4-1 新たな剣
グラウド中部の街フルスロック。
四角い灰色の建物が立ち並んでいるその町の中に、町全体を見下ろすようにそびえ立つフルスロック基地。高い石壁に四方を囲まれたその横長な建物には、いくつもの大型大砲が備え付けられ、基地の入口の上部にはヘルムのシルエットの旗印の大きな赤色の旗が飾り付けられている。
その基地の廊下の一角。
「うーん」
黒い軍服を着た少女がうなっている。
その少女は年齢十五、六、黒い髪、鋭い眼には真紅の瞳が浮かぶ。全体的にどこか威圧的な雰囲気を持っている。
クロコ・ブレイリバーは基地の廊下を歩いている。
「どうしたの?」
隣を歩く少女がクロコの顔をのぞき込む。
その少女は年齢十五、六、白い髪、ぱっちりとしたきれいな目、どこか明るい雰囲気を持っている。
ソラ・フェアリーフはクロコの様子を見ながら口を開く。
「ねぇ、どうしたの? さっきから『うんうん』言って」
ソラはクロコの顔をのぞき込んでいる。
「ああ、ちょっと気になることがあってな」
「うん、それは見てれば分かるよ。何が気になるの?」
「オレの剣のことなんだが」
「あの上物って言う?」
「ああ、前の戦闘でポッキリやっちゃってな」
「ポッキリ?」
「いま剣がないんだ」
「ポッキリって、本当に上物だったの?」
「うるせぇな! とにかくいま剣がないんだよ」
「基地で支給されてるでしょ」
「うーん、基地の剣はアイアン製なんだよな。オレの持ってたのよりワンランク劣るんだよ」
「でも、みんなはそれを使ってるんでしょ」
「うーん、でもなー」
クロコはまたうんうん言いながら廊下を歩く。
基地の司令室では二人の軍人が話している。
一人は、年齢二十代後半、どっしりとした大きな体、少し逆立った黒髪に力強い目をしている。全体的に活気のある雰囲気だ。
フルスロック基地の司令官グレイ・ガルディアだ。
もう一人は、年齢二十代半ば、長めの白い髪を後ろに結び、冷たい目つきに青い瞳、気品のある顔立ち、全体的にも冷たい雰囲気だ。
フルスロック基地の副司令ファイフ・アールスロウだ。
ガルディアが机に広げられた国の地図を見ながら口を開く。
「……で、情報では、いま国軍の動きはどうなってんだ?」
ガルディアの言葉にアールスロウが答える。
「現在、北に兵力を集めているそうです」
「まだ動き出さないのか?」
「ええ、クラット基地が落とされたことで現在国軍に対する防衛線は崩れていますが、幸いクラット周辺とセウスノールのあいだはバブル山脈で隔てられています。その関係で、国軍も簡単には動き出すことが出来ないようです」
「バブル山脈か、今まではこいつのせいでセウスノールとクラットとの情報連絡が上手く出来なかったが、今回はそれが幸いしたな。とはいえ準備が整えば国軍も動き出すだろうな。……で、それに対して解放軍の方はどう動いてるんだ?」
「西部と中部に一部戦力を集中させ、国軍に備えていますが、焼け石に水……時間稼ぎにしかならないでしょうね。遅かれ早かれ国軍はセウスノールに進行するでしょう」
「それで、そのセウスノール本部の方はどうなってんだ?」
「セウスノールには現在、グラウド中の解放軍の主要基地から戦力を結集させています。じき、ここにも要請が来るでしょう」
「とはいえまだ国軍も準備段階。戦闘が始めるまでまだ少し時間はあるか……なぁ、ファイフ。もし国軍が進行するとしたら……どう動くと思う?」
「国軍が進行するルートは二ルート予想されます。一つはバブル山脈を西に回り込むルート。このルートの場合、まず大規模な戦場はクロウジア谷になるでしょう」
「クロウジア谷……」
「二つ目はバブル山脈沿いに南下するルートです。この場合、解放軍はフルスロックでまず国軍をおさえようとするので、戦場はここ、フルスロック基地になるでしょうね」
「ここか…………」
