4-4 同志集め
フルスロックに昼の鐘が鳴り響く。
基地の廊下をガルディアが歩いていた。すると向かいからクロコが歩いてくる。
「ん……?」
ガルディアは思わず声を漏らした。
「クロコ、おまえ軍服、サイズ合ってないんじゃないか」
クロコはダボっとした軍服を着ていた。
「別にいいんだよ、これで。前に言っただろ」
クロコは左手の白い指輪を見せる。
「いつ呪いが解けるか分からないから、服に締め付けられないように大きめのサイズの服着てるんだよ」
「ああ、そういうことか。けど、動きにくくないか?」
「まあ少しな、けどほとんど問題ない」
シャルルロッド基地の入り口、そこから一人の男が基地の広間へと入ってくる。ロストブルー中将だ。 ラティル大佐が出迎える。
「ようこそシャルルロッド基地へ、ロストブルー中将」
「久しぶりだね。ラティル」
二人は握手をする。
「兵士達が寄り付かない内にこちらへどうぞ。あなたは有名人ですから」
ラティル大佐は案内するように前を歩く。
「ああ、悪いね」
基地の一室、そこで机を挟んで座るロストブルーとラティル。
「しかし、どうされたのですか? 突然理由もなしに私を訪ねにいらっしゃると聞いた時は少々驚きました」
ラティルがそう言うと、ロストブルーはほほえむ。
「内密な話なのでね」
「内密……?」
ロストブルーは少し目を鋭くして口を開く。
「ラティル。君は今の国の状況について、不自然に感じたことはないかな?」
「不自然……ですか。そうですね、状況としては疑うまでもなく不自然だと思いますが」
「ならば、その不自然さの理由については考えたことはあるかい?」
「理由……ですか。そこまで深くは。私は国全体について考察するようなことはあまりしませんからね。せいぜい、自分の身の回りや、基地全体程度のものですかね」
「まあ、普通はそうか」
「あなたなら、そこまで大きな枠組みを常に考察していても不思議ではないとは思いますが」
「ああ、だが私でも、彼に聞くまでは気付くことはなかった」
「彼……?」
ロストブルーはラティルの目を見つめた。
「ラティル。私は君という人間に対し、高い信頼を置いている。そして今から話そうとすることは世界にかかわる極めて重大な話だ」
「極めて重大……ですか」
ラティルの表情にわずかに緊張が走る。
「その話を聞けば、君はもう引き返せないかもしれない。けれど、君が力を貸してくれることで、今の世界を変えるきっかけとなるかもしれない。だからこそ問おう、君にはその話を聞く覚悟はあるか?」
ロストブルーのその話を聞き、ラティルは少しのあいだ考えた。
「構いません、聞かせていただけますか?」
それを聞いてロストブルーはほほえんだ。
「君ならそう言ってくれると信じていた」
ロストブルーは真剣な表情になる。
「では話そう、『ダークサークル』その裏に隠れた邪悪な意思の存在を」
同じ頃、シャルルロッドより南東の地、首都ゴウドルークス。その一角に建つ総務省局、そこの大臣室。
一人の男が立派な机に座りながら書類を見ている。
その男は年齢四十代前半、黒い髪に深い黒ひげ、太い眉に鋭い目。威厳に満ちた見た目だが、表情はどこか人なつっこそうだ。
グラウドの総務大臣ジオ・グランロイヤーだ。
その横には、一人の剣士が立っている。
その剣士は年齢二十代半ば、長身で、柔らかい赤髪に鋭く大きな目、どこか威圧的な雰囲気を持っている。
大臣室の扉がノックされる。
「なんだ?」
すると秘書が入ってくる。
「お客様がお見えになられました」
グランロイヤー総務大臣は顔を上がる。
「お客? そんな予定はないが」
「しかしお客がお客なので」
「誰だ?」
「ザベル・ライトシュタイン中将です」
「ザベル……!?」
客室にグランロイヤー総務大臣が入る。その部屋のイスにはすでにライトシュタインが腰掛けていた。
「おいおいザベル。突然連絡もなしに何の用かね」
「すまないなグランロイヤー。少し事情があってな」
グランロイヤーは向かいのイスに座る。ついてきた護衛の剣士が横に立つ。
「事情だって?」
「君に話したい事があるんだ」
「君が? 私に? なんだって言うだ」
グランロイヤーは面食らった顔をした。
「ただここでは少し落ち着かないな。もう少し人が寄り付かない場所がいいな」
二人は建物の端っこにある部屋まで歩く。その途中、ライトシュタインが護衛の剣士を見る。
「彼は?」
「ああ、彼はリーヴァル。リーヴァル・クロスレイ。私の護衛だよ」
リーヴァルは軽く礼をする。
