3-19 立ちはだかる者
解放軍左翼の一角、そこで、サキとコールは向かい合っていた。
サキはコールを見つめる。
(子供の剣士だ……年はボクより少し上ぐらい……たぶん、アレが話に聞いていた強い剣士だ)
二人はにらみ合う。
サキは剣を真上に構えた。
(先手必勝だ!)
サキはコールに突進する。剣を真上に構えての低い姿勢だ。
コールは少し眉を寄せる。
(なんだ……? あの変な構え……)
サキの剣先がわずかに光ったその瞬間、コールの目の前からサキがいなくなった。
「……!!」
コールは素早く後ろに跳んだ。突然足先からサキの剣が伸びてくる。
ヒュンッ!
二人の距離が離れた。
コールは間一髪で斬撃をかわしていた。
それを見てサキの表情がわすかに険しくなる。
(避けられた……!? まさか一撃目から……。勘か? まぐれか? それとも……)
コールはほほえみを浮かべる。
「面白い剣技だね」
サキは再び剣を構える。今度は真横だ。
再び突進するサキ。
サキの剣先が鋭く光った。そして再びコールの目の前からサキがいなくなった。
しかしコールは、今度は素早くその姿をとらえた、真横につくサキの姿を。
コールは素早く剣を振るう。サキも剣を振るう。
ヒュンッ! ヒュンッ!
二人の剣が交差した、その直後、素早くサキが後ろに跳ぶ。
サキの肩は切り裂かれていた。
「……うっ」
サキは顔を歪める。
コールは冷静に口を開く。
「面白い剣技だったよ。よく考えられてる」
「……!」
「最初の攻撃、真上に構えられた剣……それに相手の意識が集中する瞬間に、さらに素早く身をかがめて、相手の死角にすべり込む。それによって自分の姿を消し去るわけだ」
コールはサキの剣先を見る。
「しかも……それに加えて剣の先に鏡を取り付けてある。タイミングを見計らって剣を返して、太陽光を反射させて光らせて、相手の意識を意図的に集中させている。二回目のは、その横バージョンだね…………相手の意識を集中させるタイミング、死角に滑り込むタイミング、相当難しいんじゃない? かなり特訓したんだろうね」
「……!!」
サキは驚いた。
「表情に出しちゃダメだよ。正解ですって言ってるようなものじゃないか。だけど……きみには同情するよ」
コールは不敵にほほえむ。
「ボクの最も得意とするのは『見切り』……変則的な攻撃や小細工はボクには通じない。きみにとっては最悪の相性だね」
「く……ッ!」
サキは通常の剣の構えをする。その様子を冷静に見つめるコール。
「まだ……戦意は衰えないみたいだね。だけど、どうするの? その仕掛けがなければ、実力的にきみはボクより数段下だろ」
それを言われてもサキはコールをキッとにらむ。
「それでも……ボクは引くわけにはいかない!!」
「へぇ、そう」
フィンディとラズアーム、二人の剣がぶつかり合った直後だった。フィンディの体が後ろへと飛ばされる。
「……くっ!」
それを見てラズアームは笑みを浮かべる。
「どうした、フィンディ・レアーズ。まだ心の準備はできていないのか?」
二人の周りに両軍の爆炎が上がり、辺りを黒煙が満たす。
わずかに暗くなった草原の中で、フィンディは笑みを浮かべる。
「安心しろよ……もう前みたいな戦いはしない。いつものように、ゲームのように、おまえの首筋を切り裂いて……それで終わりだ」
「ほう、なるほど。それでこそ『狂舞の悪魔』だ」
ラズアームは大剣を構える。
そして素早くフィンディの間合いへ入った。
ラズアームの一撃は辺りの空気をはじく強烈な力で放たれる。
ギュンッ!!
フィンディは素早い動きでかわした。
ヒュンッ!
首筋へ伸びるフィンディの恐ろしく鋭い斬撃。
素早い反応でかわされる。すぐさま大剣が振るわれる。
ギィンッ!!
ラズアームの重い斬撃を受け止めたフィンディが押される。ラズアームはさらに連続で斬撃を放つ。
「はああああああっ!!」
ギィンギィンギィンギィンッッ!!
ラズアームの斬撃を受けるたび、徐々に崩されるフィンディの体勢。
フィンディは素早く横に跳び、ラズアームの斬撃をかわした。
距離が離れる二人。
「ふむ、この前よりは反応はいいが……」
その時だった。
ブシュッ!