「クロウジア谷かフルスロックか……国軍はそのどちらかのルートを取るでしょう」
「おまえはどちらを取ると思う?」
「そうですね……俺はクロウジア谷のルートの可能性が高いと思います。フルスロック基地は解放軍でも屈指の戦闘力を誇る基地。その基地を相手にして、さらに本拠地のセウスノールを相手にするのは国軍としては避けたいでしょうからね。本部もクロウジア谷ルートが有力だと見ています」
「……だが、クロウジア谷のルートだと国軍にとってはかなりの遠回りだ。解放軍としては動き出してからの対応が楽になる」
「そうですね。つまり国軍にとっては、クロウジア谷のルートは守りの選択、フルスロックのルートは攻めの選択ということになりますが」
「自力で勝る国軍は、攻めより守りを選択する方が確実だ。だが、その選択をし続けたことが結果として、内乱の悪化につながった。今回はどう動くか……」
二人は地図をじっと見つめた。
少ししてガルディアが口を開く。
「まあどちらにしろ、もうすぐ忙しくなるな」
「はい、片づけられる仕事は今のうちに片づけてしまわないと」
アールスロウは目を光らす。ガルディアは素早く目をそらした。
「あー、そうだ。そう言えばファイフ。最近東の鉱山でガーディアンの鉱床が見つかってな」
「ガーディアンですか」
「ああ、量としては剣一本十分作れる量だ。それを誰にするかって話なんだが」
「誰にするかですか……」
「それも立派な仕事だろ? おまえは誰がいいと思う?」
「そうですね。俺とグレイさんにはすでに立派な剣がありますし、今の基地の主力といったら、フロウ、クロコ、サキと言ったところでしょうか」
「そうだな、ならその三人の中では誰がいいと思う?」
「クロコですね。フロウと少し迷うところですが」
「なるほどな……よし、決まりだ」
ガヤガヤとにぎわう昼時の基地の食堂。
「という訳だ、クロコ」
「……はっ?」
クロコはジェリーアップルを片手に呆然とする。突然現れたガルディアに対し、意味が分からない様子だ。
「何が『という訳』なんだよ」
「新しい剣をプレゼントしてやる。街に出るぞクロコ」
「けど、いいのかよ、まだ軍務中だろ」
「これも軍務の一環だ。そうしないと、司令官のオレが基地から出れないだろ?」
「また仕事をアールスロウに押しつける気か……」
「大丈夫だ、あいつも来るから。今回仕事を押し付けられるのは隊長達だ」
「けっきょく押しつけるのかよ」
「とにかく街に出るぞクロコ」
グラウド中部の国軍領の街シャルルロッド。
入り組んだ迷路のような町並みが広がっている。そのシャルルロッドの端にはシャルルロッド基地がそびえ立っている。正方形に近い形をした大型基地だ。
その基地の廊下を一人の青い軍服を着た少年が歩いている。
その少年は、年齢十五、六、白いサラッとした髪で、厚い眼鏡をかけている。どこか優しげな雰囲気を持っている。
国軍人スコア・フィードウッドだ。
廊下を歩くスコアの向かいから一人の軍人が歩いてくる。
その軍人は年齢三十代前半、黄色い髪、細い長い目に、落ち着いた顔立ちをしている。どこか知的な雰囲気だ。
シャルルロッド基地の司令官ケイス・ラティル大佐だ。
ラティルは気さくに片手を上げる。
「やあ、スコア。元気そうでなによりだ」
「はい、おかげさまで。あの時は取り乱してしまってすみませんでした」
ラティルは立ち止まる。それに合わせてスコアも足を止める。
「いや、いいのだよ。そう言えば、最近きみのことが噂になっているよ」
「えっ、ウワサ?」
「君はよく茶色のバッグを持って廊下を歩いているらしいね。その中身は一体なんなのだろうかってね」
スコアはそれを聞いてギクッとした。
(レイアの食事を入れてたバッグ……ウワサになってたのか)
「できれば私にだけ中身を教えてくれないかね」
ラティルは興味津々な様子だ。
「い、いえ、大したものではないんです!」
