3-7 悪魔
クラット基地の東、連続した丘となだらかな下り斜面に挟まれた東へと伸びる大草原。その草原に現れた20000のグラウド国軍の軍勢。
それに向かい合う形でクラット基地の丘の前に構えるセウスノール解放軍の20000の軍勢。
今まさにクラット基地防衛戦が始まろうとしていた。
約1kmの距離を開けて向かい合う二つの軍勢。
静かな時間が流れていた。
クロコが剣の柄を握った、その時だった。
パンッ!
先に動いたのは国軍だった。およそ2000近くの部隊を切り取り、横に大きく広げて突撃してくる。それに対し解放軍はまだ動かない。
国軍が一定距離まで解放軍に近づいたその瞬間、
「撃てーッ!!」
基地の大型大砲が火を噴いた。高所から飛距離を伸ばした遠距離砲撃が国軍の部隊を襲う。無数の砲撃の嵐、国軍の勢いがわずかに削がれたその時、
「突撃ーッ!!」
解放軍が動いた。横に広げた陣が国軍とぶつかるように動く。
二つの軍勢がぶつかる。
解放軍左翼、前衛へと出たクロコは、迫りくる解放軍の剣兵を次々と斬り伏せる。
洗練された動きと強烈なスピード、そして時に変則的に変化する動き。そのクロコの剣技に国軍の剣兵達は為す術ない。国軍右翼が徐々に切り崩される。
解放軍右翼、そこではサキが前衛に出て戦っていた。クロコほどのスピードもキレもない剣技だが、国軍兵はまるでサキの姿が見えていないかのように、無防備に斬り伏せられていく。そのサキをフォローする形で解放軍兵が周りを守る。その陣形で国軍の攻撃に耐えていた。
そして解放軍中央では、フィンディが圧倒的な力を見せていた。
立ちふさがる敵は紙きれのように斬り伏せられ、フィンディが通った跡には国軍兵の死体の群れが横たわる。
フィンディの剣技は恐ろしいほど速かった。
そして恐ろしいほどに正確だった。完璧といえるまでの正確さで敵の首筋を切り裂き続けていた。倒すのではなく殺す剣技。フィンディに斬られた兵士の中で生きている者は一人としていなかった。
フィンディは次々と剣兵を切り裂いていく。
(133,134,135……140)
殺した敵の数を数えながら剣を振るうフィンディ。
「フフフフフ、ハハハハ、ハッハッハッハッハッハッハ」
フィンディは笑っていた。まるでおもちゃで遊ぶ子供のように笑っていた。敵の斬撃どころか、返り血一つ浴びていない、まるで自らに課したルールのように。
国軍中央はあっという間に切り崩される。分断された国軍の陣形。
フィンディは国軍右翼を切り崩しにかかった。
それを見た国軍の隊長が命令を出す。
「大砲部隊を右翼に集めろ! 早くだ! とにかく早く!! やつを早く仕留めなければ……!!」
間もなく大砲部隊がフィンディの周辺に集まる。
大砲部隊はフィンディを狙おうとするが、フィンディは一瞬でそれに気付き、国軍兵を盾にして動く。
砲兵達は全く砲撃できない。
「何をしている! 早く撃つんだ」
「ダメです。できません! 味方を盾にされて」
「クソ……他の部隊は……どこも砲撃してないだと!?」
「まさか……すべての砲兵部隊の位置を把握しているんじゃ……」
「そんなわけがないだろう! 当てられなくてもいい、とにかく撃つんだ!」
「ダメです……見失いました」
「なに!!」
その時だった、その砲兵部隊の目の前にフィンディが現れた。
「う、うわああああっ」
ヒュンヒュンヒュンッ!!
砲兵部隊全員の首筋が裂けた。
戦線の後方に構える敵陣、そこで白い軍服を着た将軍が双眼鏡で様子を見ていた。
隣で若い副官が口を開く。
「ど、どうなさいますか……? このまま予定通り第一、第二陣を突撃させるのですか……?」
将軍は双眼鏡から目を離す。
「いや、もう手遅れだな。撤退だ」
間もなく一時撤退の信号銃が鳴った。
それと共に国軍が下がっていく。
「……? なんだ、もう撤退か?」
左翼で戦っていたクロコはそのあまりに早い撤退にわずかに戸惑う。
その時、国軍の剣兵の一人がクロコに襲いかかる。剣を振り上げる剣兵。
「うおおおおっ!」
「チッ!!」
ヒュンッ!!
クロコの剣が一瞬で剣兵の脇腹を切り裂く。
「ぐ……ッ」
脇腹を押えて地面にしゃがみ込む剣兵。
「……ったく、とっとと下がればいいもんを」
クロコがそう言った、その時だった。
ヒュンッ!
目の前にしゃがみ込んでいた剣兵の首筋が裂けた。大量の血が噴き出し、ガクッと力無く地面に倒れる剣兵。
クロコは固まった。一瞬自分の心臓が止まったような錯覚を覚えた。
倒れた剣兵のすぐ近くにはフィンディが立っていた。
クロコはしばらく呆然としていた。
国軍の姿が消え、静かになる草原。
クロコはゆっくりとフィンディをにらみつけた。
「おまえ……何してんだよ」
フィンディはその言葉を聞いてクロコの方を見る。
「あっ! 悪いな。クロコの獲物だったか」
いつもの軽い口調だった。
「獲物…………?」
「こいつでちょうど400人目だったんだ。ついな」
その言葉の意味を理解するまでに少し時間がかかった。
しかしその意味を理解した途端、クロコは無意識に剣をフィンディに振るっていた。
ギィンッ!!
クロコとフィンディ、二人の剣が交わる。ガタガタと震える二人の剣。
フィンディはクロコをにらみつけた。
「おい……何やってんだ? 頭でも打ったのか」
「何やってんだはこっちのセリフだ! なんで殺した!!」
「……はっ?」
「あいつはもう戦えなかった。とどめをさす必要なんてなかったんだ!!」
その言葉を聞いた時だった。
「チッ……!」
フィンディは舌打ちした。
ゴッ!!
フィンディの蹴りがクロコをとらえる。
吹き飛ばされ地面に転がるクロコ。
フィンディはクロコを冷たい目で見た。
「…………おまえバカだろ。戦争は人を殺すもんだろ? 何人殺すか、それが一番重要なんだよ、そんなのガキでも知ってる」
フィンディはそう言い放つと、その場をゆっくりと立ち去る。
「おまえだってオレと同類だろ? きれいごと言ってんじゃねぇよ」
フィンディが立ち去ったあとも、クロコはしばらく地面に伏したまま動かなかった。
クロコは拳を握りしめていた。
サキは離れた所からその様子を見ていた。サキの目がわずかに険しくなる。
(『狂舞の悪魔』フィンディ・レアーズ……)