ラズアームの肩が突然裂けて、血が噴き出る。
「……!!」
ラズアームは驚く。それを見てフィンディは笑みを浮かべる。
「どうした……? いつ切り裂かれたか分からなかったのか?」
ラズアームは肩を触る、そして手に付いた自分の血を見た。その途端、ラズアームは大きな声を上げて笑った。
黒煙が満たす戦場の中、ラズアームの笑い声が響く。
その様子にフィンディはわずかに戸惑う。
「それでこそだ! それでこそ、私が倒すに値する! 感謝するぞフィンディ・レアーズ! おまえを倒して私は真の誇りを取り戻すのだ!!」
ラズアームは歓喜の声を上げた。
その言葉を聞き、フィンディは再び笑みを浮かべる。
「違うね……おまえはオレに狩られるただの獲物だ」
サキとコールは向かい合っていた。
緊迫するサキの表情、たいして余裕の表情を見せるコール。
先に動いたのはコールだった。
コールは一瞬でサキの間合いに入る。
(速いっ!!)
サキは驚きながらも何とか反応する。しかし、素早くコールに横につかれる。
「くっ!」
ギィンッ!!
サキは間一髪で反応し、斬撃を受け止める、しかしサキの剣はコールの剣圧に押され、横にそらされる。
「……うっ」
「終わりだ……」
素早くコールが次の斬撃を放とうとした、その時、突然横からの斬撃がコールを襲う。
ヒュンッ!
コールは素早く反応して、逆に跳んで避けた。距離を取り、その斬撃を放った相手をにらむ。
サキの隣にはフロウがいた。
「やっと見つけた」
フロウはサキを見てそう言った。
コールは不機嫌にフロウを見る。
「今度はきみか……」
コールはフロウの体の包帯に目がいく。
「ずいぶんひどいケガだね……よく戦場に出てくるよ」
「おほめの言葉、ありがたく受け取っておくよ」
フロウは剣を構える。サキも剣を構える。
コールはその二人を見つめる。
(一瞬あの小さい方が来て焦ったけど、あの傷だったら対して動けない……問題はないか……)
サキが前を見たまま小さくささやく。
「フロウさん……悪いんですが、主導で戦ってくれませんか?」
それにフロウが小さな声で答える。
「初めからそのつもりさ」
「フロウさんは……ボクの動きに一切構わず、好きなように動いてください。ボクがその動きに合わせますから」
「言っとくけど、僕は速いよ」
「大丈夫です。任せて下さい」
二人は同時にコールに突進する。フロウが先行し、素早くコールに斬りつける。
ヒュヒュヒュンッ!!
コールはフロウの高速の斬撃をあっさり見切りかわす。素早くカウンターの一撃を放とうとするその瞬間、
コールの横をサキがついた。驚くコール。
「……!!このタイミングで……」
ヒュンッ!
コールは紙一重でかわした。すぐに後ろに跳び、距離をとるコール。
フロウが素早く追い打ちをかける。
フロウの高速の斬撃にコールも応戦する。
ギィンギィンギィンギィンッッ!!
無数の斬撃がはじける。
コールが斬撃の一つをかわし、素早くフロウの横についた瞬間だった。
サキが待ち構えていた。
ヒュンッ!
斬撃がコールの軍服をわずかに裂く。
「くっ……!」
フロウの素早い攻撃と、それに合わせたサキの攻撃。二人の攻撃がコールを襲う。
その攻撃にてこずるコール。
「なんだ……この年下の剣士の動きは……!!」
サキはフロウの動きに完璧に合わせて動く。
(……ボクは、この基地に来て三度の戦場を経験した。鏡の剣技が完成する前のボクは力も速さもなく弱かった。そんなボクが戦場を生き抜くには味方と協力して戦う以外なかった)
サキはフロウの動きに合わせながらコールを囲むように斬りつける。
(味方の動きに合わせ、味方と共に戦う。その技術をボクはこの基地に来て徹底的に磨き続けた。ボクが真に得意とする攻撃、それは……連携攻撃!)
フロウの高速の斬撃、そしてそれに合わせて放たれるサキの斬撃……二つの剣が徐々にコールを押していく。
「……くっ!」
フロウの斬撃を避けた直後のコールを、サキが斬りつけた瞬間だった。
それを避けたコールの体勢がわずかに崩れた。
それをフロウは見逃さなかった。
「うわああああッ!!」
フロウは自らの体の痛みに耐え、全力でコールの懐に飛び込んだ。
ヒュンッ!
しかしかわされた。コールはその一撃すら見切っていた。
その瞬間だった。
ヒュンッ!
