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3-18 否定と誇り




 緑色の大草原に広がるセウスノール解放軍とグラウド国軍。

 100000以上の国軍に対し、50000程度の解放軍、兵力の差は歴然だった。

 解放軍は横に大きく広がった陣形。

 対する国軍は厚く厚く広がっている。その中でライトシュタインは馬にまたがり信号銃を構えていた。


 パンッ!


 信号銃の音が響き、国軍の大軍勢がかけ声とともに一斉に動き出す。

 ライトシュタインは無機質な目で前方を見つめる。


「さて……一気にケリをつけさせてもらおう」



 国軍の動きに合わせ、解放軍の隊長達が口々に叫ぶ。


「来るぞ、全員構えろ!!」


 どんどん近付いてくる国軍、しかしすぐに国軍の陣形に変化が生じる。


 アールスロウは険しい顔でそれを見つめる。


 国軍陣形の両翼が左右に分かれていく。そして陣形は太い縦陣形三つに分かれた。



「まるで三本の槍だな……」


 アールスロウは国軍の陣形を見てそうつぶやいた。



「さて……その薄い壁、貫かせてもらおうか」


 ライトシュタインは解放軍の横に広がった陣形を見つめていた。


 国軍は再び一気に前進する。

 三つの縦陣形が解放軍に突き刺さる。

 国軍の縦陣形の前方には無数の大砲がズラッと配置されていた。

 国軍からの砲弾の嵐が解放軍布陣の三か所に集中的に降り注ぐ。

 解放軍から悲鳴が上がる。


 ライトシュタインはその様子を見つめる。


「解放軍は本来、ここで陣形を変えるべきだ。しかし、変えないのだろう? 私を恐れて……」


 解放軍右翼、砲弾の雨が降り注ぐ中、アールスロウは前衛で剣を振るう。次々と剣兵を斬り伏せるアールスロウ。それでも険しい表情は変わらない。


(本来ここは陣形を変えるべき時だ。だが変えるなよ、クラット基地の指揮官……倍と見積もる計算、そのグレイさんの助言がなければ、俺でも変えていただろうが……)


 解放軍の陣形は変わらない。国軍の猛攻に必死に耐える。


 解放軍中央、そこではフィンディが高速の剣技で敵を斬り伏せていた。砲弾が飛ぼうと、銃弾が飛ぼうと関係なかった、圧倒的な強さで、敵を次から次へと一瞬で斬り伏せる。

 フィンディは敵を斬り伏せながら、その先に目を凝らす。


(どこだ……どこにいる? ラズアーム)


 フィンディの心の中に、クロコに言われたある言葉がよみがえる。


 確かにおまえは父親のことを恨んでる。けど、それだけじゃない、昔の通りまだ好きなんだ。尊敬してるんだ。


(違う……オレはあいつを誰よりも何よりも恨んでいる)


 フィンディの脳裏にある過去の出来事がよみがえる。

 基地を襲う砲火。その中を逃げる途中、母は、目の前で、砲撃の炎に巻き込まれた。母の叫びは爆音で消え、その姿は炎の中へと消えていった。


(オレはあいつを許さない。だから……あいつが助けた命を、ラズアームの命を、オレが奪ってやる……! オレがあいつを否定してやる)


 フィンディは歯をギリッと鳴らす。


「どこだ! ラズアーム!!」




 解放軍左翼、国軍の猛攻が続く中、クロコは前衛にドシンと構え、高速の剣技で国軍兵を次々となぎ払う。しかし、周りが徐々に押されていく。


「……クソ!」


 少し離れた場所、そこでフロウも必死に剣を振るう。高速の剣技はいつものキレがない。

 一人、二人、国軍の剣兵を斬り伏せるごとにフロウの顔から汗が噴き出す。それでもフロウは剣を振るい続ける。


 ヒュンッ!


 フロウが剣兵の一人を斬り伏せた時だった。


「……うっ!」


 フロウの体に激痛が走る。思わす体を前に倒してしまう。

 その時だった、目の前の剣兵がフロウに襲いかかる。


 ヒュンッ!


