3-17 償い
クラット基地を夕暮れの光が包む中、基地の治療室でフロウは目を覚ました。
周りを見ると、すぐ近くにクロコが座っていた。
クロコはすぐに気づいて、顔をのぞきながら声をかける。
「おい、大丈夫か。おいっ!」
声をかけてくるクロコに対し、フロウはぼんやりと答える。
「……たぶん……ね」
フロウはゆっくりと体を起こす。
「……!!」
直後、フロウは苦痛で顔を歪めた。
クロコは心配そうにフロウの顔をのぞいた。
そんなクロコに対し、フロウは笑みを作って見せる。
「派手にやられちゃったよ」
「医者が言うには、傷は深いが、命に別状はないらしい」
「そうかい」
フロウは少しだけ周りを気にしたあと、もう一度口を開く。
「ついててくれたのは君だけ?」
「んっ? ちょっと前までサキもいたけど、なんか呼ばれていなくなった」
「……そうかい…………クレイドは?」
「あいつは、見つからねぇ。多分どっかにいるだろ」
「…………倒れてるあいだのこと、はっきりは覚えてないんだけど、なんか、クレイドの声が聞こえた気がした」
「ああ、途中でクレイドが助けに入ってな。それで何とか逃げ切れた」
「…………クレイドは無事なの?」
「ああ、同時に逃げたから、無事なはずだ」
「あのあと何があったのか聞かせてくれない?」
「あのあとか……おまえが倒れたあと、すぐクレイドが来て。……であいつが地面えぐって隙を作って、二手に分かれて逃げたんだ。おまえはオレが担いだ」
それを聞いた途端、フロウの表情が変わった。緊迫した表情だ。ゆっくりと口を開く。
「……その作戦を提案したのは誰?」
「……? クレイドだ」
それを聞いた瞬間だった。フロウは目を閉じて、顔を歪めた。体はわずかに震えていた。
「…………そんな……」
フロウは震えた声を出した。
その様子にクロコは驚く。
「おい、どうしたんだよ」
クロコがそう言った直後だった、フロウは目を開け、クロコをにらんだ。
「……君はバカだ……クレイドは……クレイドだったら……」
そしてフロウは叫ぶ、子供が泣きわめくようなうわずった声で。
「クレイドの性格だったら、そのあと引き返して、敵を足留めするに決まってるじゃないか!! どうしてそれに気づかないんだ!!」
フロウは叫んだ直後、クロコは固まる。
「……!!」
固まったクロコから目をそらし、フロウはもう一度目を閉じて顔を歪ませる。
「君はバカだ……クレイドは……クレイドは……」
「……ウソだ……あいつは……そんなはずは……」
その夜のことだった。クレイドとロストブルーの戦闘を目撃した兵士の証言から、クレイドの戦死が確認された。
それを聞いた後も、クロコはしばらくの間、そのことを信じることが出来なかった。
月の出る夜空の下、クロコは独り、ベランダに出て、腕に顔をうずめていた。
(クレイドが…………オレのせいだ……オレの)
クロコはそれ以外、何も考えることが出来なかった。ずっと腕に顔をうずめたまま、何時間も動かなかった。
クロコを心配して探していたサキは、そんなクロコを見つける。声をかけようとしたが、やめた。
顔をうずめたまま、泣いてるように見えた。
サキはゆっくりとその場を立ち去った。
サキはそのあと、大部屋でフロウの姿を見つけた。
フロウは泣いていなかった、包帯を巻かれた姿のまま、ただ黙々と小剣を布で磨いていた。
ただどこか、近寄りがたい雰囲気を醸し出していた。
サキは結局フロウにも背を向け、その場を去った。
廊下を一人歩くサキ。
(ボクは……どうすればいいんだ……)
サキは自分の目から涙がにじんでくるのを感じた。すぐにそれを腕でぬぐう。
(クレイドさん……)
クラット基地より南北の地、シャルルロッド。その端にそびえ立つシャルルロッド基地、そこの廊下をスコアは歩いていた。
右手には不自然な茶色のバッグを持っている。
スコアはそのまま武器庫の前まで行き、中へと入った。
中は暗く、シンと静まり返っている。
スコアは小さく声を出す。
「レイアー、ボクだよ」
スコアがそう呼ぶと、大砲の裏からレイアがヒョコッと顔を出した。
その顔を見て、スコアは安心した表情をする。