サキの剣がコールの脇腹を切り裂いた。
「……くっ!」
コールは素早く後ろに跳んで距離をとった。
二人とにらみ合うコール。
コールの脇腹からは血が流れ落ちる。痛みでわずかに顔を歪めた。
その直後、コールは後退していった。
二人はそれを追わなかった。
コールの姿が見えなくなった途端、フロウは傷口を押さえ、その場にひざをついた。
「フロウさん!」
駆け寄るサキ。フロウはわずかに笑みを作る。
「どうやら……ここらが限界みたいだ」
フロウはサキの目を見た。
「ありがとうサキ君。君のおかげで、僕はみんなの力になる事ができたよ」
フロウはほほえんだ。
一方、解放軍右翼では、アールスロウは襲いかかる剣兵と戦っていた。
剣兵を斬り伏せながら、アールスロウは戦況を見た。
右翼は国軍の攻撃で潰されかけていた。
(……!! ここはもうダメだ。いま耐えているのはおそらく中央だけ……もう彼に頼るしかないのか、フィンディ・レアーズに……)
戦場の中央、黒煙が満たす中、フィンディとラズアームは向かい合っていた。
右肩を切り裂かれたラズアームは、それにも関わらず目を見開き、嬉しそうに笑みを浮かべていた。
「いいぞ……レアーズ。それでこそだ」
フィンディも笑みを浮かべている。
「……早くおまえの首筋を切り裂いてやる」
二人は剣を構え、同時に駆けだした。
ギィンッ!!
再び二人の剣がぶつかり合う。
「はああああっ!!」
ラズアームは掛け声と共に、強力な斬撃を振るい続ける。パワーだけではない、洗練されたスピードと死角を的確につく高い技術を備えた斬撃。それが連続でフィンディに襲いかかる。
対してフィンディはそれを時に受け止め、時にかわしながら防いでいた。ただ受け止めるだけでは、その圧倒的な力に押されてしまう。しかしフィンディはそれにしっかり対応していた。ラズアームの斬撃はフィンディをとらえることができない。
「どうしたレアーズ! 逃げることしかできんのか!!」
ラズアームが声を上げたその瞬間、
ヒュンッ!
フィンディの斬撃がラズアームの体をわずかに切り裂いた。
「くっ……」
ラズアームは素早く離れた。
「フッ……そうだ、そうでなくてはな」
ラズアームは再び剣を構え、素早くフィンディに突進する。
ラズアームは強力な斬撃を放つ。フィンディは素早くかわす。しかしすぐに、ラズアームの蹴りがフィンディを襲う。それもかわすフィンディ。その直後、
「はあああッ!!」
ラズアームはそのかわした動きに合わせて、渾身の一撃を放った。高速の斬撃がフィンディを襲う。
ギュンッッ!!
しかし斬撃は空を切る。フィンディは一瞬の反応でそれかわしていた。
ヒュンッ!!
フィンディの斬撃がラズアームの脇腹を切り裂く。
「ぐ……ッ!」
ラズアームの顔が険しくなった。
フィンディは剣を向けたまま、足を止める。笑みを浮かべるフィンディ。
「もうすぐだ……もうすぐおまえの命を奪ってやる」
「……おのれ、調子に乗るな!!」
ラズアームは再び斬撃を振るう。しかしフィンディにあっさりかわされる。
フィンディは笑う。
「さあ、今度はこっちの番だ!」
フィンディの無数の斬撃がラズアームを襲う。
素早く放たれ続ける斬撃は、ラズアームの死角を恐ろしいほど的確に正確に狙い続ける。
ラズアームの体のあちこちがわずかに切り裂かれ、血しぶきが舞い飛ぶ。
「……ぐっ!」
ラズアームが顔を歪めたその時、
ヒュンッ!!
フィンディの斬撃がラズアームの足をとらえた。
ラズアームの右足から血が噴き出る。ラズアームは思わず一歩退いた。
それを見てフィンディは剣を止めた。
ラズアームは右足を引きずっている。ラズアームの表情が今までにないほど険しくなる。
フィンディはそれを見て満足そうにほほえんだ。
「どうだ? 動かないだろう。足の筋を正確に切断したからな。もうどんなに頑張っても、祈っても、足は動いてくれないぜ……」
ラズアームは歯を食いしばる。
「まだだ……まだ……私は……私は……」
ラズアームはフィンディを決死の形相でにらみつける。
「貴様を倒して、誇りを取り戻すのだああああ!!」
ラズアームは剣を大きく振り上げた、その瞬間、
ヒュンッ!!