「彼はもと聖騎士候補生でな。私がそこから引き抜いて雇ったんだ。護衛として連れ回すのは割と最近だな。だが、それ以前から彼には色々な仕事をさせてる。その関係で付き合いは長いよ」
「聖騎士……ゴウドルークス最強の剣士隊の元候補生か。なるほど、近頃横行する重役殺しの対策かね」
「ああ、私は君達軍人のように自分で身を守ることはできないんでな」
「そうか、ただ私のする話には席を外してもらおうか」
「外す? 彼は信頼の置ける男だよ」
「だれかれ構わず信頼するのは悪い癖だな。少なくとも私は信頼していない、席を外してもらおう」
「やれやれ、リーヴァル」
グランロイヤーの合図でリーヴァルは廊下の隅に立ち止まる。そのリーヴァルを残し、二人は人通りのない端の部屋へと入る。
部屋に入ると二人は奥に置かれたイスに座る。
「……で、話っていうのは?」
「内密な話だ」
ライトシュタインがそう言うとグランロイヤーは戸惑った顔をする。
「君が訪ねてくるだけでも珍しいのに、それに加えて内密な話とはね」
「都合が悪いならやめておこう」
「いや、構わないよ」
グランロイヤーはイスに深く座る。
「しかし、君が私に内密な話とはね。私は君の信頼をおける数少ない人間……と、思われていると判断しても良いのかね?」
「君は自らの考えをストレートに述べるし、常に自らの意思を含んだ発言をしている。大臣の中では一番信頼できる人物だと判断している」
「君にそこまで言われるとは光栄だが……少々プレッシャーだな」
「別に気張ることなどない、私が勝手にそう思っているだけことだ」
「そうかね。で話というのは?」
「『ダークサークル』についてだ」
シャルルロッド基地の一室。机を挟んで向かい合うロストブルーとラティル。
そこでラティルは緊張に満ちた表情をしていた。
「ずいぶんなスケールの話ですね。私程度には大き過ぎるような気もしますが」
「……私がこの話を持ち出したのは、君にはその資格があると判断したからだよ」
「光栄、というべきなのですかね」
「協力するか否かは、君の判断に委ねよう。今ならまだ引き返せるかもしれない」
ロストブルーのその言葉に対し、ラティルは即答した。
「協力しましょう。深く見れば、私の身の回りにも関わることです。聞いたからには見て見ぬふりはできません」
ロストブルーは満足そうに笑みを浮かべた。
「ありがとう」
「私は立場上、あなたほどの情報は集められませんが……」
「君には独自の人脈と情報網がある。少ないであれ、そこから得られる情報は貴重だ。それに私は何よりも君自身に信頼を置いている」
「光栄です」
ロストブルーは立ち上がって握手を求めた。それにラティルが答える。
二人が握手をした、ちょうどその時、
バタンッ!
扉の向こうの廊下から大きな音がした。
「何の音だ?」
ロストブルーのその言葉を聞いてラティルが笑みを浮かべる。
「たぶんスコアが転んだんですよ。いつものことです」
「スコア……スコア・フィードウッドか」
「はい、あなたの再来ですよ」
「ふむ……」
ロストブルーは一瞬何かを考える。
「ラティル、悪いが十分ほど時間を潰してもらえないかな」
ラティルはほほえんだ。
「了解しました」
総務省局の一室、その奥でライトシュタインとグランロイヤーはイスに座り向かい合っていた。
呆然とするグランロイヤー。
「正直信じ難いな……総務大臣の私にとってはあまりにも身近過ぎる」
「信じられないというのなら、私の集めた資料を見せよう。君ほどの人間が見れば十分に信じられるだろう」
その言葉を聞いてグランロイヤーは少しのあいだ黙った。
「……もし今の話が本当ならば、この首都で活動する人間を中心とした組織が構成されている可能性が高い」
グランロイヤーは緊迫した表情で言った。
「それをあぶり出すために、君の力が必要だ」
「……いくら君とはいえリスクは高いぞ」
「だから仲間を集めている」
「いま仲間はどれくらいいるんだ」
「少ない、とだけ言っておこう。今のメンバーだけではその者達に対抗するのは難しいだろう」
「だからこその私か」
「君がこちらに付いてくれれば、戦力としては十分に対抗できるだろう」
グランロイヤーはしばらく何かを考えたあと、ゆっくりと口を開いた。
「怖くなったら逃げだすかも知れんぞ」
「それでも構わない」
「分かった。協力しよう」
「感謝する」
二人は握手をした。
「メンバーはほかには誰がいるんだ?」
