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0-5 グレイ・ガルディア(前編)




 それはとある過去の出来事。

 ガルディアにとって、将来忘れることのできないある出来事。

 そしてそれは、ガルディアにとって、もっとも大きな罪となった出来事。





「軍をやめる……!?」


 司令室に太い声が小さく響いた。

 司令室の幅の広い机に座っているグロン司令官はそう言った直後、しばらく呆然としていた。

 グロン司令官は解放軍サーテルボート基地の司令官だ。年齢は四十代前半、白い整った髪と、深いしわの寄った顔で、どこか重々しい雰囲気を持っている。

 呆然としているグロン司令官の正面には、二十二歳のグレイ・ガルディアが立っていた。


「はい、もう決めたことです」


 ガルディアははっきりとした口調で言った。


「本気なのか……本気で軍をやめると……?」


「はい」


「今の君の存在は解放軍にとってどれほどのものか、君も自覚はあるだろう」


「だからこそ今なんです。これ以上大きな存在になる前に……今ならまだ、間に合うと思いました」


「…………なぜだ、グレイ」


 グロンは少し悲しげな表情でガルディアを見た。

 その表情を見たガルディアは少し辛そうな顔をする。ガルディアの口元がゆっくりと動く。


「……戦う意味が分からなくなりました」


「戦う意味だと……?」


「オレは……初めて解放軍に入ったころ、このおかしくなった国を正すには戦う以外、方法がないと、そう思っていました。そしてそれをみじんも疑っていませんでした……けれど、軍人として生きて様々なことを知るうちに、自分の行為が本当に正しいのか疑問に感じ始めたんです」


「…………それが、軍をやめる理由か」


「はい」


「だが、グレイ。君はその方法を捨てたとして、別の方法があると思うのかね? 別の方法でこの国を変えることができると……?」


「分かりません。けれど、今の疑問を抱えたまま、人を斬り続けることはオレにはできません。意味を見いだせないまま人を殺め続けることは……辛いです」


 ガルディアは視線を落とした。

 グロンは目を閉じて黙った。


「申し訳……ありません」


 ガルディアはわずかに震えた声で言った。


「残念だ」


「次の戦場がオレにとっての最後の戦場です」


「……そうか」


「それでは失礼します」


 ガルディアはそう言って背を向けた。


「生き残れよ。グレイ」


「はい、ありがとうございます」




 それから数日後、サーテルボードより北の地ロック。

 解放軍ロック基地の広間では多くの兵士が戦闘の準備をしていた。その中でガルディアはロック基地の隊長オルモアと並んで歩いていた。三十代前半の丸い目をした筋肉質の男だ。

 オルモアはあごをさする。

 