 サキが素早くあいだに入り、剣兵を斬り伏せた。


「すまない……サキ君」


「フォローします、フロウさん」


「けど……」


「フォローはボクの得意分野です。それに、ボクは仲間の助けになるために強くなったんです」


「……すまない」


 前衛に立つフロウ、それをフォローするサキ。二人によって、次々と国軍兵は斬り伏せられる。



 解放軍右翼、アールスロウは次々と国軍兵を斬り伏せていた。しかし、アールスロウが戦う一角以外が徐々に押され始める。


(きついか……しかし退くわけにはいかない)


 そんなアールスロウの前に一人の国軍人が現れた。

 巨大な斧を構えた、フレア・フォールクロスだ。

 アールスロウの顔が険しくなる。


「……『死神』か」


 フレアはほほえむ。


「長剣に白い髪、そしてこの強さ……『千牙の狼』さんかな」


 フレアはユラリと斧を斜めに構えた。


「思わぬ大物に出会えたよ」


 するとアールスロウは後ろに跳んだ。


「悪いが君と一騎打ちする気はない」


 それを見てフレアはムッとする。


「勝てる自信がないの?」


「リスクの問題だ」


「へぇ、逃げるんだ……」


「いや」


 アールスロウはフレアを冷たい目で見つめる。


「逃げるのは君だ」


 そう言って、アールスロウは手を挙げた。


「撃てーッ!!」


 フレアに向かって無数の砲撃が放たれる。

 フレアの周りが爆炎に包まれる。


「うわっ!!」


「そんな巨大な武器を持っていたら、砲撃も素早く避けられないだろう?」


「性格ワルッ!」


 フレアはたまらず後退していった。



 ライトシュタインは双眼鏡で周りの戦況を確認する。

 左右二つの縦陣は、徐々に解放軍陣形を切り崩し始めていた。しかし、フィンディのいる中央は押し切れない。


「フィンディ・レアーズか…………それも計算して中央に戦力を集めたが……」


 ライトシュタインは少しだけ口元を険しくする。


「剣士の力量を計ることができるのは、同じ剣士だけ……か」



 解放軍左翼、中心になって戦うクロコの前に、一人の剣士が現れる。

 コール・レイクスローだ。クロコの姿を見るなりつぶやく。


「どうやらフレアより、ボクの方が彼女と因縁があるみたいだ」


「チッ、こいつか」


 お互いににらみ合う。

 先にコールが動く。素早く突進して、クロコに向かって鋭い斬撃を放つ。クロコも素早く反応する。


 ギィンッ!


 二つの剣がぶつかり合った。

 コールは間髪入れずに素早い斬撃を連続で放つ。クロコもそれに応戦する。


 ギィンギィンギィンギィンギィンッッ!!


 二つの剣が高速でぶつかり合う。

 クロコは後ろに跳び、距離をとった。コールが追撃しようとするが、その前に素早く動く。高速で左右に動くクロコ。コールをかく乱する。

 クロコは一瞬でコールの横についた。


 ヒュンッ!



 ギィンッ!


 クロコの斬撃はあっさり防がれる。


(……!! やっぱりだ、こいつに変則的な動きは全く通じない! ……となるとアールスロウに教わった技術を前面に出して戦うしかないか)


 クロコは素早く逆をつき、斬撃を放つ。しかしあっさり反応され、コールのカウンターが飛ぶ。


 ヒュンッ!


 クロコの肩にカスる。わずかに血が飛んだ。


「……くっ!」


 ひるんだクロコにさらに追い打ちをかけるコール。


 ヒュンッ!


 キィン


 クロコはその斬撃を流した。コールの体がわすかに崩れる。

 素早く放たれるクロコの斬撃、しかし紙一重でかわされる。

 コールはすぐに後ろに跳んで距離をとる。

 クロコは動きを止め、それを見つめる。


(ほとんど体勢を崩さなかったか……それより)


 クロコの顔がわずかに険しくなる。


(こいつ、攻撃が当たらねぇ……! 最初に戦った時から一度も……! ほとんど互角に打ち合ってるはずなのに……なんでだ!)





