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1-5 初任務



 ゴォーンゴォーン


 教会から昼の鐘が響き渡る。

 クロコとブレッドは基地の廊下を歩いている。

 クロコ達が入軍してからすでに十日間が経っていた。

 クロコはいまだにアールスロウに負けたことを引きずっていた。朝のブレッドとの稽古も異常に熱が入り、そのせいでブレッドは体中を痛めていた。しかもクロコの鋭い眼も、いつも以上に鋭くなり、そのせいでほぼ一日中顔を合わせているブレッドは心労気味だ。


「おい、クロ」


 ブレッドはたまらずクロコに呼びかけた。


「いつまで負けたこと気にしてんだ」


「別に気になんかしてねぇ」


 クロコはぶっきらぼうに答える。


「ウソつけ、明らかに顔にも行動にも出てるぞ」


「うるせぇ、クソ! 一日でも早くアイツより強くなってやる」


「おいおい、おまえの戦う相手はアールスロウさんじゃなくてグラウド国軍だろ」


「うるせぇ! あいつのせいでオレは昨日まで基地中のトイレというトイレを掃除させられたんだぞ! しかも兵士の一人が『がんばれ、トイレのお嬢さん』なんて言いやがって、絶対ゆるさねー!」


「まぁ、確かにありゃあ災難だったな、けどとりあえず少しは落ち着けって、そんなに力んだっていいことないだろ」


「……………………」


「前に進もうとすることは良いことだけどよ、焦せり過ぎてもしょうがねーだろ?」


 クロコは少し考える様子を見せた。


「……チェッ、分かったよ」


 ブレッドはその様子を見て少しホッとした。





 ほぼ同時刻、フルスロック基地に一人の兵士が入って来た。

 その兵士は司令室のアールスロウに書類を手渡す。


「緊急援軍要請か……」


 兵士が出ていったあと、アールスロウは要請書の内容を見てボソッと言った。





 一時間後、基地の二階にある食堂、とても広い部屋には多くのテーブルが置かれている。

 昼時のためテーブルには多くの兵士達が腰掛け、ワイワイと騒いでいた。

 その中にクロコとブレッドの姿もあった。


 クロコは大きな馬肉のステーキ、ブレッドは肉と野菜がたっぷり入ったパイを食べている。

 そんな二人にひとりの兵士が近づいてきた。兵士は二十代半ば、短い黄色の髪、長い顔と大きな鼻が特徴的だ。


「ブレイリバー、セインアルド、招集だ。司令室まで来るようにとのことだ」


「ん? ああ、分かったよ」


 ブレッドがパイを片手に返事する。


「確かに伝えたぞ」


 兵士はそう確認するとそのまま立ち去っていった。

 クロコは立ち去る兵士の後ろ姿を見ていた。


「アイツ、なんかどっかで見たことあるな」


「ロブソンだろ。ほら、入軍試験の実技試験の時におまえの相手をするはずだった兵士だよ」


「ああ、アサシンに派手にやられたやつか。生きてたのか」


「おいおい、勝手に殺すなよ。たぶん重傷は負ったが命に別状はなかったんだろ。ああやって復帰してるし」


「ふーん」


「それより呼び出しだ。ガルディアさんは今留守だし、アールスロウさんだよな」


「アールスロウか……いったい何の用だ」


 クロコの顔がまた不機嫌になる。


「まぁ、何の用かは行ってみないことには分からないさ」






 司令室、アールスロウは立派な机に腰掛け、机に山積みになっている書類を整理している。

 ドアがノックされた。


「入りたまえ」


 ドアが乱暴に開かれる。


「アールスロウ、いったい何の用だ」


 鋭い眼でにらみながらクロコが入ってきた。


「俺は別に君と争うつもりはないんだが」


 アールスロウはクロコの顔を見るなりそう言った。少しあきれた表情だ。


「なんだと……!」


 クロコはさらに鋭くアールスロウをにらみつけた。


「おまえいったい何しに来たんだよ」


 遅れて入ってきたブレッドがつっこむ。


「……で、何の用だよ」


 クロコはアールスロウに問いかける。少し落ち着いたようだ。


「ではさっそく要件を言わせてもらおう。今より約一時間前、ウォーズレイ基地より緊急の援軍要請が届いた。君達はその援軍部隊の一員としてウォーズレイ基地へ向かってもらいたい」