スコアは焦った。。
「大したものではないなら教えてくれ」
ラティルは意地悪く笑う。
「えっと、よく靴なんかを……」
「いい匂いがするそうだね」
スコアは一瞬言葉を失った。なんとか口を開く。
「は、はい、その、食べ物を……ボクよくお腹がすいちゃって、食堂の食べ物をこっそり個室で食べてるんです」
「ホゥ、そうか。まあ君は若いし、とりわけ良く動くからな」
「は、はい、そうなんです。あの、では失礼いたします」
スコアはサッとラティルの前から立ち去った。
基地内の武器庫、暗い大部屋の中で、スコアはいつものように一人の少女と会う。
その少女はクロコとうりふたつの顔をしている。ただし、まとう雰囲気はクロコと違い、ひっそりと静かだ。アルケアの町の元奴隷レイアだ。
スコアはレイアとの会話の中である話を切り出した。
「次の休みに街を回ろう」
「街……」
スコアの言葉にレイアは鈍く反応した。
「うん、きみもずっとこんな所にいるのは苦しいだろうし」
「そんなに気にしなくても……もっとひどい時もあったし」
レイアは表情を変えずに言った。
「う、うん、それでも外には出たいよね。もうすぐ長い任務が入ると思うんだ。そうしたら、ボクはしばらくここからいなくなる。そうなる前にきみの居場所となる所も確保しなくちゃ」
その言葉を聞いてレイアはうつむく。
「わたしの居場所になるところなんて、本当にあるのかな……」
「それは……」
スコアは少し言葉に詰まった、その時だった。武器庫の扉が突然開かれた。
「……!! レイア隠れて」
スコアは小声でレイアに呼びかける。
(今日はもう使われる予定はないはず……誰だ?)
武器庫の中にラティル大佐が入ってきた。
「おや、スコア。なぜ君が……?」
「えっと、それは……」
スコアは言葉に迷う。
「君は変わった趣味をしているな。こんな暗い所で一人考えごとかね?」
「え……あっ、そうなんです。よく考えごとするときに、ここで……」
「実は扉の前で、少し会話を聞いていたんだ」
スコアの顔が青くなる。
ラティルは武器庫の奥へと入ってくる。
「出てきたまえ! どこかに隠れているのだろう?」
ラティル大佐が呼びかける。
スコアがアワアワと混乱する中、レイアが大砲の裏からゆっくりと出てきた。
ラティルはレイアを静かに見つめる。
「君もすみに置けないなスコア。こんな美人を基地に連れ込むなんて」
ラティルはそう言ってスコアに笑いかける。
「え……あの、その」
「まぁ、若いから、そういうことをしたくなるのも分かるが、あまり感心はしないな。彼女を連れ込むのは」
「あ……そうなんです! その、ごめんなさい。彼女と別れているのが辛くて」
「アルケアの奴隷かね」
ラティルの言葉にスコアはさらに顔を青くする。
「な、なぜ、それを……」
「アルケアから帰ってきた直後から君の様子がおかしくなったのでな。あと、こんな部屋に女の子を隠す理由なんてそれぐらいだろう。食事の入ったバッグもよく持っていたようだし」
「あ……その……」
スコアは完全に言葉を失った。
「場所を変えて、少し話をしようか」
基地の一室、そこでスコアとラティルは向かい合った形で机を挟む。
「その……言い訳できないことをしたことは分かっています。けど、それ以外思いつかなくて……」
スコアは意気消沈している。
「君らしいといえば君らしいな。彼女を放って置けなかったのか。それに奴隷に対する国軍の処置の噂が広まっていた時期だしな」
「はい……ここ以外、今は彼女の居場所にできるところがなかったんです」
「自分の目の届くところに隠したという訳か。しかし上官に見つかってさあ困ったと」
スコアはガックリと黙った。
「なら彼女を基地で働かせるか」
「えっ!?」
「それなら君にとっても都合がいいだろう」
「え……ですが、彼女は元奴隷で、身分証がないんです。基地で働けるのは平民以上の地位だけですし」