「ほら、食べ物。今度はバッグに入れた来たんだ」
スコアはレイアの前に立つとバッグを開ける。
「前までは手持ちだったから、固形物しか持って来れなかったけど、今回はちゃんとした食べ物を持ってきたんだ」
そう言ってスコアはバッグから四角い木製の入れ物を取りだした。入れ物は少しだけ濡れていた。それを見てレイアが一言。
「こぼれてるね」
「あ……うん、少しだけさ」
「バッグ……臭っちゃうかも」
「だ、大丈夫さ、すぐ洗うから!」
レイアは入れ物のフタを開けた。中にはシチューが入っていた。
「ごめんね、レイア。もう冷えちゃってるんだ。なかなかここに来る時間がなくて」
「変なこと言うね、あなたが謝る事なんて何もないのに」
レイアはシチューを食べ始める。
スコアはその様子を少しだけ眺めたあと、口を開いた。
「その……レイア、少し聞きたいんだけど」
「なに?」
「きみのその傷のこと……いいかな?」
「いいよ」
「その傷は……どこでできたの?」
レイアは食べる手を止めた。
「小さな傷は奴隷の時に主人に叩かれてできた。大きな傷は戦争に巻き込まれた時にできたって、おじさんとおばさんが言ってた」
「おじさんとおばさん……?」
「わたしは戦争孤児で、小さい時に独りぼっちになった。その時、たまたま会った旅の医者夫婦のおじさんとおばさんに助けてもらった。小さい時のことはほとんど覚えてないけど、大きな傷はその時、おじさんとおばさんに治してもらったって聞いた」
「そのおじさんとおばさんは今どうしてるの?」
「出会ったあと、旅に長いあいだ一緒に同行させてもらって、お世話になったけど、三年ぐらい前に、盗賊に襲われて、二人とも殺された」
「……!!」
「わたしはその時捕まって、奴隷として売られたんだ。それからはずっと奴隷として暮らしてた。今思えば、おじさんとおばさんと一緒にいた時が一番楽しかったな……」
それを聞いてスコアは辛そうな顔をする。
レイアはまたシチューを食べ始める。
しばらく静寂が続いた。
「あのさ、レイア」
スコアがまた話しかけた。
「……なに?」
「その……こんな所に連れ込んじゃって、ごめんね」
「また変なこと……あなたに助けてもらわなかったら、わたし、あのままのたれ死んでたかもしれないのに」
「……あっ、う、うん。と、とにかくさ、こんな暗い所にずっといるのは辛いよね。だからさ、時間が空いたら二人で町を回ろう。一緒にきみの居場所になる所を探すんだ」
「…………わたしの居場所?」
「そうさ、もうきみは奴隷として生きていく必要なんかない。きみの生きる場所、きみの居場所は必ずどこかにある。だからそれまでは、ボクがきみを守るよ」
「…………」
それを聞いてレイアは少し黙った。そのあと、ゆっくり口を開く。
「あなたはどうして、わたしにそこまでしてくれるの?」
「え……それは……その……」
スコアは少しだけ言葉に迷う。
「こ、こうして出会ったのも、運命だし、困ってるきみを放っておくわけにもいかないし、それに……」
「それに……?」
「……ゴメン、自分でもよく分からないんだ」
「変な人」
「ハハハ……」
「ねぇ、スコア」
「なに?」
「ありがとう」
レイアはほほえんだ。
クラット基地、その基地の一室で、ガルディアとアールスロウは机を挟んで話していた。
「ずいぶんな状況になっちまったな」
「はい……」
「国軍の今までの損害は推定15000、こっちの損害は50000か…………ってことは、国軍は全体で120000で、こっちは100000集まる予定だったから……今の戦力は、えーと」
「国軍は105000、こちらは50000です」
「……倍か」
「はい……実際はもう基地を放棄すべき状況です」
「だが、この基地が落ちれば、領土線が切り崩されて、国軍は一気にセウスノールに進行しちまう」
「そうですね……全ては俺の力不足。この状況の責任は俺にあります」
アールスロウは険しい表情だ。
「おまえだけが悪いわけじゃないさ。相手はライトシュタインだったんだ。あいつと戦術で勝負して勝てるやつなんかいないさ」
「…………しかし、またアレと戦わなければならない」