 ブレッドは少し驚いた表情をした。


「援軍部隊って……」


「無論、入軍仕立ての君達をいきなり援軍部隊に加えることは、無理があることは承知の上で言っている。しかし現在この基地は情報管理が整っていない状態にある」


「情報管理って、先週の奇襲事件に関してですか?」


「ああ、それも当然含めてだ。そのため規模の大きい援軍を送り、基地の兵士を減らすことは非常にリスクがともなう。そのため少数精鋭の部隊を構成する必要があった」


「要するにオレ達は選ばれたメンバーって訳か」


 クロコは腕を組みながら言った。


「少数というと何人なんですか?」


「五人だ」


「……!! またずいぶん少ないですね」


「残り三人もすでに呼んである。じきにここに来るだろう」


 アールスロウがそう言ったすぐあとだった。


 コンコン


 司令室のドアをノックする音が聞こえた。


「入りたまえ」


 司令室に二人の兵士が入ってきた。

 一人は年齢十八、九ぐらい、背がとても高く2m近い、少しはねた赤い髪と鋭い目をしている。どこかやる気のなさそうな雰囲気を持っている。

 もう一人は年齢十四、五ぐらい、体はとても小柄で背は150cmないだろう。柔らかい灰色の髪と、きれいに整った顔をしている。


 二人とも部屋に入るなりピシッと敬礼する。灰色髪の少年の方が口を開く。


「フロウ・ストルーク、クレイド・アースロア二名、召集を受け参りました」


「あっ……」


 クロコは入ってきた二人の顔を見て、思わず声をもらす。


「あっ!」


 入ってきた二人もクロコの顔を見て、思わず同時に叫ぶ。

 クロコが二人の方向を指さす。


「いつかのトイレコンビ」


 赤髪の青年もクロコを指さす。


「いつかのヘンタイ女! って誰がトイレコンビだ!」


「誰がヘンタイ女だ!!」


 二人がワーワー言い合う。横で灰色髪の少年がポツリと言う。


「下品な呼び方は止めてよ」


「まあまあ、落ちつけって」


 ブレッドが場を収める。

 その様子を見ていたアールスロウは、顔には出さないが完全にあきれていた。


 アールスロウが口を開く。


「…………とりあえず紹介しよう。赤い髪をしているのがクレイド・アースロア、灰色の髪をしているのがフロウ・ストルークだ。クレイド、フロウ、君達にも紹介しよう。最近入軍してきた新米兵だ。黒い髪をしているのがクロコ・ブレイリバー、茶色の髪をしているのがブレッド・セインアルドだ」


「こいつらが精鋭なのか?」


 クロコが疑わしそうな目で二人を見た。


「ほとんど無名だが、実力的には高い。おそらく基地内では三、四番手の実力者だ」


「三、四番手? あんたは何番手なんだ」


「俺はおそらく二番手だろう」


「あんたに次ぐ実力者か、って、こいつらがオレより強いって言いたいのか!?」


「経験の面では君よりはるかに上だ。君は戦場を経験していないからな」


「なんか納得いかねぇな」


 クロコは不満げに言った。その様子を見た灰色髪の少年フロウがボソッと口を開く。


「ずいぶんな自信家だね……」


「自信だけだろ」


 続けて赤髪の青年クレイドがクロコを見下ろしながら言った。


「なんだと……!」


 クロコが見上げながらクレイドをにらむ。


「そういえば、精鋭は五人って言いましたね。あとの一人は?」


 ブレッドがクロコの様子を見て、すかさずアールスロウに話しを振った。


「もう間もなく来るだろう」


 ガチャッ!


 ドアがいきなり開いた。


「サキ・フランティス、召集を受け参りま……あっ! すいません、ノック忘れました」


「構わない、入りたまえ」


 入ってきた少年は年齢十二、三ぐらい、小柄で、一か所はねた黄色い髪、ぱっちりとした目と透き通るような緑色の瞳をしている。


「あっ! サキ」


 クロコが入ってきた少年サキに反応した。


「あっ! クロコさん」


 サキもクロコを見て反応する。


 ブレッドはその様子を見ている。


(前に基地を案内してくれた子か)



 アールスロウが口を開く。


「サキに関しては実力的には精鋭とは言い難いが、剣技面ではなかなかのセンスを持っている。年齢は一三歳と若いが、基地の訓練は一年受けている。経験を積ませる意味で今回メンバーに加えた」