 クラット基地の広場の高台、ロイム司令官は戦況を見つめていた。


「くっ……中央以外はかなり切り崩されているな」


 ロイム司令官は広場を見下ろす。


「そろそろか……」


 ロイム司令官は信号銃を鳴らしたあと、大声を上げる。


「リック・ノール、砲撃準備!」


 広場に置かれた五台のリック・ノールが動き出す。長い長い五門の砲身が天に向かって上がっていく。


「撃てーッ!!」


 ドンドンドンドンドンッッッ!!!


 国軍陣形の五ヶ所に巨大な爆炎が上がる。


 ドオオオオオン!!


 クロコとコールのすぐ近くで巨大な爆発が起こった。


「なんだ……!」


 巨大な爆風の中、二人はたまらず後退した。




「あれっ!? フロウさん! フロウさーん!」


 爆風の中、サキはフロウを見失った。





 ライトシュタインが五つの黒煙を見つめる。


「例の新兵器か……」


 しかし、ライトシュタインの表情は変わらない。


「グラン・マルキノならともかく、この程度の威力ではこちらに与える被害は小さい」



 ロイム司令官は国軍の陣形を見つめる。


「与える被害は少ない、だが……これであちらの情報線を乱し、指揮系統を麻痺させれば、勝機は出てくる……!」



 ライトシュタインは剣の柄を指で叩いた。


「恐らく敵の狙いは指揮系統の麻痺か…………しかし、残念ながら、各部隊には事前に細かな指示を与えてある。何の問題もない」



 解放軍右翼を引き裂いていく国軍陣形、その少し後方で、フレアは解放軍の方向を見つめていた。


「くそ、『千牙の狼』は戦ってくれないし、前に出るごとに放火は集中するし……オレってここにいる意味あるのかなぁ」


 フレアはため息をつく。


「『千牙の狼』がいるってことは、クロコは左翼かぁ……あーあ」




 クロコやアールスロウの奮闘もむなしく、解放軍陣形の両翼はついに分断された。

 国軍の縦陣は解放軍陣を貫いたあと、わずかに前進し、横へと広がっていった。

 それにより国軍の陣形は、解放軍の陣形の前衛と後衛をきれいに包み込んだ。

 


 解放軍左翼、サキとはぐれたフロウはその様子を見て、表情を険しくする。


「また、退路を塞がれたか……!!」



 解放軍左翼の別の場所、クロコはその状況に混乱していた。


「なんだ!? どの方向を見ても国軍が見えるぞ。どうなってんだ!?」


 クロコは周りを見渡す。


「状況が変わり過ぎてる……ってかオレはいま陣のどこら辺にいるんだ……?」




 クラット基地でその様子を見ていたロイム司令官の顔色が見る見るうちに青くなる。


「あと少し下がれば、基地砲による援護が出来ていたのに……それどころか、こう薄く広げられては、リック・ノールによる援護射撃もできん……!!」



 ライトシュタインは解放軍の前衛と後衛を包む国軍を見て、軽く息を吐く。


「……さて、これで陣形は完成。あとはジワジワ潰すだけだ。私の役目は大体終えたな。あとは……」


 解放軍中央を見つめる。


「フィンディ・レアーズだけか……」


 解放軍中央を貫こうとする国軍の縦陣、その前衛の少し後方にラズアーム将軍の姿はあった。

 前線からわずかに離れたその位置で、ラズアームは静かに目を閉じていた。

 ラズアームは自らの過去を見つめていた。


 軍事家系の貴族として生まれた自分。

 親には常に軍人としての誇りを持って生きろと教えられていた。

 自分もその通り、誇りを持った軍人として生きようと決意していた。

 名誉よりも、権力よりも、財産よりも、誇りも持って生きる自分。

 自らの死すべき場所は戦場。勇敢に戦い、そして勇敢に死ぬ。

 それが自らにとっての理想だった。

 そしてその理想の通りに、若き日の自分は磨きあげた剣技と共に、戦場を勇敢に戦い続けていた。


 しかし、四年前のレイリホークの戦いで、自分はギルティ・レアーズと戦った。

 磨き上げ、鍛え上げた剣技はことごとく打ち砕かれた。そしてギルティの剣によって自らの体は切り裂かれ、地面に座り込んだ。

 ついに自分の人生が終わる時が来たのだ。静かにそれを悟った。

 未練はない……はずだった。

 しかし、自らに剣を向けるギルティの前で、自らが放った一言は、自分でも信じられないものだった。


「た、助けてくれ……私は……まだ、死にたくない……」


 自分でも、なぜそんな言葉が出たのか分からない。ただ、体の震えが止まらなかった。


 自分のその言葉に、誰よりも自分自身が驚いた。


(何を言っているんだ、何を! 私の死すべき場所はここではないのか!! やめるんだ! 私は『誇り』を持って……)


