4-2 染物工場事件
フルスロックに朝日が差し込む。フルスロック基地の廊下ではソラがいつものように果物を届けに来ていた、カラの荷車を引くソラ。
「よう、ソラ」
ガルディアが元気よく挨拶をする。
「あ……ガルディアさん、おはようございます」
気のない返事をするソラ。
「……? どうした、元気がないな」
「え……あ、すみません」
「どうした、何か悩み事か。オレでよければ話を聞くけど」
「あの……実は……」
ソラはゆっくり口を開く。
「この街の北にある大きな染物工場のことはご存じですか?」
「ん、ああ、知ってるよ」
「そこで働いてる私の友人がケガをして」
「友人が……」
「はい、ここ最近起きてる傷害事件です。染物工場の従業員が勤務中に狙われているっていう。被害者はもう十人以上」
「そんな事件が起きてたのか。オレの耳には入らなかったけどな」
「そうでしょうね。犯人は従業員の中にいるっていう見方が強いので、工場側も極力、外部に漏れないようにしているって話ですし。幸いまだ大きなケガをした人はいないらしいんですが」
「とはいえほっとくわけにはいかないな。治安維持も解放軍の大事な仕事だからな。よし、ウチのやつを送って見るか」
フルスロックの北、そこには大きな工場が建っている。
その入口の前には四人の人影が立っていた。
その内の二人はクロコとソラ、残りの二人は少年の軍人だ。
一人は見た目年齢十四、五、150cm満たない小柄な体形で、柔らかい灰色の髪、整った顔をしている。
クロコの基地の仲間フロウ・ストルークだ・
もう一人は年齢十三、四、一ヶ所はねた黄色い髪、ぱっちりとした目に透きとおるような緑色の瞳が浮いている。
同じくクロコの仲間のサキ・フランティスだ
フロウは工場をまじまじと見ながら口を開く。
「グラウド一の染物工場リザーポイント。労働者は全部で200人か……」
「さて、どうするか」
クロコはフロウを見ながら言った、するとソラが答えた。
「犯人は労働者の中にいる可能性が高いから、軍人が調査になんて来たらすぐ隠れちゃうかも。だから潜入捜査がいいと思うよ」
「なぜおまえが仕切る。だいたい、なんでおまえがいるんだよ」
クロコがソラに文句を言った。
「ことの発端は私なんだし、このままほっとく訳にはいかないよ。それに私は絶対必要だと思うし」
「必要……?」
「この工場の労働者は全員が女なんだ。だから怪しまれないように潜入調査をするには女の子じゃなきゃ」
「…………」
クロコは一瞬黙った。
「がんばれよ、ソラ」
「ダメ、クロコも一緒」
そんな二人を見るフロウとサキ。
「じゃあ犯人を見つけたら呼んでよ」
「ボクらはここで待機してるんで」
「お、おい、冗談じゃねえぞ! 女装なんて二度とゴメンだからな!!」
「大丈夫だいじょうぶ、普通にズボンでいいから」
それを聞いて安心するクロコ。
「ああ、そうか、なら……」
「ただ口調は女の子でね」
「………………」
クロコは固まった。
「クロコ、これも立派な軍務だよ」
フロウがクロコの肩をポンと叩く。
「うーん、でも私とクロコだけじゃ不安だからもう一人くらい欲しいな」
ソラはそう言ってフロウとサキを見る。すぐさまフロウが口を開く。
