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3-8 進む道




 草原を東へと進む国軍兵の大軍。

 国軍はフィンディを中心とした解放軍に敗れ、撤退をしていた。

 その軍勢の中心付近に白い軍服を着た将軍の姿があった。

 その将軍は年齢三十代後半、大柄で、茶色い髪、大きく鋭い目に少しこけたほおをしている。敗れたばかりだというのに冷静な様子だ。

 隣を歩く若い副官がその将軍を見て、口を開く。


「フィンディ・レアーズ……。異名の通り、恐ろしい男ですね。ラズアーム将軍」


 それを聞いてラズアーム将軍は表情を変えず口を開く。


「そうだな」


「とても同じ人間とは思えません。我らが軍はまるで竜巻にでもあったかのようでした……」


「ああ、確かに恐ろしい男だ。あのスピード、正確な剣技、そして状況把握の早さ、どれをとっても常人離れしている。しかし……」


 ラズアーム将軍は大きな目を鋭くする。


「あの男の剣技は、対集団戦に特化しているが、対個人戦には特化していない。勝機はある」


「し、しかし、あの軍勢をねじ伏せる強さ……対個人戦においても相当なものでしょう」


「だからこそ、私が呼ばれたのだろう?」


 ラズアーム将軍は不敵にほほえんだ。


「わざわざ私が……『七本柱』が動くんだ。解放軍には覚悟してもらわないとな。そしてフィンディ・レアーズ、そうだ……こうでなければ面白くない」






 基地に戻ったフィンディに多くの兵士が声をかける。


「よくやってくれたぞフィンディ!」

「やっぱおまえは頼りになるぜ!」

「この調子でバンバン倒してくれよ!!」


 半分の兵士が称賛の声を浴びせ、もう半分の兵士が離れたところで軽蔑の視線を浴びせる。フィンディにとってはいつものことだった。


 フィンディが基地の廊下を歩いていると、向かいに一人の支援の女が立っていた。

 その女は年齢十八、九、黒い短めの髪に、大きな目、どこか活動的な雰囲気を持っている。

 女はフィンディを見つめながら声をかける。


「今日もいっぱい殺したみたいね。さすが英雄フィンディ様」


 そのフィンディを見る目は基地のどの兵士よりもはっきりとした軽蔑の意思がこもっていた。


「何しに来たファリス」


 フィンディは不機嫌な口調で言った。

 ファリスはフィンディを軽蔑の目で見たまま口を開く。


「別に何も。そうだ、数日前に声かけてた子とはうまくいきそう?」


 フィンディは答えなかった。


「嫌われたんでしょう? あんたの戦場の様子を見て、あんたを心から好きになる人なんているはずない」


「戦争は殺し合いだ。やつらの方がどうかしてるのさ」


 その言葉を聞いてファリスの目がわずかに険しくなる。


「あなたは本当にそう思ってるの?」


「思ってる? 間抜けな質問だな。オレは英雄だぜ、正真正銘のな。あのバカとは違う」


 フィンディはファリスを横切って、そのまま歩いていった。