「じゃあ身分証をでっちあげるか」
「そ……そんなことをして大丈夫なんですか?」
「ふむ、君はよく理解していないようだな。国軍では中将以上の地位の者に議員権が与えられる。それはつまり、平民でも出世すれば国の3%近くの権力を手にすることができるということだ。それだけ国における国軍の権力は大きいんだよ。ついでに私はその国軍の大佐だ」
「あの……それはどういう……」
「つまり、私は権力者なのだよ。その程度のこと、私はどうにでもできる。クックックッ」
ラティル大佐は悪そうに笑った。
呆然とするスコア。
ラティルは優しくほほえんだ。
「まあ、決めるのは君だ。どうする?」
スコアはラティルを見つめ、ゆっくりと口を開く。
とある基地の一室。その机に一人の若い将軍が座っている。
その男は年齢二十代後半、長身で、サラッとした黄色い髪に、形の良い目、青い瞳、高い鼻が特徴的だ。全体的に気品のある雰囲気を持っている。
国軍の中将ディアル・ロストブルーだ。
ロストブルーは机に置かれた資料に目を通している。
すると部屋に別の将軍が入ってくる。
その男は年齢三十代後半、黄色い髪に高く整った鼻、何物にも興味のないような無機質な目をしている。
国軍の中将ザベル・ライトシュタインだ。片手に数枚の資料を持っている。
机の前まで来ると、その資料をロストブルーの前に置く。
「これが、『ダークサークル』が引き起こされる原因となったであろう事件や出来事の資料のまとめだ」
「これが……」
ロストブルーはそれにサッと目を通す。
「数年前の事件の内容についても記してありますが」
ロストブルーの言葉にライトシュタインが答える。
「『ダークサークル』の増長の原因についても調べたからな。比較的新しい資料も含めてある」
「ディートヘル虐殺とスロンヴィア虐殺についての内容がきれいに抜けていますね」
「あれは個人が起こしたものだ。これに含むのはふさわしくない」
「……なるほど、確かにその通りですね」
「それと資料には出ていないが、奴らは、数年前から起きている重役殺しにも関わっている可能性が高い」
「例の重役殺しですか……国軍は、解放軍かルザンヌ反乱軍の仕業と見ていますが」
「重役殺しの手口を見ると、かなり内情に詳しい者の犯行であることが分かる。ルザンヌ軍程度では不可能だし、解放軍は不可能とまでは言わないが、もし出来たのなら、国軍をもっと崩す形で行うだろう。だが実際、その様子は見られない」
「なるほど、そう考えるのなら、確かにダークサークルを起こした者達と考える方が妥当ですね」
「国そのものを操作するほどだ。奴らの力なら、内情を知るのも造作ないだろう」
ロストブルーは資料一つひとつに目を通す。
「しかし秘密裏に、しかも個人でこれだけの情報を集めていたとは、恐れ入りますね。こういう形でまとめられると、一つひとつの事件にかなり不自然な点が見られます。とても自然に起こったこととは思えない」
「だが確実と言うにはあと一歩足りない」
「確かに……皇族に関しての資料はもうないのですか? ブルテン皇帝身辺の情報を得られれば、かなり有益だと思うのですが」
「皇族に関する資料はこれが限界だ。あとは皇務省を当たるしかないな」
「ならば、実際に当たってみましょう」
「いや、やめておいた方がいい。皇務省のレッテル大臣は信用できん。皇務省を当たるのは最後の手段と考えた方がいいだろう」
「ふむ……ならばブルテン皇帝と直接接触はできないのでしょうか? ライトシュタイン家ならば不可能ではないと思うのですが」
「難しいな。十二年前を境にブルテン皇帝は限られた数少ない人物にしか個人的な関わりを持っていない。私自身、何度も面会を断られている」
「最後に話したのは?」
「十六年前だ」
「難しいですね。面会さえ出来れば、あなたなら情報を聞き出せると思うのですが」