「ありがとうございます!」


 サキは元気よく敬礼する。


「礼を言う必要はない、君にとってはリスクの高い任務になるだろう」


 アールスロウは全員を見渡した。


「それでは全員が揃ったところで改めて任務を言おう。現在、ここから北東のウォーズレイ基地は国軍に攻め込まれている。君達はその援軍としてウォーズレイ基地へ行ってほしい。緊急の要請だ、準備ができ次第すぐに向かってくれ」


「了解しました」


 クロコ以外の四人が同時に敬礼した。


「……了解」


 クロコも遅れて敬礼した。





 クロコ達五人は基地にある小型の馬車に乗りウォーズレイ基地へと向かった。


 馬車は四角い灰色の建物が並ぶフルスロックの街を駆ける。少し古い車体を運転手の白いひげの老人が運転している。馬車を引くのは背中に毛の生えた、全長4m近くある巨大な馬車馬、グラウドで品種改良されたリスハワードだ。


 車体の中は六人ほどが乗り込める広さで、向かい合う形で前後に木の座席が配置されている。クロコとブレッドは後側、フロウ、クレイド、サキは前側に座った。


「改めてよろしくね」


 フロウがあいさつした。


「まさかサキやトイレコンビといっしょに行くことになるとはな」


 クロコの言葉にクレイドが怒る。


「誰がトイレコンビだ! おまえだってヘンタイ女だろ」


「誰がヘンタイだ! 誰が女だ!」


「え~と、クロコさんは男なんですよね」


 サキが少し早口で言った。


「男……?」


 フロウが不思議そうな顔をした。


「どー見たって女じゃねーか」


 クレイドがクロコを見ながら言った。

 ブレッドがその様子を見て口を開く。


「いや、これには少し事情があってな」



 ブレッドは三人に向けて説明を始める。

 そしてブレッドは三人に、呪いによりクロコがこの姿になるまでの経緯を一通り説明した。


 説明を聞いたクレイドが興味深げな顔をする。


「呪いか、世のなか変わった話もあるモンだな」


「ずいぶんあっさり信じるね。君は」


 フロウはクレイドを見て少しあきれた様子だ。

 ブレッドはその様子を見て口を開く。


「信じられないのはムリもないよ、オレ達だって呪いなんて信じちゃいなかった、まあ、だからクロはこんな有様になっちまったんだけどな」


「ふん、別に信じてもらおうなんて思わないさ」


 クロコは窓の方を向いている。


「ボ、ボクは信じます。クロコさん達がそう言うんだったら!」


 サキは力強く言った。


「俺はハナから疑っちゃいねーよ」


 クレイドもはっきりとした口調でそう言った。


「とても信じられるような話じゃないけど、君達が嘘を言ってるようにも見えないし、僕も信じてみることにするよ」


 フロウはそう言って二人に笑いかけた。

 その三人の様子をクロコは不思議そうな顔で見ていた。

 ブレッドが笑顔で口を開く。


「礼を言うよ。信じてもらって」


 クロコはほおを少しかく。


「まぁ、好きにすればいいさ。どっちだってオレは構わない」


 クロコは窓の方に目をそらす。


 ブレッドが明るい口調で話し出す。


「じゃあ、改めてよろしくな。さっきも聞いたと思うがオレはブレッド。こいつはクロコ、オレはクロって呼んでる」


「え~と、知らないのはフロウさんだけだと思うんですが。ボクはサキです。サキ・フランティス」


「俺はクレイド・アースロア。まぁヨロシクな」


「僕はフロウ、フロウ・ストルーク。みんなには普通にフロウって呼んでもらってる」


 ブレッドは愛想よく笑う。


「それじゃあよろしくな。サキ、クレイド、フロウ」


「よろしくお願いします」


「ああ」


「こちらこそよろしく」


 その様子をクロコは黙って見ている。

 突然クレイドが思い出したように声を上げる。


「そうだ、おい、クロコ! おまえトイレコンビって言うの止めろよな」


「言わねーよ、もう名前覚えたし。てめぇこそ二度とヘンタイ女って言うなよ」


 クロコはにらみながら言い返す。


「まあまあ落ち着いて、お互い言いたいことも言ったし」


 フロウが二人をなだめた。



 馬車はフルスロックの大きな石門を抜け、草原の馬車道を走る。

 窓を見ると緑色の草が生い茂り広がっている。幹の高い木が点在し、草原の中からバッタが勢いよく飛び跳ねる。ときどき水色の花畑が通り過ぎる。はるか遠くには森も見えた。



