3-14 二人の将軍
「いつになったら次の戦闘が始まるんだ?」
クロコがクラット基地の廊下を歩きながら言った。
それにフロウが答える。
「さあね、敵は前回の戦いでグラン・マルキノを五台も失う大損失を負ったからね。戦力の集結を待ってるんじゃないかな?」
フロウの隣でクレイドが口を開く。
「とはいえこっちもだいぶ戦力が集まってきたからな。そろそろ攻めに転じてもいい頃だ」
「そうですね」
サキがうなずく。
「敵戦力もそろそろ集結し始める頃ですし、こちらの戦力も整ってきました。もう、いつ戦闘が始まってもおかしくない状況です」
「だね、とはいえ、戦闘が始まれば厳しい戦いになるは間違いない。フィンディ・レアーズも負傷で戦線離脱だし」
それを聞いてクレイドが口を開く。
「まあ、なんだかんだで奴の活躍はデカイからな」
その言葉を聞いたクロコは少しだけ複雑な心境だった。
一方、クラット基地よりはるか南東の国軍シャルルロッド基地、その司令室。
部屋の隅の棚の上には無数の手持ち時計が飾られ、窓側に置かれた幅の広い机にはラティル大佐が腰かけている。その正面には厚い眼鏡をかけたスコアが立っていた。
「ご苦労だったね。スコア」
「はっ」
スコアは敬礼する。
「君が帰還する少し前に、手紙鳥が飛んできてね。報告を見たよ。流石というべきか、今回もだいぶ活躍したそうだね」
「…………」
「報告書の内容で私が一番気に入ったのは、司令官のベスト少佐の、アルト・フォッカーとは何者なのですか? という個人的な質問の箇所だな」
ラティル大佐はそう言って笑う。
「今回の活躍はこんな時期でなければ勲章ものだったが、仕方がないか……それにフォッカー軍曹も身に覚えのない勲章をもらっても戸惑うだけだからね。まあ、それはそれで面白いが」
「…………」
「……どうした? スコア」
「えっ!? あ、はい、も、申し訳ありません……」
「どうしたスコア、君がボーッとするなんて……いつものことだが、今回はさらにひどいな。悩み事かね?」
「えっ!? あっあっ、そ、そんなことはありません。べつ、別に何も……」
「そうかね、ならいいんだ。話はこれだけだ。君もずいぶん疲れているだろうからゆっくり休みといい」
「は……ハッ、それでは失礼いたします」
そう言ってスコアは早足で部屋から出ていった。
ラティルはその姿を見送ると、イスに寄り掛かった。
「何か気になることがあるようだな。やれやれ、彼も分かりやすいな」
スコアは基地の廊下を早足で歩く。
そして武器庫の大部屋の前まで行くと、神経を研ぎ澄ます。
(周りには……誰もいないな)
スコアはソーッと武器庫の中へと入っていく。
中は薄暗かった。明かりは小さな木窓から漏れ出すわずかな光のみだ。部屋には無数の剣や銃、そして大砲が所狭しと置かれている。
スコアはその狭い足場をゆっくりと進む。
少し奥まで進むと足を止めた。
「ボクだ! ボクが来たよ! どこにいるんだ!?」
スコアの声が響いたあと、辺りは再びシーンと静まり返る。
再び声を響かせるスコア。
「その……大丈夫だから! 出てきてよ!」
すると、大砲の裏からヒョコッと少女が一人顔を出した。黒い髪の真紅の瞳の少女。布切れのような服をまとっている。
スコアはその少女の顔を改めて見て息をのむ。
(やっぱり似てる……似すぎてる……クロコとうりふたつだ……)
クロコと全く同じ顔をした少女、しかしまとう雰囲気は違う、クロコの威圧的な雰囲気に対して、少女は静かでひっそりとした雰囲気を持っている。
スコアが少女の顔を見ていると、少女が突然口を開く。
「あなた……」
「えっ!?」
「あなた、どうしてわたしをここに連れてきたの?」
その言葉を聞いてスコアの顔が青くなる。そして少女に背中を向けると、頭から壁にもたれかかる。
