4-6 ガルディアの特訓(前編)
朝の鐘がフルスロックの街にゴーンゴーンゴーンと響く。
基地の廊下、そこでクロコはソラとばったり会った。
ソラは会うなりすぐに、ある言葉を口にする。
「……まだその姿なんだね」
「ああ」
クロコはぶっきらぼうに答える。
「なかなか戻らないね」
「ああ」
「まっ、気長に待てってことだよね」
「ああ…………そういうことだな」
基地の一室。
「ファイフ、これから一週間のオレの仕事。おまえに任せていいか?」
書類に埋もれた机に座りながらガルディアが言った。
「いやです」
向かいに座るアールスロウは即答した。
「おまえ……理由ぐらい聞けよ」
「言い訳なら聞きませんが、理由なら聞きましょう」
「……理由だ」
「なんでしょうか」
ガルディアは顔を上げてアールスロウを見た。
「クロコに関して何だが」
「……? クロコがどうしました」
「前にクロコの稽古中にオレが言ったこと覚えてるか?」
「言った内容は覚えていますが、どれのことですか?」
「あいつの稽古、締めぐらいは付き合ってもいいって」
「言っていましたね」
「これから一週間、徹底的にあいつを鍛えたい」
「……この時期にですか?」
「ああ、あいつにはそれをやる価値があると思う。才能の目覚めってのは一瞬だ。才能ってやつはあることをきっかけにして目覚めるように急激に伸びるモンだが、あいつの伸び方は今までずっと緩やかなんだよ」
「つまり、どういうことです?」
「あいつの才能はまだ目覚めてない。目覚めてない段階で、すでにおまえに匹敵する力を持っている。もしあいつの力が目覚めれば、相当なものになる」
「……なるほど、しかし、あなたは少しクロコの面倒を見過ぎている気もしますが」
「……まあ否定はできないな。とはいえ解放軍にとっても必要な力だ、あいつにはそれだけの価値がある」
「分かりました、そういう判断ならば、あとはあなたに任せます」
首都ゴウドルークス、きれいに舗装された純白の石畳の道に、無数の巨大な純白の建物が連なっている。
そこにそびえるグラウド国軍本部基地。巨大な四角い建物が無数に集まったような複雑な造形をしており、その中心に位置する巨大建築物は天にも伸びるような高さを誇っている。グラウド屈指の巨大基地だ。
そこの広い廊下をロストブルー中将が歩いていた。すると向かいに将軍服を着た男が歩いてくる。
その男は年齢五十代前半、顔を整えられた白い髪とひげで覆われ、丸っこい顔には少したれ気味の小さな目が浮いている。目こそ小さいがそこから放たれる眼光は鋭い。
グラウド国軍のトップ、サーマス・オルズバウロ元帥だ。
「これはオルズバウロ元帥、ごぶさたしております」
「ロストブルーか」
愛想よく挨拶するロストブルーに対して、オルズバウロは表情一つ変えない。
ロストブルーはほほえみながら口を開く。
「いよいよセウスノールに向けて進行ですか。これから忙しくなりますね」
「ああ、中部と北部の兵力を総動員する予定だ。とっととあの目障りな軍を潰しておかなければな」
「いよいよこの戦争の終結が見えてきたという訳ですか。本来なら私も力になりたいところですが。あいにく議員という立場上、ここからあまり離れるわけにはいきません」
「構わんよ。君がここにいる限り、我々は常に切り札の一つを残していることになる」
「高い評価、光栄です」
「別に私は年齢も生まれも気にはしない。能力ある者がそれ相応の地位に就くことは当前のことだと思っているからな」
「ほう、そうなのですか」
「とはいえ能力にあぐらをかいて仕事をおろそかにする姿勢は気に食わん。そういう事はないように願いたいな。こんな時期だ、軍務以外の理由で首都を離れることのないようにな」
オルズバウロ元帥は静かな口調で言った。
「承知しました」
ロストブルーはほほえんだ。
本部基地の東、総務省局の資料室に二人の男が入ってくる。
ライトシュタイン中将とグランロイヤー総務大臣だ。
部屋の棚には数えきれないほどの資料がぎっしりと詰まっている。
「大した量だな」
ライトシュタインは感心した様子だ。
グランロイヤーが棚の一つを触りながら口を開く。
「部下には資料の整理と伝えてある。ここなら各省の大体の情報を知ることができるよ」
「さすがは全ての省をまとめる総務省だ」
「それは誉めすぎた言い方だな。実際には各省のフォローしかやっていないよ」
二人は机にめぼしい資料を積んで、資料一つひとつに目を通す。
しばらくの時間が経ったあと、グランロイヤーがおもむろに口を開く。
「なかなか人物を絞るまでにはいかないな」