「あいつと勝負するときは、絶対にあいつに合わせて動いちゃいけないんだ。確実にハメられるからな。あいつとやるときはとにかく陣形を横に広げて、ひたすら突進だ。それが一番いい方法さ」
「まるで牛ですね」
「まあな。ただし、あいつが誘い込もうとしてる時だけは足を止める。その判断が難しい、あいつはそれをうまく隠すからな」
「……しかし、それではどうしてもこちらが不利になりますね」
「ああ、だからあいつが動かす軍勢は、兵力を倍と仮定して見ないといけない」
「……となると、相手の戦力は実質こちらの四倍ですか。ますます勝機がない気がしますね」
「まぁな……」
「グレイさんは出てくれるのですか?」
それを聞いて、ガルディアは腹に巻かれた包帯をさする。
「……オレは後方で様子を見るよ。オレが出れば、まず間違いなくディアルも出てくるだろうからな。あいつが出たら、最悪わずかな希望さえなくなるかもしれない」
「…………」
「まぁそうすると、回復したって言うフィンディに頼ることになるだろうな」
「『狂舞の悪魔』ですか……」
クラット基地防衛戦十一日目
夜の闇に包まれる国軍陣、その一角では、ライトシュタインとロストブルーが話していた。
「戦力は完全に整ったな」
「そうですね、明日の戦いで決着がつくでしょう」
「ロストブルー、君は明日の戦いには出るのか?」
「私は後方で様子を見ましょう。私が出ない限りは、グレイも出てはこないでしょう。こちらの勝利がほぼ決まっている以上、また彼にかき乱されてはやりづらいでしょう?」
「……そうだな、私としてはその方がありがたい」
(ロストブルーとガルディア……これほどの力を持つ二人が戦場を離れた理由。なるほど、そういう訳か)
ライトシュタインは再び口を開く。
「そうなると、あと厄介なのはフィンディ・レアーズか」
「彼の相手はラズアーム将軍がするのでしょう?」
「ああ、ラズアームとフィンディ……この決着戦の最大のかなめとなるだろうな」
司令官テント、その薄暗いテントの中でラズアームは独り座っていた。
(さあ、いよいよ決着の時だ。フィンディ・レアーズ)
ラズアームは静かに笑みを浮かべた。
夜が明けた、太陽が昇り、朝日がクラット基地を照らす。
クラット基地の広間では、戦闘の準備をする兵士達が慌ただしく動いていた。
その中に、フィンディ・レアーズの姿はあった。
剣を腰に付けたフィンディはゆっくりと歩き、基地の外へと歩く。すると基地の出口にファリスが立っていた。二人の目が合う。
「傷は……いいの?」
ファリスがフィンディの体を見ながら言った。
「ああ、さすがに全快とまではいかないけどな。やつらと戦うには十分さ」
「今、すごく厳しい状況なんだってね……」
それを聞いてフィンディは笑みを浮かべる。
「オレがいる限りは、この基地は落ちないさ。国軍兵を殺して殺して殺して、オレがこの基地を守ってやるよ。オレは新の英雄なんだからな」
「………………」
黙るファリスをフィンディは横切る。
フィンディが基地の外へと出ようとする時だった。
「フィンディ!」
ファリスは叫んだ。それを聞き、ゆっくりフィンディが振り返る。ファリスはフィンディを見つめる。
「……もう、やめない?」
つぶやくような小さな声だった。
「何をだ?」
「いままでもそう……そしてこれからやろうとすることもそう。あんたが望んで……心から望んでやっているようには私には見えない。だから……」
「やってるさ。これはオレが望み、オレ自身が決めてやっていることだ。見ろよ、今の状況を、仲間の誰もがオレを頼り、オレという存在に希望を見出している」
フィンディは上機嫌に笑う。
「結局、どれだけ否定しようと、最後はみんなオレに頼るしかないのさ」
フィンディはそう言ったあと基地の外へと出ていった。
ファリスはそんなフィンディの姿が見えなくなると、小さな声でつぶやいた。
「フィンディ……無事に帰ってきてね」
サキは基地の廊下を歩いていた。するとバッタリとフロウと出会った。
「あっ、フロウさん!」
サキはフロウを見て緊張した顔になる。
「やあ、サキ君」
フロウはいつもの調子でしゃべった。