(本当だよっ!? 何してるんだボクは! いくら町がなくなって住む場所が消えたからって……!! それにクロコとうりふたつだからって……っっって、なにが“それに”だよ! そんなの全然理由にならないじゃないか!! あーもう! ボクは何をやってるんだ!! 軍に内緒でこんなこと……バレたら大変なことに……)
「ねえ……」
「えっえっ!? なに?」
少女の声にスコアは急いで振り返る。
「なにしてるの?」
「あ……ごめん」
「………………」
少女は黙り、スコアの方をジーッと見ている。
スコアも少女の方を見る。
(彼女は……服装を見る限り、多分奴隷だ……国軍の奴隷に対して行った処置の話もあるし、このまま放り出すわけにはいかない……だけどどうしよう)
しばらく沈黙が続く。
「えっ、え~と……そうだ、きみの名前は? まだ聞いてなかったね」
「…………レイア」
「そうか、レイアっていうんだ。……え~と、それだけ?」
「うん」
(姓は無いのか……)
「ボクはスコア・フィードウッド。よろしくね」
スコアはそう言って笑顔を見せる。
「…………」
対してレイアは無愛想に表情ひとつ変えない。
その様子にスコアは少し困る。
「えーと、きみは……その……」
スコアはもう一度レイアの服装を見る。
「奴隷……なのかな?」
「うん……そう」
「そうか……じゃあ、どうしてきみはあんな所にいたの?」
スコアは床に腰を下ろす。レイアも床に座り込んだ。
「…………ルザンヌ軍が町に来て、町の人を捕え出した。それがこわくて、わたしはタルの中に隠れた。町の人が殺されて、燃やされた後も、ずっと隠れてた。本当は町から逃げ出したかったけど、見張りが多くて、食べ物をこっそり盗むのが精いっぱいだった。そのうち、あちこちから火の手が上がってびっくりして……」
「外に飛び出したところにボクと出会ったってわけか」
「うん」
「そうか…………」
「ねぇ」
「なに?」
「なんだわたしを助けたの?」
「えっ!? それは…………」
(それは……彼女をあのまま放置するわけにもいかないし、国軍に預けても何をされるか……だけど……本当にそれだけなのか? くそっ! 分からない……自分で分からないことをどう言えば……)
「わたしのこと、好きになっちゃった?」
レイアは表情を変えずにそう言った。それを聞いてスコアは驚いて顔を赤くする。
「な……何を言って……」
スコアは混乱して言葉に詰まる。するとレイアは急に立ち上がり、背中を向ける。そしてゆっくりと自分の体にまとっている布をつかむ。
「……えっ!?」
スコアは驚いて立ち上がる。レイアは服を脱ぎ出した。
「なっ!? なっ!? 何をやって……」
その様子にスコアはますます混乱する。レイアは服をきれいに脱いだ。その瞬間、スコアは息をのんだ。
レイアは背中を向けたまま脱いだ服を自分の隣に置く。
スコアはレイアの背中を見つめたまま、固まった。
レイアの背中には……大きな傷跡があった、体全体をえぐるような生々しい切り傷の跡だ。そしてその傷の周りを覆うように背中全体にやけどの跡が広がっている。見るに堪えないほど、ひどくただれたやけどの跡だ。さらにその周りを小さな切り傷やあざが囲んでいた。
レイアはスコアに顔だけを向け、静かに笑いかけた。
「わたしを襲おうとする人達はね……この傷を見たらみんな逃げていくの…………」
笑いかけるレイアの瞳の奥には深い絶望が垣間見えた。
部屋に長い静寂が流れる。
一粒の涙が床にこぼれ落ちた。
スコアの目から涙がこぼれ落ちる。
レイアはそれを見て驚く。予想外の反応だったのだろう。
「どうして……泣いているの?」
スコアの目からはポロポロと涙がこぼれ落ちていた。泣きながらスコアは震える声を出す。
「どうして……だろうね。どうして……でも、ひど過ぎるよ。こんなの……誰が……こんな…………」
途切れ途切れの言葉を出しながら、スコアは手で涙をぬぐう。しかし目からは次々と涙があふれ出す。