「だけどソラちゃん、男じゃ怪しまれるんでしょ?」
「うん、だから女装して」
「「……………………」」
フロウはサキを素早く見る。
「がんばってサキ君」
「えっ!? い、いやですよ。フ、フロウさんの方が似合いますよ、きっと。身長的にも」
「サ、サキ君ぐらいの身長の女の子もそれほど珍しくないと思うなー」
「じゃあ、あとでもめないように、二人ともにしよっか。実はもう四人で手続き終えてるんだよね」
「「………………」」
ソラの言葉に二人は固まった。
「二人はちゃんと女物の服着てよ、それとカツラ。でないとさすがにバレちゃう」
「「………………」」
「じゃあ偽名を決めるね。フロウ君はフローラ。サキ君はサーニャ、クロコは…………エリザベス」
「オレだけテキトーだろ!!」
工場の仕事場、新入りとして紹介される四人。ソラ、クロコ、それと女装したスカート姿のフロウとサキが並ぶ。すでにフロウとサキの目は死んでいた。
中年女性の工場長が紹介する。
「ソラさんにフローラさんにサーニャさんにエリザベスさんです。まだ分からないことが多いので、みなさん協力して仕事を教えてあげて下さいね」
四人がそれぞれ持ち場に着く。クロコとソラは一緒の持ち場で、あとは別々だ。
持ち場に着くと、あっという間に若い娘が取り囲んでくる。
「よろしくエリザベス」
「かわいいね、どこら辺に住んでるの?」
「染物のやり方は知ってる?」
「知らねぇ」
ソラが素早くクロコをこづく。
「いて! ……し、知らない」
ソラが愛想よく女の子達に話しかける。
「まだ分からないことが多いから、これからお世話になるけどよろしくね」
「ううん、こちらこそ」
「きみは要領良さそうだから大丈夫そうだよね。むしろエリザベスの方が心配」
「オレ、いて! わたしの心配はしなくていいぞ、いて! しなくていいよ」
「そんなこと言って、遠慮しちゃダメだって」
「アハハ、ホントにわたしは大丈夫だから……」
「手とり足とり教えてあげる。ほら、遠慮しないの」
女の子の一人がクロコの背中に回り込む。
(うわ! 近い! ためらわず手を取ってくる! 胸が当たってる! いて! いて! いてーよソラ! オレが悪いんじゃねーぞ、コラ!!)
別の場所ではサキが女の子たち囲まれる。
「サーニャ、背が高いよね。スタイル良くてうらやましい」
「ど、どうも」
「でも顔はまだ幼いよね」
「そうよね、かわいい顔」
「あ、あの、あんまりかわいがられるよりも、その、ボ……わたしはもうちょっと頼られたい……かな」
「えー、頼られるってなんかイメージ違うよね」
「うんうん、むしろマスコット」
(マ、マスコット……!!)
サキはショックを受ける。
別の場所でフロウが女の子達に囲まれる。
「かわいい。小さくてお人形さんみたい」
女の子の一人が頭をなでてくる。
「あ、あの、あまり子供扱いはしないで下さい」
フロウは素早く頭をそらし、なでられるのを嫌がった。
「えー、だってこんなにかわいいのに」
「そうだよ、女の子なんだから、小さくても大丈夫だって」
「そうそう、気にすることないよ。女の子ならかわいいって。男じゃダメだけどさー」
「アハハ、男でこの身長はアウトだよね」
「こんな小さな男いたら虫だよ」
(む、虫……!!!)