「状況は正直あまり良くない」


「テラル基地が突破され、国軍はここへ真っ直ぐに向かっていると聞きましたが」


「ああ」


「ですが、聞く話によると国軍の規模はそれほど大きくはない。テラル基地突破の際に、かなりの戦力を消耗したのでは?」


「うーむ、実はそうでもないんだ」


「完敗したと……?」


「ああ、今回の敵勢は規模はそれほどでもない。しかし質が非常に高い。名うての実力者がかなりいるという情報もある」


「それは厄介ですね……」


「だからこそ、君には期待しているのだよ。活躍し始めて一年程度だが、すでに一部では『黒の魔将』などと言われているそうだぞ」


「ハハハ『黒の魔将』ですか、またずいぶんと威圧的な名ですね」


「私は君に相応しい名と思うがね」


「ふ……そうですか。軍全体に広まる前で良かった」


「……? 何の話だ」


「いえ、何でもありません」


 ガルディアは広間の様子を眺める。

 すると広間を走る小さな子供の支援員に気づいた。


「あんな子供もいるんですね」


「ああ、小さいが良く働くよ」


 ガルディアは笑顔を浮かべる。


「オレは子供好きなんですよ。かわいいな」


「ハハハ、こういう状況ではああいう姿に元気をもらえるな」


「ですね、でもそろそろ避難させないと……」


「ああ、じきするだろう」


 その時、ガルディアは、広間で戦闘の準備をする兵士の中で、一人の若い兵士に目がいった。

 年齢は十代後半、白い髪と冷たい目つきをしている。その目に浮かぶ青い瞳は鋭い光を放っていた。


「あそこにいる……彼は?」


 ガルディアは思わずオルモアに聞いた。


「ん……?」


「あの白い髪の若い兵士です」


「ああ、ファイフ・アールスロウか」


 オルモアはそう言うと少し表情を曇らせた。


「……?」


「彼は平民でありながらゴウドルークス大学に推薦入学して、首席で卒業した博学さ」


「へぇ、それはすごい……んですよね?」


「ああ、かなりな。今の国の政策に反感を感じて、わざわざ東部からここまで来たらしい」


「ハハハ、たいした行動力ですね」


「まあ、確かにそこは評価できるな。だが……」


「……?」


「こちらとしては事務的な仕事で活躍するのを期待したんだが、本人は剣の特訓ばかりに精を出してね。剣技に関しては全く話にならないにも関わらずだ」


「モノになるかもしれませんよ」


「ならんよ。彼には才能がない」


「……本人は自覚してるんですか?」


「してるさ。何度も本人に話したからな。だが剣技の特訓をやめようとしない。頭の良さだけで取ったのに、どうも勉強だけのやつだったようだ」


 オルモアはあきれた表情だ。しかしそれに対してガルディアはほほえんだ。


「オレは好きですがね。そういうやつ」





 間もなくロック基地に迫ってくる国軍の情報が入った。ガルディアを含めた解放軍の軍勢は、国軍を向かい撃つ形で北へと前進した。

 荒れ地を進むにつれ、徐々に景色が暗くなっていった。

 ほとんど陽の光が消えた暗い景色の中、目の前には前方へと伸びる巨大な二つの谷が現れた。


「ここが……クロウジア谷か」


 ガルディアは前方に伸びる二つの谷を見つめた。


(近くにそびえるレト火山の灰の影響で、年中、日の光が届かない暗闇の谷。戦場としてはこれほど不気味な場所はないな)


 二つの谷に挟まれた巨大な橋のような荒れ地、その前方には、巨大な軍勢が見えた。

 グラウド国軍だ。


 それを見て、ガルディアは大剣を抜いた。


「さて……始めるか」


 パンッ!


「第一陣突撃!」


 隊長の号令とともに、数百人の解放軍兵が走り出した。その陣の中央前衛をガルディアは走る。

 谷に挟まれた荒れ地を駆け抜けるガルディア。

 しばらく駆けると目の前には国軍の集団の姿が見えてきた。それを確認した瞬間、ガルディアは一気に先行した。

 ガルディアは国軍の群れへと飛び込んだ。次の瞬間、


 ギュンギュンギュンッ!!!


 ガルディアは大剣を縦横無尽に振り回し、国軍兵を次々と斬り伏せる。

 圧倒的だった。

 まるで虫を払うかのように、圧倒的な力で国軍兵達をなぎ払っていった。その巨大な力の前に国軍の剣兵は悲鳴しか上げられない。

 国軍の第一陣はあっという間に切り崩される。

 しかし、国軍の砲兵が素早くガルディアに向け照準を合わせる。


「撃てーッ!!」


 ドンドンドンッ!!


 爆音と共にガルディアの周辺が吹き飛ばされた。砂煙が辺りを包む。


「やったか……?」


 砲兵がそう声を漏らしたその直後、砂煙の中からガルディアが飛び出してきた。

 大砲部隊に向け一直線に突進してくる。


「くっ! ひるむなー! 撃てーッ!!」


 ドンドンッ!!


 ガルディアに向け近距離砲撃が放たれる。その砲弾をガルディアは瞬間の反応で紙一重で避けていく。


「バカな! 当たらない!!」


 ガルディアはあっという間に大砲部隊の前に立った。

 そして強烈な斬撃を振るった。


 ギュンギュンギュンッ!!


 ガルディアの斬撃は砲兵達を大砲ごと襲った。砲兵の体と大砲の破片が、空中へ向けてはじかれていく。


 大砲部隊はあっという間に全滅した。


 大地にドシンと立つガルディアの姿。それを見ている周りの国軍兵達は皆が後ずさりを始めた。

 牙を向ければ次は自分がやられる、その恐怖心から、剣兵も銃兵も砲兵も、誰もガルディアに攻撃することが出来なかった。

 その時だった。


「貴様がグレイ・ガルディアか」


 一人の国軍の剣士がガルディアの前に立った。

 年齢は三十代前半、長い眉毛と長いひげが特徴的な巨漢だ。大型の獣のような威圧的な雰囲気を持っている。

 ガルディアはその男を見る。


「そうだ」


 ガルディアの返答にその男は笑みを浮かべる。


「なるほど、たった一年で様々な戦果を上げた、いま話題の解放軍の剣士。それと戦えるとは何とも運が良い」


「実際には二年前からいたんだけどな。強くなったのが最近ってだけさ」


「ほう……」


「アンタは?」


「私はマース・グラトンだ」


「マース・グラトン……『暴嵐の虎』か」


 グラトンは大剣を構えてニヤリと笑った。


「先ほど見せた貴様の剛腕、それと私の剛腕。どちらが上か力比べといこうではないか」


「やれやれ……」


 ガルディアも大剣を構えた。

 

