちゃいけねーんだぞ!」
「うん、だから支援員のふりして紛れ込んでるんだ」
「バカヤロー!! 敵に押されれば、ここは攻撃されんだぞ! 死にてーのか!」
クロコは怒って大声を出す。
「でも……」
「おまえはおとなしく避難場所に居ろ!」
「でも……避難場所で、クロの姿を見ずにじっとしてる方が、死にそうになる」
「……………………」
クロコはしばらく言葉を失った。
小さなため息をついたあと、クロコはゆっくりと口を開く。
「……勝手にしろ。このバカ」
「うん、今回は認める」
セウスノールの街の東、その荒野からグラウド国軍が姿を現した。荒野を覆う巨大な軍勢だ。
セウスノール解放軍140000、対するグラウド国軍160000.セウスノール解放軍の命運を懸けた戦いが、いま始まろうとしていた。
国軍は荒野を進み、徐々にセウスノールの街に迫り来る。
西部で最も巨大な都市セウスノール。その街を囲む巨大な城壁は、セウスノールを全て囲んでいるわけではない。
セウスノールの街の西、そこにはいくつにも枝分かれしたクラブン川が流れているため、城壁は必要ない。また北と東の城壁のあいだには林が広域に分布しているため、城壁は分断した形で築かれている。そのため、東から攻める国軍の巨大な軍勢は、攻める方向を必然的に東と南側に限定される。
迫りくる国軍に備え、解放軍は東の城壁の前に立ちはだかる形で40000の横に広げた陣を構える。
その陣の中央にはビルセイルドのエース『進撃の白竜』スロディーン、右翼にはクロコ、フロウ、サキ、左翼には『千牙の狼』アールスロウが構える。
またその軍勢の後方には城壁に挟まれる形で、街を守る巨大砦がそびえ立っている。
対する国軍はおよそ10000ずつに切り取った横長の軍勢を何重にも並べて構えている。
長いにらみ合いが続く中、時は静かに流れていく。
パンッ!
国軍から放たれる一発の信号銃と共に、声を上げ国軍の横陣の一つが動いた。
国軍の軍勢が近づくと共に、解放軍陣の後方にそびえ立つセウスノール砦から、大型大砲の砲撃が放たれる。
国軍を迎撃する形で放たれる大型大砲の無数の砲撃。国軍の軍勢から大きな爆炎がいくつも上がる。しかし国軍は怯まない。
「向かい撃てー!!」
解放軍の軍勢も動く。40000の解放軍兵がうねりを上げて進む。
解放軍の軍勢が国軍の軍勢の間近に迫った時、
ドンドンドンドンドン!!
国軍中央から砲撃の雨が降る。火力に勝る国軍は、それにものを言わせ強烈な砲撃を浴びせてきた。その爆炎によって、解放軍兵は次々と足を止める。しかしただ一人の足だけは止まらなかった。
馬のタテガミのような白い髪をなびかせ、スロディーンは砲弾の雨が降る中、国軍の軍勢に向けて真っ直ぐに突進する。
爆風が包む荒野の中、迷いなく駆けていく。
途中、自分に向けて近距離砲撃が放たれるが、紙一重で避け、ついに国軍の軍勢に飛び込んだ。
「ウオオオオオオッ!!」
スロディーンは雄叫びをあげ、大剣を振り回す。
ギュンギュンギュンギュンギュンッッ!!
スロディーンの暴風のような斬撃と共に、その周辺を大砲の破片や砲兵達が舞い飛ぶ。
「な、なんだ、こいつは!」
砲兵達が混乱する中、スロディーンは縦横無尽に暴れまわる。
スロディーンによって国軍の砲弾の壁が崩されていく。
「オレ達も続くぞーッ!!」
中央の解放軍兵がスロディーンに続いて、突進する。
解放軍右翼、そこの一角でフロウは小剣を振り回す。
ヒュヒュヒュヒュヒュヒュンッ!!
止むことのない高速の斬撃で敵を次々と斬り伏せる。
その斬撃により剣兵の壁が崩れ、それと共にフロウはさらに前進しようとした、その時だった。
ヒュゥンッ!
鋭い斬撃がフロウを襲う。
「……!」
後ろに跳び、とっさにかわすフロウ。
フロウの目の前に長槍を持ったアグレス・ロウレイブが姿を現した。
ロウレイブは解放軍を見渡す。
「さあ、どこにいる……クロコ・ブレイリバー」
解放軍左翼、そこではアールスロウが前衛に立ち、剣を振るう。鮮やかに弧を描く美しい剣技で、国軍兵を次々と斬り伏せていく。
そのアールスロウの前に一人の国軍人がゆっくりと歩み寄ってきた。
その軍人は白い将軍服に身を包んでいた。
「……!! 『七本柱』か……」
アールスロウの前にファイナス少将が姿を現す。右手には無数の鍵爪を付けた不気味な槍が握られていた。
ファイナスは不敵にほほえんだ。
「さて、終わりを告げる戦いの始まりだ」