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4-5 シャルルロッド回り





「今度の休日に町を回らない?」


 シャルルロッド基地の食堂の隅、そこでスコアは、休憩中のレイアを前にそう言った。


「町を……?」


 レイアは軽く首をかしげた。


「うん、住む場所も働く場所も決まったけど、まだ色々と準備ができてないことも多いだろうしね。色々と整えた方がいいと思うんだ」


「わたしは今のままでも大丈夫」


「大丈夫……? いま住んでる場所は基地の近くの借家だったよね。あそこはもう掃除したの?」


「ううん、別に掃除しなくても、あんまり気にならないから」


「え、じゃあベッドはきれいにした?」


「ううん、でも今までの寝床よりはずっといいし」


「えーと、じゃあ、ふ、服は今何着あるの?」


「二着」


「うーん……」


 スコアは少し黙る。


「レ、レイア。せ、せっかくさ、いい環境を手に入れたんだから、やっぱりその機会を大事にした方がいいと思うんだ。これを機に心機一転して、もう少しいい環境を心がけた方がいいと思うんだ」


 レイアは少し視線を落とす。


「…………そういうものかな」


「うん、とりあえず今度の休日、一緒に町を回ろう」


 レイアは軽くうなずいた。


「うん、分かった」






 フルスロックの実技場、木製の床と白い壁に囲まれた広い正方形の空間、そこでクロコは木剣を振るっていた。

 クロコの木剣から放たれる斬撃は軽やかに軌道を変化させ、突きへと移行する。

 その突きは力強く空気を貫いた。

 突きを放った体勢のままクロコは動きを止めた。


「ほぼ完璧だな」


 近くで見ていたアールスロウが言った。


「この動きはこれでいいだろう」


 クロコは木剣を肩に置く。


「次は? あとはどんな動きがあるんだ?」


「いや、もうない」


「え……?」


「一通りの技術はもう教えた」


「それって……」


「俺が教えられることは全て教えたという意味だ。稽古はこれで終わりだ」


 アールスロウの言葉にクロコは戸惑う。


「だ、だけど、まだあんたの技で教わってないやつもあるぞ」


「元から俺の技を全て君に教えるつもりはない。俺の技は多過ぎるからな。君に教えたのは基本的な技術だけだ」


「…………」


「今まで教えたのはあくまでもオレの剣技だ。だからこそ、これからはその技術を自分自身の剣技へと昇華させる必要がある。それができて初めてその技術は自分のものになるんだ。あとは君次第だ」


「…………そっか」


 クロコは一瞬呆然としたあと、アールスロウを真っ直ぐ見つめた。


「……なら、最後の仕上げに勝負してくれ。オレはあんたに勝ってこの特訓を終わりにしたい」


「いいだろう……と言いたいところだが、あいにく今はダメだ」


「え……!?」


「実はもうかなり時間が押しているんだ。いま忙しい時期でな、すまないがまた次の機会にしてくれ」


「オ、オレに負けるのが嫌なだけなんじゃないか」


 クロコは納得いかない様子だ。対して、アールスロウは冷静な様子で口を開く。


「別に君との勝敗にこだわってはいない。第一、俺より弱い相手にどうして逃げる必要がある」


「こ、このヤロウ……!」


「またの機会だ」


「約束だからな」


「分かっている」


 アールスロウは立ち去った。





 シャルルロッドの町に昼の鐘の音が響き渡る。


 商店通りをスコアとレイアが歩いている。スコアは身に合わないダボダボな服を着ている。

 迷路のように複雑に入り組んだ道には、たくさんの通行人が歩いていた。


「レイア、ボクから離れないでね。この町は迷ったら厄介だから」


「うん」


 レイアは町を見回す。


「この町、どうしてこんな形してるんだろうね」


「ああ、それについては知ってるよ、ボクはこの町の生まれだから。この町は最初は小さな町で、そこから新しい建物や道路をどんどん外側に造っていったんだ。無計画に造っていったモンだからこうなったらしいよ」