 しばらくの間、にらみ合う二人。


 先に動いたのはガルディアだった。

 地面の土を勢いよく飛ばしながら、グラトンに向け高速で突撃する。

 あっという間にグラトンの目の前に立った。その直後、グラトンがその動きに合わせて一歩前に出た。


「フンッ!」


 グラトンはガルディアの動きに合わせて、強烈な斬撃を振るった。


 ギュンッ!


 二つの大剣が大きな音を立ててぶつかり合った。

 直後、グラトンが次の斬撃を放つ。


 ギィィィンッ!!


 グラトンは次々と嵐のごとく斬撃を振るう。無数に放たれる強力な斬撃は止まることなくガルディアを襲い続ける。

 その斬撃の嵐をガルディアは時に受け止め、時にかわしながら防いでいる。


「どうしたガルディア!! 守ってばかりでは勝てんぞ!」


 グラトンがそう言い放った直後、


「そうかい……」


 ガルディアは斬撃を振り下ろした。


 ギュオンッ!!


 その斬撃は周りの空気を勢いよくはじき、グラトンの剣に叩きつけられた。


「ぐっ……!!」


 ギィィィィィィンッッ!!!


 その斬撃を受け止めたグラトンの体は後ろへと一気に吹き飛ばされた。

 バランスを失い、片足をつくグラトン。


「ぐぅぅぅ……!」


 グラトンを驚いた表情を見せる。


「……バカな」


「力比べは……オレの勝ちみたいだな」


「ぐ……!! 図に乗るなよ!!」


 グラトンは素早く立ち上がり、ガルディアに向け突進した。

 素早く放たれるグラトンの強烈な斬撃。その斬撃にガルディアは反応するが、直後、その斬撃が突きへと変化する。


 ビュッ!!


 ガルディアはそれをあっさりと見切り、避けた。


「まだまだぁ!」


 素早くグラトンの強烈な蹴りが飛ぶ。ガルディアは一瞬の反応であっさりとかわした。そしてグラトンの蹴りをつかむ。


「なに……!」


 ガルディアはグラトンの足を力任せに勢いよく引っ張る。グラトンの体は浮き上がり、ガルディアの方へと引き寄せられる。

 その状況にグラトンは驚いた。


「ま、待て……」


 ギュオンッ!!


 ガルディアの剣はグラトンの体を切り裂いた。血しぶきと共にグラトンの体は大きな音を立て、地面に倒れ伏した。


 地面に伏すグラトンを見下ろすガルディアは、息一つ乱れていなかった。


「見事なものだ……」


 突然近くで声が聞こえた。ガルディアはその声の方向を見る。

 別の国軍の剣士がガルディアの前に立っていた。

 今度の剣士は若い、年齢は二十代前半、黄色い髪に、青い瞳の長身の男だ。

 静かにほほえみを浮かべている。


「噂以上の強さだ。『黒の魔将』グレイ・ガルディア」


 ガルディアは静かにその剣士をにらむ。


「やれやれ、次から次へと、また強そうなやつだな……名は?」


「ディアル・ロストブルー」


「……!! 国軍最強の剣士かよ」


「嬉しいよ。君のこの強さ。初めて私の相手が務まる者と出会えたかもしれない」


「やれやれ……」


 二人は剣を構え、にらみ合う。

 突然、ロストブルーの姿が消えた。次の瞬間にはガルディアの目の前にロストブルーが現れる。


「……!」


 ガルディアは素早く一歩下がるが、その瞬間ロストブルーは横をついていた。


 ヒュンッ!!


 ガルディアは瞬間の反応でロストブルーの剣をかわした。


「ほう、かわすか……!」


 ガルディアは素早く反撃する。空気を震わす強烈なパワーの斬撃。


 ギュオンッ!!