レイアはそれを不思議そうな様子で見ていた。
前に向き直り、小さくうつむくレイア。
「変な人……」
クラット基地防衛戦九日目
クロコとフロウとクレイドとサキの四人は基地内のテラスから広間を見下していた。
新たな援軍が到着したようだ。兵士の隊列が広間を埋め尽くしている。
クロコが口を開く。
「ずいぶん集まってきたな」
「そうだな、戦闘間近ってトコか」
「そうだね……あっ!」
フロウは急に何かを思い出したように声を上げる。それにクレイドが反応する。
「どうした?」
「……そうだ、次の戦闘が始まる前に、みんなに忠告しなきゃならないことがあったんだ」
「なんだ?」
「僕らが前に戦った相手のことを覚えてるかい?」
その言葉を聞いてクレイドは少し考える。
「大きな斧を持ったやつか? それとも剣士の方か?」
「大きな斧を持った方さ」
「あいつか……あいつがどうしたんだ」
「彼の名はフレア・フォールクロス。彼には特に注意した方がいい……」
「それは戦ったから十分わかるぜ。確かに相当強えーな」
「それだけじゃないんだ。みんなよく聞いて」
フロウは三人の顔を見る。
「彼は、噂によると一騎討ちに相当強いって話だ」
「対複数戦じゃなくて、対個人戦に強いってことか?」
「まぁ、そういうことだね。それで噂によれば、彼の戦場での対個人戦での戦歴は三十戦以上して無敗らしい……」
「無敗……」
「うん……そしてこれから先の話が重要だ、よく聞いて」
フロウは三人を真剣な顔で見つめる。
「噂によれば、彼は戦場での一対一での勝負が無敗であると同時に、彼と一対一で戦った相手は全て、戦死してるらしい」
「全て戦死……!?」
クロコが声を漏らした。
「だ、だけど、あくまでも噂なんですよね」
「それはそうさ、なぜなら彼と一対一の勝負をした相手はみんな死んでる、つまり生き証人が存在しないんだからね」
それを聞いてサキは息をのむ。
「武器の形状と相まって、ついた異名は『死神』……いいかい、間違っても彼と一対一の戦いを挑んじゃいけない。みんな、これだけは覚えておいて」
その言葉を三人は静かに聞き入れた。
その時だった。
「やあ」
誰かが四人に向けて声をかけてきた。
クロコは声の方向を向く、そして驚いた。
そこには白い長い髪を後ろで結んだ長身の男が立っていた。
「アールスロウ! なんでアンタがココに」
アールスロウはいつもの冷たい目つきでクロコを見る。
「フルスロックの援軍の第三便だ。フルスロックの主戦力はほどんどがここに集まる予定だからな」
「って言っても、アンタは副司令だろ。どうせ司令部に座ってるだけだろ」
「ならば、わざわざこんな所に足を運ぶわけがないだろう。俺も戦闘に参加する予定だ」
「アンタも……」
アールスロウはサキの方に目を向けた。
「久しぶりだな。サキ」
「はい……お久しぶりです。クラット基地への異動の件、あの時はありがとうございました」
「ああ、元気そうでなによりだ。さて、俺は司令室に用があるんだ。これで失礼させてもらう」
そう言ってアールスロウは去っていった。
それを見送ってフロウが口を開く。
「アールスロウさんも今回は参加するんだね。フィンディ・レアーズが抜けた今の状況を考えると、心強いね」
「つっても、アールスロウさんに頼り切ってもダメだけどな」
「そうですね。ボクらもボクらでガンバらないと!」
「ふん……オレだって、アイツなんかには負けてねぇよ」
クロコがブスッとした態度で言った。それにクレイドが反応する。
「ん……? おまえ、アールスロウさんに勝ったことあるのか?」
「うるせーっ!!」
クラット基地より東に位置する国軍本陣、その中央に位置する司令部テント。
そこのイスにラズアーム少将は座っていた。
「さて……戦力もだいぶ整ってきたな」
向かいに座る若い副官がうなずく。
「はい、現在の戦力は100000。そろそろ動きだしてもよろしいかと」