 目の前のギルティはその言葉を聞いて、静かに刃を下した。ラズアームはいまだに剣を握っていたが、そこから戦意を感じることはなかったのだろう。


 それを見た瞬間、ラズアームは今までにないほど混乱した。


(私は……助かるのか……? 敵に命乞いをして……むざむざと生きて……帰るのか……?)


 そのあと、なぜ自分がそのような行動に走ったのかラズアームにも分からなかった。


「うわあああああああッッッ!!」


 ラズアームは刃を下したギルティに向かって斬りつけた。不意を突かれたギルティはあっさりと斬り伏せられた。





 そしてこれが、自らの人生において、もっとも大きな戦果となった。

 その後に付けられた異名は『奪位の狐』……誰よりも誇りのない異名だった。


 その後、ラズアームは高い地位を得てもなお前線で戦い続けた。そして数々の戦果を上げた。しかしどれだけの戦果を上げても、その異名だけは消えることはなかった。

 自らの誇りが取り戻されることは二度とないだろう、そう思っていた。

 しかし……



 ラズアームは目を開けた。


(この出会いはまさしく運命だ……)


 ラズアームは前方を見つめる。


(あの時よりも、さらに鍛え上げた私の剣技で、ギルティを超えると言われるその息子を倒す…………誇りをついに取り戻す時が来たのだ。もう誰も私を卑怯者などとは呼ばせない! ギルティによって奪われた誇りは、その息子によって取り戻される……)


 自らが立つその前方、そこから無数の兵士の悲鳴が響く。

 悲鳴はゆっくりゆっくりと近付いてくる。

 その近づく悲鳴を聞き、ラズアームは笑みを浮かべる。


「さあ来い、早く来い……フィンディ・レアーズ!!」





 解放軍左翼、そこでは国軍の陣形が、前と後ろと内側から挟みこんでいる。

 その中でコールは、解放軍の剣兵を次々と斬り伏せていた。


「コール! コール!」


 突然自分を呼ぶ声がする。声の方向を向くと、そこにはフレアがいた。


「えっ? なんでいるの!?」


 フレアは頭をかく。


「いやさぁ、あっちは大体片付いちゃったからさ。こっちの方に来ちゃった」


「『来ちゃった』じゃないよ! 命令無視だよ!」


「バレやしないって。それよりさぁ、クロコはここにいるだろ?」


「うん……いたよ」


「よーし、じゃあ探すかな」


 そう言ってフレアは姿を消した。

 それを見てコールはため息をつく。


「……やれやれ」


 コールは再び解放軍側を見る。そのとき一人の剣士に気づく。

 必死で剣を振るうサキの姿に。


「へぇ……ボクより幼い剣士がいたんだ」




 クロコはひたすら国軍兵を斬り伏せていた。


(もう自分がどこにいるのか全く分からねぇ……けど、今はとにかく戦うしかない)


 クロコは知らぬ間に解放軍の中央付近に移動していた。


 そこから少し離れた場所では、フィンディが嵐のような剣技を振るっていた。

 解放軍中央、ここだけはフィンディの猛攻により、唯一押し切られずにいた。

 恐ろしく正確な剣技で、最短の動きで敵を斬り伏せ続ける。

 全く無駄な動き無く、敵を斬り伏せ続けるフィンディ。そのためフィンディはいまだに息切れ一つない。


(1088、1089、1090、1091……)


 目の前の敵兵を次々と斬り伏せる。

 ふと前方に目を向けた、その時だった。

 フィンディの目の色が変わる。

 目の前にピューター・ラズアームの姿があった。

 二人はお互いに目を合わせた瞬間、同時に笑みを浮かべた。


「見つけたぞ! ラズアーム!!」


「レアーズ!!」


 二人は剣を構え、同時に突進した。


 ギィンッ!!


 互いの剣が勢いよくぶつかり合った。







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