フィンディの剣がラズアームの体を切り裂いた。大量の血しぶきが飛び、ラズアームはガクッと地面にひざをつく。
ラズアームは乱れた息で小さく口を開く。
「そんな……私は……負けるのか」
ラズアームは呆然とした表情をしていた。
それを見て、剣を構えるフィンディ。
「さあ……ついにこの時が来た」
ラズアームの体は恐怖で震える。
それを見てフィンディはニヤリと笑った。
(……さあ!! 命乞いをしろ! 『助けてくれ』と、オレに命乞いをしてみろ!! そう言うおまえの首筋を、オレが切り裂いてやる!! あいつが助けたこの命を奪って……オレは真の英雄になるんだ!!)
「……………………殺せ」
ラズアームは小さくつぶやいた。
それは思いもよらぬ言葉だった。フィンディは驚く。
「分かっていたのだ……本当は……」
ラズアームは落ち着いていた。小さく小さく語るような口調だった。
「貴様を倒したところで、私の誇りは取り戻すことなどできない……たとえ他人が、私の誇りを認めたとしても、私の中にある誇りは、決して取り戻せない。あの時、あの瞬間に……私の中の誇りは完全に失われていたのだ」
「何を言っている…………!?」
にらみつけるフィンディを見て、ラズアームは静かに笑った。
「私は……本当はこの瞬間を待っていたのかもしれない。もう一度、あの時をやり直すために……」
ラズアームはそう言ったあと、自らの剣を横に放り投げた。
「これで私はやっと取り戻すことができる……自らの中にある誇りを……最後の最後で……」
ラズアームはフィンディの目を見た。
「殺せ……レアーズ」
フィンディは自らの手が震えるのを感じた。
(何をためらっている……!? なぜ震えてる! あとは止めを刺すだけだ……何を怯えているんだ! いつものようにただ斬るだけなのに……!!)
昔の通りまだ好きなんだ。尊敬してるんだ。
(違う……違う、違う違う違う違う!! )
フィンディの脳裏に父の姿がよみがえる。自分が尊敬していた頃に見た父の姿が……
(あいつは、オレの全てを奪った!!)
フィンディの脳裏に、母の最期の姿がよみがえる。炎の中へと消えていく、最後の姿が。
(殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ!)
「うわあああああああッッッ!!!」
ヒュンッッ!!
フィンディの剣は、ラズアームの首筋を切り裂いた。
ラズアームは力無く、ゆっくりと地面に倒れ込んだ。首からは血が流れ、徐々に地面に広がる。
フィンディはそれをしばらく見つめていた。
「……フフフ……ハハハハハ……アハハハハ、アッハッハッハッハッハッハッハッハッッッ!!!」
フィンディは大きな声を上げて笑った、今まで、どんな戦場でしたよりも大きく、戦場全体に響くように、
大きな声を上げ、狂ったように笑い続けていた。
そんな時だった。
一人の剣兵がフィンディに襲いかかってきた。
それを見て、フィンディはいつものように構えた。相手の首筋に狙いを定め、剣を振るおうとしたその時だった。
体が動かない。
剣を振るうことができない。
フィンディは驚いた。
(……なんでだ! なんで……体が、震えてる。腕に力が入らない……!! 何で……)
ヒュンッ!
剣兵の斬撃がフィンディの体を切り裂いた。
大量の血しぶきが上がり、フィンディの体は深く切り裂かれた。
フィンディはその事態に呆然とした。
「……どう……して」
フィンディは大きな音を立てて地面に倒れ伏した。
クロコは戦場を見渡していた。中央付近に迷い込んだままのクロコは、今の戦況を確認する。
(よし、ここはまだ押し切られてないな……)
その時だった。
戦場に無数に倒れ込んでいる兵士達、その一つに目がいった。
最初に目がいったのは一人だけ違う服を着た白い将軍服の男だった。そしてすぐに……
その近くに倒れているフィンディの姿に気づいた。
「……!!!」
クロコは驚き、フィンディに向かって全力で駆け寄る。途中一人の剣兵が襲いかかってきたがあっという間に斬り伏せて、フィンディのすぐ横に立った。
「フィンディ!!」
クロコは叫んで、フィンディの体を抱き寄せる。
フィンディは少しだけ目を開けた。ゆっくりゆっくりと口を開く。
「なんだ、おまえか……ハハハ……最後に見るのがおまえの顔なんてな。ここら辺はクラット基地の兵士がいっぱいいるはずなのに……声をかけてきたのはおまえ……だけか……」
「おまえ……どうして……」
「ざまー……ないな……」
フィンディは小さく笑った。