その時だった。テントの入り口が突然開かれ、二人の軍人が入ってくる。
その姿を見た途端、副官は急いで立ち上がり敬礼する。ラズアームも驚き、遅れて立ちあがり敬礼する。
ロストブルー中将とライトシュタイン中将が中へと入ってきた。
ラズアームは驚いた様子だ。
「な、なぜ御二人がここに……」
それを聞いてロストブルーがほほえむ。
「元帥からの要請があってね。軍が本腰を入れている時に、我々だけがくつろいでいるわけにもいかないだろう?」
「しかし、『七本柱』の中であなたが動くとは……」
「さて、実際に私が戦線に立つがどうかは、相手の対応次第にしているんだがね」
ロストブルーはそう言ってほほえむ。するとライトシュタインが無機質な目でラズアームを見る。
「今の戦況はどうなっている? ここには到着したばかりで把握していないのだが」
「はっ! すぐに……」
ラズアームと副官は二人に今までの経過を説明した。
説明が終わるとライトシュタインが小さくため息をついた。
「前回の戦闘は見事なまでの大敗だな」
その言葉にラズアームは苦い顔をする。
「しかし、敵がまさかあのような兵器を持っているなど……予想外でした。事前にあの情報を得ていれば、こんな結果などに……」
「違うな」
ライトシュタインはそう言って机に広げられた地図を指さす。
「この地図をよく見ろ」
ライトシュタインはクラット基地の周りの地形を指でなぞる。
「クラット基地は丘の上に建っているため、正面に対しての守りが堅い。だからこそその半面、横や後ろに回り込まれる危険性をはらんでいる。そのため敵は警戒網を横に広く張っている可能性が非常に高い。よってグラン・マルキノをどれだけ大回りさせたところで、敵司令部が事前にその存在に気づくことは容易に予想できる。それでも敵がそれに対して何の防衛処置を取らなかったということは……」
ライトシュタインは軽く地図を叩いた。
「敵はグラン・マルキノを誘い込んでいたということだ」
それを聞いてラズアームの顔が険しくなる。
ライトシュタインはラズアームの顔を無機質な目で見つめる。
「だからこそ、グラン・マルキノに対して何の守りも見られなかった時点で、グラン・マルキノをそれ以上前進させるべきではなかった。それを君は、作戦として事前に乗組員に伝えておくべきだったんだ。この大敗の原因は敵が新兵器を持っていたか否かではない。君の単純な作戦ミスだ」
それを聞いてラズアームの表情が一気に険しくなる。
「………………」
黙り込むラズアーム。
「事前作戦に関しては、これからは私が仕切ろう」
ライトシュタインのその言葉を聞いて、ラズアームは黙ってうつむいた。
作戦会議終了後、ライトシュタインはテントの外に出て空を見つめた。
長い雲が浮いている。
するとロストブルーが隣に立った。
「ずいぶんきつく言われましたね」
「そうかね」
「ラズアーム少将が少し険しい表情をしていたのでね。実際あれほどの読みが出来る司令官はほとんどいないでしょう。あのような言い方、あなたらしくないと思いましてね」
「彼とは一度戦場を共にしているが、彼はプライドが高い。ああでも言わないと途中参加を理由に主導権を譲らないだろうからな」
「それでですか……しかし、彼には恨まれるかもしれませんね」
「構わんよ。それで勝てればな」
「しかし彼はフィンディ・レアーズとの闘いだけは譲りませんでしたね」
「そうだな。何か理由があるのだろう。あの気合を削ぐ必要はないし、やらせても問題はないだろう。それより君はどうする?」
「私も戦場には出ますよ。戦線に立つかどうかはともかくとしてね」
「ふむ……そうか」
「あなたは当然、指揮をとるのでしょう?」
その言葉を聞いてライトシュタインはまた空を見つめた。
「ああ、そのつもりだ」
クラット基地の司令官室、そこにはロイム司令官と五、六人の幹部が集まって作戦会議が開かれていた。その中にはアールスロウの姿もある。