 キィン


 ロストブルーはその斬撃を一瞬で見切り受け流した。


「……なにっ!!」


 バランスを崩したガルディアの体にロストブルーの強烈な蹴りが叩きつけられる。


「……ぐっ!」


 ガルディアの体は後ろに飛ばされる。その体に向かってロストブルーが一気に追い打ちをかける。しかしガルディアも一瞬で体勢を立て直し応戦する。

 無数の斬撃が二人の間を飛び交った。

 そのあまりに速い斬撃の攻防は、一瞬の閃光が二人の間を飛び交っているかのようにさえ見える。そしてそのあまりにも強力な斬撃のぶつかり合いは、二人の間の空気を間髪入れずにはじき続けた。

 下がりながら剣を振るうガルディア、それを追いながら剣を振るうロストブルー。

 二人の人知を超えた攻防は、徐々にガルディアが不利な形へと変わっていく。

 ガルディアが険しい表情を一瞬見せたその直後、


 ヒュンッ!


 ガルディアの体がわずかに切り裂かれる。それにより、ガルディアの体が一瞬止まった、その瞬間だった。


 ヒュンッッ!!


 ロストブルーの斬撃が再びガルディアの体を切り裂いた。


「くっ……」


 顔を歪めるガルディア、しかし、


「うおおおおおおッッ!!」


 ギュオンッ!


 素早く大振りの斬撃を返した。ロストブルーは後ろに跳んでそれをかわす。


 二人の距離がわずかに離れた。


「……うっ」


 ガルディアは傷口を押さえながら思わず一歩後ろに下がった。その直後に気づいた。


「……!!」


 ガルディアのすぐ背後には、底の見えない深い谷が口を開けていた。ガルディアは知らぬ間に谷の前に追いやられていたのだ。


「……さて、チェックメイトだよ。グレイ・ガルディア」


 ロストブルーは剣を構え直す。


「それはどうかな」


 ガルディアは気丈に笑みを作って剣を構える。

 次の瞬間、ロストブルーが一瞬でガルディアの前に立つ。それと共に二人の剣が同時に動く。


 ギュオンッ!!

 ヒュンッッ!!


 二人の剣は交差し、空気を一瞬で切り裂いた。

 その直後、一つの血しぶきが空中に飛んだ。


 ガルディアの体は深く切り裂かれた。そしてゆっくりと後ろに倒れ込む。

 ガルディアの体はゆっくりゆっくり谷へと放り出される。そして谷底へと沈んでいった。

 ガルディアは深い闇の中へと消えていった。


 谷の縁で一人その様子を見つめるロストブルー。

 ロストブルーはゆっくりと自らの肩に触れた。手には赤い血がからみついた。ロストブルーの肩はわずかに切り裂かれていた。

 ロストブルーはほほえんだ。


「……戦場で刃を受けたのは初めてだよ」


 もう一度だけ谷の底を見つめる。


「もし生きていたのなら、また戦おう。グレイ」






 谷の底、日の光がほとんど届かない岩に囲まれた空間にガルディアは一人倒れていた。


「…………クソ」


 ガルディアは何とか身を起こす。


(岩壁に何度も引っ掛かったせいで命拾いしたな……)


「やれやれ、自分の頑丈さにはあきれるぜ。だが……」


 ガルディアは自分の体を押さえる。ロストブルーにつけられた深い切り傷から血が流れ落ちる。


「……さすがにちょっとヤバいな」


 ふらつく体でなんとか立ち上がる。痛みに耐え、岩壁に寄りかかりながら歩き始める。


(この傷じゃあ、これ以上戦うのは無理そうだ……ここから、どうやって基地に戻る? そもそもここから基地に戻れるのか……?)


 ほとんど光のない谷の底を、目を凝らしながらゆっくりと歩く。石だらけのデコボコの地面と形の悪い岩壁に囲まれた道が続く。

 体からは血が止まることなく流れ落ちる。

 息が徐々に乱れてくる。

 視界が徐々に揺れてくる。


(まずいな……思ったよりヤバい……)


 それでも止まれば死ぬ、ガルディアは必死に歩き続けた。





 しばらく歩くと、谷の道が徐々に明るくなってくる。


(……クロウジア谷を抜けたか)


 少し明るくなった道をひたすら進むと、目の前には谷の道を塞ぐように森が姿を現した。


「……森……だと」


(確か、ロック基地の東にはかなり広範囲の森が広がっていたな…………クソ! かなり場所がそれてる。このまま森を進んでも獣のエサになるのがオチだ。だが、戻ったところで力尽きるのは確実。なら……)


「進むしかないか」


 ガルディアは森の中へと歩を進めた。

 深い森を当てもなく歩き続けた。森をしばらく歩くと体の痛みが不思議となくなってきた。


(痛みがなくなって、体がさっきより動くな。これって……倒れる直前のサインなんじゃないか……? いや、そんなこと今考えてもしょうがない、とにかく今は進もう)