「ああ、確かにな。人物の特定までに至らない。だがあやしい者はある程度浮き上がってはくるな」
ライトシュタインは資料を見たまま言った。
「君にはそう映るのか、誰があやしく映ってるんだ?」
「まずは皇務大臣のレッテルだな」
「レッテルか……まあ、確かに皇務大臣は皇帝との関わりが必然的に生じる役職だが」
「君は皇務省にも勤めた時期があったな、レッテルとの関わりはあるのか?」
「ああ、彼とはよく組んで仕事をしたよ」
「どういう人物なんだ?」
「まじめな男さ、堅物でな、少し融通が利かない。あまり大それたことを考えるような奴とは思えないな」
その言葉を聞いて、ライトシュタインは一度あごをさする。
「彼の議会での動きを見ていると、特に議会の流れに沿って意見を言っている印象を受ける。真面目というのは従順だということだ、彼は自らの信念や主張と言ったものを持っていない。そういう人間は総じて力のある側に流れる傾向がある。私は注意すべき人間だと判断しているがな」
それを聞いてグランロイヤーはあごをさする。
「うーむ、そうか。あとあやしいって言ったらゴッドブラン中将はどうだ。戦争推進派の代表格だろ」
「彼は完全な軍人気質だ。狡猾なタイプではないし、少なくとも主犯格ではないな。第一彼はサンストンとの国境線の守護に全精力を注ぎ込んでいるから、首都に居ること自体ほどんどない」
淡々としゃべるライトシュタインを見て、グランロイヤーは頭を触る。
「そうかね、あとはホーククリフ大将はどうだ? 資料を見る限り、内乱が増長した結果となったミネルセイ事件の司令官だ」
「ホーククリフ大将か……彼は頭が切れるし、鷹派と穏健派の中間の微妙な立ち位置を常に維持している。確かに彼は少し引っ掛かる。確か元部下にラティル大佐がいたな。少し彼についての情報を探って見るか」
「君はほかにあやしいと思う人物はいるのかい?」
「そうだな、私はルイ・マスティンもあやしいと感じている」
それを聞いて、グランロイヤーは少し眉を寄せる。
「ルイか? 君はルイを信用していないどころか、疑ってもいるのか。はっきり言って、私としては友が疑われるのはあまりいい気持ちはしないな」
「彼については、情報が少ないうえ、少し前に探りを入れたがガードが固くて何も得られなかった」
「あいつが何か隠し事をしてる可能性はあるが、少なくとも『ダークサークル』を起こした者たちとは無縁だと思うがね。彼はそもそもそういう人間じゃない」
「だが信用すべきではないな。君も一度、彼を疑ってかかるべきだ」
ライトシュタインは無機質な目でグランロイヤーを見た。
「やれやれそうかい、あとあやしい人物と言ったら…………ああ、彼はどうだ? オルズバウロ元帥。完全な戦争推進派だし、ある意味この内乱と最も関わりの深い人物だ」
「彼か……彼は今の所そこまで注意はしていないな。彼は好戦的な性格ではあるが、彼の行動を見ていると、軍人の責務に対してはきわめて忠実に動いている。彼が関わっている可能性は薄いと判断している」
「そうか…………ううむ、正直言って君は不気味なほど人を分析してるな。ほとんど接点のない人物もいるはずなのに……これほど人を見ているやつは初めてだよ」
「面と向かって私のことを不気味と言ったやつは君が初めてだよ。さて、ではそろそろ内容をまとめるか」
シャルルロッド基地の食堂、そこで働くレイア。
スコアが基地を出て二日が経っていた。
レイアは空のテーブルを拭いてまわる。大きな戦争の準備と共に、日に日に基地の兵士が少なくなっていた。それにつれ、食堂の景色もどこか殺風景になっていく。
兵士達が食事をしている横のテーブルを拭いている時だった。レイアの耳に兵士達の話し声が聞こえてくる。
「もうすぐ始まるな、これでいよいよこの戦争が終わるかもしれない」
「過去最大の戦争になるだろうって話だ」
「それだけにこっちにもでかい被害が出るんだろうな。……多分、ここのやつらもたくさん死ぬんだろうな」
その言葉を聞いたレイアの手が止まる。
「そう言えば、スコア・フィードウッドも行ったのかな」
「ああ、もう二日前に向かったらしいぞ」
「あいつに関しては何にも心配いらねぇな。なんせあの強さだ」
「分からんぞ、これだけでかい戦争だ。実際あのフレアでさえも戦死してるんだ。もう、廊下でコケるあの姿も見れなくなるかもな」
レイアは自分の体が震えるのを感じた。
休憩時間になっても、レイアの体の震えは止まらなかった。
レイアは落ち着かず、うろうろと廊下を歩きまわる。
ふと窓から基地の広場を見ると、ちょうど新たに基地を出る軍用の荷馬車が目についた。大砲を積んでいるところだ。
「スコア……」