「別の手段を考えるべきだろうな」
「今の段階の情報ではかなり大まかにしか人物を絞れませんからね。当面は情報収集ですか」
ロストブルーのその言葉にライトシュタインはあごをさする。
「いや、それよりもまずは足元を固めた方がいい」
「足元……同志を集めろと?」
「そうだ、いくら我々とはいえ、二人だけでは心もとない」
「確かに、できるだけ有能な人物が望ましいですね」
「集めるならば少数精鋭だろう」
「それとできる限り信用のおける人物……ですか」
「ああ、我々の行動が敵に悟られないようにな」
「では当面は同志集めですか……。有能で情報に精通していて、さらに信用における人物では、流石に限られますがね。さて……誰にするか」
ロストブルーは静かに考え込む。
フルスロックのミリセルト大商店街、大型の店が連なり、多くの人がにぎわう石畳の道を、クロコとガルディアとアールスロウの三人は歩く。
ガルディアが上機嫌な様子で口を開く。
「今から行く鍛冶屋はオレやファイフの剣を作ってくれた鍛冶屋なんだ。かなりの腕も持ってる。フルスロックは実は隠れた腕利きの職人が多い街でもあるんだ」
「へぇ、そうなのか」
するとアールスロウが話し始める。
「商店の街であるフルスロックは、グラウドの街の中でも特に物流がいい。だから質のいい材料を求める芸術家肌の職人が必然的に多く集まるんだ。資産や名声を求めるゴウドルークスの職人よりも、上位者だけなら腕は良いかもしれないな」
「じゃあ今から会う鍛冶屋も……」
「ああ、グラウド屈指の腕を持ってると思っていいだろう」
「へぇ」
クロコは少し興味を持った。
「行きすぎです、グレイさん」
前を歩くガルディアをアールスロウが止める。
「ここを右です」
「あれ、そうだっけ?」
三人は石畳の道を何度も何度も曲がる。曲がるごとに道を歩く人の数が少なくなっていく。
「おい、どんどん人通りが少なくなってくぞ」
クロコが確かめるように言った。
「気にするな、そういうモンだって」
「どういうモンだよ」
その内、小さな店ばかりが並ぶ道になった。
「ここだ」
ガルディアが足を止める。すると目の前には、ボロボロの店が建っていた。
「ここかよ」
「まあ店に見た目は関係ないさ」
三人は店へと入った。
中は店内と思えないほどすっきりとしていた。剣が三本飾られているだけだ。三人以外人の気配もない。
「おーい! じいさん、いるかー!」
ガルディアが大声で呼びかけると、店の奥から深いひげの老人の職人が出てきた。
職人はクロコを見るなりモゴモゴと声を出した。
「おや、君はあの時の……」
「ん?」
クロコは職人の顔をじっと見た。
「あっ! 前に来た時にいたアクセサリー屋のじいさん」
「いやいや、お久しぶりだ」
そのやりとりを聞いてガルディアがギョッとした。
「クロコおまえ、アクセサリーなんか買ってるのか……」
「バカヤロウ! ソラのだよ。あいつの付けてる髪飾りだ!」
クロコは職人に向き直る。
「でもじいさん、アクセサリー屋じゃなかったのか」
「あれは趣味みたいなもんだよ。本業はこっち」
職人はゆっくり笑った。
ガルディアがズイッと進み出る。
「とにかくじいさん、ガーディアンはちゃんと届いてるか」
「ああ、来とるよ」
職人を先頭にゆっくりと奥の部屋へと進んだ。部屋の中央には緑色の大きな金属の結晶が置いてあった。
クロコはその金属をのぞきこむ。
「これがガーディアンか」
「クロコ、君はガーディアンを知っているか?」
アールスロウの質問にクロコは少し頭をかく。
「聞いたことあるぐらいだな。詳しくは知らない」
「ガーディアンはナイトメタルよりワンランク質の高い天然金属だ。ついでにナイトメタル製の武器は解放軍では珍しいが、国軍では三割近くの剣兵が所有している」
「えっ!? そうなのか」