 ガルディアはひたすら歩き続けた。

 しかしいくら歩いても目の前には無数の樹木がひたすら広がるだけ、方向も分からない、位置も分からない。

 それでも基地に戻れると信じて、ガルディアはひたすら歩き続けた。


(クソ……景色がさっきから変わらねぇ。木に登って辺りを見渡したいが、そんなことすれば傷口が開いて即ぶっ倒れる……今は運を天に任せて進むしかない)


 あたりが徐々に暗くなってくる。


(クソ……日が暮れてきた。いよいよ獣のエサになっちまう)


 それでもガルディアは歩き続けた。

 辺りからフクロウの鳴き声が聞こえてくる頃だった。周りから何かの気配を感じた。音はない、しかしかなりの数の気配だ。


「クソ……ついに来やがったか」


 ガルディアは足を止めた。

 辺りからいくつものも影が現れ、ガルディアを囲む。闇の中で光る無数の目。

 群れオオカミだ。

 月明かりがその姿をわずかに照らす。細長い手足、肋骨が浮き出た胴体、顔に浮かぶ黒い模様は目の周りを丸く囲み、まるでドクロのようだ。

 無数の群れオオカミがガルディアを囲んでいた。


「やれやれ……」


 ガルディアはゆっくりと大剣を引き抜いた。そして駆けだした。

 それに合わせて群れオオカミも一気にガルディアに向かって跳びついてくる。

 ガルディアはそれらに向かって勢いよく剣を振り回す。無数の血しぶきが上がり、群れオオカミの体が次々と吹き飛ばされる。

 群れオオカミの鳴き声が森の中に響き渡った。その中をガルディアは剣を振り回しながら、ひたすら駆け抜けた。

 森には群れオオカミの血しぶきがひたすらに舞う。群れオオカミの血だけではない、剣を振るうガルディアの体からも傷口から血が飛ぶ。

 ガルディアは苦痛に顔を歪めながらも、ひたすら剣を振るい、ひたすらに駆けた。





 もう何回剣を振るっただろうか……

 気づけば、ガルディアの周りには群れオオカミの姿は消えていた。


「終わったのか……」


 再び静かになった森。

 暗闇に包まれた森の中、ガルディアはゆっくりと樹木に寄り掛かり、腰を下ろした。

 体からは血が流れ、呼吸はすでに十分にできない。


「もう……動けねぇや」


 意識が徐々に薄らいでいく。


 森に朝日の光が差し込み始めた。


「オレは……ここで死ぬのか……」


 ガルディアは大剣を地面に落とした。


「これで……最後の戦場のはずだったのにな。オレが最後になっちまうなんて、笑えるな……」


 ガルディアは静かに最後の時を悟った。





 小さな音がガルディアの耳の中に響いた。


 耳の奥に響く音。


 鈍い、金属の音。


 …………鐘の音だ。


 ガルディアの目が見開かれた。


(朝の鐘だ!!)


 ガルディアは再び剣を握った。


(近くに村か町がある!)


 ガルディアは最後の力を振り絞り立ち上がった。そして鐘の音の方向に向かって駆け出した。

 しばらく駆けた時だった。ガルディアの目の前から森が消えた。目の前にはいくつもの民家が広がった。


(……良かった)


 ガルディアはその場にゆっくりと倒れ込んだ。






 意識を取り戻した時にはガルディアはベッドの上にいた。

 どこかの民家の一室のようだ。

 体を少し起こすと、目の前には一人の男が座っていた。

 男は四十代ぐらい、厳格そうな顔をしている。


「目を覚ましたか」


 男はガルディアの顔を見た。表情を変えない。


「オレは……」


「君は村の隅で倒れていたんだ。この村のブラドという男が君を見つけて、私の家に連れてきたんだ。君ぐらいの重傷者では私の家ぐらいしか治療ができないからな」


 その言葉を聞いてガルディアは自分の体を見た。体には包帯が厚く巻かれていた。


「オレは……あなたに、あなた方に助けられたんですね」


「そういうことになるな」


「助かりました。何とお礼を言えば……」


「そんなに気にすることはない。困っている者がいれば助ける、当然のことだ」


「ありがとうございます」


 ガルディアの言葉に男は静かにほほえんだ。


「…………ここは? この村の名は何と言うんですか?」


「スロンヴィア。農民の村だよ」








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