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3-11 父親




 ファントムは多くの兵士の敬礼に見送られながら基地の入口へと歩いていく。

 その兵士達一人一人が笑みを浮かべ、ファントムを称えるように見つめていた。

 その様子をクラット基地へと帰還したクロコ達も見ていた。


「ずいぶんな人気だな。あのオッサン」


 するとフロウが口を開く。


「そりゃそうさ、『ファントム』だよ。解放軍の最高の英雄だからね」


 ファントムはゆっくりと基地の中へと入っていった。



 その日のうちに再び国軍が姿を見せることはなかった。

 夕暮れ時のことだった、クラット基地の隊長の一人がクロコを呼びだしてきた。呼ばれるままにクロコは司令室へと足を運ぶ。

 するとそこにはロイム司令官とファントムがいた。


「少し席をはずしてくれないか?」


「はっ!」


 ファントムの言葉にロイム司令官は敬礼して部屋から出ていった。

 部屋にはクロコとファントムの二人きりだ。


「久しぶりだな。クロコ」


「ああ、久しぶり」


 ファントムは小さく息を吐いた、どうやら肩の力を抜いたようだ。


「何の用だ?」


「いや……特に用はない。ただ正体を隠している関係で実は話し相手があまりいなくてね。少しだけ付き合ってくれないか?」


「んっ、まあいいけどさ」


 クロコはドスッとイスに腰掛ける。


「呼び出しておいてすまないが、少しだけ待っていてくれないか? 目を通さなければならない書類があってな」


 ファントムの手には数十枚の書類の束が置かれている。

 クロコがチラッと一番上の書類を見た。書類には文字がびっしり書かれている。


(うえ……)


 クロコは顔を引いた。


「何時間待たせる気だよ」


「ああ、大丈夫。本当にすぐ終わるから」


 するとファントムは書類一枚一枚を次々と読んでいく。ものの五分で全ての書類を読み上げてしまった。


(な……読むの速っ!)


 クロコは素直に驚いた。


「待たせたね」


 ファントムは書類を机に置いて、クロコの方に向き直った。

 クロコが口を開く。


「いいのかよ。あんた国の偉いやつなんだろ? こんなトコまで来て……」


「ああ、当然すぐに帰らせてもらうよ。こんな時期に首都から長く離れると疑われるからな」


「じゃあ来んなよ」


「そう言うわけにもいかない。それほど今回の戦いは重要だからな」


「…………」


「私が来ることで士気が高まり、少しでも勝利の可能性が上がるのなら、多少のリスクはおかすさ。私にも命ぐらいは懸けさせてくれ」


「……そうか」


「まぁ、もっともすぐに帰るがね。だが良かったよ、士気はだいぶ高まった」


「そういえば、あのでかい大砲はなんだ?」


「ああ、あれか。あれはリック・ノールという新兵器さ」


「リック・ノール……」


「グラン・マルキノの対策として造られた兵器でね。射程はグラン・マルキノの1,5倍、加えて正確な砲撃が可能だ。威力はグラン・マルキノと比べるとだいぶ劣るが、グラン・マルキノは、前方の鎧さえ貫ければ誘爆で簡単に破壊できるからな」


「へぇー、ずいぶんなモンを造ったな」


「予算を絞り出すのに苦労したよ」


 ファントムはヘルムの奥で笑っていた。


 その後、クロコとファントムはしばらく話した。

 クロコと話したことでファントムは満足したようで、クロコとロイム司令官に別れを告げると、基地の兵士達の敬礼での見送りの下、基地をあとにした。


 クロコがフィンディの負傷の知らせを聞いたのはそれからすぐのことだった。


 明くる日の昼ごろ、基地の大部屋の一つでクロコは昼食を食べていた。クロコとフロウとクレイドで床に座り込んで食事をしている。

 支給された干し肉とパンを片手にフロウが口を開く。


「ねぇ、クロコ君はお見舞いしないの?」


「あっ?」


「フィンディとは一応知り合いになったんでしょ」


「行ったところで話すことねーし。絶対喜ばないし」


 それを聞いてクレイドが笑う。


「確かにな、見舞い相手が切りつけたやつじゃあ、切り傷にしみるよな」


「そういえばフィンディに傷を負わせた相手は何の因果か、ピューター・ラズアームなんだってね」


「因果……?」


 クロコは首をかしげる。


「ラズアームはフィンディの父親……ギルティ・レアーズを倒した男だよ」


「……!!」


「倒したって言っても不意打ちみたいなものでね。おかげさまで『奪威の狐』なんて異名がついてる。まあ、端的に言うと卑怯者って意味だね」


「…………」


 クロコは下を向いて黙りこむ。そして立ち上がった。


「ちょっと行ってくる」


 クロコはそう言ってその場を立ち去った。



 クロコは基地の治療室が並ぶ廊下へと足を運んだ。治療室の一つをクロコがのぞこうとした時だった。


「あんたなんか知らないッ!!」


 大きな怒鳴り声が部屋の入り口から飛び出してきた。そしてすぐさまファリスが出てきた。クロコと目が合う、しかしすぐに顔をそらし廊下を早足で歩いて去っていった。ファリスの目が潤んでいたことにクロコは気づいた。