ロイム司令官が口を開く。
「さて諸君」
ロイム司令官の目が鋭くなる。
「いよいよ攻めに転ずる時だ」
セウスノール解放軍はついに動き出した。
およそ80000の軍勢が大草原を行進する。解放軍は真っ直ぐに敵の本陣へと向かう。
一方、グラウド国軍本陣。
「ライトシュタイン将軍! 敵が動き出しました」
「ああ、予想通りだな……あれの準備は整ったのか?」
「はい……言われたとおり全て使用しています。しかし、大丈夫なのですか……?」
「構わんよ。さて、あとは陣形内の情報線がどれほど整っているかだな。命令通りに動かなければやりづらい」
「あなたにとってはそれさえ出来れば……と言ったところですね」
隣に立っていたロストブルーがほほえむ。
「ああ」
「今回の主力は『死神』だけですか。ラズアーム将軍はフィンディが出撃しない可能性を理由に出撃を断りましたね」
「別に構わんよ。私は別に主力を主体にして攻めるやり方はしないからな」
「そうですか。それでは楽しみにしますよ。『戦場の魔術師』のその実力を」
解放軍は大草原の道を行進し続ける。
その中を歩くアールスロウは前方を見つめる。
(遅いな……もう敵の姿が見えてもいい頃だが、まだその姿は見えない……。対応にてこずっているのか、それとも、敵の作戦か?)
一方、国軍本陣の少し西、グラウド国軍の80000の軍勢が草原に広がっていた。
その中でライトシュタインは馬にまたがり前方を静かに見下ろしている。
「あの……将軍」
隣にいる隊長が声をかけた。
「なんだ?」
「なぜ動き出さないのですか? そろそろ……いえ、とっくに動き出してもよろしいかと……」
「ふむ」
ライトシュタインは手持ち時計をのぞく。
「ああ、時間だ」
グラウド国軍も動き出した。
80000の軍勢が横に広がりながらゆっくりと行進する。
一方、セウスノール解放軍は行進を続けていた。
「おかしいな……」
クロコの隣でフロウがそう言った。反応するクロコ。
「何がだ?」
「もう敵の姿が見えてもいい頃だ。でも敵が全く出てこない」
「陣形組むのに手こすってるんじゃないのか? すごい人数で動いてるし」
「それにしたって遅いよ。少し不気味だな……」
それから間もなくだった。前方にグラウド国軍が姿を現した。
それに合わせ、解放軍も陣形を横へと広げる。
クロコはフロウと共に陣形の右翼に立った。
「オレ達は右翼か……」
「うん、それで左翼にはクレイドとサキ君。今回はちゃんとバラけたね。アールスロウさんが上の方に言ってくれたみたいだ」
「でもなんで、アールスロウが中央なんだよ」
「まあ実力的にはそうだろうね」
「オレだって負けてねーよ」
「うん、さあ気を引き締めて!」
解放軍中央ではアールスロウが剣を抜く。長剣をゆっくりと構える。
パンッ!
信号銃の合図と共に解放軍の軍勢が動き出した。
それと共に国軍の軍勢も動く。
大草原を揺らし、横に広がった巨大な軍勢同士がぶつかり合う。
数え切れないほどの剣が音を立ててぶつかり合う。
解放軍の中央ではアールスロウが剣を振るう。
ヒュゥンヒュゥンヒュゥンッ!!
アールスロウの洗練された動きにより、長剣は美しく弧を描きながら、敵を次々と斬り伏せる。
アールスロウは前進し、敵の陣形を切り崩しにかかる。
左翼ではクレイドが巨大な剣を振り回す。敵が次々と吹き飛ばされていく。
その隣ではサキが剣を振るいクレイドをフォローする。
右翼ではクロコとフロウがスピードにものをいわせ次から次へと敵を斬り伏せていく。
右翼の別の場所、フレアが辺りを見渡す。
「うーん、クロコはどこだ?」
すると隣でコールが口を開く。
「これだけ大規模になると見つけるのは難しそう。あとは運を天に任せるしかないよ」
「やれやれ、しょうがないな……それじゃあッ!!」
ギュオンッ!!