 クレイドがサキを見た。


「そう言えばサキ、おまえクロコと面識があったみたいだけど、いつ知り合ったんだ?」


「それは……、グロウブ達に目をつけられた時に助けてもらったんです」


 それを聞いてクロコが目を細める。


「グロウブって誰だ?」


「クロコさんと戦ったあの……黒髪のすごく大きな人です」


「…………いたなぁ、そんなヤツ」


 クロコは遠い過去を見つめるような目で言った、十日前の出来事だ。

 クレイドの目がギラッと光る。


「あの野郎、まだそんなことしてたのかよ! 俺と同じ隊にいた頃、あれだけシメてやったのに、違う隊に逃げて同じこと繰り返しやがって……!」


「で……でも、近頃はめっきり大人しくなりましたよ。女の子に負けたと思ったのがショックだったのか、恥ずかしかったのか」


「じゃあ、当分は大丈夫そうだね」


 フロウがニッコリ笑った。


「またやったら言えよ、二度とやらないように今度は完璧にシメてやる……!」


 クレイドから少し殺気が出た。


 ブレッドが三人の方を見ながら口を開く。


「そういえば今から向かうウォーズレイ基地って、どんな場所なんだ?」


 フロウが答える。


「ウォーズレイ基地は一言で言うと、大きな基地同士の情報の仲介役だね」


「情報の仲介役……」


「クラット基地って場所があるんだけど、そこは北部の前線基地でね。そこはバブル山脈の影響で本部基地との連絡が取りにくいんだ。それでその情報連絡の仲介のために建てられた基地が、いま向かってるウォーズレイ基地なんだ」


 それを聞いてクロコが質問する。


「つまり? そこが敵側に落とされるとどうなるんだ」


「クラット基地は本部以外の主要基地とも連絡が取りにくいからね。そうなるとクラット基地が孤立状態になっちゃうんだ」


「孤立されるとどうなるんだ?」


「クラット基地は北部を守護する大事な基地だからね。孤立されれば当然、敵側はそこを狙うよね。クラット基地が落とされれば、解放軍領は北側から国軍に切り崩されて、そこから一気に国軍が進行するだろうね」


 サキが続けて説明する。


「国軍はクラット基地の侵攻に何度も失敗しています。だからウォーズレイ基地を落としてクラット基地を分断しようとしているんです。たぶん」


「ふーん、クラット基地ってトコを落とすための布石ってわけか……」


 ブレッドが質問する。


「いまの話を聞くと、ウォーズレイ基地は情報連絡が主な役割なんだろ。敵の侵攻に耐えられるのか?」


「攻められるとは思ってなかったから、相当きついだろうね。だからいま必死で各基地に援軍を要請してるんだと思うよ」


「なるほどな」



 クレイドが思い出したようにフロウに聞く。


「国軍の……例の『瞬神の騎士の再来』も出てくると思うか?」


「確かに『瞬神の騎士の再来』がいる基地もウォーズレイ基地に近いけど、一番近いのはラージロウ基地だから、おそらく侵攻してるのはそこだよ」


「『瞬神の騎士の再来』ってなんだ?」


 ブレッドの質問にフロウが答える。


「一言で言うなら国軍の天才剣士さ。現れたのは一年近く前かな、戦場に出てきてから間もないにも関わらず、国軍において数々の功績をあげた剣士、『瞬神の騎士の再来』っていう異名で呼ばれてる」


 その説明を聞いてクロコが少し反応する。


「『瞬神の騎士の再来』か……」


「『瞬神の騎士』っていうのは過去にいた国軍最強の剣士につけられた異名、つまりそれを継ぐ存在って意味さ。僕たち解放軍の天敵の一人だよ」


 クレイドが口を開く。


「つっても、戦う機会はなさそうだな」


「今回は関係のない存在ってわけか」


「でも覚えといて損はないよ。いつか戦うかもしれない相手だしね」


「まぁ、今回の戦いで生き残らないと意味はないけどな」


 クレイドが軽く笑いながら言った。

 クロコが暇そうな顔で口を開く。


「それより、そのウォーズレイ基地ってトコに着くまでどんくらいかかるんだ?」


「距離を考えると三日ってとこかな」


「なんだ、それじゃあそれまでやることなしか……」


 クロコは小さくため息を吐く。



 しかしフルスロックを出発して二日目の昼、車体は今までにない揺れに襲われた。







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