 基地の別の廊下では、クロコが怒り狂っていた。


「ふざけやがって……! なんなんだよ! あいつは!!」


 そう言って基地の壁を蹴りながら歩くクロコ。それをサキがなだめる。


「お、落ち着いてくださいクロコさん」


「あんな……あんなこと…………何がちょうど400人目だ。ふざけんな……!」


「気持ちはわかりますよ。けど……あの人は別に命令違反してるわけじゃないんです」


「そんなの知ってるよ!! オレがあいつと同類だって? あんな……あんなやつ……!!」


「クロコさん……落ち着いて……」


「オレは……オレはあいつとは違う……」


「分かってます、分かってますよ。だからボクは事前にああ言ったんです」


 サキの言葉を聞いてクロコは少し落ち着いた。しかしそれでも、クロコの心には何かが引っ掛かった。





 その日、国軍はこれ以上の攻撃を行うことはなかった。

 その夜、クロコは独り個室にこもって考えていた。

 フィンディの言葉がよみがえる。


「戦争は人を殺すもんだろ? 何人殺すか、それが一番重要なんだよ」

「おまえだってオレと同類だろ? きれいごと言ってんじゃねぇよ」


 オレとあいつは違う、サキはそう言った。けど……何が違う? オレもあいつと同じ……たくさん人を殺した。

 オレは『希望』という光を求めている。それを得るために戦ってる。

 オレの家族と村を奪った国軍、それと戦うことは決して間違っていることだとは思ってなかった。けど……


 クロコは思い出す、ディアルの言葉を。


「正しい方はどちらなのかな……?」


 あいつの……フィンディのやってることは解放軍でも許される。それでも解放軍は正しいのか? オレは正しいなのか?


 クロコは思いだす、ファントムの言葉を。


「国軍にも正義はある。しかし、新たな正義を立たせるには今ある正義を倒さねばならない」


 正義を立たせるために、正義を倒す……その方法が戦い。

 だけどオレは……本当はそんな大それた正義なんかない……ただ、自分の生きる場所がほしいだけなんだ……。

 それでもオレは人を斬ってる……オレとあいつの一体どこが違う。


 クロコは思いだす、ブレッドの言葉を。


「おまえは『光』を求めてる。だから、おまえはまだ死んじゃいけない。それに、おまえが死ねば、おまえを大事に思っている人が悲しむ」


 オレだって生きたい……もしオレが本当に生きたいと思うなら、今すぐ全てをあきらめてここから去るべきなんじゃないか……?

 だけど……その先にはオレの求める希望はない。昔のアークガルドの闇に戻っちまう。

 それなら、自分の光だけを求めて、他のことは何も考えずにいる方がいいんじゃないか、それだけを考えて、それだけを求める方が楽なんじゃないか? 他のことを考えたって苦しむだけだから……


 なぁ、ソラ……おまえだったらどう答える?

 おまえは戦争が嫌いだから、今のオレを否定するのかな……?

 オレがもし、今の気持ちを伝えたら……おまえだったら納得のいく答えを教えてくれるのかな……?