フレアは巨大な斧を大きく振り抜いた。五、六人の解放軍兵が宙を舞う。
「とにかく暴れますか!」
巨大な掛け声と爆音が響き続ける戦場。
国軍陣形の中心付近、ライトシュタインは静かに戦場を見下ろしていた。
ほぼ互角のせめぎ合いだ。
「ふむ……押し切れないな。軍の質ならばこちらの方が上回っているはずなのだが」
ライトシュタインは鞘に納まった剣の柄を、指とトンッと叩く。
「どうやら流れを作っている兵士がいるようだな」
ライトシュタインは信号銃を手に取った。
パンパンパンパンッ!!
その合図は巨大な軍勢に次から次へと伝達し、国軍全体がゆっくりと後退し始める。
「ふむ……情報線は問題なしか」
敵の後退に対し、解放軍の指揮官が声を上げる。
「逃がすなーッ!! 追撃!」
後退していく国軍に対し、解放軍は前進して国軍を攻撃する。
国軍はそれに応戦しながらも、ゆっくりと後退していく。
しばらくの間、その攻防が続いた。
戦場はどんどんと敵本陣へと近付いていった。
アールスロウは戦いながらもその状況に眉を寄せる。
(何を考えている……。本陣に近づかれることは敵側としては本意ではないはず……作戦か? しかし何のために? 敵の真意が読めない……)
後退しながら戦う国軍は、少しずつだが解放軍に押され始める。
しかしそんな中、状況に変化が生じる。
解放軍の前方、国軍の背中越しに広がる草原、そのさらに先には歪んだ地形が広がっていた。大きくくぼんだ斜面が広がる地形。なだらかな連続した丘が広がっている。
アールスロウはそれを見てハッとした。
(そうか……敵の狙いは……)
国軍陣形の中心付近、ライトシュタインは剣の柄を再び指でトンッと叩いた。
「さあ、知恵比べといこうか」
連続したなだらかの丘、国軍はそこをしばらく後退しながら進んだあと、足を止めた。
直後、国軍から解放軍の前衛全体に向けて無数の砲撃が飛ぶ。
ドンッドンッドンッドンッドンッドンッ!!!
解放軍がその砲撃にわずかにひるんだ直後、国軍陣形両翼の一部が切り取られて動いた。
解放軍の陣形の横へと滑りこみ、解放軍を包むように展開する。
その国軍の動きを見てアールスロウは表情を険しくする。
(やはりそうか。この複雑な地形は、互いの指揮官にとって状況の把握を困難にする。敵の指揮官は……戦術による勝負を仕掛けて来ている)
国軍の動きに解放軍の指揮官が反応する。
「敵はこちらを囲もうとしているぞ! 後退しろ!」
解放軍は後退を始める。
それを見つめるライトシュタイン。
「そうはさせない。部隊をさらに切り取り囲め」
国軍は両翼の部隊をさらに切り取り、陣形全体を薄く伸ばし、後退する解放軍陣形の横にぴったりと張り付く。
「そう来たか……ならば薄くなった敵陣の分断を狙え! 砲撃を集中させろ」
解放軍は国軍の陣形の薄くなった部分に砲撃を集中させた。
「甘いな……中央軍勢、両翼へと広がれ」
それに対し、国軍は中央後衛の兵力を両翼へと回して薄くなった部分を補強した。
「むぅ……くっ! 下がれ、後退だ」
解放軍は分断が難しくなったと判断するとすぐに後退をしようとする、しかし……
「もう遅い……両翼、敵陣背後へと回りこめ」
国軍の陣形はさらに広がり、解放軍陣の背後へと回り込む。それにより解放軍の両翼は完全に囲まれ、動きが封じられた。
解放軍の指揮官は表情を険しくする。
「……!! 両翼が後退できない……しかしこのままでは敵に囲まれてしまう……くっ、仕方がない、中央だけでも後退するんだ!!」
解放軍陣形がねじれるように変化して、中央だけが後退していく。
その動きを見てアールスロウが思わず声を上げる。
「ダメだっ! このタイミングで後退したら……」
ライトシュタインが指示を出す。
「中央前進」
国軍の中央が前進する。それと共に解放軍の置いていかれた両翼がきれいに分断されていく。
ライトシュタインが再び指示を出す。
「砲撃」
解放軍の分断された両翼、そこを四方八方から国軍の砲撃が狙い撃つ。