「悪いがそれは言えない。人数が少ないあいだは、仲間内であろうとメンバーを明かさないようにしている。勧誘した者の中に敵が混ざっていた場合、芋づる式に潰されることを防ぐためだ」
「なるほどな」
「君も仲間を勧誘する時は、私の名を伏せてくれ。それとこの話は下手に記録として残さず、君の頭の中にだけに留めておいてくれ。間違っても他者には話すなよ」
「ああ、分かっているよ。その手のことに関しては立場上慣れてる」
グランロイヤーがそう返事をすると、ライトシュタインは部屋の扉の方を見る。
「あの護衛の剣士にも言うなよ」
「リーヴァルか。彼が私を裏切るとは思えないが」
「どこに密偵が潜んでいるか分からないし、話がどこから漏れるかも分からない」
ライトシュタインは念を押すようにグランロイヤーをじっと見つめた。グランロイヤーは少し顔を引いた。
「ああ……分かった。そうだ、君は私が一番信頼できる大臣と言ったが、もっと信頼できる男を知っているぞ」
「誰かね?」
「軍務大臣のルイ・マスティンだ。彼とは大学時代からの付き合いだが、あの男は信頼できる。それにかなり優秀だ」
グランロイヤーは自信満々に言ったが、ライトシュタインの反応は薄かった。
「彼はやめておいた方がいいな」
「なぜだ?」
「彼のプライベートを知る者は少ない。いくら人格的に信頼できそうでも、そういう者は避けておいた方が無難だ」
「うーん、いいと思うんだがな」
「とにかく、それについての情報収集を君に頼みたい」
「ああ、任せてくれ」
シャルルロッドの一室では、スコアとロストブルーが向かい合って座っていた。
スコアは緊張した表情で固まっている。
ロストブルーはスコアに向けてほほえむ。
「君とは前から話がしたいと思っていたんだ」
「は、はい!」
スコアはピシッと返事した。
「あまり緊張しなくてもいいよ。私はこれでも大分いい加減な性格なのでね」
「は、はい」
「旅行先で住民と祭りを楽しんだり、たまたま見かけた湖に飛び込んだりしているようなやつさ。極端な例では、解放軍の基地に忍び込んだ時もあったな。本名を名乗っても笑われたよ」
「は、はあ……」
スコアは呆然としている。
「最近なんかだと、若い女の子を食事に誘ったりしたかな」
「……は……はあ…………あの……」
「ああ、妻はいるよ。娘も」
「……………………」
スコアは今度はあぜんとした表情で固まった。
「さて笑い話はさておき、君からは色々と話を聞きたくてね」
「話、ですか?」
ロストブルーは手を組んで、青い瞳でスコアをじっと見つめた。
「そう……剣士としての君の話を聞きたいんだ」
「剣士……ですか?」
「君はどうして国軍で戦っているのかな?」
「ボクが、戦う理由ですか?」
「私はそれに非常に興味があるんだ。私と同じ『瞬神の騎士』の名を持つ君のね。噂に聞く君の強さは、とても力強い。強い信念を感じるんだ」
ロストブルーの言葉を聞いて、スコアは少し戸惑う。
「ボ、ボクはそんな大それたものじゃ……」
「大それたものではなくても、理由はあるのだろう?」
その言葉を聞いて、スコアはロストブルーを見つめた。
「ボクは……守りたいんです。大事なものを」
「それを守るための強さ。それを君は持ちたいと思っているのかね」
「はい」
「何かを失った経験があるのかな。何かを守れなかったことが」
それを聞いてスコアは少し辛そうな顔をする。
「はい……」
「そうか。私が強さを求めたのは、国を変えたかったからだ。貴族が支配する国で、平民である私にできること、変えられることがあると信じてね」
「平民として国を変えるため……」
「そうだ、私が若かった頃はちょうど『ダークサークル』が起きた時期でね。あの頃の私は様々起こる世界の変化に翻弄されていた。それ故に世界を変えたいと強く願ってもいた」
「立派な志ですね。それに比べるとボクの理由なんてずいぶんと自分本位です」
「そんなことはない。立派で誇り高い志だと、私は思うよ」
ロストブルーはほほえんだ。
「ありがとうございます」
「もう一つ聞かせてもらおう。君は国軍人として自分自身の信念を貫いている。ならば、解放軍は正しくないと思っているのかね」
ロストブルーはじっとスコアを見る。
「ボクは、正しくないと思います」
スコアははっきりとした口調で言う。
「少なくとも解放軍が活動することで、世界に争いが起きている。争いが起きれば、犠牲が出ます。犠牲になった人たちを何よりも大切に思っている人がいる。その犠牲が、ボクの守りたいものになる可能性だってある」