「ずっと……思ってたんだ……父さんが、もし、オレのような戦い方をしていれば、オレは全てを失う事なんて……なかった。父さんも死ぬことなんてなかった……だけど」
フィンディはクロコの目を見た。
「おまえの言ったとおりだったよ…………たとえ、それでも、オレは父さんのことが好きだったんだ。ずっとずっと……オレは父さんのような剣士になりたかった……」
フィンディの声は震えていた。
「父さんはオレの憧れで……ずっと好きで……だけど、それが原因で母さんは、炎の中で焼かれて……全てを失って……苦しかった、苦しくて……仕方なかった。だから……必死で否定し続けた。父さんと全く違う剣を振るって」
フィンディの目から涙がこぼれ落ちる。
「オレは……自分から逃げるために……ごまかすために……人を殺め続けた。これは、当然の報いだな」
そう言ってフィンディは涙を流しながら笑った。
「ファリスは分かってたんだ……オレが、自分をごまかしていたことを……そして、おまえも………………結局、オレを本当の意味で見てくれていたのは、おまえ達、二人だけだった。今まで、気付かなかった……気付こうとも……しなかった」
フィンディの体が震える。
「どうしてだろうな……どうして……もっと早く……気づかなかったんだろうな……どうして……あと少しだけ早く気づいていれば…………どうして、最後の最後で…………」
「最後なんかじゃねぇよ」
クロコはそう言って、フィンディの体をグイッと引き寄せた。
「何を……」
クロコはそのままフィンディの体を背負った。
「最後なんかじゃねぇ……最後になんかさせない。ファリスが待ってるんだろ、だったら、あきらめんじゃねぇよ!」
クロコはフィンディを背負ったまま、戦場を歩く。
クロコの体を伝って、フィンディの血が地面に流れ落ちる。
「無理だよ……もう……助からない」
「うるせぇ、待ってるやつがいるなら、死ぬその瞬間まで、生き残ることだけ考えろ!!」
「オレを背負ったままじゃ……おまえが殺される」
「うっせー! てめぇ背負った程度でやられるか!」
クロコは戦場を見渡す。
(退路は敵に塞がれてる。なら、どうやって基地にこいつを連れてく……? まてよ、そういえば……北の方に下り斜面が広がってたな。あそこでうまく身を隠せば、基地までこいつを運べる)
クロコは北に向かって小走りで走る。途中、三人の剣兵が襲いかかってくる。クロコはてこずりながらも、なんとかそれを斬り伏せていく。
しかし、さらに一人が背中から襲いかかってきた。
「……!!」
ヒュンッ!
剣兵の剣がクロコの左肩をわずかに裂く。しかし素早く反撃する。
ヒュンッ!!
クロコは剣兵を斬り伏せた。
「いって……」
切り裂かれた左肩から血が流れる。
「下ろせ……このままじゃ……おまえも……」
「うるせぇ!!」
クロコはまた走り出す。
「絶対に……絶対にあきらめてたまるか……」
クロコは真っ直ぐ前を見つめる。
「もう誰も……誰も失ってたまるか……!!」
クロコは兵士の群れを抜けた。
戦場から少し離れた草原を北に向かってクロコは走る。途中、ポタポタとフィンディの血が流れ落ちる。
(急げ……急ぐんだ……)
戦場から少し離れた所を走るクロコ、それに気づく敵兵はいるだろうが、わざわざ離れた敵を襲う者はいなかった。
クロコは何とか下り斜面までたどり着いた。
今まで戦っていた草原とは違い、草がほとんど生えておらず、地面がむき出しになっている。所々に小さな岩が顔を出していた。
その斜面を少し下り、振り向くと、後方の軍勢はもう見えなくなっていた。
(こっちから見えないってことは、あっちからも見えないってことだ……ここを進めば、安全に基地まで戻れる)
クロコは剣を鞘に収めた。
フィンディはもう一言も話さなくなっていた。
(急がないと……早く……)
「見ーつけた」
「……!!」
突然、上から声がした。斜面を見上げると、少し上所に巨大な斧を片手に持ったフレア・フォールクロスの姿があった。
目が合うなり、フレアは高く跳びあがり、クロコの前にドスンと大きな音を立てて着地した。
「あきらめずに探してみるモンだね。まさか自分からあんな目立つ所に飛び出してきてくれるなんてさ」
前方に立ち塞がるフレアを見て、クロコは優しくフィンディを地面に下ろした。
そして、フレアの方に向き直る。
「……邪魔だ」
クロコは剣を引き抜いた。
「邪魔だ、どけぇ!!」
クロコは殺気に満ちた眼でフレアをにらみつけた。
それを見てフレアはニヤリと笑う。
少し傾き始めた日の光が二人を照らす。その光が映し出したフレアの影はまさに、大鎌を持った死神そのものだった。