「あの……大丈夫……ですか?」
するとフロウは笑顔を浮かべた。
「ああ、傷は深いけど、出るよ、ボクは。こんな状況だからね。少しでもみんなの力になりたいんだ」
「あの……傷だけじゃなくて……その……」
「大丈夫」
フロウはまた笑顔を浮かべた。
「僕はもう大丈夫だから」
フロウはそう言ったあと、一呼吸おいて、また口を開いた。
「それよりクロコ君は?」
それを聞いてサキは少し顔を曇らせる。
「それが……その……」
「…………案内して」
サキに案内されて、フロウは基地の広間へ出た。広間の端っこにクロコの姿があった。座りながら剣の柄を握り、うつむいている。
フロウはそれに近づく。
「クロコ君」
「…………フロウ」
名を呼ばれてクロコは顔を上げた。目が少し赤くなっていた。
フロウの顔を見て、辛そうな顔をする。
「寝てないの……?」
フロウの質問にクロコは答えない。少しだけ黙った。
「……オレは……オレは……あいつを……」
クロコは震えた声を出した。
その時だった。
フロウはクロコの顔を勢いよく殴った。
鈍い音が鳴って、クロコの体は床に倒れた。
「…………!!」
クロコは驚いて顔を上がる。
フロウはクロコをにらみつけていた。
「何を情けない声を出してるんだ!! 戦闘はすぐに始めるんだぞ!! こんな状態で君は戦うのか!!」
フロウは大きな声で怒鳴った。
「…………フロウ」
上半身を起こしたクロコは呆然とする。
「立て、クロコ。……クレイドは、命を懸けて僕と君を守った。その命を、もし次の戦闘で無残に散らすような事があれば、僕は例え死んだあとでも、絶対に君を許さない」
「………………」
「戦うんだクロコ。そして、何があっても死んじゃいけない。それが……クレイドにできる今一番の償いだ」
「…………フロウ」
フロウは体をかがめて、クロコに手を差し伸べた。
クロコは一瞬目を閉じて、そしてキッとフロウの目を見た。真紅の瞳が鋭く光る。
フロウの手を取り、立ち上がった。
「目が覚めた。ありがとう、フロウ」
「生き残るよ」
「もちろんだ!」
その様子を見ていたサキは安心したように笑みを浮かべた。
太陽が真上から照らす頃だった、クラット基地の前方の緑色の大草原に、グラウド国軍の巨大な軍勢が姿を現した。
セウスノール解放軍はクラット基地のおよそ1km前方に陣を敷く。横に大きく厚く広がった陣形だ。
対するグラウド国軍は解放軍に比べ横に少し狭い厚い厚い陣形を敷いていた。
解放軍中央、フィンディは倍はあるだろう国軍の軍勢を見つめていた。そして笑みを浮かべる。
「さて……今までで最大難度のゲームになりそうだな」
解放軍右翼、アールスロウは険しい表情で国軍を見つめる。
(俺が与えた敗北の代償は、俺一人では、もう……どうしても返すことはできない)
静かに剣の柄を握る。
(だが……今は戦うしかない。自分のできることは、それだけしかないのだから)
解放軍左翼にはクロコとフロウ、そしてサキの姿があった。
フロウの顔色が少し悪い。
「大丈夫ですか、フロウさん」
「……大丈夫さ、何があっても僕は戦う」
フロウは笑顔を見せる。それを見てクロコが口を開く。
「オレがおまえのフォローに回る」
「冗談じゃないよ。君の足を引っ張るのはごめんさ。君はいつもの様に突進しな。自分の命は自分で守る」
「……強がりやがって」
それを聞いてフロウは笑った。
「君に言われるなんてね。……けど、とりあえずは流れを作るのは君に任すよ。僕はそこまで暴れないし、暴れられないからさ」
国軍陣の一角、そこにコールの姿があった。
「この戦いもいよいよ決着か。……今回はフレアと離れちゃったな」
別の一角には巨大な斧を構えたフレアが立っている。
「前回は結局会えなかったけど、最後にクロコと戦えるかなー。まぁ、この戦力差で、指揮官が『戦場の魔術師』じゃあ、オレが戦うまでもなく、クロコはやられちゃうかもしれないけど」
国軍の中心付近にライトシュタインの姿はあった。馬にまたがり、双眼鏡で解放軍の様子をうかがう。
「横に広く構えた陣形か……対策を立ててきたな」
ライトシュタインは信号銃を構えた。
「さて、始めるか」