レイアは廊下の壁に寄り添って震えるようにその名を呼んだ。
何とか体を起こし、もう一度窓を見る。
荷馬車は大砲を積み終えていた。その様子を見た途端だった。
レイアは突然、廊下を勢いよく駆けだした。
フルスロックの実技場。そこでクロコとガルディアは向かい合っていた。
ガルディアは大型の木剣をヒュッと一回振った。
「さて、クロコ。これから一週間、オレに付き合ってもらうぞ」
「……でも特訓って言っても何すんだ。技術なら一通り修得したぞ」
「オレは技術は教えない。教えるのもうまくない。……けどな、オレは教えるのが上手いことが一つある」
「なんだ?」
「直感だよ」
「直感……?」
「ああ、第六感や、一瞬の判断なんかの類さ」
「そんなもの教えられるもんなのか?」
「まあ多少荒行事になるな。ついでに言うと昔アールスロウを特訓した時は、あいつ三日で動かなくなったな。あっ、死んだって意味じゃないぞ」
「知ってるよ! てか三日かよ」
ガルディアは真剣な表情になる。
「オレはな、教えるからには半端なことはしたくない。半端な教えがイコールとして教え子を死なすことになるからだ」
ガルディアは鋭くクロコを見た。
「一週間意地でも耐えろよ……て言いたいトコだが、まずは、なにより死なないように気をつけろ」
ガルディアはクロコに木剣を向ける。
「気を抜けば、冗談抜きで死ぬからな」
その言葉を発した途端、ガルディアから震えるような鋭い気迫が放たれた。
それに応じてクロコも構える。
「気を抜けば死ぬか……上等だ。あんたが強いってのはしょっちゅう聞くが、実際のところ、どれくらい強いか見たことねーんだ。どれくらいのもんか試してやる」
「いくぞ」
ガルディアは動いた。暴風のように一直線にクロコに突進する。そのスピードにクロコは驚く。
(速い……!)
ガルディアは一瞬で木剣を振り下ろす。
ギュオンッ!
クロコは間一髪でそれを避けた。
ガルディアの避けられた斬撃はそのまま実技場の床を切り裂いた。深く裂ける木製床。
「……なっ!!」
クロコは驚く。
(おいおい木剣だろ? 冗談じゃねーぞ! なんだよあの威力。当たったらホントに死ぬじゃねーか!!)
「どうしたクロコ? 逃げるんだったら逃げてもいいぞ」
「くっ、ふざけんな!!」
クロコは勢いよく突進した。素早くしなるような斬撃を放つ。
ビュンッ!
ヒラリとかわすガルディア。
クロコはすぐさま蹴りを飛ばす。
それもあっさりかわすガルディア。かわす際にクロコの足をつかみ、そのまま力任せに一気に引き寄せた。
「くっ……!」
ガルディアはそのまま、斬撃を叩きつける。
ギュオンッ!!
クロコはとっさに木剣で防御した。
ガアアアアアアアンッッッ!!!
大きな音が実技場に響き、クロコは勢いよくふっ飛ばされ、壁に激突した。
「が……ッ!!」
クロコは吐き出すような声を漏らし、壁にそのままもたれかかった。
「クロコ」
ガルディアが静かな口調で名を呼ぶ。クロコは小さく息を乱したまま答えない。
「どうしたクロコ、立て。ここが戦場なら、おまえはこのまま死んでいるぞ」
その言葉を聞いてクロコはムクリと起き上がる。息を乱しながら、必死でガルディアをにらみつける。
「いい眼だ。その集中をこの特訓中に常に維持していろよ」
その言葉を口にしたガルディアから、鋭い威圧感が放たれる。
「く……!」
クロコは自分の体が恐怖でわすかに震えるのを感じた。
「うあああああっ!!」
恐怖を押し殺すようにクロコは叫び、突進した。
高速の斬撃を放つクロコ。
ビュンビュンビュンビュンッ!!
クロコの連続の斬撃は全く当たる気配がない。ガルディアは最短の動きであっさりとかわしていく。
「クソ……!」
クロコがそう声を漏らした直後、太い足がクロコに向かってバネのように飛んできた。
ゴスッ!!
鈍い音が響き、クロコの体は宙に弾き飛ばされた。そのまま地面に勢いよくぶつかり、少しのあいだ転がったあと、止まった。
クロコは動かなかった。
体をわずかに曲げたままのクロコ。苦しさのあまり体が動かなかった。なんとかわずかに顔を上げた時だった。目の前にガルディアが立っていた、木剣をすでに振り上げている。
ギュオンッ!!
木剣は床を切り裂いた。クロコは起き上がり紙一重で逃れていた。素早く後ろに跳び、距離をとるクロコ。その顔は恐怖で引きつる。
(冗談じゃねぇぞ、マジで殺される)
ガルディアは冷静な表情で静かににらみつけている。
「初めに言ったよな? まずは死なないように気をつけろ、気を抜けば死ぬって」
ガルディアは再び剣を構えた。
「続けるぞクロコ。特訓はまだ、始まったばかりだ」