「へぇ」


「それより部屋の掃除に思ったより時間を食ったから、早めに買うものを買っておかないと」


「食器の方はもともと置いてあったから、必要なのは服ぐらいかな」


「そうかい、じゃあ服屋だね」


 二人は商店通りの服屋の一つに入った。

 店内は女性用から男性用まで様々な服が飾られている。

 レイアは服を見回る。


「服って高いね」


「お金のことは気にしなくていいよ。ボクが払うから」


「え……それは悪いよ」


「大丈夫、ボク、こう見えてもお金はいっぱいあるから。仕事が決まったお祝いと、住む場所が決まったお祝いを兼ねてのプレゼントだよ」


 スコアはほほえんだ。


「ありがとう……」


 レイアは少し視線を落としながら言った。

 レイアは店を回りながら色々な服を興味深げに見ていた。その様子を見てスコアは思わずほほえんだ。


(やっぱり女の子だな。服を選んだ事なんてないはずなのに……)


 レイアはいくつかの服を眺めながら悩んでいた。


「気に入ったのがあった?」


 スコアが尋ねると、レイアは小さくうなずいた。


「これとこれとこれとこれ、のどれかにしようか迷ってて……」


「じゃあその四着全部買おう」


「え……」


 レイアは戸惑う。


「だって二着しか持ってないんだろう、それぐらい買わなきゃ」


「そうだけど」


「気にしなくて大丈夫だって」


「……スコアは、何か買わないの……?」


「えっ? いやボクは……」


「スコア、服合ってないよ」


「あ……それは、その、いい加減に選んじゃうから、いつも失敗しちゃうんだよね」


「ならわたしが選んであげる。ちゃんと合った服着た方がいいと思う」


「そ、そうかな、別にボクがいい服着たってあんまり変わらないと思うけど……」


「そんなことないよ。ちゃんとした服着れば、スコア、かっこいいと思う」


「そ、そうかな」


 スコアは少し顔を赤くした。


 二人はいくつかの服を買って店を出た。


「これでだいたい用事は済ませちゃったね」


「うん……」


 スコアはレイアに笑いかける。


「これでいろんな服が着れるね」


「うん、スコアもちゃんと合った服が着れる」


 レイアはそう言ってスコアのダボダボの服を見る、その時、レイアはスコアの首と服のあいだで光る何かに気づいた。


「ペンダント……?」


「えっ? ああ、これか」


 スコアは服からペンダントを取り出す。銀色の割れた卵型のペンダントだ。


「スコアってこういうのに興味があったんだ」


「意外?」


「うん」


「まぁ、だけど、趣味ってわけじゃないんだ」


「……?」


 スコアはペンダントを見つめる。


「母親の形見でね。昔落としたことがあったから、身に付けるようにしたんだ」


「そうなんだ。だけど、ちょっと変わった形だね」


「ああ、これは本来はきれいな卵型なんだけど、二つに割れるようになってるんだ」


「なら片方は別の人が持ってるの?」


「うん、もう片方は……」


 スコアは言葉を止めた。


「どうしたの?」


「ううん、なんでもない。それよりレイア、これから二人でちょっとおやつ食べない?」


 スコアはペンダントを服の奥にしまう。


「え、おやつ……?」


「シャルルロッドはケーキがおいしくて有名なんだ。おいしいケーキ屋も知ってるし、一緒に食べよう」


「うん」


 二人はケーキ屋へ向かった。


 広い店内で二人はテーブルを挟んで座る。至る所にカラフルな置物が置いてある店内は多くの客でにぎわっている。


「すごい人だね」


 レイアは周りを見渡しながら言った。


「うん、この店は結構有名で、外からの人もよく寄るらしいよ。レイアはどのケーキにする?」


 スコアはメニュー板を見ながら聞いた。


「どれにしよう……わたしケーキなんて食べたことないから」


「あ、そうか。えーとね、このピンクケーキっていうのはベリーを使ってるきれいなケーキで女の子に人気なんだ。あとイエローケーキはフランセールのワインを使ってて大人に人気で、ホワイトケーキは白い果物をたくさん使ってて濃厚な味で……」