クロコは少しショックを受けた。
「ついでに言うと天然金属のガーディアンは、人工合金のナイトメタルよりもはるかに高価だ。g単価で言うとちょうど100倍違うな」
「……冗談だろ」
呆然とするクロコを見てガルディアが笑う。
「ハッハッハッ、ファイフがそんな冗談言うわけないだろ。そういう冗談を言うのはオレだ」
「ただし今回の場合は金属よりも職人の方の腕のほうが貴重だということを忘れるなよ」
アールスロウのその言葉に職人は頭をさする。
「いや、大したこたーないですよ」
ガルディアがクロコを見る。
「とにかくオーダーメイドの特注品だからな。できたら大事にするんだぞ」
「まずはサイズだな、どうするクロコ」
アールスロウの質問にクロコが答える。
「サイズは大型だな」
「お譲さんには大きくないかな」
「誰がお嬢さんだ!」
「クロコって呼んでくれないか」
「んじゃあクロコちゃん」
「誰がクロコちゃんだ!」
「普通にクロコでいいから」
「クロコ、サイズが大き過ぎないかね」
職人のその言葉にガルディアがうなずく。
「だよなー。なあクロコ、小型にしろよ、それかせめて中型」
「戻った時はそれでいいって言ってんだろ」
「だけどなー」
「手がかりはもうだいぶつかめてるんだ。そう遠い話じゃねーよ。それに……剣は一生ものだからな」
ガルディアは鼻をフンと鳴らす。
「まあ大事にするってなら文句は言えねぇな」
「そうですね」
「んじゃあ大型でいいのかい」
職人の問いにクロコは答える。
「ああ、サイズは大型。形は……ゴルドアに近い方がいいな。ただ刀身は少し短くしてくれ、全体で95cmぐらいがいいな」
「ふむ……んじゃあ、あとはいくつか大型の剣を振って見せてくれ」
「分かった」
ガルディアは職人を見る。
「どれぐらいでできそうだ? じいさん」
「まあ一週間ってところかね」
「一週間か……じゃあ受け取りの手はずは……」
職人とガルディアが会話する中、クロコがアールスロウに耳打ちをする。
「なあ、アールスロウ。完成した剣っていくらぐらいするんだ?」
「ガーディアンのg単価は一般で1500バルだ。君の剣のサイズでは1800g程度のガーディアンが使われるだろう。単純計算で270万だが、それはあくまで材料費だ。まあその2倍~3倍ってところか」
クロコはわずかに顔を引きつらせた。
「別に気にすることはない。ついでに言うとグレイさんの剣は世界三大金属に数えられるダークダイヤモンド製だ。ダークダイヤモンドのg単価は60000バル、ついでにグレイさんの剣の重量は7kgを優に超している…………あとは勝手に計算してくれ」
クロコはしばらくのあいだ固まっていた。
シャルルロッド基地の食堂。ワイワイと兵士がにぎわう中を、一人の少女が動き回っている。
基地食堂で、レイアはせかせかと働いていた。きれいな服に身を包んで、空のテーブルを拭いて回っている。
そんなレイアの様子を、スコアは少し離れた所で見守っていた。
スコアの顔から思わず笑顔がこぼれる。
ある日のフルスロック、その一室、そこでは緑色の光沢を持つ新たな剣を持ったクロコの姿があった。
「すげぇ、こんなすげぇ剣、初めて見た」
クロコは剣の鮮やかな出来栄えを見て感動していた。
隣に立つガルディアはそんなクロコの様子を見て、ほほえみを浮かべる。
「なぁクロコ、その剣の名前はどうする?」
「名前……?」
「オリジナルの剣はな。その持ち主が名前を決めるんだ」
それを聞いてクロコは悩む。
「急に言われてもな……なんかいい案ないか?」
「ガルディアソード」
「アンタの名前なんか付けるか!」
「だから自分で決めろよ」
「うーん」
クロコはしばらく考え込む。
「……よし、決めた」
クロコは剣を上げて見つめる。
「クラメント。それがこいつの名前だ」
クロコは満足そうにほほえむ。
「これからよろしくな。クラメント」