「なるほど、けれど、それは君がすでに大切なものを持っているから言えることなのではないかね。荒廃した世界の中では、自分が大切にできるものを何も持っていない人も出てくる。働き場所のない者、家族のない者、住む場所を焼かれた者、奴隷」
スコアはピクッと反応した。
「何も持たぬ者が、自分にとっての大切な何か、それを求めることが果たして間違っていると言い切れるのかな。希望を求めることが誤っていると言えるのかな?」
ロストブルーのその言葉を聞いて、スコアは少し眉を寄せた。
「あなたは……国軍人ですよね。ならあなたは、解放軍は間違っていないと?」
「国軍にも、解放軍にも互いに正義はあると考えている。だが、どちらも正しいなどとは考えてはいない。必ずどちらの方がより正しいというものは存在はする、そう考えているよ。ただし、それを果たして人間が判断できるかと言うと少し疑問に思う所だ」
「あなたには自分が信じる正義はないと?」
「あるさ、私が着ている軍服がその答えになっていないかね?」
「………………」
スコアは少し視線を落として、何かを考えていた。
少し間を置いてロストブルーが口を開く。
「今の意見を聞いて、君の答えは変わったか?」
「いえ、それでもボクの答えは変わりません。ボクはただ、大切なものを守るだけです」
「力強いな。迷いなき強き信念。軍人としてはこれ以上なく力強い。しかし……もし、君の信じる世界が、君の思っているものとは大きく異なっていたとしたら、君は変わらずその信念を守り切ることができるのだろうか?」
ロストブルーはスコアの眼鏡の奥の深い青い瞳を見つめる。
「変わらぬということは力強いということだ。しかし、変化する環境の中で変わらないということは愚かなことだ。世界の変化を君が知るとき、君はどういう決断を下すのか非常に興味深いな」
「………………」
スコアは少し戸惑った表情をしていた。
ロストブルーは小さく息を吐いた。
「どうも私は少し年寄り臭いな。前にもつい君と同じぐらいの年の子に、軽い警告をぶつけてしまったんだ」
ロストブルーは立ち上がった。
「なかなか興味深い話だったよ。付き合ってくれてありがとう、スコア」
シャルルロッド基地の食堂、休憩中のレイアに、一人の軍人が近づいてきた。
ラティル大佐だ。
「やあレイア」
ラティルが笑顔で挨拶する。
「……あ、ラティル大佐」
レイアは鈍く反応した。
「元気そうでなによりだ、今ちょうど時間を潰したくてね、少し話し相手になってくれないかい?」
「あ……わたしでよければ」
「ありがとう」
「あの、この前は、ありがとうございました。大佐のおかげで……」
レイアは少し視線を落としながら言った。
「私よりスコアに感謝すると良い。私はただ休憩の合間に書類を一枚でっち上げただけだ。それに比べればスコアの方がよほど動いている」
「……そうですね、スコアには迷惑かけてばかりで」
「別にそんな風に思う必要はないよ。他人の厚意にはしっかりと応えること、それが一番大切なことだ。その方が、本人が喜ぶからな」
「はい、そうですね」
「それに、スコアも君には助けられている。親友の件に関してね。それについては私も君には感謝しているよ」
「そ、そんなこと」
「まあ仲良くやるといい」
レイアはラティルの顔をじっと見た。
「…………あの」
「なんだね?」
「一つ聞いてもいいですか」
ラティルはほほえんだ。
「聞きたいことがあれば何でも聞くといい」
「スコアはその……大丈夫なんですか?」
「大丈夫と言うと?」
「スコアは国軍として、戦争をしているんですよね。でも、わたし、スコアがそんなことして大丈夫なのかなって思って。スコア、そんなに強そうに見えないから」
それを聞いてラティルは笑った。
「ああ、それは心配しなくていい。彼の強さは折り紙付きだからな」
「……本当ですか?」
「ああ、彼一人で一個中隊にも対抗できるだろう。いや、冗談じゃないぞ。ちょっと前までは、彼は一人で馬を駆けて、戦場という戦場を回っていたぐらいだ。そんなことをしているのは国軍では彼と、レイデル・グロウスと言う剣士ぐらいさ」
「そうなんですか、スコアって、全然そういう風には見えなかった」
「まあ普段の彼から想像するのは難しいな。私なんか頭を使うのは得意だが、戦闘はからきしでな、羨ましい限りさ。……おっと! そろそろ行かないと、とても偉いお客が来ているんだ」
「あ……すみません」
「ああ、気にしなくていい、偉いと言っても変な人だから」
ラティルはサッと立ち去った。