「スコアは何にするの?」


「えっと、ボクはホワイトケーキ」


「じゃあわたしもホワイトケーキ」


 二人はケーキを注文する。


 間もなくホワイトケーキが二つ来た。白いクリームがふんだんに使われ、白い果実がたっぷり載ったケーキだ。


「きれいなケーキ……」


 レイアはケーキを見つめながら言った。ケーキを一切れ口に運ぶ。

 スコアはその様子を見ていた。


「どう……?」


 スコアが聞くと、レイアはすぐにフォークを置いた。


「えっと、口に合わなかった?」


 レイアは答えない。その様子にスコアがわずかに戸惑った時だった。スコアは驚いた。

 レイアが涙を流している。


「ど、どうしたの!? レイア」


 レイアは鼻を小さくすすりながら、涙をぬぐう。


「ううん、その、あんまりおいしかったから……」


「え……!?」


 レイアはフォークをとってまた一口食べる。


「おいしい。こんなにおいしいもの初めて食べた」


 レイアは感動しながら食べる。


「ハ……ハハハ、良かった、口に合わなかったのかと思ったよ。喜んでもらえたみたいで良かった」


 スコアはホッとする。


「うん……おいしいよ」


 レイアはじっくり味わうようにゆっくりゆっくりとケーキを食べた。



 夕暮れのシャルルロッド、コウモリが飛び始める中、スコアとレイアは通りを歩いていた。


「今日はありがとうスコア、色々とお世話してくれて」


「別に気にしなくていいよ。それより楽しかった?」


「うん」


 そう返事をしたレイアの口調はいつもより少しだけ強かった。


「なら良かった」


 スコアはほほえんだ。


「ねぇ、レイア。これから少し寄りたいところがあるんだけど」


「寄りたいところ? でももうすぐ暗くなるよ」


「うん、そうだけど。でも、そこは基地の近くだからそこそこ安全だし、それにボクと一緒なら大丈夫だよ」


「分かった」


 スコアはレイアを連れて、徐々に暗くなっていく通りを歩く。

 路地を抜けて町はずれまで出ると、目の前には広い草原が広がっていた。辺りはもう暗くなっていたため、どこまで続いているのかさえ見えない。

 スコアとレイアはそこを進んでいき、暗い草原の中に立った。


「ここが寄りたいところ?」


「うん」


 スコアは返事をして、暗い草原全体を眺める。


「よく見てて」


 その言葉に合わせて、レイアも草原全体を眺める。

 すると草原に小さな青い光の球が浮いているのが見えた。一つだけではなかった。見ると草原全体にその球が点々と見えてくる。


「なに、この光?」


「まだまだこれからだよ」


 小さい光の球は徐々に多くなっていき、ついに草原全体を青く満たすほどになった。


「星ボタル……この地域にしかいない光を放つ虫さ」


 夜空の中を立っているような幻想的な景色が広がる。柔らかな光が二人を包み込んでいた。


「きれい……」


 レイアはその景色に魅入っていた。


「ねぇ、レイア。少しだけ話を聞いてくれる?」


 スコアはレイアの顔を見た。それに合わせてレイアもスコアの顔を見る。


「きみはこれから新たな環境での生活を始める。きっと慣れないこともいっぱいあって、苦労することも多いと思う」


 スコアはじっとレイアを見つめる。


「きみは今まで辛い思いをいっぱいしてきた。だから、きみは生きることについて、きっといい印象を持っていないと思う。だけど、いまを一生懸命生きれば、いままで味わったことのないような楽しいことやうれしいことが、これからいっぱい起こるから」


 スコアはほほえんだ。


「ボクは明後日、出兵するからしばらくはきみに会うことはできない。だから、きみが困ったとき力になることはできない。だけど、それでもくじけずに頑張ってね」


 それを聞いたレイアはスコアをじっと見て、小さな声を出す。


「ありがとうスコア」


 スコアはその言葉を聞いて、またほほえんだ。


「きみは家族もいないし、故郷もない。だけど、今の生活をがんばれば、きっとこれからきみの居場所になるところが出来る。だからいまはそれを信じて」


 スコアがその言葉を言った直後だった、レイアは少しだけ視線を落とす。


「わたしは……別に新しい居場所なんていらない」


 レイアはほんの一瞬スコアの目を見た。


「わたしには、ただ一つ、たった一つだけあれば……」


「え……?」


「なんでもない」


 レイアは草原の光に視線を戻した。


「そろそろ戻ろう、レイア」


 スコアがそう言うと、レイアは静かにうなずいた。

 二人は草原を歩き出す。柔らかな青い光が静かに二人を照らしていた。







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