フロウは強烈なショックを受けた。
休憩時間、娘達に離れてクロコ、フロウ、サキの三人は一ヶ所に固まってぐったりしていた。
それを遠目で見るソラ。
(もう! 頼りにならないなー)
「きゃー!!!」
突然、廊下から悲鳴が響いた。
それを聞いて三人はガバッと体を起こし、廊下へと疾走する。
廊下には腕から血を流した少女がうずくまっている。
「おい、大丈夫か!?」
クロコが一番に駆け寄って声をかける。
「う……う……」
少女は怯えて十分にしゃべれない。
クロコは腕の傷を見る。何か鋭いものに切り裂かれた傷だ。
「犯人は? 誰にやられた?」
「……分からない、後ろから突然」
「クロ……エリザベス!」
フロウが声を上げて、窓を指さす。見ると窓の外を、建物沿いに素早く駆ける影が見えた。
クロコは窓に素早く片足を掛ける。
「ク、クロコさん、ここ三階です」
「知るか!」
クロコは窓から飛び出し、建物の外側の狭い足場を駆ける。フロウとサキも続く。
影は足場の端まで行くと、驚くほど高く跳び上がり、隣の建物の屋根に跳び移った。
「なっ!? なんだあいつ!」
クロコは驚いた。
「クソ、オレ達も飛び移るぞ」
「えっ!? ム、ムリですよ。遠すぎます!」
サキの制止を無視してクロコは跳び上がった。高く跳び上がったクロコはそのまま建物の屋根に着地する。フロウも続いて跳び上がり、屋根に移った。続くサキは一瞬ためらったが……
「ボ、ボクは……ボクは、マスコットなんかじゃない!!」
サキも続いて跳び上がる。しかし届かず地面に落ちていった。
屋根の上を走るクロコとフロウ。
フロウが振り返る。
「あれ? いま後ろですごい音しなかった?」
「気のせいだろ」
クロコは屋根を見渡す。
「それよりあの影は?」
すると屋根の端にいた影は素早く地面の方へと飛び降りる。
「クソ! 身軽なやつだな」
すぐに追うクロコとフロウ。しかし途中フロウがスカートを屋根の出っ張りにひっかけて、勢いよく転倒する。屋根にうつぶせに張り付くフロウ。それを見てクロコはあきれる。
「……たく、何やってんだよ。屋根に張り付きやがって。虫か」
クロコはフロウを放っておき、そのまま影を追う。建物から飛び降りようとした、その時だった。
「きゃー!!」
再びの悲鳴、しかもクロコにとって聞き覚えのある声だった。
「ソラ!!」
クロコは素早く飛び降りる。地面に落ちる途中、クロコは見た、ソラに襲いかかる何者かの影を。クロコはそのまま二人のあいだへと落ちる。間髪入れずにクロコはその影に蹴りを入れた。
吹っ飛ばされる影。
クロコはソラの前に立った。
「なんでおまえこんなトコにいんだよ」
「みんなが人間離れした動きでどんどん行っちゃうから、下から回り込もうと思って……」
「危なっかしいやつだな」
クロコは吹っ飛んだあとの影を眺めた。
一瞬クロコはそれを毛むくじゃらの人間かと思った。
「……サル?」
白と黒の毛色の大きなサルが仰向けに気絶していた。
ソラがおそるおそるのぞきこむ。
「マルメオザルだ……すごくおっきい」
「どうりで身軽だと思ったよ。こいつが一連の傷害事件の犯人か」
「けど、マルメオザルは本来は森に住むおとなしい生き物のはず」
「きっと街に迷い込んで混乱してたんだな」
結局、その後四人はマルメオザルを近くの森に返して事を収めた。
帰り道、フルスロックの通りを歩く四人。
ソラが安心した様子で話す。
「事件でショックを受けた私の友達やほかの被害者の子も、サルが犯人だって分かればきっと安心すると思う」
「そっか、まあ一件落着だな」
そんな会話をするクロコとソラから少し離れて、元気なくトボトボと歩くフロウとサキ。
基地の前でソラと別れる三人。
「今日はありがとうね、みんな」
ソラと挨拶をして、三人は基地へと歩く。
「クロコ」
フロウとサキの後ろを歩くクロコをソラが呼び止めた。
「なんだ?」
「あの時はありがとうね」
「んっ?」
「襲われる所を助けてくれた」
ソラはニコッと笑った。
「あ、あー、別に構うことねぇよ」
「ねぇ、クロコ。私と初めて会った時のこと、覚えてる?」
「ああ……って言ってもそこまではっきり覚えてるわけじゃねーけど」
「その時さ、ブレッドさんがクロコのこと、『クロ』って呼んでた」
「……よく覚えてるな、そんなこと」
ソラはクロコをじっと見た。
「私もクロコのことクロって呼んでいい?」
「別にいちいち呼び方なんか気にしねーよ」
「じゃあいいってことだね」
ソラは笑顔を見せる。
「じゃあ、これからはクロって呼ぶね」
そう言って、ソラは背中を向けた。そのまま振り向いてほほえむ。
「またね、クロ」