戦場に解放軍兵の悲鳴がこだまする。
クロコ達のいる場所も大量の爆炎が上がる。
「クソッ! どうなってるんだ。回りが国軍兵だらけだぞ」
クレイド達のいる場所にも大量の砲弾の雨が襲う。
「チッ、これはヤバいな……」
その様子を解放軍の指揮官は呆然と見る。
「な……なんてことだ」
アールスロウは味方の兵士をかき分け、解放軍陣の中心付近まで移動した。そして指揮官の前に立つ。
「指揮を代われ。敵の指揮官はかなりの腕を持っている」
指揮官はそれを聞いて驚く。
「し、しかし……」
「君の次の作戦はこうだろう、両翼を囲む敵の突破を図り、両翼との合流を図る」
それを聞いて指揮官がさらに驚く。完全に言い当てられた顔だ。
「しかし、それをすれば、今度は陣形全体がきれいに囲まれる。指揮を代われ」
「ですが……ここの地形は我々の基地の者でないと……」
「基地に着く前にここの地形は全て細かく記憶している。早く代われ、敵が動き出すぞ」
「は……はっ!」
アールスロウは信号銃を鳴らした。
「これより指揮は私がとる。全軍後退! 仲間を助けたければ一度後退するんだ!」
解放軍中央は分断された両翼を置き去りにして、さらに後退する。
それを見つめるライトシュタイン。
「後退したか……いい判断だ」
「陣形を横に広げろ!」
後退した解放軍は陣形を横へと広げる。
「そう来たか……」
「前進! 分断された部隊とこちらで敵を挟め!」
横へ広がった解放軍はそのまま前進し、囲まれている味方の部隊を利用して、敵の陣形を挟み撃ちにした。
その様子を静かに見下ろすライトシュタイン。
「ふむ……指揮のタイミングが早くなった。指揮官を変えたな。おそらく若い指揮官だ……それに先ほどの指揮官より有能なようだ」
国軍は挟み撃ちによる攻撃を受けて、徐々に分断されていく。
それにより、一時は完全に分断されていた解放軍の部隊が再び合流していく。
それをライトシュタインは表情一つ変えずに見つめていた。
「さて、このタイミングだな」
突如、解放軍陣の左右から二つの国軍部隊が現れ、挟み撃ってくる。
驚くアールスロウ。
「なに……!? 一体どこから……」
「味方に目がいきすぎだ。こんなことは丘の死角を使えば容易だ」
解放軍の両翼が再び囲まれていく。
「くっ……!」
わずかに表情を険しくするアールスロウ。
ライトシュタインはなおも表情を変えすに戦場を見下ろす。
「さて……前進するか、後退するか選択肢は二つ……」
「前進だ!」
解放軍は前進しながら国軍に攻撃を仕掛ける。
「やはり前進したか……それでは陣形全体を囲ませてもらおう」
解放軍の前進に合わせ、国軍の陣形は解放軍の陣形全体を囲んだ。
しかしアールスロウは動じない。
「戦力を中央前衛に集中、指揮官を……頭を潰す!」
解放軍は砲火を国軍の中央に集中させた。
「……頭を潰しに来たか」
砲火の集中により、国軍の中央が徐々に分断されていく。それに対し、国軍は動かない。
その様子を見つめるアールスロウ。
「中央をここまで集中して狙われれば、そうそう指揮は取れないだろう」
国軍をかき分け前進する解放軍中央。国軍中央はついに分断された。
「よし、これで指揮系統を麻痺させた」
そんな中、ライトシュタインは静かに戦況を見つめていた。
「いい選択だ。この状況下では最善の手と言えるだろう。もっとも相手が私以外ならな」
分断された国軍中央が素早く左右へと散っていく。
その不可思議な動きに驚くアールスロウ。
「……! なんだ、この動きは。何が狙いだ……?」
戦場の中央へと置いていかれた解放軍中央を、国軍左翼からライトシュタインが見つめていた。
「敵の狙いが分からない、だから混乱する。守るべきか……攻めるべきか……」
アールスロウは振り返り、背後の敵陣を見つめる。
「守りに入るな! 向きを変えて攻撃」
「しかし、そんなことはもう関係ない」
ライトシュタインは信号銃を鳴らす。
パンパンパンパンパンッ!!