 クロコは治療室に入る。治療室には二十近くのベッドが並んでいた。その一つにフィンディが寝ている。天井を見つめていた。

 クロコはそのベッドに真っ直ぐ向かう。


「おいっ」


 クロコが声をかけるとフィンディがクロコの方を見る。そしてゆっくりと体を起こす。


「やれやれ……今度はおまえか。ここにいる女は嫌いなんだけどな」


「ファリスが怒ってたぞ」


「ああ、オレが一番知ってるよ。あいつはオレに嫌味を言うのが趣味なのさ。そのくせちょっと言い返すと感情的になって怒るし、最悪なやつさ」


 フィンディのその言葉にクロコは少し眉を寄せる。

 クロコはベッドの横のイスに腰かけた。


「見舞いにはあいつ以外来たのか?」


「何言ってんだよ、そりゃ来るさ。オレはここの英雄だからな。まあオレに斬りつけてきたやつが来るとは思わなかったけど?」


「……フン」


「で、何の用?」


 フィンディは邪魔ものを見るような目だ。


「見舞いに用もクソもあるか」


「えっ!? 見舞いに来たの?」


 フィンディがワザとらしく驚く。


「ウソだろ。何の用だよ。あいつと一緒で嫌味を言いに来たのか?」


「あいつが嫌味を言ってると思ってるのか?」


「おまえは聞いたことないから知らないのさ。アレは嫌味以外の何物でもないぜ?」


「………………」


 クロコはもうファリスの話をするのはやめようと思った。フィンディの体を見る。肩と足と腹周りに包帯が巻かれている。特に腹の包帯が厚かった。


「派手にやられたな」


「ふん……ちょっと剣先が狂っただけさ」


 その言葉がクロコの頭に引っ掛かった。


(狂った……? こいつの剣が……?)


 クロコは一度だけフィンディの剣を近くで見ている。恐ろしく速く正確な剣技だった。


「感情的になったな」


 クロコは直感的にその言葉を発した。

 その言葉にフィンディは敏感に反応した。


「……何が言いたい?」


「あいつが父親の……」


「誰に聞いた?」


 フィンディはにらみつけてきた。


「基地の仲間の一人から……」


「本当にそいつだけか?」


「…………」


 クロコは一瞬黙った。


「……ファリスからも少し聞いた」


 その言葉を聞いた瞬間、フィンディは不快な感情をはっきり顔に出した。


「……あの女、何がしたいんだ」


「おまえは相手がそいつだから……」


「違うね。オレは感情的になんてなってない」


「だったらどうして剣先が狂った?」


 クロコは少し大きな声を出した。

 フィンディは眉を寄せる。


「チッ……要するにおまえが言いたいことはこうだろ? 父親を殺した相手だからオレが怒って感情的になった。だがはっきり言っておく。オレは父親がこの世で一番嫌いなんだよ」


「昔は尊敬してたんだろ」


「ああしてたさ。昔はな。だけどな、あいつは敵なんかに情けをかけたせいでむざむざと殺された。そして母さんは死んだ。町は燃えた。オレは全てをあいつに奪われたんだ! あいつの情けのせいでな。あいつの情けは何を生んだ? 情けをかけた敵に全てを奪われたじゃないか! あいつは世界一の大馬鹿野郎さ。そしてオレが世界で一番嫌いなやつだ……!!」


「……じゃあなんでそれを殺した相手に感情的になったんだ」


「ふん、仮に感情的になってたとしても、それはあいつを殺した相手って理由からじゃないさ。あいつが殺されたことで結果的に敗戦した。そして、全てを失った。ならあいつを殺した相手に怒りが湧くのは当然だろ?」


「筋が通らねぇな。父親の話と殺したやつの話、この二つを合わせると話がチグハグだ。おまえの話通りなら、怒りが湧くのは甘かった父親だけで、その相手にまで怒りの矛先は向かないはずだ」


「…………」


 フィンディは黙る。

 少しの間二人は黙った。


 クロコが静かに口を開く。


「おまえ本当は、今でも父親のことが好きなんじゃないのか?」


「……!!」


 フィンディの表情が変わった。大きく目を見開いた。


「確かにおまえは父親のことを恨んでる。けど、それだけじゃない、昔の通りまだ好きなんだ。尊敬してるんだ。だから殺したやつを相手に怒りが湧いたんじゃねぇのか?」


 フィンディは歯をギリッと鳴らした。


「オレがあいつを好き……? ふざけたこと言ってんじゃねぇよ。オレはあいつを誰よりも何よりも恨んでるんだよ……! もしあいつが仮にいまオレの目の前に現れたなら、その瞬間、オレはあいつの首筋を剣で切り裂くだろうよ」


 フィンディの声には怒りがこもっていた。


「もうたくさんだ……てめぇの話なんて聞きたくもねぇ。とっとと出てけ」


 フィンディの様子を見て、クロコは黙りこむ。


「出てけっ!!」


 フィンディは部屋全体に響く大声で叫んだ。

 クロコは黙って部屋をあとにした。


「バカヤロウ……」


 廊下で一人、クロコはポツリとつぶやいた。







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