 クロコはそう思った瞬間、ハッとした。

 そして自分のほおをパンッと叩く。


 いや……ソラがオレに答えを教えてくれたことなんてなかった。

 ソラは言った、自分がこれからぶつかる問題、それに正しい答えなんかないと、それでも自分の答えを探さなければいけないと

 ソラは一つだけ答えてくれた、自らの問題に背を向けること、答えを探らないこと、それは間違っていると。


 クロコは立ち上がった。


 どれだけ時間がかかってもいい、自分の答えを探そう、そうクロコは決意した。





 部屋を出てベランダの方へと歩くクロコ。少し夜風に当たりたかった。すると向かいから女の支援員が歩いてくる。

 クロコはその支援員に見覚えがあった。

 ファリスはクロコを見ると声をあげた。


「きみは……!」


「……あんた、前オレ達を見てたな」


「うん、ねえ、少しだけ話をしない?」





 二人は基地のベランダに出た。夜空には星の川が光り輝いていた。大地には暗闇の草原が広がっている。

 虫の音が響く中、女はほほえみながら口を開く。


「わたし、ファリス・ルナティーク」


「オレはクロコ・ブレイリバーだ」


「アハハハ、変わった名前。聞いたんだけどさ、きみ怒ってフィンディを斬ろうとしたってホント?」


 それを聞いてクロコがムスッとする。


「ホントだ」


「アッハッハッハッ、命知らずだね」


「うるせーよ」


「ねぇ、きみフィンディのことどう思う?」


「別に何も」


「アハハハ、なにもないのに斬ろうとしたの?」


「…………あんたは、フィンディとどういう関係なんだ?」


 クロコがそう言うと、ファリスは夜空を少し見上げる。


「わたしとあいつは……幼なじみ」


「幼なじみ……?」


「そう、わたしもあいつも同じ町の出身でね。ハーモニアっていう町のね。ちっちゃいころはよく一緒に遊んだよ」


「今も仲がいいのか?」


「まさか! 最悪だよ」


「………………」


「ハーモニアはね……。ここから西にある町で、解放軍の基地がある町なんだ。昔はあそこが解放軍の領土線だったんだよ」


「へぇー、まあ西部から徐々に領土を広げてったんだもんな」


「そう、それでね。その基地には一人の英雄がいたんだ」


「英雄……?」


「うん、英雄の名はギルティ・レアーズ」


「レアーズ……!? って言うと……」


「そう、フィンディのお父さん」


「…………」


「ギルティさんはね。セウスノール三剣士の一人として名をはせるぐらいの強い剣士でね。村の英雄だった。そして、あの人が持っていた異名は『慈悲の魔神』」


「慈悲……」


「あの人は魔神の如き強さを持っていたと同時に、敵であろうが一定の情けを持つことで有名な剣士だった。『同じグラウドの国民、同じ命』あの人はよくそう言ってた……そんなあの人の姿勢に味方だけでなく、敵さえも一定の敬意を持っていた。そして、そんな父親を当時のフィンディは何よりも誇りに思ってた」


「…………」


「けど…………」


 ファリスの表情が険しくなる。


「四年前に起きたある戦い……いまではレイリホークの戦いとして有名な戦い。そこでギルティさんは戦死した。その結果、ハーモニアの基地は落とされ、さらにその時にそこで支援員として働いていたフィンディの母さんも死んだ」


「…………」


 それを聞いてクロコの顔が険しくなる。

 ファリスは悲しい目をしていた。


「あとで、その場にいた兵士に聞いた話ではね。ギルティさんは戦場で、追いつめていた敵兵に命乞いをされたんだって、そして、ギルティさんが刃を引いた一瞬の隙に、その敵兵に斬りつけられ、殺された」


「……!!」


「フィンディは思ってる。自分の父親が持った情けによって、自分は家族と町を失ったんだって。父親が自分の全てを奪ったんだって。その話を聞いた時のフィンディの顔は忘れられない……怒りと悲しみに満ちたあの顔だけは……」


 ファリスは遠くを見つめていた。


「フィンディはそのあとしばらくして、ここに入って、そして剣士になった。父親譲り……ううん、父親以上の剣のセンスで、あっという間に強くなった。そして、ここでの初陣…………それが『狂舞の悪魔』の誕生の瞬間だった」


「…………」


 クロコはファリスの顔を見た。悲しげな瞳は静かに夜空を見つめていた。

 ファリスは再び口を開く。唇が少しだけ震えていた。


「わたしね……知ってるんだ……昔からあいつを見てるから……あいつはね、父親によく似て、すごく優しいやつなんだ…………」


 ファリスはゆっくりとクロコの方を見た。


「わたしさあ、最初はこの基地にはいなかったんだ。でも、フィンディの噂を聞いた時、すぐにこの基地に入った、フィンディを……なんとかしたかったから。でも……」


 ファリスはうつむく、瞳がわずかにうるんでいた。


「ここに来て、一度だけあいつの戦場を近くで見た時があったんだ。その時のことは今でもはっきり覚えてる。あいつは大声で笑いながら敵を殺し続けてた。でもね……わたしには……フィンディは大声で泣いてるように見えた」


 ファリスの声は震えていた。


「フィンディは戦場に立ってから、今まで、ずっと、泣き続けてる…………私にはそう見える」


「………………」


 しばらくの静寂が辺りを包んだ。


 クロコはファリスを見つめながら静かに口を開く。


「……どうして……その話をオレにしたんだ?」


 それを聞いて、ファリスはクロコを見る。表情はもう冷静になっていた。


「きみは、フィンディの行動に正面からぶつかった。そんなことしたのきみが初めてだったから。きみに話せばフィンディをどうにかしてくれるなんて、そんなことは思っていないけど。それでも、きみにはこの話をする意味があるって、そう思えたから」


「そうか……」


「こんな話を、真剣に聞いてくれてありがとう」


 ファリスは最後に静かにほほえんだ。







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