国軍兵が二人、解放軍中央を左右に挟む形で立っていた。その二人が地面から飛び出している何かの栓を同時に引き抜いた。
その瞬間だった。
ドオオオオオオオオオオンッッッ!!!
軍勢の中央から突然、大爆発が起きた。広範囲の巨大な爆発は解放軍の陣形中央の大部分を飲み込んだ。
10000近くの解放軍兵の姿が爆発の中へと消える。
「な、なんだ!」
クロコは驚く、中央にいた味方達がすっぽりと爆発の中へと消えていった。
「そ……そんな……!」
隣のフロウも驚き、立ち尽くす。
アールスロウはその爆発を正面から見つめながら呆然とする。
「仕掛け爆弾だと……!? しかもこんなに広範囲で……友軍を巻き込まずにこちらだけを完璧な形で……そんなこと……こちらの手を読み切っていなければ不可能だ……読み切っていたというのか……こちらの手を……」
爆炎がおさまったあともアールスロウは呆然としていた。
「勝てる気が……しない……。まさか、相手は『戦場の魔術師』ザベル・ライトシュタイン……?」
「さて、陣形をきれいに囲ませてもらおうか」
爆炎がおさまると左右に散っていた国軍の隊は、解放軍兵の死体の山を踏みわけ、中央へ戻ってきた。
それにより、国軍は解放軍全体を完全に囲んだ。
その状況にクロコが焦る。
「おい、フロウ! これってまずいんじゃないのか!?」
「まずいなんてモンじゃないよ! 囲まれてる上に退路を断たれてるんだよ!!」
そんな二人の周辺を国軍の無数の砲撃が襲う。所々から爆炎が上がる。
「くっ……どうすればいいんだよ、クソッ!」
その最悪な状況の中、アールスロウは完全に固まっていた。
(どうすればいい……? どう動けば……)
「もうどう動いても手遅れだよ。君達はここで全滅だ」
ライトシュタインは表情一つ変えすに囲まれた解放軍を見つめていた。
その時だった。
戦場から少し離れた場所、解放軍右翼側に位置するなだらかな丘の死角から、数千の大部隊が飛び出してきた。
解放軍の隊だ。
アールスロウはすぐさまその方角を見つめる。
「あれは……援軍か……!!」
ライトシュタインもその方角を見つめる。
「やれやれ、敵の援軍か……」
アールスロウの目に再び光が宿る。
「あの援軍をうまく利用できれば……」
「まあ、援軍が現れるとすれば、あの場所からだろうな」
ドオオオオオオオンッッッ!!
援軍を広範囲に広がる爆発が包み込んだ。援軍は爆炎の中へと消えていった。
ライトシュタインはそれを何事もなかったかのように見つめている。
「これで爆弾はきれいに使い切ったな。しかし構わないだろう。なぜならこれで決着がつくのだからな」
アールスロウはその場に膝をつきそうだった。
最後の希望が消えてゆく……
その時だった。
炎の中から一人の剣士が飛び出して来る。
疾風の如き速さで真っ直ぐと戦場へと向かって来る。
黒い髪がゆれる。左手には巨大な黒剣が握りしめられていた。
ライトシュタインはその姿を見た瞬間、表情をわずかに険しくする。
「『黒の魔将』か……!」
グレイ・ガルディアが、一人真っ直ぐと国軍へと突撃して来る。